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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
PR
60/64

2000

 母が浮気をしたかもしれない。

 まだしてないのかもしれない。

 でも、恋をしたのは絶対だ。

 これは、根拠のない女の勘であるんだけど。


 いや、根拠はある。


 今日は平日なのに、やたらと夕飯が豪華だった。

 誕生日よりクリスマスより大晦日より正月より、豪華だったように思う。

 そういうイベントの時は高価な出来合い品が混ざるから、正確には比較できないけれど、とにかく豪華だった。

 

 夕食の時に、問い詰めてみたけれど、母は白を切った。

 知らぬ存ぜぬで押し切っていた。

 ついには、拗ねて寝室にこもってしまう。

 父はそんな母を見て、動揺しながらも納得したみたいだ。

 

 でも、私は違う。

 まだ疑ったまま。

 



 誰もいなくなったリビングで、私は調査をすることにした。

 まずは、後片付けね。

 食べかけの豪かな夕食たちをラップに包み冷蔵庫にしまう。

 テーブルを拭き、食器を洗い、なんで私がやらなきゃいけないのよとイライラした。

 

 そして、ハードディスクレコーダーを起動する。

 母は外出した様子がない。

 家に男を連れ込んだ形跡も見当たらない。

 ならば、きっと、出会い系ゲームのラブワールドで浮気をしたのだと私は思った。

  

 参ったな。

 母はある一定以上の水準で『やりたい』と思ったら、やらなきゃ気がすまないタイプだ。

 普段はなぁなぁな性格でどっちかというと無欲で基本怠惰なので、だから諦めは良いのだけど……。

 どうしてもやりたいと思ったことに関しては、決して諦めないタイプだ。

 その要求が満たされるまで、何度でも挑戦しようとする。 

 車の免許の時には父を説得するのに15年間粘ったし、やたらと高い十数万する浄水器は勝手に買ってしまうし、家族の胃袋容量を考えずに作りたいだけ夕食を作る。

 そして、ラブワールドへの興味は諦めないレベルだと思った。

 だから、私はとりあえずやらせてみることにした。

 なぜならば、諦めないだろうと思ったから。

 本当は少し嫌だった。

 だって、ゲームで出会いを求める奴なんて、オタクに決まっているもの。


 まぁ、仕方がない。

 下手に暴走されるより、マシかと思ったのに……。

 やってみれば、そのうち飽きるだろう。

 そう思ったのに……。

 でも、まさか、浮気するとは、これは参ったぞ。



 

 ハードディスクレコーダーの500TBの容量の内10%を使って、ラブワールドのプレイ動画を保存するように設定してある。

 ふむ。

 まだ、容量には余裕があるらしく、初日から今日までの全てのデーターが残っていた。

 総プレイ時間13時間分の動画があった。

 

 文字でのコミニケーションだったならば、字幕が出てくれたならば、もっと速いスピードで再生できるのに。

 そう思いながら、私は2倍速で再生していく。

 

 さおりんとアバターを作って、変なキャラとチュートリアルをして、仕事をして、困った演技をしてっと。



 私がゲームに興味がないからなのか、それとも人のプレイ動画は退屈なのか、結構見てるのは辛かった。

 途中、会話がなさそうな場面は5倍速にしたりしながら見ているけれど、もう時刻は0時を回ってしまった。

 そろそろ寝ないと、明日の仕事に影響が出るなぁ。

 そう思いつつも、ウトウトと数秒ごとに数秒意識を失いつつも、私は再生を続ける。

  

 知り合いができて、ウトウト、チームに入らないかと誘われて、コクコク、集会に参加して、カクン、名刺を交換してっと。


 駄目。

 もう、限界。

 寝よう。

 続きは明日にしようと思ったとき、事件は起きた。

 

 このときのことは覚えている。

 私もリビングにいた。

 ただ興味がなかったから、母が受け取った名刺を、ちゃんと見ていなかった。

 チラッと見た時には、かなりの年上だらけだったことしか私の記憶にはなかったのだけど、これは大変だ。


 なぜ母は、こんな大事件に騒がなかった?

 いや、分かる。

 母は興味ないからだ。

 家族が元気ならば、それで良い。

 そういう人だ。

 ラブワールドの初期アンケートでも、『問わない』に丸をつけて、私をイラつかせた。




 実家を出て30年以上経つのに、母は未だにマメに連絡している。

 東京の大学に行った弟の10倍ぐらい、母は実家に連絡している。

 しかも、家族の都合がつかなくても、1人で年に一度は必ず帰省しているのだ。

 母の日や、父の日、あるいは誕生日にも何か送っているらしい。

 父方の祖父母にも大体同様の対応をしている。

 

 もちろん、私たちへの愛も凄いものがある。

 父の弁当も殆ど休みなくずっと作り続けていた。

 私や弟の弁当ももちろんそうだ。

 天然ゆえに、水筒にカレーやシチューや豚汁やミートソースを入れられた事もあったが、思春期の時はそれが物凄く嫌だったが、自分でも料理をするようになりその労力を想像できるようになると、有り難味は分かった。

 母は冷凍食品を使わず、全て手作りで、ほぼ毎日弁当を作ってくれていた。

 父の弁当は今も作り続けている。

 弟にも結構な頻度で冷凍した手作り料理を送っているらしい。

 私はそんな母を尊敬している。

 じゃあ、今、弁当を作って欲しいかと問われると、嫌だと答えてしまうのだけど。

 

 母が50歳ぐらいの時にはこんな事もあった。

 偏差値45程度の高校出身なのに、東京の国立大を目指していた弟の家庭教師を勤められるぐらいに勉強し始めたのだ。

 私は29歳までしか経験していないから、50歳の脳の衰えがどの程度か分からない。

 けれど、それでも、29歳の私が暗算力や記憶力の衰えをそこそこ感じるのだから、当時の母の努力はきっと凄かったのだろう。

 地頭だって良くないだろうし、今まで築きあげてきた知的財産だってないのだ

 実際、当時の私の母の記憶といえば、家事をしているか勉強しているかだ。寝ている姿すらあまり見た記憶がない。

 まぁ、とはいえ、数学と物理は努力で補えなかったらしい。基礎問題を解けるレベルから上はどうしても到達できなかったみたいだ。

 英語にいたっては、私がそれなりにできるから手もつけなかったのだそうだ。

 それでも、私は母を尊敬する。

 そして、たった数年でその殆どの知識を忘れてしまった話を聞いて、呆れると同時に更に尊敬した。

 きっと、私が経験したことのない様な努力をしたのだろう。


 こんな事もあった。

 私が小学生だった頃、家に近づくと、道に血が点々と落ちていた。

 嫌な予感がしつつ早歩きで家へと急ぐ。

 その予感は当たり、家に帰ると血だらけの母が玄関で倒れていた。

 まだ赤ちゃんだった弟は泣き叫び、その様子を見た私も泣き叫んだ。

 それでも母はピクリとも動かなかった。

 ほどなくして、知らない大人が次々と我が家にやってきた。

 警察官や救急隊員だ。

 何でも、コンビニ強盗の現場に遭遇したらしい。

 黙ってやり過ごせばよかったものを、弟に危害があってはいけないと思ってしまったらしく、強盗に飛び掛ったのだそうだ。

 そして、お腹を刺された。

 本当に呆れてしまう。

 強盗はそのまま逃げたらしい。 

 更に、そのまま助けを待てばよかったのに、店員の制止を振り切って、家までフラフラと帰ってしまった。

 母曰く、なんでも、また強盗が戻ってくるかもしれないと思ったのだそうだ。

 それはないでしょ!

 小学生だった私も、子供ながらにそう思った。

 身を挺して弟を守ったはずの母を、私は病院で泣きながら何度も責めてしまった。

 余計な事をしなければ怪我をしなくてすんだはずなのに、と。

 せめて大怪我した後は安静にしてくれれば良かったのに、と。 

 それでも、やっぱり私は母を尊敬する。

 

 母は本当に普通じゃない。

 家族のためならどんな手間も努力も惜しまないだろうし、家族のためなら自分を犠牲にする事もいとわないし、かなりの天然だ。

 母の『絶対諦めない』も、家族のためになると思い込んでいる時だけ。(その半分ぐらいはありがた迷惑なのだけど) 

  

 多分、母の人生における重要度は99%ぐらい家族だ。

 他は全部オマケ。

 母の家族への想いや愛は、病的だ。もはや依存症だ。

 それに加えて、母は飢えも強い身分差別も経験せずに育った。

 だから、この重大さを理解できないのだろう。



 

 年収2000万オーバーは、見逃せんでしょ!


 母がラブワールドで加入したチームに、キラーと言うハンドルネームのやたらと高い年収の男がいた。

 しかも、歳も許容範囲。4つ上。


 はっきり言おう。

 私は母と違う。

 もっとはっきり言おう。

 私の恋愛における注目配分は、顔1、性格1、収入8だ。

 いや、顔2、性格2、収入6ぐらいかも。

 とにかく、金が顔や性格の何倍も大事だ。

 分かってる。

 世間で私みたいな人が、偽善者だらけのこの国で、どういう風に見られるかは理解している。

 特に男受けが悪いのは知っている。

 でも私ははっきり言おう。

 結婚は金でしょ。

 何が悪い。

 収入とは、それすなわち、その人の才能と努力で勝ち取ったステータスだ。

 それを最重要評価基準として、何が悪い。

 顔が好みなの。って女よりずっと公平だ。

 性格が好みなの。って女よりずっと論理的だ。

 私はそう思っている。

 あ、この話をすると誤解されがちなのだけど、宝くじ成り金とか、資産家の無能な息子とか、そういう人でもウエルカム。

 運だって、才能よ。

 それに私は偏差値が微妙に平均以上だった女だ。

 受験だって独学だけで乗り切った女だ。

 例え夫が無能でも、ちゃんと子供を教育できる自信がある。


 だから、私ははっきり言うんだ。

 結婚は金だと。


 ……、やっぱり風当たり強くなるのは嫌だからはっきりは言わない。

 でも、誰がなんと反論しようと、私の考えは変わらない。

     

 そもそも母の努力の殆どは金で解決できた。

 弁当用シェフを雇ってしまえば良いし、家庭教師を惜しみなく雇う事ができるし、ボディガードだって雇える。

 2000万じゃここまでは無理かな。

 でも、家庭教師は雇えたはずだし、付け焼刃の母よりずっとマシだったはずだ。

 料理教室に通えば、水筒にカレーなんて暴挙はしなかっただろう。

 

 私は不自由なく育ててもらった。

 個性的な母みたいに可笑しなエピソードはないが、父とも弟とも大事な思い出は沢山ある。

 もし親から選べる状態で人生をやり直せたとしても、絶対にこの家族を選ぶ。何度そんな機会があろうと、何度だってこの家族を選ぶ。

 誰一人として欠けて欲しくない。

 

 けれど、我慢が無かった訳じゃないのだ。

 自宅にピアノがあるピアノ教室の友達が羨ましかった。

 2倍も3倍も値段の高い楽器を使っている吹奏楽部の友達が羨ましかった。

 高校生になっても塾に行っている友達や家庭教師を雇っていた友達が羨ましかった。(私の地域では塾や家庭教師の値段が、高校生以上だと中学生までの数倍になる)

 バイトをしなくても私よりずっと良い服を着ている友達が羨ましかった。

 なにより、英語への興味が強かった私にとって一番羨ましかったのは、頻繁に海外旅行に行っている友達だ。

 

 私も母の血を受け継いでいるのだから、母を見て育ったのだから、家族は大切だと思う。

 でも、だからこそ、金が大事なのだ。

 子育てだけじゃない。

 介護だって、お金があったほうが両親にも私にもきっと良い。


 そして私は母ほど家族依存症じゃない。

 自分だって大事にしたい。

 今の仕事を続けていきたい。

 それでいて、家族に不自由させずに、映画館にも月に1度は見に行く時間を取れて、睡眠時間も削らないでいたい。

 そのためにもやっぱりある程度の金が必要だ。



 

 キラーを口説いてよ。

 と、母に言おうとしたけれど、時間も時間だし諦めた。

 というか、拗ねた母は数日は機嫌を直さない。

 そして、もう深夜なのに私の頭は冴えてしまった。


 どうしようかな。 

 キラー事件によって、母を考察する機会があり、不倫についての心配は無くなった。

 家族依存庄の母は、誰かにときめく事があっても、絶対に不倫はしない。

 とはいえ、眠れないし、ここまで全然楽しくないプレイ動画を見たのだから、相手は確かめたくなった。

 もう心配していない私は、殆どを5倍速で再生しながら、相手を突き止めていく。

 

 ナンパして、困ったフリして、またチームの集会があって、またナンパしてっと、変化のない動画が続いて、最後にその人はいた。

 

 ナンパから揉め事が起こり、それを助けてくれた人がいた。


 なるほど、この人か。

 古典的でよくあるパターンよね。

 絡まれて、助けられてって。

 うちのは母はなんて単純な人なのだろう。

 

 というか、この人ダセー。

 なんか、喋り方とか服装とか名前とか、受け付けない。

 なんか、ネットゲームでキャラを作る人って、現実世界に不満がありそうで、つまりは金を持ってなさそうで、駄目。無理。

 というか、よくよく考えてみれば、母の様子がおかしくなったのは今日なのだから、今日の分だけ見れば良かったと後悔した。

 あ~あ。

 予想外に相手がダサかったのと、自分が無駄に時間を使ったことで、一気に気が抜けた。

 眠気がやってきた。

 いや、無駄じゃないか。

 キラーと言う存在に気がつけたのだから。

 

 母の機嫌が直るのを待って、週末にでもキラーを口説くようにお願いしようと思いながら、私は眠りについた。


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