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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第5話 検証結果と、記録を作る相棒

第三管区、中級迷宮『白砂の廃坑』ゲート前。


 直近数日の間に、未確認の「個体異常」が報告されている警戒エリア。そこに、検証配信者である雨宮澪は待ち構えていた。


 彼女の周囲には、三台の自律追尾型『高精度認証カメラ』が浮遊している。いずれも一台数百万円は下らない、協会指定の最新機材だ。さらに彼女の隣には、検証の公平性を担保するためのギルド法務部からの立会人が腕を組んで立っていた。


「時間通りね。榊冬真さん」


「ああ」


 指定時刻の五分前。灰色の防刃ジャケットに安価な直剣を下げた冬真が姿を現した。


 澪は冬真と直接対面するのは初めてだったが、愛想笑いも握手も求めなかった。彼女の目は冷徹に、目の前の男の立ち姿を観察していた。


「事前にメッセージでお伝えした通り、この検証はあなたの名誉を回復するためのものではありません」


 澪は淡々とした口調で告げた。


「私が使うのは複数の認証機材と、外部の波形ログ、そして第三者の立会いです。これらを用いて、あなたが過去二回の動画で見せた挙動が『本物の技術』なのか、それとも巧妙な『仕込み』なのかを完全に白黒つけます。私はあなたを信じに来たわけではありません。事実を確定させに来ました」


 敵意ではない。検証者としての絶対の矜持を持った言葉だった。


 それを聞いた冬真は、不快感を示すどころか、短く頷いた。


「合理的だ。俺の目的も、否定できない記録(ログ)を残すことだからな」


「……わかりました。では、配信を開始します」


 澪が手元のコンソールを操作すると、三台のカメラのランプが一斉に赤く点灯した。


『キタキタキター!』


『本日のメインイベント! CG詐欺師の公開処刑会場はこちらですか?』


『澪ちゃんの機材じゃ絶対ごまかせないからなw』


『A級のカメラの映像も仕込みの可能性あるって黒川が言ってたし、どうなるか見ものだわ』


 配信開始と同時に、同接数はあっという間に五万人を突破した。


 大半は、暴露系配信者の黒川に煽られて「D級のメッキが剥がれる瞬間」を見に来た冷やかしの層だ。


「これより迷宮に入ります。榊さんは普段通りに探索を進めてください」


 澪の指示に従い、冬真は無言でゲートを潜った。


 澪と立会人は、冬真の邪魔にならないよう一定の距離を保って追従する。


 迷宮の内部は、灰色の岩肌がむき出しになった無骨な洞道だった。


 冬真の足取りは、過去の配信映像と全く変わらない。ただ黙々と歩いているように見えて、その視線は常に岩盤の強度、足元の荷重、風の抜け方を測り続けている。


 それを追う三台の認証カメラは、迷宮内の大気魔素の微細な変化をリアルタイムでグラフ化し、画面の隅に表示し続けていた。


 二十分ほど進んだ、その時だった。


 ピタリと、冬真が足を止めた。


『お?』


『なんか来たか?』


 視聴者が沸き立つ。


 だが、澪の手元のコンソールに表示されている魔素波形グラフには、まだ何の異常も示されていない。立会人も首を傾げている。


 冬真だけが、前方三十メートルの分岐路――その奥の暗がりを見据えていた。


(……空気の反響音が重い。右奥の通路、魔素の淀みが実体化している)


 七年間の極秘任務で培われた、異常な精度の前兆読み。


 冬真は、この奥にB級相当の異常個体が徘徊していることを完全に察知していた。


 コメント欄は『どうした?』『ビビってんのか?』『早く進んで敵倒して本物だって証明しろよ!』と、派手な戦闘を煽る言葉で埋め尽くされていく。


 だが、冬真の判断は彼らの期待を完全に裏切った。


「ルートを変える。左の迂回路へ進むぞ」


「え……?」


 振り返り、澪と立会人にそう告げた冬真は、異常個体がいる右の通路には一切近づかず、あっさりと背を向けて左の安全なルートへと歩き出したのだ。


『はあああ!?』


『逃げたwwwww』


『戦えよ! それじゃ証明になんねーだろ!』


『やっぱヤラセ用の仕込みの敵がいなかったら何もできないんじゃんwww』


 一斉に加速するアンチコメント。


 しかし、澪だけは画面の文字を見ていなかった。彼女の目は、手元の『魔素波形グラフ』に釘付けになっていた。


「嘘……」


 冬真が左のルートへ足を踏み入れ、右の通路から完全に距離を取った『五秒後』。


 澪の持つ最高精度の認証機材が、ついに右奥の通路から発せられた『B級相当の魔素異常』を検知し、強烈なレッドアラートを鳴らし始めたのだ。


「榊さん、あなた……」


 澪の震える声に、冬真は歩みを止めずに答える。


「右奥にB級相当の変異個体が発生していた。周囲に民間人はおらず、あちらもこちらに気づいていない。無用な戦闘リスクを負う必要はない」


 澪は機材の警告が鳴り終わるのを待たず、配信のマイクを入れた。


「視聴者の皆さん、見てください」


 澪は配信の音声マイクに、はっきりとした声で言った。


「たった今、ギルド指定の最高精度機材がアラートを鳴らしました。右奥にB級個体がいます。ですが榊さんは、機材が反応する『五秒も前』にそれを察知し、未然に危険を回避しました」


『え……?』


『マジでアラート鳴ってる』


『機材より早く気づいたってこと!?』


『倒すんじゃなくて、逃げるのが正解なのか……?』


「はい。周囲に救助対象がいない状況下において、無傷で危険地帯を迂回することは、探索の安全基準における最高評価の行動です。彼の『見えている情報』は、最新鋭の機材すら凌駕しています」


 澪の理路整然とした解説と、画面に表示された動かしようのないデータ。


 それが、アンチたちの嘲笑を強制的に沈黙させた。


*


「――はいはい! CGじゃなかったですね! すんませんしたーっ!」


 同じ頃、自身のチャンネルで澪の検証配信をミラーリングしていた黒川彰は、大げさに両手を合わせて頭を下げていた。


 複数機材と立会人による検証。もはや「CGだ」「加工だ」と言い張ることは不可能だった。


 だが、黒川は敗北を認めて消え去るような殊勝な男ではない。彼は即座に、持ち前の悪辣な話術で『論点』をスリ替えた。


「いやー、機材より早く敵を見つけるD級とか、マジでバケモンじゃないですか! でもさぁ、皆さん思いません?」


 黒川はニヤリと下品な笑みを浮かべ、カメラを指差した。


「そんなスゲー技術持ってる奴が、なんで今まで『実績ゼロのD級』なんて隠れ蓑を使って生きてたんでしょうね? 普通に考えたら、表に出られないヤバい理由――例えば、過去に重大な犯罪歴があるとか、経歴を偽造してるとか、そういうことじゃないっすか?」


 CG疑惑が晴れた途端、今度は「経歴の闇」という新たな疑惑へ。


 黒川にとって、冬真が本物だろうが偽物だろうが関係ない。数字(クリック)を稼げる『商材』であればそれでよかった。


 コメント欄のアンチたちも、黒川の提示した新たな叩き棒に飛びつき、『確かに怪しい』『前科持ちかもな』と騒ぎ始めていた。


*


 それから一時間後。


 規定のルートを回り終え、一切の戦闘を行わずに安全エリアへ帰還した冬真たち。


 澪は、配信のカメラに向かって深く頭を下げた。


「本日の検証結果を報告します。榊冬真さんの見せた挙動、および状況判断能力は、すべて『本物』です。各種データに一切の加工や不正は見られませんでした。過去の配信で私が提示した『加工の可能性』について、完全に撤回し、訂正させていただきます」


 一切の言い訳を挟まない、検証者としての誠実な訂正だった。


 そして澪は、カメラの録画を止めずに、冬真の方へと向き直った。


「榊さん。一つ、提案があります」


「提案?」


「あなたの持っている技術は、安価な端末の映像では正確に伝わりません。ノイズが多すぎて、視聴者に『フェイクだ』という誤解を与える隙を作ってしまいます」


 澪は冬真の目を真っ直ぐに見つめた。


「私が、あなたの配信の『記録』を担当させてくれませんか」


「……あんたが?」


「はい。私が各種認証機材を提供し、あなたが見ている情報を正確に言語化し、ネット上の誤情報を整理します。あなたは余計なことを気にせず、ただその異常なまでの安全手順を実行することだけに集中してください」


 それは、検証者から『制作パートナー』への転換の申し出だった。


 冬真は少しの間、沈黙して考えた。


 彼が欲しいのは「公開実績」だ。そして実績を正当に評価させるためには、撮影後の改変を検出できる公的認証レベルの記録が必要不可欠だった。澪の申し出は、機材投資のコストをゼロにし、さらに情報整理の専門家までつくという、実務上極めてリターンの大きいものだ。


 それに、一度疑いを持った上で、事実に基づき自らの間違いを正せるこの女は、信用に足る。


「……合理的な提案だ。俺に異存はない」


 冬真が短く答えると、澪の口元に初めて、ごく僅かな笑みが浮かんだ。


「契約成立ですね。よろしくお願いします、榊さん」


 世間を騒がせたCG・ヤラセ疑惑は、これをもって完全に終結した。


 しかし、冬真の『無名であること』に対する別の疑念は燻り続けている。それを実力と公開記録のみで塗り替えていくための、二人の共同作業がここから始まる。

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