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「彼女に転移魔法を覚えさせました」
「そうですか」
「怒らないんですか?」
「えぇ。彼女をどうするかの判断は任せています」
「監視はしないのですか?」
「現在はまだ」
いつかするかも。遠回しにそう言ってる。
モスウッドと目を合わせない。目を合わせたら、必ず話を始める。
「シャッテン様」
「…………」
机の上にあるピアスは、間違いなくリヒトの物だ。村の近くの泉で取れた発色性のある水を入れた、四角い短冊型のピアス。
僕のは実家に置いてきた。リヒトを思い出すから。そうして忘れたフリをして、そのまま家を飛び出した。
「こちらでも治癒魔法をつかってみましたが、やはり治りそうにありませんね」
「完治しているそうですからね」
「そこですよ。あれが完治という扱いになっている事が、やはり問題です。原因が何か探らないと、これは医療教会においても大きな問題になります」
「えぇ。ノクターン様も同じことを仰っておりました」
「…………」
「……………………」
顔を手で触れる。頬を強く押して下に引く。それを何度も繰り返す。大きく息を吸っては、わざと音を鳴らすように吐く。吐く音が震えているのが自分でも分かる。
「シャッテン様」
「…………」
モスウッドの足元にあるカバンから、チラリと丸めた書類が見える。付けられている留め具から、魔力検査の紙だと分かる。
「…………何人、ですか」
「6人。うち3人は、魔力検査の履歴から身元が特定されました」
「…………女性の方は」
「いいえ。ですが証言と身体の特徴が合致しているので、本人だと思われます」
ゆっくりと、モスウッドの顔を見る。相変わらずスーツ姿で、やっぱり口角を上げずに、僕を真っ直ぐ見ている。
「魔王城地下にて、勇者一行6人の遺体が発見されました」
「…………聞いたよ」
「彼女は勇者パーティの生き残りではありませんでした」
手で目元を覆う。涙は出てこない。ただひたすらにため息ばかりが口から溢れ落ちる。
「つまりは、彼女は魔王かもしれない。と」
「あくまでも勇者パーティの生き残りでは無いと確定しただけです」
「……そうですね。どうするんですか」
「今後も定期的に、私モスウッドが面会に来ます。制限はございません。あなたの思うようにしてください」
顔に当てた手をずらす。右眼を全て覆い隠す。片目だけで見たって、現実は1.0で押し寄せる。
「こちらは、勇者リヒトの遺体の魔力検査表です」
「要らない。ピアスも持って帰ってくれ。僕じゃなくてリヒトの母に渡してくれ」
「そのお母様が、あなたにと」
右を向く。後ろに立っていたフローラを左眼で捉える。
「…………要る?」
「そういう冗談はやめてください」
視界の外で、モスウッドが立ち上がる衣擦れの音がする。数秒の無音の後、モスウッドは僕の視界に入らないまま部屋を出ていく。フローラがそれについて行く際、僕を睨み付ける様にして出ていった。
「………………」
顔から手を退ける。明瞭になった視界に、過剰な光が入り込む。左右の視界の差で視界がぼやけたまま、ゆっくりと机に目を落とす。
ぼやけた視界の中、ピアスだけはハッキリと見えてしまった。
「…………ふざけんなよ」
ピアスを手に取って壁に投げつける。小さな音だけを鳴らして、それは視界から消えてくれた。
「ふざけんな……ふざけんな……」
行き場の分からない暴力性を、自身の膝にぶつける。机を蹴って、蹴って、蹴って、蹴り倒す。
ムシャクシャして立ち上がると、部屋の隅に居る彼女と目が合った。
いつの間に居たんだろうか。何処から見ていたんだろうか。一瞬で身体から力が抜け落ち、逆に床に座り込んでしまう。
「あはは……ごめん、物に当たるのは良くないよね」
立ち上がろうとして、上手く立てない自分に苛立つ。膝を殴ろうとして、結局拳を下ろす。右眼が痒い。でももう、腕は上がらない。
「……あいつのこと、大嫌いなんだ。自分だけ才能に恵まれて、一人で行くなんて言いやがって。僕だけ置いてきぼりだよ」
ただ床の模様を見ていた。視界だけでも、他の何かに集中させないと、全てが崩れ落ちそうだった。
「だから見返してやりたくて。ざまぁみろって言いたくて、この道で上手くいって……あとはあいつが、リヒトが帰ってくるだけだったんだ」
長く吐く息は、もう真っ直ぐに戻らない。何が震えているのか、もう自分には分からない。でも大丈夫。泣いてないから。
「……………………雑魚がよ」
「…………」
ズルズルと、床を這う音。彼女が自分の身体を捻って、僕の目の前にゆっくりやってくる。身体を自力で起こし、僕の顔を真っ直ぐ見たあと、彼女は首を横に動かした。
「……ごめんね。忘れてくれていいから」
立ち上がろうとする僕の膝の上に、彼女が這って乗ってくる。
手を出せば、そのまま降ろせるくらいに軽かった。髪も肌も、顎も手も脚も片目も無い彼女の鼓動が、小さく膝を伝って来る。
何も言葉は出なかった。彼女も何も発しなかった。ただその黒い瞳をじっと見つめる。
右の視界が滲む。手を当てて、それが水だと分かる。途端に異物感で目を擦る。彼女の水魔法だ。
「えぇ、そんなに腫れてたかな?」
笑って誤魔化そうとするのに、左眼からも水が溢れる。もう右眼の異物感も無かった。
それなのに、水は止まらなかった。




