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国家機密の元討伐員、D級から迷宮配信を始める ~同接9人の初配信でB級魔物を倒したら実力がバレた~  作者: 他力本願寺


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第11話 戦う前に逃がす

「……負傷者の最終組、第一ゲートを通過。これで中層手前エリアの民間人は全て退避したな」


 赤色警報のサイレンが鳴り響く第二迷宮。


 薄暗い洞道の隅で、榊冬真は通信用イヤホンに向かって短く確認を入れた。


『はい。ギルドの公式発表とも照合しました。現在、榊さんのいるエリアに残存している非戦闘員はゼロです』


 ノイズ混じりの通信の向こうから、雨宮澪の理知的な声が返ってくる。


 彼女は現在、迷宮外の安全エリアに展開した機材ブースから、冬真の周囲を飛ぶ認証カメラのデータとギルドの公式情報を同時に処理していた。


 現在、冬真のチャンネルは災害時の防犯・安全規定に基づき、数分遅れの「遅延中継」に切り替えられている。現場の正確な状況が外部に漏れてパニックを助長したり、救助活動の妨げになったりするのを防ぐためだ。


『遅れて配信されているコメント欄には、少し不満も混じっていますね』


「不満?」


『ええ。あんなに強いのに、なぜ奥へ行ってA級やS級と一緒にボスを倒さないのか、と。見栄えの良い派手な戦闘を期待している層はどうしても存在します』


「……馬鹿なことを」


 冬真は短く切り捨てた。


 冬真の民間資格はD級だ。深層の元凶を討伐する権限などない。それに、彼の手持ちの装備と魔力容量では、災害指定個体を『完全に破壊する』には圧倒的に火力が足りない。


 何より、彼の優先順位は「魔物を倒すこと」ではなく、「民間人を逃がすこと」と「空間の被害を局限すること」にある。


 前線に立つ正規の討伐部隊が背後を気にせず戦えるよう、退避経路を確保し、漏れ出た魔物を処理し、二次災害を防ぐ。それこそが、災害対応のプロとしての完璧な仕事の形だった。


 ズズン……ッ!


 迷宮の奥深く、深層エリアから強烈な衝撃波が伝わってきた。


 上位クランの先遣隊が、災害指定個体と激突している証拠だ。足元の岩盤がビリビリと震え、洞道全体に土埃が舞い落ちる。


「おい! 道を開けてくれ!」


 背後から慌ただしい足音が聞こえ、ギルドの公式救助隊の第二陣が駆け込んでくるのが見えた。彼らは深層で戦う部隊のバックアップや、取り残された負傷者の回収に向かう部隊だ。


 隊員の持っている汎用魔素センサーは緑色に点灯している。前方に魔物の反応はない。彼らは「安全だ」と判断し、そのまま速度を落とさずに通過しようとした。


「止まれ」


 冬真が、洞道の中央に立ち塞がり、短く手を上げた。


「な、なんだD級! 邪魔をするな、急いでるんだぞ!」


「前進を三十秒待て。……そこは、落ちる」


 冬真は前方の天井、アーチ状になった岩盤の一角を指差した。


 救助隊員たちが怪訝な顔で天井を見上げる。彼らの目には、ただの岩の塊にしか見えない。センサーも一切の異常を示していない。


 だが、冬真の目と耳は、明確な『死の兆候』を捉えていた。


 先ほどの深層からの衝撃波。それが空洞を伝わり、岩盤の内部に潜んでいた極小のクラック(亀裂)に共鳴した。今、その亀裂の奥で、岩同士が重力に負けてわずかに擦れ合う、耳障りな摩擦音が聞こえている。魔素の残りカスが風の淀みを作り、崩落のベクトルを強めている。


 ――あと十秒で、数トンの岩が落ちる。


「下がっていろ」


 救助隊員が抗議の声を上げるより早く、冬真は抜刀した。


 だが、刃を向けたのは天井ではない。洞道の脇に転がっていた、人の背丈ほどもある長方形の巨大な岩だ。


 冬真は直剣を逆手に握り、その岩の先端部分に、凄まじい速度で三度の打撃を叩き込んだ。刃で斬るのではなく、峰と腹を使って岩の形を『削り出し』、クサビのような形状に変える。


 そして。


「ふっ……!」


 短く息を吐き、削り出した巨岩の下部に強烈な蹴りを叩き込んだ。


 ズガンッ! という轟音と共に、数トンの岩が床を滑り、アーチ状の天井の真下……今まさに崩落しようとしていた亀裂の直下へと滑り込む。


 直後、天井の亀裂が弾け、巨大な岩塊が落下を始めた。


 ガゴォォン……ッ!!


 耳を劈くような衝突音。


 落下してきた岩塊は、冬真が蹴り込んだ「岩のクサビ」に見事に受け止められ、ピタリとその動きを止めた。


 絶妙な角度と摩擦力。二つの岩は完全に噛み合い、強固な一本の『つっかえ棒』となって天井の崩落を未然に食い止めたのだ。


 もし冬真が彼らを止めていなければ、救助隊の頭上に数トンの岩が直撃していた。


「な……」


「……道は塞がっていない。左右の隙間から慎重に抜けろ。機材を壁にぶつけるなよ」


 腰に直剣を収め、岩の粉塵を手で払いながら、冬真は淡々と告げた。


 救助隊員たちは、震える足で冬真の横を通り抜けながら、畏敬の念を込めて深く頭を下げていった。


『こちら澪。該当エリアの地盤の脆弱性をデータから抽出しました。すでにギルドの公式情報板へ、ルート変更推奨と通行時の衝撃緩和要請を送信済みです』


 イヤホンから、澪の冷静な声が届く。


 彼女は冬真が岩を削った瞬間、彼が何をしようとしているかを完全に理解し、後続の部隊が同じ危険に晒されないよう、即座に情報のアップデートを行っていた。


「……助かる」


『数分遅れの中継を見て、コメント欄の雰囲気も変わってきていますよ』


 澪の言う通り、少し遅れて配信された冬真の「つっかえ棒」の作業を見た視聴者たちは、言葉を失っていた。


『え、今なにが起きた?』


『魔物がいないのに急に岩削ったと思ったら……天井が落ちてきたぞ!?』


『マジかよ、あれ数秒遅れてたら救助隊全滅してたじゃん』


『……この人、見えてるモンが全然違う』


『強えとかそういう次元じゃねえ。マジモンのプロだ』


 敵を倒すことだけが、強さではない。


 戦う前に逃がし、物理的な崩落の芽を摘み取り、絶対に死者を出さない。澪という情報処理のパートナーを得たことで、冬真のその異常なほど洗練された「災害対応の手順」が、一つの作品のように世間に理解され始めていた。


*


 それから一時間後。


 迷宮内に、事態の収束を告げるギルドの公式アナウンスが響き渡った。


『――深層部における災害指定個体の活動停止を確認。迷宮内の魔素濃度が正常値に向かって低下中。これより赤色警報を解除し、イエローレベルへ移行します』


 終わったか。


 冬真は小さく息を吐き、洞道の壁に寄りかかった。


 灰色の防刃ジャケットは岩の粉塵で白く汚れ、安価な直剣の刃は岩を叩いたことでいくらかこぼれてしまっている。


 討伐の手柄は一切ない。世間を賑わせるような派手な英雄的行為もしていない。


 だが、彼の背後には、ただの一人も死者を出すことなく機能し続けた、安全な避難経路が残されていた。


 迷宮の外、安全エリアのテント群。


 無事にゲートを抜けた冬真を迎えたのは、機材の片付けを終えた澪だった。


「お疲れ様でした、榊さん」


「ああ。そっちも、情報処理ご苦労だった」


 澪は手元のタブレットを操作し、画面を冬真に向けた。


「今日の配信のデータと、ギルドに申請した『救助・安全確認』のポイントの精算が終わりました。公式救助隊からの証言も裏付けになり、大幅な加点が入っています」


「……それで?」


「これで、C級への昇格要件に必要な『公開実績ポイント』を完全に満たしました。ギルドのシステム上で、数日以内に正式な昇格通知が発行されるはずです」


 澪の報告を聞き、冬真は大きく肩の力を抜いた。


 誰かに称賛されることでも、名誉を取り戻すことでもない。


「……ようやく、か」


 これでD級の制限が外れ、割の良いC級案件が受けられるようになる。目的であった「高額な災害補償保険」への加入条件もクリアできる。


 民間探索者としての生活基盤が、ようやくまともな形になりそうだった。


「次は装備の更新ですね。そのこぼれた剣では、C級案件は回せませんから」


「そうだな。手頃な長剣を見立てておこう」


 赤色警報という非日常から、探索者としての実務と日常へ。


 夕日に照らされる迷宮ゲートを背に、二人は次の仕事に向けて淡々と歩き出した。

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