19
僕は今、自宅のソファで座っている。エンバーが腕を組んで僕を見下ろしている。フゥの義足は既に元通りになった。メルプもレオロスもカシアンも、何事も無かった様に帰宅していた。
「俺は今、キレている」
「だからって、僕にこれから出来ることは無い」
2人だけの部屋で、エンバーはソファの横から動かない。目線を合わせず、僕は机の上にあるふたつのグラスを見つめる。
「もちろんお前に落ち度は無い。治癒魔法を解禁したのは医療教会様で、歪な使い方をしだしたのは社会の方だ」
「まぁ」
「俺が義肢をそうしたのも、治癒魔法の解禁、お前という前例を恐れたからだ。魔法学科に行くと聞いていたら、そもそも義肢なんて作らなかった」
「…………」
エンバーがため息をついて、僕の向かいにあるソファに座る。酒を一気に飲み干して顎を引き僕を見やる。
「ルナミス。俺たちが作ったのはただの仕返しの為のおもちゃじゃなくなった。人の命に関わる恐ろしい物を作ってしまったんだ」
魔導書の設計を一緒に考えて、形に落とし込んでくれたのはエンバーだ。でも世間的には、僕1人の名前になっている。
「で?つまり僕に何が言いたいんだよ」
「フゥを魔法学科に行かせるのはやめろ」
「フゥの選択だ」
「お前が止めないでどうする。これ以上、俺たちの成果が社会を蝕んでいたら、お前の死んだ友人に顔向けできるのか?」
エンバーを睨む。臆することなくエンバーも睨み返してくる。
「エンバーも夢見た下克上は、失敗だったと?」
「戦闘というものが何か、俺もお前も知らなかった。人はこんなにも、好奇心で血を流せる」
「それをフゥ1人に押し付けて、やりたい事を閉ざしたくない」
「だったら、そうしない為の何かを、お前が作り出せ。改変魔法のように」
「…………分かってる」
頭を搔く。そのまま右目を覆う。左目だけを動かして、エンバーから目を逸らす。
「……ムムとつるんでから、随分と変わったな」
「…………」
「また来る」
エンバーが部屋を出ていく。長いため息を吐く。新しく作れなんて、エンバーも随分無茶を言うようになった。きっと、まだ僕が天才だと思ってるんだろう。というか、ムムは関係ないだろ。
部屋を出て、水を飲みにキッチンに行く。フゥが文字を書く練習をしている。
「もう寝る時間だぞ」
「あ」
フゥが顔を上げて、紙とペンを片付け始める。グラスに水を取り、一気に飲み干す。大きく息を吐いて、そのままキッチンを後にする。
歯を磨く。フゥは下顎を外し、上の歯だけを磨く。口をゆすぐ代わりに布で拭き取る。
寝る準備が出来、フゥが部屋に行くのを見送る。
「おやすみ」
「い」
自室のドアを閉め、灯りを付けると、ベッドにムムが座っている。
「おっそ」
「……どこから入った?」
「転移魔法だけど?」
「…………」
転移魔法は、元は大掛かりな方陣や器具を使って、街と街を繋ぐ為の魔法だ。それくらいに、個人で扱う事を前提としていなかった。
転移する場所が見えないし、転移する物を選別しないといけない。個人で使おうとした人が、街の真ん中に、複数人が、全裸で転移してくるなんて事はそれなりにあった。
改変魔法が使えるようになった今も、見えない場所に転移するのはかなり高難易度だ。僕が知る中では2人しか出来ない。フゥと、ムムだ。
「……魔力のおこりでバレたりしないだろうな?」
「えぇ?困るの?」
「そういう事やってると、また魔族って呼ばれるよ」
ムムが頬を膨らまして、不機嫌ですをアピールしてくる。服の首元を緩めて椅子に座る。背もたれを前にして腕を置く。ムムが窓の外を見ながら言う。
「エンバー、随分と機嫌が悪そうだったけど」
「あれがデフォルトだし、今日は割と冷静だった」
「詳しー」
「無意味に10年も友人やってないよ」
思えばもう、エンバーとはリヒトよりも長い付き合いになった。直接顔を合わせる事はめっきり減ったが、それでも顔を合わせれば会話に花は咲かせるし、こうして真面目な話もする。
でもエンバーには、リヒトの事を詳しく話したことは無い。
「羨ましいなぁ」
「本気?」
「もちろん」
なのに僕の頭の奥底には、あいつが、リヒトが今も居る。何時まで気にしてるんだろうか。
背もたれに頭を落としていると、ムムがまた僕の頭を撫でる。
「別にいいって」
「あたしがしたいからいいの」
「…………」
「リヒト君を気にしちゃう気持ち、あたしは分かるから」
別にそんな事を言って欲しいとは思ってない。むしろ、馬鹿馬鹿しいと誰かに言って欲しい。でもそれを、自分から頼むのは違う。
意味不明な唸り声を出しながら頭を上げて、ムムの手から離れる。ムムが残念そうな顔をする。
「あーあ」
「フゥが寝てる」
「はいはい。じゃあ、また来るね」
そう言って手を振って、ムムが消える。ムムの匂いが部屋に微かに残っている。
窓を閉めて、ベッドに転がり込む。ムムのこういう所は苦手だが、そういう所に甘えているのも事実だ。
眠いようで、脳はいつまでも考え事を辞めない。朝が来た時、自分が寝ていた自覚が薄い。




