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——————


水を踏む音に顔を上げる。洞窟の天井から指す光が、泉に落ちて乱反射している。泉の水は赤や黄色、青白く光っていて、それが光を反射して壁に色をお裾分けしていた。


『やっぱりここだ』


笑いながらリヒトが隣に座る。ふたつ持ってきてる水筒のひとつを受け取る。また訓練でリヒトに負けて、不貞腐ったと時、僕は相変わらずここに逃げ込む。


『さっきは惜しかったね』


『どこがだよ。完敗だ』


『まぁ、僕も負ける気は無いけどね』


足元にある小石を泉に投げる。小さく跳ねた水面が揺れて、壁の光も蠢く。

体術はダメ。魔力も弱いから、まともに魔法は使えない。剣の才能も無いし、肉付きも悪いから盾役にもなれない。


リヒトが顔を覗き込んでくる。こいつに励まされると負けた気が増幅するのに、村で訓練する時はずっとふたりだ。


『また右目抑えてる』


僕の癖だ。こうしてると、見えてない右側に前世の記憶が見える。そうやって現実逃避する。


『……別に、見えなくなる訳でもないし』


『なぁ、面白い物持ってきたんだよ』


リヒトは構わず、小さなボトルをふたつ出した。四角くて薄くて、上に小さな穴が空いていて、蓋を閉められるようになっている。


『なにこれ』


『この泉綺麗じゃん?これを中に入れて、アクセサリーにしようかなって』


『なんだそりゃ、女の子みたいな事言うじゃん』


『逆に女の子はこういう事しないよ』


受け取ったボトルを眺める。リヒトは既に泉を掬っている。せっかくの極彩色だ。綺麗な場所から取りたい。


少し足を入れてみる。思ったより浅い。少し進んだ所の、より色が混じった場所にボトルを入れる。


ボトルの中の泉は、変わらず煌びやかに輝いて見える。


『どう?元気になった?』


リヒトは笑ってピースをした。


——————


すっかり暗くなった野道の隅に、蹲っていた黒い布が顔を上げる。


「あ…………」


「やっぱりこの道だった」


少し離れた村で、イグリアが別行動で探している。フゥの前にしゃがむ。


「心配して探しに来た。なんで逃げるんだよ」

 

「………………」


フゥが俯く。鞄からフゥの魔導書を出して、封筒から札を出す。ムムに作ってもらったもうひとつ。


「顎に付いてる舌の動きを良くする調整を入れた。理屈では、これで喋れるようになる。ちょっとごめんね」


フゥの布を少し上げる。フゥが顎を開けて、木製の舌を動かしている。


「本当は、とっくに出来てたんだけどね。ずっと怖かったんだ。フゥが話せるようになったら、そこで全て終わってしまうような気がして」


「……お……ね……」


上手く使えてない。Nの音が出てるから、使えてるのは確かだ。


「この手脚も、顎も、もしかして初めて?」


「ご……ね…さい」


「謝らなくていい。ホントの事を話して欲しいとも、別に思ってない」


気になる事と、知りたくない事は同時に起こり得るものだし。


「魔王城に行って、僕に伝えたい事がある」


フゥが小さく頷く。


「……リヒトから、何か聞いてる?」


フゥが頷く。ゆっくり息を吸って、吐き出すタイミングを見失う。


「……そっか。じゃあ僕は、何も聞かない。魔王城はここから本当に遠いし、まだ色々やらないといけない事が残ってるから、それが終わったら、一緒に行こう」


魔王が消えた。これを国がどう落とし所を付けるのか、それが決まらない限り、モスウッドは勝手な行動は許さないだろう。


それに、フゥが人間として生きるなら、冒険者になっておくのは大事だ。この仕事は良くも悪くも、この先しばらく無くならない。


「えも……」


でも。


「ばえたっから」


バレたから。


「もう……」


バレたら、どうなるって言うんだ。人間として生きる為に、人間のフリをする為に、バレてはいけないルールがあったと言うことなのか。


「それは、呪いが」


「居たの!?」


イグリアの声で言葉を切る。駆け付けてきたイグリアがフゥに抱きついた。


「良かった……良かった……」


視線を落とす。暗くてよく見えない土の粒を見ようとするように、頭の中で考える。


いや、まだ分からない。ちゃんと答えを聞いてないし、聞かないって、今約束したばかりだ。僕からじゃない。フゥの選択を尊重する。


でももし、人間じゃないとバレたら呪いが解けるのだとしたら。どの生き物の身体つきとも違うと、ノクターンは言った。フゥは玉座の前で、肉塊同然で保護された。


人間じゃないのなら、その手脚の場所には、本来何があった?手脚だけじゃない。フゥの身体は、本来どんな大きさだった?


布越しのフゥと、目が合った気がした。きっと冷たい顔をしている。だから笑ってみせる。


不気味だと思うか?


もちろん。


怖くなったか。


もちろん。


想像はダメだ。余計な感情を作るだけだ。コライダーを削除した火の魔法を手に出して立ち上がる。


「帰ろうか」


イグリアに抱きつかれながら、フゥは小さく頷いた。そんなフゥに、笑ってピースをしてみせる。

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