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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第22話 止める側の水城

「……やはり、行政の対応は鉄壁ですね」


 榊冬真のアパートのリビング。


 雨宮澪は、ノートパソコンの画面に表示された短いニュース記事を指差しながら、深く息を吐き出した。


 三年前のニュース映像との比較が広がり、記者は迷宮安全庁に「映像に映った秘密部隊は現在も存在するのか」と照会していた。回答は一文だった。


『現在、その名称および編制の部隊は存在しない』


「名称は質問側が特定していません。現在の編制を答えているだけです」


 澪は画面を伏せた。


「三年前の現場に誰がいたかは、これでは分かりません」


「なら、過去の謎解きはここまでだ。今日の探索の準備をする」


「待ってください、榊さん。まだ手はあります」


 立ち上がろうとした冬真を、澪が制止した。


 彼女の瞳には、検証者としての執念が燃えていた。


「公開された防災無線の時刻なら、公式発表と照合できます。位置統合システムの詳細には踏み込みません。まずは時刻のずれだけでも――」


 澪の言葉が、不意に遮られた。


 テーブルの上に置かれていた冬真の携帯端末が、短く硬質な着信音を鳴らしたのだ。


 画面には『非通知』と表示されている。だが、それは単なる非通知ではない。ギルドの探索者管理システムを経由した、極めて高度に暗号化された公的ルートからの着信だった。


「……」


 冬真は無言で端末を手に取り、通話ボタンを押して耳に当てた。


『……榊、冬真さん。ですね』


 スピーカーから聞こえてきたのは、微かに震えを帯びた、ひどく緊張した男の声だった。


 冬真の目が、ほんのわずかに見開かれる。


「……その声。水城か」


『はい。……ご無沙汰しております。迷宮安全庁・緊急対応部門の水城です』


 三年ぶりの、直接の会話。


 かつて冬真の部下として共に地獄をくぐり抜け、現在はA級相当の公的救助員として現場の最前線に立つ男、水城蓮司。


 先日の赤色警報下で、監視カメラ越しに冬真の姿を確信していた彼からの、突然の接触だった。


「立派になったな。緊急対応部門といえば、表の災害救助の花形だ」


『……とんでもない。俺はまだ、あなたの足元にも及びません』


 水城の声には、抑えきれない歓喜と、それ以上の深い苦渋が入り混じっていた。


 冬真は、彼が単なる旧交を温めるために、公的な秘匿回線を使って連絡してくるような男ではないとわかっていた。


「用件を聞こう。保全法務からの使いか?」


『……はい。個人的な連絡ではありません。公務としての、正式な要請です』


 水城は一度大きく息を吸い込み、公務員の冷徹な仮面を被るようにして言葉を紡いだ。


『現在、雨宮澪氏が主導している公開資料の照合および深掘りについて。……これ以上の調査を、控えていただきたい』


「理由は?」


『公開の時刻を並べることは止められません。ただ、調達仕様や通信経路の照合に進めば、現役要員の配置が推測できてしまう。そこから先は止めていただきたいのです』


 隣で通話を聞いていた澪が、ハッと息を呑んだ。


 水城の要請は「冬真の正体を隠せ」というものではなかった。彼が守ろうとしているのは、かつての冬真と同じように、今も過酷な現場で戦い続けている『名もなき現役の隊員たち』の安全だったのだ。


 味方であり、冬真を誰よりも慕っている水城自身が、現役の保全義務に従い、冬真たちの行く手を阻む壁として立ち塞がった。


「……そうか」


 冬真は、苛立つことも、水城を責めることもしなかった。


「わかった。公開の時刻と、現役の通信経路は分ける。後者は調べない」


『……え?』


 あっさりとした冬真の同意に、水城の仮面が呆気なく崩れ落ちた。


『よ、よろしいのですか? 雨宮氏の調査が進めば、あなたが三年前に背負わされた不当な評価を覆せるかもしれない。それなのに……俺は、あなたの無実を証明する道を、自分の手で塞ごうと――』


「勘違いするな、水城」


 冬真は静かに、だが絶対の強さを持って告げた。


「俺の過去を証明するために、誰かの現在を危険に晒す権利は、俺にも澪にもない。現場の安全が最優先だ。お前は、お前の仕事をしただけだ」


『隊、長……っ』


「その呼び方はもうやめろ。俺は民間探索者の榊だ。……精一杯やれよ、水城」


 冬真はそれだけを言い残し、静かに通話の切断ボタンを押した。


 リビングに、重い沈黙が降りた。


 澪は伏し目がちにタブレットの画面を見つめ、ゆっくりとその電源を落とした。


「……線引きを文書にします。扱うのは公開時刻まで。現役の配置につながる資料は見ません」


「ああ。それでいい。俺の過去のために、今の現場を危険にさらしたくない」


 冬真にとって、過去の謎解きはどこまでいっても副次的なものに過ぎない。


 澪は調査メモの最上段に、公開時刻以外の照合をしないと書き加えた。


*


 だが。


 世の中には、彼らのような倫理的な境界線を持たない人間も存在する。


「クソッ、どいつもこいつも口を噤みやがって。行政の回答もテンプレ通りじゃねえか」


 薄暗い部屋の中で、暴露系配信者の黒川彰は、苛立たしげに爪を噛んでいた。


 三年前の映像との比較動画で数字は跳ねたが、そこから先の決定的な情報が出てこない。「榊冬真=三年前の特殊部隊員」という説は濃厚だが、それだけでは「だからなんだ」で終わってしまう。


 黒川が欲しいのは、冬真のメッキを剥がし、彼を社会的に失墜させるようなセンセーショナルな『闇』だ。


「……待てよ?」


 黒川の目が、三年前の湾岸災害を報じる古いネット記事の一文に釘付けになった。


『――なお、同災害において、崩落した港湾施設の地下区画に取り残されていた民間人十二名は、無事に救助されました』


「十二人……。そうだ、生き残りがいるじゃねえか」


 黒川の顔に、底意地の悪い笑みが張り付いた。


「行政が隠すなら、現場にいた素人から直接聞き出せばいい。極秘部隊のイカれた連中が、民間人をどんな目に遭わせてたのか。……泣かせるような裏話の一つや二つ、絶対に持ってるはずだ」


 冬真たちが他人の命を守るために調査を止めたその裏で。


 黒川は十二人の名前を探すため、新しい検索窓を開いた。

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