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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第31話 同じ十五分

第五管区の迷宮の出口へ走りながら、冬真は澪に第七管区の救助要請を再照会させた。


 安全マップに映る退避済みの光点。その地点から、助けを求める声が届いている。


 三年前と同じ十五分の遅延が、今まさに現場の判断を狂わせていた。


 今日、彼はA級探索者へ昇格した。それに伴い、有事の際にはギルドや自治体の指揮下で独自の救助活動を行える『臨時協力権限』が付与されている。今なら、他管区の緊急事態にも堂々と首を突っ込むことができる。


「わかりました! 配信は公式遅延中継(エマージェンシー・モード)に切り替えます!」


 澪もすぐに機材の設定を変更し、冬真の背中を追う。


 これはもはや、一介の探索者の個人配信で扱うべき事案ではない。情報を統制し、現場の混乱を防ぐための公的な『記録』としての役割が求められる。


 端末の安全マップには退避済みの表示がある。その場所から、救助要請が届いた。


*


 同時刻。首都圏・迷宮安全庁の緊急対応部門。


 巨大な指令フロアは、無数のアラート音と職員たちの怒号が飛び交う戦場と化していた。


「第七管区、第三ブロックで構造崩壊を確認! C級からB級の魔物が大量に流出しています!」


「自治体の防衛部隊から報告! 『指令所のモニターと、実際の探索者の位置が全く合っていない、どうなっているんだ』とのことです!」


 次々と上がってくる悲鳴のような報告。


 フロアの中央でその情報を統合していた水城蓮司は、モニターに表示された第七管区の通信トラフィックの異常波形を見て、全身の血の気が引くのを感じていた。


(……この波形、まさか)


 水城は三年前、冬真の部下としてあの『湾岸第九迷宮災害』の現場にいた人間だ。


 彼には直感的にわかっていた。これは単なる通信エラーではない。あの時と同じ、システムが現場のリアルタイム情報を処理しきれずに後回しにするという、構造的な致命傷の再現だ。


「おい、第一解析班!」


 水城は上ずりそうになる声を必死に押し殺し、部下へ指示を飛ばした。


「今すぐ、現在動いている『三年前の事案の再調査チーム』に連絡を取れ。彼らが持っている当時のシステムログと、今の第七管区の通信ログの波形を照合させるんだ!」


「は、はいっ!」


 数分後、解析班の部下が真っ青な顔で振り返った。


「水城主任……! 波形の特徴、およびエラーの発生プロセス、完全に一致しました! 三年前の湾岸災害時と、全く同じシステム遅延です!」


「……ッ」


 水城はギリッと奥歯を噛み締めた。


 システムは、直っていなかったのだ。三年前に久世企画官たちが不具合の警告を「別件」として処理し、表面上の運用で誤魔化し続けてきたツケが、ここに来て実害となって噴出した。


 このままでは、三年前と同じように、システムを信じた上層部が『切り捨て』の判断を下す。


(隊長……)


 水城は、モニターの端に表示されたギルドのA級探索者稼働状況のリストを見た。


『榊冬真:第五管区より第七管区へ緊急移動中』。


 彼はやはり、動いていた。この事態の異常性を最も早く、最も正確に理解しているのは、あの地獄を経験した榊冬真しかいない。水城は行政の枠組みの中で、彼が戦いやすい土台を作るための調整に奔走し始めた。


*


 第七管区、迷宮ゲート前。


 物々しい封鎖線が張られ、怪我人を運ぶ救急車のサイレンが鳴り響く中、一台のタクシーが横付けされた。


 降りてきた冬真と澪は、制止しようとする警備員にA級のライセンスを提示し、強引に現場の指令テントへと入り込んだ。


「だから、どうして第3ブロックから重傷者が出るんだ! システム上では、あそこは三十分前に全パーティが退避を完了した『無人エリア』のはずだろうが!」


 テントの中央で、自治体の現場指揮官が通信機を握りしめたままパニックに陥っていた。


 彼の目の前にある大型モニターには、迷宮内の探索者たちの位置を示す青い光点が表示されている。モニターの表示では、危険な崩落エリアからすべての光点が離脱しているように見える。だが、現場の無線からは、逃げ遅れた人々の悲鳴と救援要請が絶え間なく響いていた。


「画面を見るな。そのマップは嘘をついている」


 テントの入り口から、冷徹な声が響いた。


 指揮官が弾かれたように振り返る。そこには、灰色の防刃ジャケットを着た冬真が立っていた。


「な、なんだお前は! 民間人が入っていい場所じゃ――」


「ギルドA級、榊冬真だ。緊急協力権限を行使して介入する」


 冬真はモニターの前に進み出ると、画面に表示された光点の一つを指で叩いた。


「このシステムは、およそ十五分遅延している。この光点がある安全な場所は、実際にはすでに魔物に制圧された後だ。逆に、お前たちが『無人』だと思っている第3ブロックの奥底にこそ、まだ数百人の民間人が取り残されている状態だ」


「じゅ、十五分遅れているだと……? 馬鹿な、行政のシステムだぞ!? そんな致命的なエラーがあるなら、どうして今まで……!」


「理由は後で偉い奴に聞け。今は現場の事実(リアル)だけを見ろ」


 冬真は、システムという安全な虚像にすがりつこうとする指揮官の目を、鋭い視線で射抜いた。


 現場の泥臭い事実。それこそが、災害対応のプロが最も信用する羅針盤だ。


「し、しかし……」


 指揮官は蒼白な顔で、手元の分厚いマニュアルに目を落とした。


「すでに魔物の流出が始まっている。このままでは都市機能に被害が及ぶ。……マニュアルの標準手順に従い、被害拡大を防ぐために、第3ブロックの隔壁を『即時封鎖』するしかない!」


 それは、三年前に指令所が下した「見捨てる命令」と、一言一句違わぬ判断だった。


 システムに表示されていない命は、存在しないものとして切り捨てる。組織として、数字上の被害を最小に抑えるための非情な、だがマニュアル通りの中央突破。


 だが、今の冬真は、組織の末端で命令に従うだけの特殊部隊員ではない。


 公開実績を積み上げ、発言権を持ったA級探索者だ。


「その標準手順では遅いし、確実に人が死ぬ」


 冬真は指揮官の言葉を真っ向から否定し、静かに直剣の柄に手をかけた。


「俺が直接行って、生体反応を確認する。……澪、現場の公開センサーの生データを俺の端末に回せ。システムの統合データじゃなく、生の数字だけでいい」


「了解しました!」


 三年前は、一人で命令違反を犯し、すべてを背負い込んで飛び込んだ。


 だが今回は違う。彼は権限を持ち、事実を証明するパートナーを持ち、そして組織の不備を明確に言語化した上で、二度目の『同じ十五分』を打ち破ろうとしていた。

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