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「だからって、あんなボコボコにしなくてもいいだろ」
「本当に、ごめんなさい」
顔を冷やすヴェイルに、メルプが深々と頭を下げる。
「あれだけ興奮してる奴は、あれくらいやらないとな。痛覚鈍ってるだろうし」
「今超痛え」
旧校舎の2階で、ヴェイルがイグリアの治癒魔法を受けている。本来の治癒魔法係は、最初の爆炎で逃げ出したらしい。
フゥに関しては、今回こそ無傷だったが、同じような事がまた起こった時、同じように介入するべきかは要検討だ。
「お前本当に転移魔法か?時間遡行とか、そういう上級魔法じゃねぇの?」
「転移魔法だよぉ。わいは魔力容量がゴミカスだから、そんな魔法使えないし」
「なんだよ最後の瞬きって。構えてる状態で瞬きすれば、どんな姿勢でもその時の姿勢に戻るのか?」
ヴェイルの愚痴に、メルプの代わりに説明する。
「転移魔法の転移後の姿勢は、基本的に転移前の状態のままだが、メルプの転移魔法は対象を自分だけ、転移場所を指定から保存、読み込みに変えているから、転移後の姿勢も保存と読み込みに対応させてるんだよ」
初めて見た時は関心して、僕も同じ設定を組んで試した事がある。
これがまぁ難しい。自分で発動したとはいえ、突然自分の姿勢が変わる。蹴りをして転移した後、足に力を入れてないとそのまま崩れ落ちる。全身の力の加減を、どう変わるのか理解して調整しないとまともに動けない。
それに、瞬きのタイミングもかなり重要になる。ここは読み合いの世界だ。
「それじゃ俺が、魔力容量がカスに負けたみたいじゃねぇか」
「今それを言ったんだよ。わざわざ自分で言語化するか?」
モゾモゾと言葉が詰まるヴェイルが、不貞腐れて横を見る。
「ヴェイルやフゥが才能があるのは間違いない。改変魔法ってのは、お前らみたいな才能マンを、持たざる者が一矢報いる為に僕が作ったんだから」
ヴェイルは才能のある奴を欲しているからフゥに優しかったあって、魔法の才能の無いメルプには冷たい。
「じゃ、じゃあわいはこれで……」
「あぁ、次はあんたに決闘を挑むからな」
「えぇ……」
嫌そーな顔をしながら、メルプは帰っていく。割れた壁の向こうから夕日が見える。
「はい。おしまい」
イグリアの治癒魔法が完了する。ヴェイルの顔の火傷や腫れは殆ど収まっていた。当たり前だが、治癒魔法とは本来こういう物だ。欠損などの大掛かりな怪我は難しくても、皮膚の範囲なら治せるのだ。
フゥは頭をゆらゆら動かしながら夕日を見ている。そんなフゥを、イグリアとヴェイルが見る。
「……よし、みんな帰るぞ」
全員が立ち上がる。さっきまでの激闘が嘘のように、伸びをしたり欠伸をしたりしながら歩いている。
3人を見ていると、自分の学生時代を思い出す。僕の鬱憤と、仕返しの為の改変魔法計画を、こんな風に友人に話して家に帰ってたっけ。エンバーと、あともう1人。あいつ、今何してるんだろう。元気にやってるといいな。
「フゥちゃんって、飯どうするの、その布付けたまま食べるの?」
フゥが頷くと、ヴェイルは目を細めて笑う。
「じゃあさ、このまま夕飯食べに行こうぜ。改変魔法について、ちょっと先輩の俺が色々教えてやるからさ」
フゥが僕を見る。それを見てヴェイルが、徐々に何かを察したような顔に変わる。代わりにイグリアが言う。
「フゥちゃんは先生のお家に住んでるんだもんね?」
「そうだね」
「はぁー……魔導書に予め魔法がある訳だ」
「そうだね」
「風呂とかどうしてんの?」
「そういうのはプライベートだぞ」
「いや、こんなの気になるでしょ!なぁイグリア」
「いや、でも聞かないでしょ。あと馴れ馴れしく呼ばないで」
「えぇ」
話の中心のはずのフゥは、首を左右に動かして、会話を追いかけるのに精一杯らしい。その動きがなんだかおかしくて笑ってしまう。
「フゥちゃん、顔見せてよ」
ヴェイルが言う。僕とイグリアが冷ややかな目を送る。
「俺、フゥちゃんとは仲良くやれそうな気がするんだよね。大丈夫。俺はどんな顔でも避けたりしない」
フゥが僕を見てくる。正直に言うと、断っていい。だがそれもまた、フゥの自由を取る気がしてならない。
「いや、ダメでしょ。それは仲良くなった後、フゥちゃんが決める事だから」
イグリアがバッサリ言う。そうやって言えない自分が情けない。
そんな中、フゥがゆっくり腕を持ち上げる。布の端を掴んだ。
「……フゥ?」
そのままフゥは、布の前部分を持ち上げた。ヴェイルの顔が固まる。イグリアは2歩後退り、口を手で覆いながら尻もちを付いた。
首元まである包帯。顎はサラの木で作られた、精巧な人形のよう。
そこから上、上唇からは、全ての皮膚が無い。赤黒い肉が剥き出しで、鼻は呼吸の穴しか無い。
右眼のあるはずの場所は、闇を飲み込んだ穴が空いていて、瞼の無い左眼が、真っ直ぐ2人を見ている。
「い」
フゥが笑うように、小さく発声する。そうだよな。そりゃあ、怖いよな。僕はなんだか、もうすっかり見慣れたというか、こんなフゥを愛おしく思ってしまっている。
そこから先は、ヴェイルもイグリアも、何も言わなかった。フゥは首を傾げて、また布を下ろした。




