29
過ぎ去っていく木々向こうの景色は、いつか見たファンタジーの景色そのままだ。それなのに頭の中は、帰省した電車の中を思い出している。
母は、いや、前世の母はもう死んでしまっただろうか。それくらいの時が経った。
何かしてやろうと思うばかりで、結果的に先に死んだ。母から見れば、俺は大馬鹿野郎だ。
「シャッテン様」
「なに」
「あちらであっていますか?」
ロズベールが指さす方角に、風車が見える。あんなものあっただろうか。家も随分立派になっている。
「さぁ」
「さぁ?」
「多分そうじゃないかな?とりあえず行こう」
村の馬車待ち場に馬車を停める。馬と言っているが、厳密には馬ではない。
赤レンガの建物が並ぶ、のどかな農村だ。確かに建物は違うけれど、家の並び方や、道の形には見覚えがあった。
「ルナミス?」
声を掛けられる。村でよく話してたおばさんだ。老けたな。名前は覚えてないけど覚えてる。
「ばあちゃん!」
「大きくなって」
大袈裟にハグをして笑う。
「随分変わったね」
「魔法が使えるようになったら、家を造るのはあっという間さね」
ばあちゃんは足元の犬を、引き寄せる魔法で手に抱いた。
「腰を曲げなくていいから、楽ちん」
「それは良かった」
長話になりそうなのを体良く切り、家に向かって歩く。声を掛けられると、手を挙げて挨拶する。
「正解のようで良かったです」
「どう?僕の故郷」
「とても綺麗ですね。最近出来たばかりのように見えますが」
「僕が小さい頃魔物に襲われて、場所を移して再建したんだ。僕が出ていく時にはまだあまり進んで無かったけど」
「……そうなのですね」
それの目の前で立ち止まった。木造の外壁に伸びる蔓。草木が生い茂る庭。ここだけ別世界のような、幻想的な状態。人が住んでるようには見えないが、その外観は確かに、あの時3人で住んでいた家だった。
「ここが」
ロズベールが呟く。庭に入る。土はぬかるんで足を取られる。ドアは外付けの錠が掛けられていて開かない。嫌な予感が胸の奥から湧いてくる。
「ルナミス?」
本日何度目かの呼び声。すっかり嗄れが入ったその声に振り返る。
「……ユリアンさん」
「おかえり」
この感情は、間違いなく俺のだ。ただ見てただけだ。こいつも実際の母では無いし、何なら死んだルナミスの母すら、俺にとっては母では無い。それとこれとは話が別か。
ボロい木造の横にある小さな赤レンガの家、ユリアンに案内されて入る。
丸い間取りのダイニングキッチンに置かれた机には、椅子が2脚。確か旦那は死んだはずだ。
「帰ってくるって思ってたのに、甘かったわ。まさか女の子を連れてくるとは」
「私は立っているので、お構いなく」
「辞めてよ。それに、そんなに長居する気も無いんでしょ?」
湯を沸かすユリアンの背中は、なんだか小さく見える。ルナミスが大きくなっただけか。
部屋の隅に置かれた四角い箱は、リヒトの骨壷だ。
「ユリアンさん」
「んー?」
「僕のピアスって、まだある?」
カップを3つ用意しているユリアンは何言ってるんだみたいな顔をする。
「まぁ……あるけど。ちょっと待っててね」
お茶を入れて、ユリアンはダイニングキッチンを出る。お茶にはまだ手を付けず、窓の外の緑を眺める。
「そのピアスが目的なんですか?」
ロズベールが聞いてくる。
「いいや」
「では、何をしに帰ってきたのですか?」
「親に顔見せるのに理由なんているかよ」
最も、俺も目的はない。ルナミスにとって、大事なのに選ばない物を俺が選択肢に捩じ込む。選ぶべき選択肢が多い方が、物語は面白い。
戻ってきたユリアンが机に置いた、液体の入った短冊のピアス。かつてリヒトとお揃いで装着していた、ルナミスの物。リヒトの物は今俺のポケットの中。
「傷が多くてごめんねぇ。直しておこうとは思ってたけど、まさか取りに来るとは」
「傷がある方が、物語を感じられていいじゃないですか」
そう言って受け取ったピアスを耳に付ける。まだ穴は塞がってない。少し重さを感じるが、気にするほどでは無い。
「どう?」
ロズベールに聞いてみる。
「なんだか少し、子供っぽさが」
「だよねー」
それでも外さない。これは面白い事に使える。
「そりゃあ、あんた達が小さい時に付けてた物だしね」
お茶を飲みながら、3人で少し話す。もはや共通儀式なのか、嫁はできたか、ロズベールがそれか、という絵に書いた餅を食べる会話をする。
ロズベールが立ち上がる。トイレらしい。ユリアンと2人きりになった時、ユリアンが顎に手を置く。
「ねぇ、ルナミス」
「なに?」
「あんた今、どっち?」
……どっち?
「それ、何に対する質問?」
「昔、あんたの母さんが偶に愚痴ってたの。あんたは酷く泣いた後、急にスンとする時があるって、どうしたのって聞いたら、仕方ないから変わってるって。それまで発声も上手く出来なかったのに、流暢に喋るんだって」
あーーーあったわ。そういえば。忘れてた。
「別に、どっちのあんたも解った上で育ててきた。私はね。リヒトも、もう1人のあんたを見てたから、もしかしたらってずっと待ってた」
「………………」
腹がよじれそうだ。心の奥で深く沈む感覚がある。リヒトが待っていたのは、ルナミスではなく俺の方だったか。
最高だ。俺が直接選択することはなくとも、俺の介入は間違いなくルナミスの人生をより面白くする。まだ起きないなら、もうひとつ位面白い事は出来そうだな。
「ねぇ、あんたはどっち?」
「……ルナミス・シャッテン。影の方だよ」
ユリアンは変わらずに笑う。
「おかえり、シャッテン」




