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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第20話 B級、そして古い映像

「――以上の査定結果をもって、榊冬真さんを本日付けで『B級探索者』へと昇格といたします。おめでとうございます」


 探索者協会の本部ビル。その上層階にある重厚な応接室で、支部長クラスの幹部が恭しく頭を下げ、新しいライセンスカードをテーブルに滑らせた。


 C級への昇格から、わずか数日。異例の短期昇格だった。


「先日の第四管区における複合災害時の被害局限、そして現役S級探索者である神代岳氏からの『対災害の初動指揮能力は自分より上である』という公式な推薦。さらに上位クラン連合からの評価基準の更新。これらがギルドの理事会で重く見られました。あなたの実力と功績は、もはやB級の枠にすら収まらないと我々は考えております」


 幹部は揉み手でもせんばかりの愛想の良さで、冬真を持ち上げた。


 無名のD級探索者だった頃の、窓口での冷ややかな事務対応とは雲泥の差だ。今や「榊冬真」という名前は、国内の探索者界隈で最も熱い注目を集めるブランドとなっている。


「すでに複数の上位クランから、破格の条件であなたを迎え入れたいというオファーが当協会にも届いております。もしよろしければ、我々の方で条件の良いところをいくつか――」


「いや。クランに入るつもりはない」


 冬真は幹部の言葉を遮り、テーブルの上のB級ライセンスを手に取った。


 どれほど美辞麗句を並べられようと、名誉や地位といったものに冬真の心は一切動かない。


 彼にとって、このB級昇格が持つ意味はただ一つ。


「B級ライセンスの発行により、災害補償保険の『特級区分』への加入制限が解除される。それに伴い、緊急事態における自治体やギルド公式部隊への『臨時協力権限』も付与される。……俺の認識で間違いないか?」


「え、ええ。おっしゃる通りです。B級以上であれば、保険は最高額の補償が約束されますし、有事の際にはギルドの指揮下で独自の判断に基づく救助活動が法的に認められます」


「そうか。なら、これで十分だ」


 冬真は短く頷き、席を立った。


 彼が欲しかったのは、賞賛の眼差しではない。自分が自分として、誰に所有されることもなく現場で仕事をするための「完璧な資格と安全網」だった。


 それらがすべて、現在の公開実績のみで正当に構築された。


 冬真にとって、それは何よりも確固たる『報酬』だった。


*


「榊冬真。これよりB級案件、都市近郊・第一迷宮の深層手前ルートの探索を開始する」


 数日後。


 冬真の個人チャンネルで行われた通常探索配信は、これまでにない平穏と、そして異様な熱気に包まれていた。


 同時接続数は三十万人を超えている。


 しかし、かつてのように彼を「CGだ」「ヤラセだ」と中傷する声は、コメント欄のどこを探しても見当たらない。


『B級昇格おめでとうございます!』


『神代さんのお墨付きをもらった最強の仕事人』


『今日も安全第一の完璧なルーティンを見せてくれ』


 視聴者たちは、冬真が派手な魔法をぶっ放すことなど最初から期待していない。


 彼らが見に来ているのは、極限の現場で磨き上げられた、息をするように正確な「被害局限の手順」だ。


 その評価の反転は、ネットの中だけにとどまらなかった。


「……あ。榊さんだ」


「マジだ。本物だ……」


 迷宮の広大な洞道を歩いていると、前方からやってきたB級やA級のベテラン探索者パーティが、冬真の姿を認めるなり、弾かれたように壁際に寄り、敬意を込めて道を譲ったのだ。


 少し前なら「なんだあのD級は」と見下されるか、素人は邪魔だとばかりに舌打ちをされていた状況だ。


「榊さん、お疲れ様です。少しよろしいでしょうか」


 道を譲ったパーティのリーダーが、緊張した面持ちで冬真に声をかけてきた。


「この先、第七分岐のあたりで少し魔素が滞留しているように見えたんですが……俺たちのセンサーでは確証が持てなくて。榊さんの目から見て、どう思われますか」


 それは、明らかな『専門家に対する教えを乞う態度』だった。


 冬真は足を止め、嫌な顔一つせずに答える。


「第七分岐なら、さっき通った。天井付近に微細な亀裂が走っている。魔素の滞留はおそらく岩盤の奥で鉱石が変異している兆候だ。戦闘になれば崩落のリスクがある。迂回した方がいい」


「……! ありがとうございます、助かりました。俺たちは別のルートを回ります」


「ああ。気をつけて行け」


 探索者たちが深く頭を下げて去っていくのを見送り、冬真は再び歩き出した。


 後ろを飛ぶ雨宮澪の認証カメラが、その一部始終を記録している。


『ベテランが素直に意見聞いてるのすげえな』


『まあ、あの高瀬統括やS級が認めた男だからな』


『でもオッサン、B級になっても全く態度変わらんな。職人すぎる』


 社会的信用がどれほど高まろうと、冬真の仕事の質は大きくは変わらない。


 前方のわずかな空気の揺らぎを察知し、カメラの死角から飛び出してきた魔物を一歩半の移動で躱し、関節へ正確に刃を滑り込ませて活動を停止させる。


 その果てしなく地味で、究極に手堅いルーティン。


「榊冬真」という現在時制の評価は、もはや揺るぎないものとして完全に定着していた。


*


 だが、その強固な現在時制の評価が確立したからこそ。


 人々の好奇心は、自然と『空白の過去』へと向かい始めていた。


 同日の深夜。


 大手探索者掲示板の、検証勢や軍事・災害マニアたちが集まるマニアックなスレッド。


 そこでは、数時間前から異常な熱気とともに、一つの比較検証動画が作られ、議論が交わされていた。


『なあ、これ見てくれ。やっぱり気のせいじゃない』


『なんだよこれ……マジか?』


 有志の手によってアップロードされた動画の左半分には、先日冬真が第四管区で崩落を阻止し、魔物を誘導した際の配信アーカイブが流れている。


 そして右半分。


 そこに映し出されたのは、今から『三年前』。


 湾岸部で発生し、多大な被害を出した大規模複合災害――通称『湾岸第九迷宮災害』の際、報道機関のヘリが外周部をほんの数秒間だけ捉えたニュース映像だった。


『この三年で、防護服の規格もカメラの画質も変わってる。でも、よく見てくれ』


『三年前の映像に映ってる、この面体付きの防護服を着た公的部隊の隊員。パニックになった民間人を誘導して、崩落の隙間から出てきた魔物を捌いてるだろ』


 画質は荒く、顔は完全に見えない。


 だが、比較動画は両者の映像をゆっくりと重ね合わせた。


『……体重移動の前の、右肩を僅かに落とす癖』


『魔物の突進ベクトルを、剣の「峰」を使ってそらす角度』


『何より、敵を倒す前に必ず天井と退路をスキャンする視線の動かし方』


『骨格比率から算出した歩幅まで、完全に一致してるぞ……』


 深夜の掲示板が、水を打ったように静まり返った。


 誰もが、ある一つの恐るべき結論に到達していた。


『榊冬真って……三年前の湾岸災害で、現場にいた「公的な災害部隊の人間」なんじゃないか……?』


*


 翌朝。


 冬真のアパートのチャイムが、乱暴に鳴らされた。


 ドアを開けると、そこには血相を変えた澪が立っていた。彼女の手には、すでに起動した状態のタブレットが握られている。


「……榊さん」


「どうした。朝から騒がしいな」


 冬真の言葉に、澪はタブレットの画面を突きつけた。


 そこには、昨晩ネットの片隅で生まれ、夜通しで爆発的に拡散され、今や数十万回以上再生されている『三年前の報道映像との比較検証動画』が表示されていた。


「これ……昨夜からネット中で大騒ぎになっています」


 澪の声は、微かに震えていた。


「あなたの完璧な手順が、三年前の映像の人物と完全に一致していると。あなたが元々、政府系の災害対応部隊にいた人間だという推測が、ものすごい勢いで広まっています」


 画面の中でループ再生される、過去と現在の二つの影。


 冬真は、その荒い三年前の映像に映る『過去の自分』を、表情を変えずに見つめた。


「……榊さん」


 澪が、探るような、しかし確信を持った声で問う。


「この三年前の映像の人物……あなたですよね?」


 澪は古い報道映像を止めた。防護服の隊員の顔は映っていない。


「この歩き方で、誰かが比較を始めています」


 冬真はタブレットを返した。「明日の配信は予定通りだ」

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