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『おい』
呼ばれて顔をあげる。見覚えのある景色だ。大きなビルが見える、郊外の高架下の交差点。前世の記憶だ。
僕はその交差点に座り込んでいる。目の前に立っている人に声をかけられたんだ。僕だ。目の前に僕が立っている。
『…………僕?』
『この記憶の持ち主だよ。転生したと思ったら、肉体に既に魂があった。俺はお前に成り代わるのは罪悪感が強すぎて辞めたんだよ』
この記憶の持ち主。あぁ、じゃあこの記憶は、僕の記憶じゃなかったんだ。この歳になって、やっと長年の答えがひとつ解決して、少しだけホッとする。
『……ここは?』
『俺たちの心淵部。所謂心の中だな。お前がぶっ壊れたから、こうして仕方なく出てきたんだよ』
『……あぁ』
『あぁじゃねぇよ』
彼は頭を掻きながらため息をつく。僕の前に歩み寄って、胡座で座る。
『フゥとかムムとか、お前がやるべき事はまだ残ってるだろ。何してんだよ』
『…………もういいよ』
『よくねぇよ』
『もういいんだ。僕には何も出来ない。最初からそうだ。リヒトに置いていかれた時に気付くんだった。無理やり出来るって思い込んで、抱えきれない物を背負ってしまった』
両目を閉じて、両耳を塞ぐ。もう何も見たくない。何も聴きたくない。そんな僕の目を、彼が指でこじ開ける。
『…………』
何か話してる。指が離されて、また暗闇に落ち着く。今度は耳を塞ぐ手を引き剥がされる。
『俺がこの身体、貰っちまうぞ』
『いいよ……好きにして……地獄みたいな状況でごめんね』
『はぁ〜……ダル』
彼が前髪を上げる。それだけで、僕とは違う人みたいに見える。あれ、どうして見えてるんだろう。目を閉じても見えてしまう。さっきまでそんなこと無かったのに。
『主導権は貰ったぞ。ルナミス』
『……そう。頑張ってね』
『勘違いするなよ。俺は傍観者のままで居たいんだ。お前が選択が出来る状態まで持っていく。その後は、お前に代わるからな』
『…………要らないよ』
『こんな情けない奴のセックスを見せ付けられたのかよ。腹立つな』
——————
目を開ける。ソファで寝ていたらしい。横にいるイグリアがウトウトしている。
「イグリア」
声を掛けると、イグリアがパッと顔を上げた。泣き腫らしたのか、目が真っ赤だ。
「先生!!?大丈夫!?」
「問題ない」
ヴェイルの事は聞けそうにない。俺だってわかってる。死者が生き返るなら、リヒトも生き返ったはずだ。
「お前の保護者は?」
「顔は合わせたよ……先生が心配で、ここに残ったの」
「そうか……ありがとう」
まぁ、ルナミスならこう言うだろう。横で動く気配がしてそちらを向く。モスウッドだ。
「起きましたか」
「……あぁ」
「ヴェイル君の死亡が確認されました。保護者に引き渡し手続きを終えた後です」
「…………そうか」
保護者と直接顔を合わせなかったのは幸運だ。何を言われるのか、薄々予想は着く。それはルナミスにとっては追い討ちになる。
「あなたはこれからしばらく休養です。ご自宅でゆっくりしていてください」
「言われなくても、そうさせてもらうつもりだ」
「1人、監視役兼お世話係を付けさせて貰います。既に家に手配済みです」
「フローラの仕事を取る気か?」
「彼女もこちらで臨時報酬を渡します。同じく監視役兼お世話係として、これからも務めて貰います」
「ムムと会ってもいいのか?」
「構いませんが、接触が確認でき次第、すぐに私が駆けつけます」
じゃあ、セックスは無理か。残念だが、これは俺の身体じゃないし、まぁ仕方ないか。それにムムの裸は、それこそVRゴーグル越しに見てきたようなものだし。
「じゃ、僕はもう帰ります」
立ち上がる僕の服を、イグリアが掴む。更に泣きそうな顔をして見上げてくる。
「先生!?大丈夫だよね!?先生も死んだりしないよね!!?」
居た堪れなくなる。頭を撫でてやる。人の頭を撫でるという行為を、それこそ人生で初めて行った。あまりいい形では無いが。
「……当たり前だ。大丈夫」
当然だ。俺はルナミスを死なせる気は無い。ルナミスという主人公の生き様を観ていたいだけだ。こいつが何をなし得ようと、何を失おうと、最終的にどう死のうと、それを観て楽しんでいたいだけだ。
イグリアが手を離す。モスウッドに小さく会釈をし部屋を出る。建物を出るとすっかり暗くなっており、街の灯りが煌びやかに彩っている。
「……本当に臭いな」
日本とはまるで違う。牛の糞よりも最悪な匂いだ。これでは眠るのも難しいぞ。
「先生?」
声に振り返る。イグリアが付いてきた。友人の死で不安なのは分かるが、モスウッドは止めろよ。
「…………イグリアは帰れるのか?」
保護者に先に帰って貰ったと言っていたな。モスウッドが送るのだろうか。
「えーっと……」
「よし、送って行ってやるよ」
「えっと……いいの?」
「先生として当然だ」
俺の中の先生のイメージだが。さて、初めての魔法だ。ずっとラーニングはしてきた。手を出す。極彩色の流動体が溢れ出る。これが魔力か。頭の中に地図を思い描く。ルナミスの記憶で作ったが、多分正確だろう。
「何処まで?」
「え?えっと、図書館まででいいよ。2番地区の」
「えーっと……OK」
イグリアの手を掴む。イグリアが一瞬ドキリと反応するが、握り返してくる。
「……よし」
指を鳴らす。景色が変わる。言われた図書館まで転移する。
「……え?」
「ここからは帰れるか?」
「え?う、うん。ありがと……」
微妙な反応だ。……いや待てよ、そういえばルナミスは魔法の才能はあまり無かったな。無闇にやらない方がいいか。
わざとらしく胸を抑えて息を荒らげる。
「ふぅ……無理やりやるもんじゃないね」
「……ううん、ありがと先生」
「いいえ。じゃあまた」
「うん」
イグリアに手を振って道を歩く。視界から消えた所で立ち止まり、疲れてる風を止める。
俺が初めから表にいたら、それこそリヒトと一緒に旅に出てたかもしれないな。まぁ、俺は別に、第2の人生で役を演じたい訳じゃない。
「さてと……どうするかな」
俺の目的は、あくまでもルナミスが立ち上がる為だ。その為の材料を集めないといけない。俺がまた観客席で観ていられるように。さて、何から始めようか。




