第4話
「……『ブルー』に奪われたのよ」
「『ブルー』に?」
アゲハとカカシが顔を見合わせる。『レッド』の少女は、屈辱だというように眉を寄せた。
「……『ブルー』のアジトの正門近くに倉庫があるわ。その中よ」
三人はお互いに目配せをした。そして、ノアが代表して尋ねる。
「……じゃあ、ここにはないの?」
「そう言ってるでしょ……」
すっかり暗くなった空の下、沈黙が支配する。やがてノアは、取り出した手榴弾をポケットの中へとそっと戻した。
「それなら早く奪いに行かなくちゃ!」
「急げ急げ~!」
三人は重い靴音を響かせ、ばたばたと『レッド』のアジトを後にした。『レッド』の少女はまるで嵐が去ったかのように、それを苦い顔で見送っていたのだった。
***
『ブルー』のアジトまではるばるやってきた三人は、正門を視界に入れて空を仰ぎ見た。頭上は完全に漆黒が覆い隠している。時刻は二十一時近くになろうとしていた。
正門には見張りと思われる少女が二人立っていて、辺りに目を光らせていた。右前ですらりと合わされた襟、長く垂れ緻密な模様が彩る袖、胸の下を巻く太い帯。フリルが縁取る短いプリーツスカート、二枚歯に鼻緒が特徴的な履物。頭には一輪の大きな花の簪を挿している。薄群青色を基調とした、『ブルー』の制服。それを遠目に、三人はこそこそと身を潜めて囁き合う。
「正門から行くと見つかるよね? どっかからこっそり入る?」
「でも倉庫は正門近くにあるんだよね? どっちみち見つかっちゃうんじゃ……」
作戦会議をしていると、何やら門番の一人がアジトの中へと戻っていくのが見えた。どうやら休憩か何かで外れたらしい。今、門には見張りは一人だけしか残っていなかった。……チャンスだ。そもそも時間もないため、どのみち強行突破以外に道はない。好機と見た三人は、すぐさま堂々と門の前へと姿を現した。見張りの『ブルー』の少女は、突然現れた敵対組織の少女達に思い切り顔を顰めた。
「『ラビット』か? こんなところにのこのこやってきて……」
黒白のフリルの塊達をじろじろと不躾に眺めると、彼女は指を組んでポキポキと鳴らした。既に話し合う空気はない。ギラギラとした目を向けるのが見えているのかいないのか、ノアは片手を勢い良く天へと伸ばした。
「ねえ、『ブルー』の門番さん! 倉庫にあるカールグスタフが今すぐ必要なの! くださいな!」
「……は?」
『ブルー』の少女は虚を衝かれたように呆けた。畳み掛けるように、ノアの横からアゲハが身を乗り出して続ける。
「キャプテンの誕生日がなくなっちゃうの! お前達も仲間を祝うの、よくやってるじゃん! だからわかるでしょ?」
「カールグスタフさえあれば、キャプテンの誕生日は守られるんだよ!」
『ブルー』の少女は発言者の顔を律儀に目で追ったあと、特大のため息を漏らした。
「お前らの言うことが理解できた時なんて、一ミリもねえよ……頭のおかしい奴らめ」
憎らし気に黒白達を睨みつける。今にも手が出そうな雰囲気だった。
「貴様、知らんぷりしても無駄だよ!」
それに全く怯むことなく、カカシが腰に手を当てて胸を張る。
「『レッド』が言ってたんだから! 『ブルー』の倉庫にカールグスタフがあるってね!」
「……はあ?」
「あたし達を見縊り過ぎ! 隠そうったってそうはいかないから!」
アゲハが忍び笑いを漏らす。『ブルー』の少女は訳が分からないというように眉を寄せた。
「別に倉庫を爆破して火事場泥棒してもいいんだよ?」
「でもでも、『ブルー』の子なら誕生日を祝う気持ちはわかるよね? 貸してくれると嬉しいな~って!」
ノアが無垢な笑みで尋ねる。『ブルー』の少女は理解が追いついていないらしく、頭の中で何とか一つ一つの単語を紐解いているようだった。やがて事態を飲み込めてきたのか、少女はその顔に憫笑を浮かべた。
「なるほどな……お前ら、嵌められたんだよ」
「……うん?」
「『レッド』にデマを掴まされたってわけだ。少なくとも、『ブルー』の倉庫に無反動砲なんてねえよ」
その言葉に、三人はまん丸にした目を瞬いた。賑やかだった声が一度止む。
「え?」
「デマ? 嘘つかれた……ってこと?」
「か、隠しても無駄なんだけど!? ばーか!」
逆上したようにアゲハがリボルバーを取り出し、『ブルー』の少女へと突き付ける。先程『レッド』で落としてきてしまったものとは別のものだ。彼女は『嘘つき』へ向けて、素早く引き金を引いた。しかし銃弾が貫いた先には、既に人影はなかった。アゲハが一たび瞬いた時には、薄群青色の影は彼女の目の前に迫っていた。
「あ……!」
抵抗もあっけなく見切られ、レース手袋に包まれた手首が瞬時に取られた。外側へと強く捻られて、流れるようにリボルバーを奪い取られる。そしてその銃口は、持ち主であるアゲハの頭へと向けられた。『ブルー』の少女は慣れた手つきで、あっけなく引き金を引いた。
「……っ!」
カチ、という軽い音だけが小さく響き、銃弾が発砲されることはなかった。アゲハの頭は撃ち抜かれずに、カシスピンクの髪を靡かせている。顔を青くしたアゲハは薄っすらと目を開け、奪われたリボルバーへと視線を向けた。このリボルバーは、アジトでロシアンルーレットをした時に使用した銃だった。そのまま出てきてしまったため、弾が一発しか装填されていない状態で持ってきてしまっていたらしい。つまりこのリボルバーの中にもう弾は残っていない。『ブルー』の少女は続けて二回引き金を引いたが、いずれも空撃ちだったためすぐに銃を投げ捨てた。リボルバーは高い音を響かせ、亀裂の入ったコンクリートの上を転がっていく。しかし『ブルー』が最も得意とする武器は、己の体である。手首を取られたままのアゲハは、顔を強張らせて『ブルー』の少女を見上げることしか出来なかった。
「『レッド』の奴らもたまには粋な事するじゃねーか。まさか獲物を寄越してくれるなんて」
『ブルー』の少女は好戦的に顔を歪めながら、にやにやとした笑みをアゲハへと向けた。……三人は漸く悟った。恐らく『レッド』の少女の狙いは、この状況を作ることだったのだ。ノア達が『レッド』に手榴弾を投げ込もうとしているのを見て、彼女は咄嗟に『レッド』のアジトからノア達を離すために嘘をついた。そして同時に、長の命で手出し出来ない自分に代わって、『ブルー』の者に『処理』を押し付けたのだ。『レッド』の者は他の組織の者を傷つけてはいけないというお触れは出ているが、他の組織の者に殺させてはいけないなどとは一言も言われていない。彼女はノア達があのように言われたら『ブルー』に向かわざるを得ないこと、そしてノア達が『ブルー』に向かえばどうなるかを全て見通していたのだろう。ノア達を見れば『ブルー』はすぐに殺そうとするだろうし、目当てのものが正門の近くにある以上ノア達は『ブルー』の者に会わないことなど不可能だ。つまり全てこうなるように仕組まれていた……いかにも『レッド』らしい陰湿なやり方だ。
「えっ、じゃあ……本当にカールグスタフはここにないの……?」
ノアが絶望したように呟く。『ブルー』の少女はそれを見て、「あるわけねーだろ」と吐き捨てた。九月二十日はもう、残り三時間程しかない。『ブルー』の倉庫にないならば、ノア達はまた一から探さなければいけないことになる。『レッド』は先程のことがあったため、今から戻ったとしても対策を講じられていて簡単には盗めないだろう。三人は焦りを滲ませた。
「どうしよう、早くカールグスタフを探しにいかなきゃ……!」




