第49話 S級認定
「――以上が、第四十七回S級昇格審査における特例適用および、最終評価の全容である」
探索者ギルド本部の大会議室。
長方形の巨大なマホガニー製のテーブルを挟み、ずらりと並んだ審査委員たちの中央で、高瀬慎吾が分厚いファイルの束を閉じた。
彼の対面には、灰色の防刃ジャケットを着た榊冬真と、タブレットを抱えた雨宮澪が静かに座っている。
「先日、首都郊外の演習特区において発生した大規模な魔素干渉、および災害級魔物群の流出事案。本委員会は、審査要項に事前明記されていた『第十七条項』を適用し、榊冬真氏の当該事案における実任務記録を、S級審査の実地評価としてそのまま採用した」
高瀬は鋭い視線を冬真に向け、しかしその目元には確かな敬意を滲ませていた。
「突発的な情報欠損下における、正確な危険予測。自身の手駒だけでなく、他クランの受験者をも巻き込んだ民間防衛ネットワークの即時構築。そして、負傷者発生時にも持ち場を放棄せず、他者へ役割を委譲し切った指揮能力。……文句のつけようがない。榊冬真の危機対応能力は、間違いなくS級のそれに値する」
高瀬が横を向くと、他の審査委員たちも異論なく深く頷いた。
「満場一致だ。榊冬真。本日この瞬間をもって、お前を『S級探索者』として正式に認定する」
静寂の中、プラチナと黒を基調とした最高峰のライセンスカードが、テーブルの上を滑って冬真の手元に届けられた。
D級からC級、B級、A級、そしてS級へ。
冬真は、三年前の国家の機密任務という「隠された実績」に一切頼ることなく、ただ配信を通じて積み上げた『現在の公開記録』と実力だけで、この玉座へと到達してみせたのだ。
「……ありがたく受け取っておく」
冬真はカードを拾い上げ、無造作にポケットへ滑り込ませた。
彼にとって、S級という称号は名誉のゴールではない。これから為すべき仕事のための、不可欠なパスポートに過ぎなかった。
*
審査委員会を終えたその足で、冬真と澪はギルド内の特別応接室へと場所を移した。
そこで待っていたのは、大手災害補償保険会社の査定担当者と、迷宮安全庁の法務担当者だった。以前、冬真の独立に対し「個人では契約不能である」と冷酷な現実を突きつけた二人だ。
「お待ちしておりました、榊S級探索者」
保険会社の担当者が、以前とは打って変わった恭しい態度で頭を下げた。
「提出していただいた書類と、演習特区での実地記録、すべて拝見いたしました。……いやはや、見事という他ありません」
担当者の手元には、澪が徹夜で整理し、ギルド経由で提出した膨大な資料が置かれていた。
「まず、第一種登録およびS級ライセンスの取得により、ギルドの特別災害枠が適用され、数十億規模の『損害賠償能力』の担保はクリアされました。次に、貴方が構築された独立チームの若手たちが、B級個体から訓練生を退避させ、管理隊へ引き継いだ実任務記録と、演習特区での分担記録。これらを審査し、貴方が活動不能になった際の『代替要員の確保』要件も満たすと判断しました」
「指揮系統についても問題ありません」
迷宮安全庁の法務担当者が引き継ぐ。
「S級の神代岳氏との相互協力協定、および本庁の水城主任が統括する自治体隊との連携実績。……これらすべてが統合され、榊氏のチームは単なる個人の集まりではなく、広域災害の一次対応を担うに足る『強固な組織』として機能していることが証明されました」
「すべての要件を満たしていることを確認しました。……榊氏。我が社および行政は、貴方のチームと『独立災害対応契約』を正式に締結いたします」
差し出された分厚い契約書に、冬真は自身の電子署名を刻み込んだ。
*
『――榊さん、ご契約の締結、おめでとうございます』
応接室を出た直後、冬真の携帯端末に水城蓮司からの通信が入った。
その声は弾んでおり、公務員としての硬さを微塵も感じさせない、かつての部下としての純粋な喜びがこもっていた。
「水城か。お前たちの裏回しのおかげで、スムーズに事が進んだ。感謝する」
『俺は行政の手続きを規定通りに進めただけですよ。……それより、本庁の方でもう一つ決定事項があります』
「なんだ」
『特区での実災害において、榊さんのチームが実践した「民間ネットワークの統合指揮」と「公開版安全手順」の実用性が、長官直轄の会議で高く評価されました。結果として、俺の緊急対応部門の主導で、行政と民間トップクランが合同で行う『官民共同訓練枠』が新しい制度として正式に発足することになりました』
冬真の足がピタリと止まった。
『榊さんが言語化し、若手たちに教えた手順が、これからの日本の迷宮防衛のスタンダードになります。……もう、誰も見殺しにはしません。俺たちが、そういう仕組みにしました』
水城の言葉に、冬真は深く息を吸い込んだ。
「自分が行けば早い」と、自分の異常な技術の中だけで完結していた男。
だが、彼が言語化し、他者に渡した技術は、今や社会全体の仕組みとして根付こうとしている。自分が現場に行かなくても、自分が死んだ後でも、その仕組みが動き続けて多くの命を救う。
これこそが、職業人・榊冬真がたどり着いた究極の『被害局限』の形だった。
「……よくやったな、水城。その訓練枠、俺たちのチームも遠慮なく使わせてもらうぞ」
『ええ! お待ちしています!』
通信を切り、冬真は隣を歩く澪を見た。
彼女はタブレットを抱え、どこか誇らしげな笑顔で冬真を見つめ返している。
「終わりましたね、榊さん。これで、あなたの名誉も、過去も、独立も、すべて手に入れた」
「ああ」
夕暮れの光が差し込むギルド本部のエントランス。
自動ドアを抜け、外の冷たい風を浴びた冬真は、手の中にあるS級ライセンスと独立契約のデータの重みを確かめた。
「澪。次の配信の予定を、俺にも送ってくれ」
「珍しいですね。自分で確認するんですか」
「契約した以上、任せきりにはしない」
澪が小さく笑う。
「澪」
「はい」
「俺の仕事は、これからも変わらない。魔物より先に退路を見つけ、危険を先回りして潰す。地味で、配信映えもしない泥臭い作業の繰り返しだ。……これからも、俺の記録を残してくれるか」
それは、チームに組み込むための業務提携ではなく。
互いの弱さを補い、背中を預け合う、対等なパートナーとしての問いかけだった。
「もちろんです。あなたのつまらない作業を、視聴者にわかりやすく翻訳してあげるのが、私の一番の仕事ですから」
澪は悪戯っぽく微笑み、冬真の隣に並んで歩き出した。
澪が「次の撮影は明後日です」と予定を読み上げる。
冬真は新しいカードをポケットにしまい、いつもの端末の充電を思い出した。




