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『リヒト、行ったわよ』
頭まですっぽり覆った布団の向こう、外から声がする。カーテンを開ける音とともに、透ける布団の模様が見えるようになった。
『いつまでそうしてるつもり?』
ユリアンさん。リヒトの母がそう言う。
『そろそろ村のみんなも、死んだと勘違いするわよ?』
『……じゃあ、死んだって事でいいよ』
『馬鹿ねぇ。いい訳ないでしょ』
布団をひっぺがされる。顔を見たのは何時ぶりだろう。いや、多分1週間も経ってない。
『……それは俺が、実の息子じゃないから?』
『はぁ〜。そういうこと言うと、ほんとに追い出すわよ』
『ごめん……』
ベッドの隅で蹲る僕の横に、ユリアンさんが座る。少し痩せた気がする。いや、こんなもんだっただろうか。
『あんた達ふたりを見てると、なんだかずっと居た堪れなくてね……なんだかやっと、一区切り付いたって気がするわ』
『それ、リヒトにも言えんの?』
『もちろん。さっき言って来たわ。あの子はずーっと、手のかかる子だったもの。よく比較されてたわ。ルナミスはあんなに出来のいい子だったのにって』
『形勢逆転じゃん』
『あら?もう終わった気なの?』
『人生って、思ったより短いんだよ』
『詳しいのね。だったら、どうしてそんなに落ち込んでるの?』
『………………』
分からない。いや、言葉に出来ない。挫折も失敗も、記憶の中には沢山あるはずなのに。
『本当は、あの子にも行って欲しくは無かったわ。あなたが悔しいと思うなら、あの子にぎゃふんと言わせないと、つまらないじゃない?』
『それで負けたリヒトが帰ってくるために?それ、親が言っていいやつ?』
『これは内緒ね』
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知らない天井がある。こんな言葉を実際に考える時は、前世には無かったな。思えば、思い出す事はすっかりこのルナミスの時の記憶ばかりになった。
右腕がある。起き上がってみるが、腹に痛みも無い。あの日のベッドよりも数段綺麗で、逆に落ち着かない。
「おはようございます」
全く見えなかった。ベッドの横に立つ人を見上げる。白いローブに、長いブロンズの髪。顔は白い布で隠しており、医療教会の紋章が描かれている。
「……どうも」
「ノクターンと申します。今回シャッテン様の治療を務めさせていただきました」
右腕を上げる。指を閉じたり開いたり……痺れもないし、普通に動く。
「僕はこれで"完治"なのかな?」
ノクターンは首を傾げて、麗しそうに笑う。
「シャッテン様の治療は、腹部の刺し傷のみですよ?」
「は?右腕も……」
そこまで言いかけて思い出す。ノクターンはゆっくりと、傾げた首を戻す。
「あなたの右腕は、最初から怪我などしていません」
「…………」
「そうですよね?」
再生魔法。治癒魔法ではどうしようも無いような重篤な怪我、欠損を治すことの出来る、医療教会の最高機密の魔法だ。僕が知っているのは、ムムがその話を知っているからで、一般的には「あったらいいのに」な眉唾として知られている。
「…………あぁ、そうだね」
ノックの音と共に、モスウッドが部屋に入ってくる。ベッドの横に座る。息苦しいらしいスーツに戻っている。こっちの方が通常に見えるが、多分本人からしたら違うのだろう。
「……フゥは」
「怪我はありません」
「そういう事を聞いてるんじゃない。何のつもりなんだよ」
「落ち着いてください」
「分かってたろ?差別されるのも。なんならずっと監視してた。だからすぐに駆け付けた」
「はい」
「処刑する口実作りか?魔王にでっち上げるって、言ってたもんな?」
「あなたも、それはありだと言いましたよね?」
腹立たしい。殴り合いじゃ奇跡が起きても勝てないのが余計。
「学校という閉鎖的なコミュニティにフゥを連れ出す為に、僕の所に連れ込んだんだろ?」
「いいえ」
否定したのはノクターンの方だ。
「私がお願いしたのです。リヒト様は、あなたの話をよくしていられたので。フゥ様がリヒト様のご知り合いなのであれば、少しでも信頼出来る人に頼みたいと、私が進言しました」
「………………?」
理解してない僕に、モスウッドが言う。
「勇者一行の中で、高度な魔法を使用していたのは男性です。そもそも我々は、彼女を身体的特徴から女性だと判断したまでで、実の所、性別は不明でした」
「………………??」
こんな所で前提条件をひっくり返してどうするんだ。いや、死体の数が6体ならば、別にひっくり返ってないのか?
「…………つまり?」
「振り出しに戻ったと言っていいでしょう。体裁上の魔王裁判をした後、彼女はしばらくこちらで預かります」
「その魔王裁判で黒だと言われたらどうするんだよ」
「それはありません。同行していたギルバート家の彼も、家系の証明があるので黒にはなりません。最も、家の評判は保証しませんが」
「…………お前、誰の味方だよ」
「我々は"人間"の味方です」
そこを強調することの嫌らしさに、右肘が痒くなる。




