31
ロズベールの傷は初めから無かったように塞がっている。洋服が土で汚れたので、庭で着替えて洗濯をしながら、俺を静かに睨んでいる。
「……今回の報告は見送りますが、また同じように暴れたら、次は報告しますからね」
「助かるよー」
「……この後、ノクターン様がフゥ様を連れてこちらに来ます」
「……ほう」
やったなルナミス。お望みの娘が来るぞ。お前が起きないならどうしようか。
「ユリアン様やムムの反応から、これはあくまで私の推測に過ぎませんが」
「あぁ、俺はルナミスとは別の人格、と言っていいな」
ロズベールの横で洗った服を干すフローラの手が一瞬止まるが、直ぐに動く。
「ルナミスはな、ずっと幼なじみである勇者リヒトを見返す為にここまで来たんだ」
リヒトのピアスを机に置く。短冊の中の液体は高純度の魔力の塊だ。見えない人から見ればただの綺麗な液体だが。
「自分だけ置いてきぼりにされた気がして、ざまぁみろって言いたくて、改変魔法を作った。認められて裕福な暮らしの中も、頭の中はリヒトでいっぱいだったよ」
恥ずかしさが湧いてくる。ルナミスの感情だ。どうせお前は、これを墓まで持っていくつもりだろう。俺が代わりに吐露する。
「…………ダサいですね」
フローラが言った。思わず吹き出す。
「だろ?」
「えぇ。情けなくて惨めです」
「そんな……まぁ……」
ロズベールも口篭る。そこは否定してやれよ。それなのに、何故だか心は軽くなる。こいつは、ルナミスは変態か?
「ムムとの関係も?」
「それは知らん。また別だろう」
「シャッテン様なら、寂しさを埋めてたと吐露しそうですけど」
「そんな弱かったっけ?こいつ」
「えぇ。言い出さないだけで」
一番の観客のつもりだったが、俺よりもルナミスを見てる奴ってのはちゃんと居るんだな。俺もルナミスを外から見れたら良かったのに。
外で強い魔力を感じる。フゥとノクターンだ。立ち上がると門が開く音がして、フローラとロズベールが手を止める。
先に行く2人について行こうとした時、心臓が強く脈打つ。
——————
『退けよ』
広がる草原。先は蜃気楼でよく見えないが、空は青く高い。目の前にポツンと立っている無骨なプレハブ小屋。ドアが開いていて、暗い室内に日光が入り込んでいる。その薄暗い部屋の真ん中に、ルナミスが立っている。
『お前の心淵は随分と伽藍堂だな』
『なんで変わってくれなかった』
『あの場で変わったら即死だ』
『それでも、僕からムムに言わなきゃダメだった』
『あれ如きで二度と会えないようならそれまでだ』
ま、1丁前に恋愛してルナミスに、ちょっとした仕返しはあったけど。
『立ち上がる気になったのか?』
『……ずっと否定されたかった。後ろ向きで馬鹿な考えだって、誰かに言って欲しかった。沢山泣いてすっきりしたよ』
『最高だ。それでこそ俺にとっての主人公だ』
プレハブ小屋に入る。身構えるルナミスの背中を蹴飛ばして、小屋の外に放り出す。よろけながら体勢を直して、ルナミスは俺を見る。
『……もう出てくんな』
『当然だ。お前が主人公なんだから』
『……そうかい』
安いパイプ椅子を開いて座る。歩き出すルナミスの背中に、心の底から激励する。
『頑張れよ』
この先も挫けること無く。
——————
瞼を開く。軽くて、存在感の薄いこれが無い事を想像しようと意識するほど、瞼に力が入ってしまう。心の中のこいつも同じだ。
「シャッテン様?」
フローラが横にいる。彼女を雇ったせいで、ムムを傷付けてた。どうして気付かなかったのか分からない。僕の思考の何割が、彼の意識なのか分からない。
身体の重さに目が眩む。顔を抑えた手に血がこびり付く。鼻血だ。あいつ、どれだけ改変魔法を入れたんだ。重すぎる。
フローラから布を受け取って血を拭く。
「ありがとう、フローラ。僕を否定してくれて」
「……気持ち悪い発言ですよ。それに、私は間違ってるとは一言も言ってません」
「間違って無いの?」
「知りませんよ。私が決める事では無いので」
「……確かに」
足音が家の影から出てくる。ノクターンの手を、義肢で握ったフゥは、いつも通りの布で頭を覆っている。
「……フゥ」
「ういあふ!!」
駆け出したフゥが、僕に抱きついた。もう涙は枯れていた。だからただただ嬉しくて、暖かい。
「……おかえり」
「い!!」
ノクターンが僕の前に立ち一礼。僕も返す。
「フゥ様の件、それと、今後の対応について、少しお話があります」
「はい。部屋を用意します」
洗濯をフローラに任せ、ロズベールと4人で談話室に入る。ロズベールがお茶を持ってくる。
「先にフゥ様の件についてお話します」
横に座るフゥが僕の服を掴む。
「フゥ様は人間ではありません」
「妖精さんみたいな?」
……しまった。多分間違えた。
「そうかもしれません」
どっちだ。




