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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第32話 公式システムの嘘と、記録に残る代替案

「……A級探索者の進言には感謝する。だが、我々は公式なマニュアルと行政のシステムを基準に動く義務があるんだ」


 第七管区の迷宮ゲート前、指令テント内。


 無数のモニターが並ぶ前で、自治体の現場指揮官は苦渋に満ちた、しかし断固たる表情で榊冬真に言い放った。


「システム上では、第3ブロックはすでに無人として処理されている。にもかかわらず現場の無線から悲鳴が聞こえるということは、不法侵入者か、あるいは魔物による音声の偽装と判断するのが『標準手順』だ。……全体の被害拡大を防ぐため、第3ブロックの隔壁を直ちに完全封鎖する。これは決定事項だ!」


 現場指揮官の言葉は、指揮を執る者としてはある意味で正しかった。


 行政が整備した数億円規模の位置統合システムが『エラーを起こしている』などという前提は、マニュアルのどこにも存在しない。公式なシステムが「無人」と示している以上、見えない誰かを助けるために封鎖を遅らせて魔物を市街地に逃がせば、指揮官は最悪の責任を問われる。


 だから、マニュアルという冷酷な盾に隠れ、見捨てる決断を下そうとしているのだ。


 三年前の『湾岸第九迷宮災害』。あの時、冬真に下されたのも全く同じ「見捨てる命令」だった。


「その標準手順では遅い。確実に中にいる人間が死ぬ」


 冬真は指揮官の決定を真っ向から否定し、傍らに立つ雨宮澪に目配せをした。


「澪。データを出せ」


「はい」


 澪は即座に手元のタブレットを操作し、テント内のサブモニターに『外部の公開情報』を上書き表示させた。


 それは、行政の統合システムではなく、迷宮内の要所に設置されている「民間の環境魔素センサー」と「地盤振動データ」の生数値だった。


「行政の統合システムは、広域の情報を一括処理する都合上、現在約十五分の致命的な遅延を起こしています。ですが、この民間の独立したセンサーはリアルタイムの数値を返している」


 澪が理路整然と解説を始める。


「見てください。第3ブロックの最深部、この座標の魔素濃度はまだ危険域に達していません。ですが、不規則な微小振動が連続して検知されています。これは明らかに『魔物から逃げ惑う複数人の足音』です。民間人はまだ生きていて、魔物の群れはそこまで到達していない!」


 冬真はモニターの地図を指差した。


「完全封鎖ではなく、魔物の流出経路を限定的に塞ぎつつ、救助隊を中に入れる『局地封鎖と救助の並行案』に変更しろ。俺が先陣を切って退路を作る」


「なっ……馬鹿なことを言うな!」


 指揮官は声を荒らげた。


 冬真の提示したデータは極めて論理的だったが、指揮官にとって「公式なシステム」よりも「民間の公開データ」を信じて防衛線を下げることなど、到底受け入れられるものではなかったのだ。


「そんな、民間センサーの数値を根拠に公式な作戦を捻じ曲げることなどできるか! もしお前たちの推測が外れて市街地に魔物が溢れたら、一体誰が責任を取るんだ! 私の一存でそんな賭けはできない!」


 責任。前例。公式記録。


 それが、現場の命よりも重く扱われる巨大な官僚組織の壁だった。


 三年前、冬真はこの壁の前で説得を諦め、自分のすべてを捨てて単独で現場に飛び込んだ。


 だが、今冬真が口を開こうとした、その瞬間だった。


『――第七管区、現場指揮所。聞こえますか。こちらは迷宮安全庁・緊急対応部門、水城(みずき)です』


 テント内のスピーカーから、突如として割り込みの通信が響き渡った。


 政府の中枢、緊急対応部門からの直接の介入。現場指揮官が弾かれたように姿勢を正す。


「み、水城主任! こちらは第七管区現場指揮所です! 現在、第3ブロックの即時封鎖を――」


『待機してください。現在、迷宮安全庁のシステム解析班により、第七管区の位置統合システムに重大な遅延エラーが生じていることが公式に確認されました。システム上の「無人」という表示は、誤作動によるものです』


 指揮官の顔から、さぁっと血の気が引いた。


「え、エラー……? 公式システムが、間違っていると……?」


『はい。したがって、現行の標準手順による即時封鎖は、不当な民間人の切り捨てに繋がる可能性があります』


 通信越しの水城蓮司の声は、ひどく冷徹で、公務員としての威厳に満ちていた。


 冬真は、スピーカーを見つめたままわずかに目を細めた。


『現在、そちらの現場にA級探索者・榊冬真氏が介入しているはずです。彼が提示した民間データに基づく「局地封鎖と救助の並行案」について。……当庁の緊急対応部門は、その代替案の合理性を認め、作戦の変更を公式に支持します』


「なっ……本庁が、一介の探索者の作戦を支持するのですか!?」


『そうです。システムエラーの事実と、代替案への支持、および本件に関する異論の存在は、すべて「行政の公式記録」として明確に保存されます。……これで、貴方が背負う責任問題はクリアされたはずだ。直ちに作戦を移行し、救助を急いでください』


 水城は、言い訳の余地を完全に潰した。


 三年前、末端の部下だった水城は、上層部の非情な命令に逆らうことができず、冬真一人に重荷を背負わせてしまった。


 だが今は違う。彼は組織の中枢に立ち、公的な権限を持って「異論」と「代替案の正当性」を正式な記録として残したのだ。現場指揮官が最も恐れる「責任」を中央が肩代わりすることで、冬真の案を無理やり通すための盤面を作り上げた。


「……っ。了解、いたしました……!」


 指揮官は震える手で無線のマイクを握り直し、全隊へ向けて号令をかけた。


「作戦変更! 第3ブロックの完全封鎖を延期! これより局地封鎖および民間人の救助作戦に移行する!」


 テント内が、新たな作戦に向けて慌ただしく動き始める。


 冬真は、通話の切れたスピーカーを見つめながら、小さく息を吐いた。


(……三年前とは違う。組織も、少しは学んだようだな)


 自分一人で暴走せずとも、正しい記録を提示し、内側からのサポートを得ることで、巨大な組織の決定を人命優先へと動かすことができた。


 それは、冬真にとって過去の呪縛が一つ解けた瞬間でもあった。


「榊さん、方針は決まりました。でも……」


 澪がタブレットを抱え直し、厳しい顔で冬真を見た。


「状況が絶望的であることに変わりはありません。エラーが起きていた十五分の間に、魔物は広範囲に流出しています。局地封鎖すべきポイントは三箇所。さらに最深部での救助。……どう考えても、榊さん一人でさばき切れる規模じゃありません」


 澪の指摘通りだった。


 冬真の『前兆読み』は完璧だが、彼は体が一つしかない。三箇所の崩落を同時に防ぎながら魔物を封じ込め、さらに民間人を助け出すなど、物理的に不可能だ。


「わかっている。最大弱点を突かれた形だな」


 冬真は直剣の柄を握り直し、自身の胸元にあるA級ライセンスを軽く叩いた。


 彼がなぜ、世間の目を引いてまで公開実績を積み、ランクを上げてきたのか。それは、こういう時に「自分一人で行く」のではなく、公的な権限を用いて他者を動かすためだ。


「一人で無理なら、頼るだけだ。……澪、ギルド経由で上位クラン連合の『高瀬統括』に緊急通信を繋げ。A級の権限で、正式な協力要請を出す」


 自分が行けば早い、という自己完結を捨てた男が。


 かつて対立した者たちへ、生き残るための手札を切り取ろうとしていた。

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