第48話 俺がいない場所の戦い方
「ハハッ! 燃えカスも残さねえぞ!!」
巨大な炎の大剣を薙ぎ払うと、目前に迫っていた三頭のB級魔物が、断末魔を上げる暇もなく一瞬にして灰へと変わった。
演習特区の西側ゲート付近。隣接迷宮から地脈を食い破ってなだれ込んできた災害級の群れを前に、神代岳は己の単体最大火力を惜しみなく解放していた。
三十四歳。現役S級探索者として世間から「最強」の称号をほしいままにしている彼は、いつものように自分の圧倒的な暴力で盤面を制圧していく。
だが、剣を振るいながら、神代はふと背後の動きに微かな違和感を覚えた。
(……うちの連中、今日はやけに行動が早いな)
神代の率いるトップクランの精鋭部隊――通称『神代班』は、間違いなく国内トップクラスの実力を持っている。
しかし、神代には一つだけ、組織のトップとして抱えている悩みがあった。
それは、彼自身があまりにも強すぎるがゆえに、班の戦術が『神代を中心に最適化されすぎている』ことだ。いざという時、部下たちは神代が先行して道を作り、指示を出すまで「判断を待つ」という悪癖が染み付いてしまっていたのだ。
だが、今背後で戦っている部下たちはどうだ。
『第三ポイント、岩盤の魔素滞留値に異常なし! 予想されるスパイダー群の軌道に対し、右翼からシールドを先行展開します!』
『遊撃班、後衛の死角をカバー! 退路確保の基準ラインまで後退しつつ、足止めを優先しろ!』
インカムから聞こえてくるのは、神代の副官が自律的に状況を判断し、部隊を動かしている声だった。
彼らは神代の指示を待っていない。特区の中央で全体の指揮を執っている榊冬真が構築した『公開版安全手順』と、情報共有のための『共通報告形式』を完全にトレースし、自分たちの頭で考え、被害を出さないための最適解を叩き出し続けているのだ。
(……あいつ、自分が最強でいることより、凡人を完璧に機能させる仕組みを作っちまったのか)
神代は、特区の中央――自分からは見えない遠くの場所で盤面を統制しているであろう、あの仏頂面の男の顔を思い浮かべた。
単体への最大火力や、力でねじ伏せる継続戦闘能力なら、神代の方が上だ。それは冬真自身も認めている。
だが、情報欠損下で数秒先の危機を読み取り、それを『他人に再現可能な手順』として言語化し、組織全体を連動させる指揮能力においては、完全に冬真の方が上だった。
ライバルとしての少しの悔しさと、それを遥かに上回る純粋な感嘆。
神代はニヤリと笑い、再び炎の剣を振り上げた。
『――各班、そのままの陣形を維持しろ。特区内の民間人は残り二割で退避完了だ』
インカム越しに、冬真の極めて冷静な声が響く。
彼が予測した崩壊のシナリオ通りに各部隊が動き、恐ろしいほどの速度で実災害がコントロール下におかれようとしていた。
誰も死なない、誰も怪我をしない。完璧な被害局限の芸術。
誰もがそう思った、その時だった。
ゴギャァァァァァッ!!
突如として、神代が守る西側防衛ラインから少し離れた、観測デッキの基部付近で嫌な地鳴りが響いた。
迷宮の干渉による地盤の歪みは、前兆読みですらコンマ数秒の誤差を生じさせるほど不規則なものだった。本来ならあと数分は耐えるはずだった基部の岩盤が、想定外の脆さで局地的に崩落を起こしたのだ。
「うわぁぁっ!」
インカムの共用回線に、悲鳴が混じる。
退避行動中だったギルドの記録スタッフの一人が、崩れてきた瓦礫に足を挟まれ、その場に倒れ込んだ。
そして、その崩壊の隙間を縫うように、数体の魔物がスタッフの血の匂いを嗅ぎつけて迫っていく。
『……っ!』
インカム越しに、特区中央にいる冬真が鋭く息を呑む音が聞こえた。
神代には、彼が今どんな顔をしているか手に取るように分かった。
(『俺がそっちを見ていれば、防げたかもしれない』……そう思ってやがるな、榊)
神代は、冬真が全体の指揮を放り出し、負傷したスタッフのもとへ走ってくるのではないかと思った。三年前から、彼は人が傷つくたびに自分のせいだと考えてきた。
だが。
『――救護班! 対象のスタッフを確保し、ただちに止血を行え!』
冬真の声は、震えていなかった。
ギリッと奥歯を噛みしめるような微かな息遣いの後、彼は冷徹な指揮官としての指示を継続した。
『神代! お前の位置からなら射線が通るはずだ! そのポイントの魔物を一掃して、救護班のルートをこじ開けろ!』
「ハッ! 任せとけ!!」
神代は心底嬉しそうに吠え、大剣から極太の火球を放った。
炎の弾丸は、スタッフに迫っていた魔物の群れを岩盤ごと吹き飛ばし、完全に安全なクリアリングルートを作り出す。
冬真の指示を受けた救護班が即座に駆け込み、瓦礫をどかして負傷したスタッフを担架に乗せた。
『対象の確保完了! 命に別状はありません、退避ルートに復帰します!』
『……了解した。各班、防衛線を維持しろ』
冬真は持ち場を離れず、救護班が退路へ戻ったことを確認して、次の避難組の位置を尋ねた。
(……これで、本当に俺たちの上がりだな)
神代は、黒煙を上げる瓦礫の向こう側を見つめながら、確信を持ってそう思った。
神代のインカムには、冬真から次の位置報告を求める声が入った。
「さあて、あとはこのデカブツどもを全部灰にするだけだ」
神代は肩を鳴らし、残った群れへ向き直った。
「左、救護班が通る。そこだけ空けろ」
炎の軌道が、半歩ずれた。




