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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第3話 他人のカメラ

「前衛、ラインを下げろ! 後衛はシールド展開、落石に備えろ!」


 第三管区・中級迷宮、第十二階層。


 公式には「安全」とアナウンスされていたはずの空間で、A級探索者パーティ『銀翼』のリーダーは血を吐くような指示を飛ばしていた。


 彼らの計算は完全に狂っていた。局地的な魔素の吹き溜まりが引き起こした突発的な岩盤崩落。そして、その亀裂から這い出してきた三体の変異種――外殻を刃のように硬質化させたマンティスの群れ。


 奇襲によって陣形は分断され、後衛のヒーラーが落石を脚に受けて動けなくなっている。


 最悪の状況だった。


『嘘だろ、ここ安全地帯じゃなかったのかよ!?』


『A級の銀翼が押されてる……これマジの遭難事故じゃん!』


『誰かギルドに通報しろ!』


 リーダーの肩にマウントされた高額な『認証カメラ』が、認証された時刻と魔素波形データと共に、彼らの絶望的な状況を数万人の視聴者へと生配信し続けている。


 前衛の二人が必死に魔物の猛攻を凌いでいるが、ジリ貧だった。このままでは全滅する。


 リーダーが覚悟を決めた、その時。


 洞道の天井付近――本来は緊急時用のショートカットとして使われる縦穴から、一つの影が音もなく滑り降りてきた。


 灰色の防刃ジャケットに、安価な直剣。


 民間資格を取ったばかりのD級探索者、榊冬真だった。救助要請を発したうえで、級を問わず初期救命が認められる緊急経路を降りてきたのだ。通常の深層討伐案件を受ける資格は、まだない。


「――っ、馬鹿野郎! ここは第十二階層だ、初心者が来る場所じゃねえ!」


 D級のバッジを目ざとく見つけたリーダーが、絶望に拍車をかけるように叫んだ。


 無理もない。A級ですら死にかけている状況に、下位探索者が迷い込んできたのだ。足手まとい以外の何物でもない。


 だが、冬真の目は、A級リーダーの焦燥など微塵も映していなかった。


 着地と同時、冬真の視線は三体の魔物を完全に『無視』した。


 彼が見たのは、崩落によって生じた天井の亀裂の走り方。そして、岩に足を挟まれて動けない後衛の出血量と、そこに至るまでの地形の凹凸だ。


(二次崩落の兆候あり。対象の左脚、動脈は無事だが自力歩行不能)


 極限の災害現場を七年間くぐり抜けてきた男の脳内で、瞬時に現場の最適解が弾き出される。


 冬真は抜刀すると同時に、魔物ではなく、今まさに後衛に向かって倒れかかろうとしていた『不安定な岩柱』に向かって跳躍した。


「なっ……!?」


 A級たちが目を剥く中、冬真は岩柱の亀裂の最も脆い部分に、直剣の柄尻を正確に叩き込んだ。


 ゴガンッ! という鈍い音と共に、岩柱が意図した方向へ崩れ落ちる。それは見事なバリケードとなり、後衛に向かおうとしていた一体の魔物の進行ルートを完全に塞いだ。


「後衛、岩の陰から動くな。前衛は右へ三歩下がれ。射線が被る」


 感情の乗らない、だが戦場の喧騒を切り裂いて鼓膜に届く、異様に通る声。


 圧倒的な場慣れ感と、有無を言わさぬ指示の的確さに、A級探索者たちは無意識のうちに「右へ三歩」動いていた。


 その直後。彼らがついコンマ数秒前まで立っていた空間を、巨大な鎌が凄まじい風切り音と共に通過した。


 もし指示に従っていなければ、首が飛んでいた。


「え……?」


「退路は確保した。あとは活動を停止させる」


 唖然とするA級たちをよそに、冬真は残る二体の変異種へと歩み寄る。


 彼の背後には、宙に浮く安価な一般端末。相変わらず黒川のチャンネルから流入したアンチたちが『A級の邪魔すんな』『ヤラセ野郎が死ぬぞ』と書き込んでいるが、そんなものは冬真の意識の片隅にもない。


 シャアァァッ!


 威嚇音と共に、二体のマンティスが左右から同時に冬真へと襲いかかる。


 だが、冬真には「見えて」いた。


 鎌の振りかぶりの角度。踏み込んだ脚の筋肉の収縮。岩盤の傾斜がもたらす、僅かな速度のズレ。


 冬真は一歩、ただ静かに前に出た。


 魔法による強化でもない、単純な体捌き。だがそれは、二体の魔物の『攻撃の交差点』を、コンマ一秒のズレもなく見切った神業だった。


 右からの鎌が冬真の鼻先数ミリを掠め、左からの鎌が冬真の背中を空振る。


 すれ違いざま。冬真は右の魔物の「重心が乗り切った」前肢の関節を、剣の峰で軽く打ち据えた。


 斬るのではない。荷重のベクトルを強制的に狂わせる。


 バランスを崩した右の魔物は、そのまま左の魔物の胴体へと激突した。


 強固な外殻同士がぶつかり合う鈍い音が響き、もつれ合うように二体が転倒する。


 その崩れた体勢の隙間――最も装甲の薄い首の関節部へ、冬真の直剣が吸い込まれるように滑り込んだ。


 一度、二度。


 作業のように正確な刺突。


 絶叫を上げる間もなく、二体の変異種は泥のように崩れ落ち、魔素の霧となって霧散した。


 時間にして、わずか十秒足らずの出来事だった。


 静まり返った洞道に、冬真が剣を鞘に収めるカチャリという音だけが響く。


「……嘘、だろ?」


 A級リーダーが、呆然と呟いた。


 彼らは見ていた。このD級探索者が、圧倒的な暴力や魔法を使ったわけではないことを。


 ただ、敵の動きを完全に読み切り、地形を利用し、最小限の力で『事態を収束』させたのだ。


 岩のバリケードの向こう側で孤立していた最後の一体も、冬真が回り込んで難なく活動を停止させた。


 これで、すべての脅威が排除された。


「周囲の魔力反応、消失。二次崩落の兆候なし」


 冬真は小さく呟くと、すぐに負傷した後衛のもとへ歩み寄った。


 懐から手早く止血用のバンテージを取り出し、A級ヒーラーの脚に巻きつける。その手つきは、医療従事者と見紛うほどに洗練されていた。


「動脈は傷ついていない。だが骨にヒビが入っている可能性がある。歩行は控えてギルドの救助班を待て」


「あ、あ、ありがとうございます……!」


「あんた……一体、何者なんだ?」


 リーダーが、震える声で尋ねた。


 A級である自分たちでさえ手も足も出なかった状況を、単独で、しかも誰一人犠牲を出さずに制圧してみせたのだ。これが新人であるはずがない。


 冬真は立ち上がり、淡々と答えた。


「ただのD級探索者だ。救助班への引き継ぎと事後報告は済ませる。負傷者から目を離すな」


 救助班の到着を確認してから、冬真は自身の一般端末の操作パネルに触れた。相変わらず罵詈雑言が流れているコメント欄を一切見ることなく、配信の終了ボタンを押す。


 冬真の配信画面は、そこで真っ暗になった。


 彼自身の目的は「公開実績のログを残すこと」。今回も無事に一つ、救助の記録が残った。それだけで十分だった。


 ――だが。


 冬真は一つだけ、民間探索者としての相場に疎いがゆえの『見落とし』をしていた。


 冬真の一般端末の配信は終わった。


 しかし、現場にはもう一つ、カメラが存在していたのだ。


 A級パーティのリーダーの肩にマウントされた、協会指定の『認証カメラ』。


 迷宮のゲート通過記録、正確な時刻、大気魔素波形、そして端末のID。それらすべてがブロックチェーン上に署名され、撮影後の改変の有無を第三者が検証できる公的な映像記録。


 そのレンズは、縦穴から降りてきた冬真が岩柱を崩して退路を作り、最小限の動きで変異種を同士討ちさせ、手慣れた様子で応急処置を行うまでの全行程を――寸分の狂いもなく、完璧な画角で捉え続けていた。


『…………え?』


『は?』


『いまの、なに?』


『DIVE CHECKで晒されてたCG詐欺のおっさんじゃん!』


『加工不可のA級の認証カメラに映ってるぞ!?』


『CGじゃ……ない?』


『ってか、A級が死にかけてたのに、D級が無傷で助けたってことか!?』


 A級パーティの生配信を見ていた数万人の視聴者。


 そして、炎上騒ぎを聞きつけて冷やかしに来ていた連中。


 そのすべての人間が、一切の言い逃れができない『本物の記録』を前にして、言葉を失っていた。


『加工じゃないのか』


『認証カメラの時刻、どう説明するんだよ』


 冬真の端末は暗転したまま。銀翼の配信には、まだ救助班へ状況を伝える彼の声が残っていた。


『……あの人、なんでD級なんだ?』

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