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魔王の消滅、勇者の死亡。このふたつの事件から、民衆の考察はひとつに収束して行く。
"魔王はまだ生きている"
それまで半分お祭り騒ぎだった街は、瞬く間に静かになる。魔王が倒された後の世界を考えていたはずなのに、それを否定された。
それだけじゃない。これまではただ、魔王城にて魔王を倒す。その一本の道筋があった。
今はどうだ。魔王は生きているかもしれない。でも何処にもいない。何を、何処まで、何時まで恐ればいいか、誰も答えを出せない。基本的には。
「そんなに不安がらなくて良くない?」
窓の外を見る僕の顔を、覗き込むように見てくる女性。女性なのにパンツスタイルのスーツを着ていて、腰には前時代的な短杖と、札をしまった箱を提げている。正確には、僕が前時代的にした。
「ムムが朗らかに生きれる分、不安になっておくよ」
通称、大魔法使い。人とは考えられない程膨大な量の魔法を自力で使う、僕が敵だとしていた天才と呼ばれる人種。そして、僕の改変魔法を最初に使いたがった恩人だ。
「えぇ?ルナミスが?あたしの為に?」
ため息が出る。もちろんこの人が居るからだ。ムムは苦手だが、魔法設計に関してはこの人に相談するのがいちばんだった。
「あくまでも、自分の設計が間違ってないか確認したいだけだ」
「分かってる。"彼女"の為だもんね?」
「はぁー……」
僕のわざとらしいため息を見てニヤニヤしていたムムが、急に真顔で外を見る。
「リヒト君の事、聞いたわ」
「……そうですか」
「ずっと、彼のためにここまでやってきたのにね」
「死んだ人間を叩き起す魔法とか、無いんですか?」
「あったら、良かったんだけど」
「あなたがリヒトの横に居たら、きっと違う結果でしたでしょうね」
ムムがニッと笑う。もちろん皮肉のつもりだ。ムムはリヒトと面識は無いらしい。
「へへへ。ありがとぉ?」
こういう感情の乱高下もめんどくさい。こっちは割り切った風で生きてるんだから、わざわざ掘らないで欲しい。
部屋に足音が近付いてくる。ゆっくり、3人分だ。エンバーと、フローラと。
ドアが開く。包帯のミイラが、木製の脚でしっかりと立っている。腕はまだ付けていない。
「……もっと可愛くしてあげなよ」
ムムが愚痴るが、僕としてはそれどころでは無い。彼女の前に立つ。
「痛むとかは無い?」
彼女は頷く。
「動かしにくいとかある?」
彼女は頷く。そりゃそうか。急に外付けの脚で歩けと言われても、すぐには難しいか。
それでも彼女が、自分の脚で歩ける事が出来るというのが、大きな進歩だと、心から嬉しかった。
彼女がよてよてと部屋を歩く。右脚を前に出し、左脚を前に出す。そうして窓の近くに来て、外の景色を見始めた。そういえば、ずっと床に近い高さだから、窓の外なんて見てないのか。
くるり……とはいかず、彼女はゆっくりと僕を見る。
「あ……いあおう」
「……驚いた。喋れるのか?」
エンバーが感心してメガネの位置を直す。
「母音しか難しいみたい。顎があれば変わるかな?」
「いやぁ……舌を動かすという動作を何処まで出来るか……」
ムムが彼女に近寄る。首を傾げながら、彼女の顔を覗き込む。
「初めまして。あたしはムム。ムム。言える?」
「…………うう」
「言えないねぇ。でもわかるんだぁ」
なんの確認かはよく分からないが、ムムが嬉しそうに、わざとなのかくるりと脚でターンしてこちらに向き直る。
「ねぇ、服は着せてあげないの?」
「まぁ、確かに」
エンバーが割り込む。
「先に腕だろ」
「エンバーが腕を作るのと、あたしが服を買ってくるの。どっちが早いかしら?」
「ダサい服を買ってくるから、お前が勝つだろうな」
「あら」
「……家の部屋着でよろしければ、ありますよ」
最後にフローラが仲裁に入りつつ、衣服を取りに廊下に出ていく。
「エンバー、ありがとう」
「お友達価格だもんな。お友達クオリティにするさ」
「そうだね」
「……えんあー」
彼女がエンバーを見つめる。エンバーが畏まったように立つ。
「あいあおう」
「おう。調子が悪ければ、また見に来るさ。それにまだ半分だ」
彼女が僕を見る。微かに息が漏れる音が繰り返される。
「……あ……あ……」
「……シャッテンって、言おうとしてるのか?」
エンバーの推察に、ムムが笑う。まぁ確かに難しいか。
「ルナミス」
「……ういあふ」
そうか、Hの発音は出せるのか。何にしても、彼女がこれだけ喋れることに感動している。
それを素直に喜びきれないのは、彼女がもしも、素直に喋れるようになった時、それはつまり、彼女の正体に近づくからだ。
「私の名前がフフならなぁ」
「それでいいのか?」
僕にとっては、リヒトを殺したのが彼女なら、そんな彼女を育てる事で、リヒトにぎゃふんと言わせられる。そんな気がするからだ。
エンバーが工房に帰り、フローラが服を持ってくる。シンプルなシャツを頭から被り、胴に通す。袖が揺れるが、それはそれで可愛らしいか。
「あたしはただの見物客だったみたいねぇ」
「あぁ、良かった」
「この子、呪いがかかってる」
唐突にムムが言い出す。僕を見てニヤニヤ笑う。
「あなたの魔導書のシステムじゃ見れないかもしれないけれど、あたしの眼なら分かる。良かったわね。あたしを呼んで」
「……なんの呪いだ」
ムムは舌を出して「知らない」のポーズをする。
「でも、傷が治らない事と、何か関係があるのかも?」
彼女を見る、何故か彼女は、首を横に振った。
「…………じゃ、あたしも帰るわ。じゃあね、ルナミス」
いつものように、わざわざ僕の頭を撫でながら、ムムは部屋を出る。フローラにやんわり付き添いを断りながら、悠々と部屋を出ていった。




