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「シャッテン様」
揺すられてハッとする。ノクターンが僕の方を揺する。それを振りほどく。
「お前……」
「申し訳ございません。治療を行う際の確認作業の際発見したのですが、この様な扱いをするとは、私も聞かされておりませんでした」
深々と頭を下げられると、もう何も言えない。歯ぎしりが出る。
「……つまり、フゥの為にムムを売れと?」
「そうなります」
「ムムが何をしたんだよ。教えてくれないと返事はできない」
「……それは、私からは言えません」
「はぁ?」
モスウッドが横に来る。腹の虫が収まらないが、ぶん殴る訳にもいかない。
「クソッタレだよ」
「君の個人的な尊厳を利用した事は、本当に申し訳ないと思っている」
「嘘こけ」
「あぁ、嘘だ」
「認めんなよ」
「イグリア君とヴェイル君が個室で待機している。君には彼らの保護者が到着するまで、2人と居て欲しい」
「……フゥは」
「こちらで預かる。より詳しい身体検査を行った後、再び君に任せたい」
「………………ムムについて教えろ」
「殺人、死体遺棄、盗み、機密情報の漏洩。資料を用意する。先に子供たちの方を」
「………………わかった」
右目を手で抑える。大きく下に引っ張る。あぁ、なんか疲れたな。お腹も減った。肉が食べたいな。
大講堂を出て廊下を歩く。幾つか並んだ個室の中の、指定されたひとつを開ける。カーテンで締められた窓がひとつだけの小さな部屋に、これまた小さな机がひとつと椅子がふたつ。
奥にイグリアが座っている。
「先生……」
「ヴェイルは?」
僕の問に、後ろのモスウッドが応える。
「隣の部屋に居る。私は資料を取ってくる」
そう言ってモスウッドは扉を閉めた。空いている椅子に座る。
「気分はどうだ?最悪か?」
「うん……」
「大丈夫。何も無いよ。保護者が迎えに来るまで待ってるだけ」
「うん……」
俯いたままのイグリアが泣いているのが見える。なんて言葉を掛ければいいか分からない。自分のことすら何も整理できていない。
「レオロスとカシアンの治癒をしてくれたって聞いたよ」
「それしか……出来な、かった」
「十分だ。ヴェイル達の事は、こっちでも何とか出来ないか考えてみるから」
適当な言葉を並べている自覚があった。どうすればいいかなんて分からない。どうすればいい?
「うん……」
「……ヴェイルを見てくるよ」
席を立ち部屋を出る。隣の部屋は全て同じ間取りで、奥にヴェイルが座っている。
「…………」
「……………………」
席に座る。ヴェイルの顔は、虚無に近かった。
「今、保護者が来るまで待っている」
「…………あぁ」
「ヴェイルがやった事は褒められることじゃないが、それを裁く事は無い」
「……でも、魔族だって」
「それは……大丈夫だよ」
何が大丈夫だ。情けなくて仕方ない。ヴェイルも小さく息を吐く。
「……そうやって我慢し続けて、この先何があるの?教えてくれよ先生」
「それは……」
「分かってるよ、俺は馬鹿なことやった。フゥちゃんがどうこうじゃない。ただ許せなかった。なぁ、俺の家、どうなっちゃうの?」
ギルバート家は、代々魔法使いの家系だ。改変魔法に対しても寛容であり、それで新しい財を築いている。それでも、昨今の魔族差別の対象から外れた訳じゃない。
「……なんともないよ」
きっと。
「俺の責任だ。家は悪くない。なぁ先生。何とかならないかな?」
ドアが開いた。モスウッドが顔を出す。席を立ちながら、ヴェイルの頭を撫でてやる。
「何とかなるように、僕も頑張るから。ちょっと離れるね」
ヴェイルの顔は晴れなかった。後ろ髪を引かれる感覚のまま部屋を出る。
歩きながら、モスウッドの持っている資料を受け取る。ムムの起こした事件の概要が、事細かく書かれている。詳細は後回しにし、ただ紙を捲って見出しを見る。
山中にて複数の損傷した遺体の発見。街中の空き家でも同様の事件。複数の事件の魔力残穢から、ムムの同一犯行として調査。そこから、機密として扱われている複数の魔法を、他の魔法使いに横流しをしていたり、その機密魔法を侵入、窃盗したり……
「こちらは公には公表していません。指名手配であると同じく、彼女は貧しい地域にて魔法を使い、その地域の生活を豊かにしてきた経歴もあります」
最後の犯罪履歴は、僕と出会ってすぐの死体遺棄だ。
「…………この先は?」
「これ以降、彼女の犯罪と思われる事件は起きていません」
ため息ばかりが落ちる。モスウッドに紙を突き返す。適当なベンチに座って頭を抱える。
「これ以降の犯罪が無いのに、心当たりが?」
「……僕と出会ったのがその年だよ。関係を持ったのは、そこから1年後」
「なるほど。事件について、何か言っていた記憶は?」
「確かに表舞台に立つことは嫌がってた。でもそれは、元からあった既得権益者への風当たりの強さが原因だと思ってた」
「……今回の情報で、彼女への気持ちは変わりませんか?」
「変わらないよ。まだ僕は、お前らが"魔王"をでっち上げる為の矛先を新しく用意したと思ってるよ。そしたら何か?僕も次の魔王候補か?」
「……いいえ。あなたでは無理です」
「まるで本当に、魔王候補を探してるみたいだな」
「はい。魔王として裁く人間は探しています。ですが、大魔法使いムムの罪は変わりません」
頭を掻き毟る。ダメだ。何も考えたくない。早く帰って寝たい。
「……ヴェイルの様子を見てくる」
「はい」
むしゃくしゃした足取りで廊下を歩く。佐伯は何度右目を覆っても、前世の記憶を見れない。昔から嫌なことがあると、よく前世の記憶に逃げていた。何か成し遂げた訳でもない、ただその世界のごくありふれた普通の人として、それなりに幸せに生きていたあの記憶。戻りたいなと、よく思う。
ドアを開けると、ヴェイルがカーテンを首に巻き付けて項垂れていた。
「………………ヴェイル!!」
すぐにカーテンを首から外す。息をしていない。顔は既に真っ青になっている。首を少し上げて、気道を確保する。
「ヴェイル!!起きろ!!ヴェイル!!!!」
ダメだ。それだけは絶対にダメだ。プライドで決闘していい。家族に迷惑を掛けてもいい。でも自分で死ぬのだけは絶対にダメだ。
何度も揺すった。何度も声を掛けた。僕の声に人が寄ってくる。イグリアがドアの前で座り込んでいる。モスウッドがどこかに走り出す。ノクターンが治癒魔法を掛ける。
僕は、何をしているんだろう。この空間の中で、自分が何処にいるか分からなくなる。歪んでいく視界の中でも、ヴェイルは動かない。




