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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第45話 S級審査

探索者ギルド直轄、首都郊外・大規模演習特区。


 普段は上位クランの合同訓練や、災害対応のシミュレーションに用いられる広大な人工迷宮エリアに、重々しい緊張感が張り詰めていた。


「これより、A級探索者・榊冬真氏の『S級昇格審査』を開始する」


 特区の管理センター、ブリーフィングルーム。


 ずらりと並んだギルドの幹部や審査官たちを前に、榊冬真は灰色の防刃ジャケットを身に纏い、静かに直立していた。その後方には、公式記録担当として同行を許可された雨宮澪が、機材の最終チェックを行っている。


 S級探索者。


 それは、ただ魔物を倒す力が強いだけで与えられる称号ではない。人気や知名度だけでも届かない。


 大規模な迷宮崩壊や都市災害が発生した際、『複数班の統率』『民間人の確実な保護』、そして『情報が欠損した長時間の極限状態における判断力』を総合的に問われる、名実ともに探索者の最高峰を決める最終関門だ。


「榊。久しぶりだな」


 審査官たちの席の端から、一人の男が立ち上がり、冬真の前に歩み出た。


 上位クラン連合の安全統括、高瀬慎吾。


 かつての非公開実技検証会において、「C級を災害想定に入れる前例はない」と、規定と資料不足を理由に冬真の参加に難色を示した男だ。


「高瀬統括。審査に立ち会うとは聞いていなかったが」


「連合を代表して、外部審査協力員として呼ばれた。……安心しろ、私情や過去の偏見を挟むつもりはない」


 高瀬は、鋭い視線で冬真を上から下まで値踏みするように見た後、微かに口角を上げた。


「第七管区での見事な盤面統制。そして何より、お前が第一種登録者として作り上げた独立チームの実績。……現在のデータを見る限り、お前をS級候補として扱うことに規定上の異議はない。今日は、安全統括の目から極めて公平に、お前という人間を採点させてもらう」


「……ああ。好きにしろ」


 高瀬は、決して無能な権力者ではない。安全と論理を重んじるがゆえに過去には対立もしたが、事実と実績が提示されれば、自らの評価基準を正しく更新できる男だ。


 彼が公平な審査員としてそこにいることは、冬真にとってむしろ歓迎すべきことだった。


「では、審査の具体的なレギュレーションに入ります」


 主任審査官が咳払いをし、モニターに数枚の書類を映し出した。


「榊氏。貴方の最大の武器が、環境情報の統合による『前兆読み』と、それに基づく被害局限であることは我々も理解しています。しかし……」


 審査官は、少し言いにくそうに言葉を区切った。


「貴方が過去に提出した映像記録のうち、最も解像度の高い重要データ群は、ご自身の判断で『自主非公開』の措置が取られています。そのため、ギルドの審査規定上、過去の配信映像を『専門技術の公式な評価資料』として採用することができません」


 それは、以前、旧組織からの「秘匿手順に抵触する恐れがある」という指摘を受け、冬真と澪が自ら非公開化した生データのことだった。


 真偽の証明自体は別のログで担保されている。だが、S級という国家の根幹に関わる資格審査において、生データが欠損している過去の実績で「下駄を履かせる」ことはできない。


 かつて冬真自身が選んだ『守秘義務のコスト』が、ここに来て明確なハンデとして立ちはだかったのだ。


「過去の秘密のデータで証明できない以上、我々は『現在の貴方』を測るしかない。……よって、今回の審査では、特区内の環境条件をランダムに変化させた複数ケースを、審査員の前で『実地再現』していただきます」


「……」


「もしその場で技術の再現性や指揮能力が証明できなければ、S級認定は見送りとなります。不服はありますか?」


 過去の武勇伝も、隠された機密の経歴も使えない。今、この場での実力だけがすべて。


 だが、冬真は不服を申し立てるどころか、当然だというように短く頷いた。


「問題ない。……現在の俺の仕事を見せればいいだけのことだ」


「よろしい。では最後に、S級審査特有の『第十七条項』を確認します」


 主任審査官に代わり、高瀬が手元のバインダーを読み上げた。


「『審査期間中に、近隣エリアで実災害が発生した場合、審査委員会の判断により所定条件下で審査を中断、あるいは本番の実災害対応をそのまま実地評価へ切り替え得る』。……まあ、滅多に発動する条項ではないが、念のための確認だ」


「了解した」


*


 ブリーフィングが終わり、冬真たちは演習特区の内部――市街地を模した巨大な模擬迷宮エリアへと移動した。


 今回の審査には、冬真だけでなく、彼が構築した『独立災害対応チーム』の候補生たち――悠馬を含む六名の若手も、冬真の指揮下に入る部隊として参加している。


「榊さん、音声テスト問題ありません」


 後方の安全な観測デッキに陣取った澪が、インカム越しに告げた。


 彼女の役割は、冬真の動きを記録し、審査員に向けてリアルタイムで状況を『解説』することだ。


『では、これよりフェーズ1を開始する。想定状況:C級魔物の群れによる市街地への侵入および、要救助者の発生』


 アナウンスと共に、特区内に放たれた模擬魔物(安全装置付きのゴーレムなど)が動き出す。


 冬真は直剣を抜いたが、自ら先陣を切って飛び込むことはしなかった。


「悠馬。お前たちは右翼に展開し、要救助者の退路を確保しろ。俺が正面のヘイトを買う。……絶対にシールドの展開を遅らせるな」


「了解!」


 冬真は、圧倒的な武力で敵を殲滅するのではなく、あくまで『危険予測』と『人員配置』に徹していた。


 敵の挙動を前兆読みで先読みし、候補生たちが安全に対処できる位置へと誘導する。


『……見事な手綱捌きです。彼は自分の火力を抑え、若手たちの防御のタイミングをコンマ秒単位で最適化しています』


 観測デッキでは、澪が審査員たちに向けて淡々と解説を行っていた。


『ですが、ご注目いただきたいのは悠馬氏たち候補生の動きです。彼らもただ指示を待つだけでなく、榊さんの安全手順を理解し、自律的に側面をカバーしています。これが「指揮系統の担保」です』


 澪は、冬真だけを盲目的に称賛するような真似はしない。


 彼が育て上げたチーム全体の長所を客観的に評価し、検証者としての矜持を持って審査員に事実を提示していく。高瀬も、その淀みない連携を前に、評価シートに黙々とペンを走らせていた。


*


 審査は極めて順調に進んでいた。


 誰もが、このままフェーズが終了し、冬真の実力が完全に証明されると思っていた。


 だが、フェーズ3に移行しようとした、その直前。


「……ッ」


 特区の中央で陣形を整えていた冬真が、不意に動きを止め、西の方向――特区に隣接する本物の迷宮がある方角を鋭く睨みつけた。


『……榊さん? どうしました?』


 インカム越しの澪の声に、微かな戸惑いが混じる。


 ほぼ同時に、観測デッキにあるギルドの環境モニターと、澪の魔素センサーが、不吉な赤い警告光を点滅させ始めた。


『な、なんだ!? 特区外の西側ゲート付近で、異常な魔力波形を検知!』


『局地的な魔素の渦が発生しています! これは……!』


 審査員たちが騒然となる中、澪の背筋に冷たいものが走った。


 その波形のパターンに見覚えがあったからだ。先日の訓練中、悠馬たちが遭遇した事案。隣接する迷宮から魔素が流れ込んでくる『干渉現象』。それと全く同質の、だが規模が桁違いに大きい兆候だった。


『……静粛に!』


 高瀬が通信マイクを握り、現場の冬真に向かって叫んだ。


『榊! 特区外で魔力異常が検知された。審査委員会はこれを「突発的なシミュレーション項目の追加」として訓練の枠内で処理できるか協議中だ。お前は現状をどう見る!』


 高瀬は、これをまだ「訓練の延長」としてコントロールできると考えていた。


 だが、現場の空気の震え、地盤の軋み、そして特区の壁を越えて流れてくる濃密な死の気配。


 世界で最も鋭敏な『前兆読み』の技術を持つ冬真の目には、それが単なるシミュレーションの枠に収まるような事態ではないことが、はっきりと見えていた。


「高瀬」


 冬真は、直剣の切っ先を西の空へと向けた。


「協議は無駄だ。……特例の『第十七条項』を適用しろ」


 冬真の声は、氷のように冷たく、そして絶対の確信に満ちていた。


「これは訓練じゃない。……本物の『実災害』だ」


 高瀬は審査用の評価表を閉じた。西側の警報は、まだ止まらない。


「全員、退避経路の確認を。審査の採点は後だ」

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