第2話
少女達の顔が不安に翳っていく。今日は一年で一日だけの、特別な日。そんな日が意識が沈んでいる内に終わっているだなんて、きっと起きた時にひどく悲しく思うはずだ。三人は無言になってすやすやと眠り続ける姫月を見下ろした。大好きな彼女の誕生日を祝いたい。それに用意した誕生日プレゼントも、せっかくなら当日に渡した方が喜んでもらえるだろう。三人は顔つきを変え、同じタイミングで顔を上げた。そしてお互いを、真剣な表情で見渡す。
「何がなんでも起こさなきゃ! だってこの年の誕生日は人生で一度きりなんだよ?」
「キャプテンの誕生日を消滅させるわけにはいかない!」
三人は決意を固めたように頷き合った。どの顔も使命感に駆られたような真面目な顔付きをしていた。
「……でも、どうやったら起きるかな? 大声を出しても駄目、揺らしても駄目、頬を叩いても駄目……」
カカシの言葉に、沈黙が場を支配した。三人揃って首を捻って悩み始める。
「アラーム時計を十個くらい持ってきたら流石に起きるかな? ボク、一つなら持ってるよ」
「『ラビット』の皆がアラーム時計なんてお利口さんなもの、持ってるかなあ? 個人寮ぶち破って探してきてもいいけどさ……」
ノアとアゲハの視線が、置時計へと向けられる。文字盤では二十四時に向けて刻刻と時が進んでいた。言われてみれば確かに、自由奔放な『ラビット』の少女達がアラーム時計を使っているところはノアも見たことがなかった。
「要は大きな音が必要ってことだよね? それも大声なんて生半可なものじゃないやつ……」
カカシはそう言って「うーん」と唸った後、やがて顔をあげた。彼女は真顔だった。そして、大きく口を開く。
「カールグスタフM4でアジトを撃てばいいんじゃないかな!」
その発言に、ノアとアゲハも真顔になって彼女を見つめ返した。
「爆音だからきっと起きるに違いないよ!」
彼女は真剣な顔のままそう主張した。そして、再び静寂が部屋を支配する。姫月の小さな寝息だけが聞こえてきていた。
「……それだあっ!」
「キツキちゃん、絶対起きるよ!」
一転、少女達はわあと盛り上がった。皆の顔は明るく晴れていた。妙案の登場で希望が灯り、執務室は再び賑やかさを取り戻す。
「流石にアジトを撃ち抜けばキツキちゃんも目が覚めるはず! カールグスタフの発射の時の音、半端ないもんね!」
「これでキャプテンの誕生日が守られる!」
三人の顔には笑顔が戻っていた。安堵と期待が入り混じった顔で、早速少女達は計画を立て始めた。
「『ラビット』にカールグスタフってあったっけ?」
「たぶんない! ……から、どこかから奪ってこなくちゃ」
無反動砲なんてこれ以上ないほど遊びがいがありそうなおもちゃがあれば、『ラビット』のメンバーの誰かしらにすぐに持ち出されているだろう。
「じゃあ~……確実に持っていそうな組織から借りないとだね?」
時計へと顔を向けながら、ノアが口を窄めてそう言った。二十四時まで、残された時間は少ない。いくつもの組織をまわっている暇など、三人にはないのだ。
「そこそこ大きな組織なら導入されてるはず……となると、『ブルー』か『レッド』の二択?」
カカシの言葉に、透かさずアゲハが身を乗り出す。
「じゃあ『レッド』だ! 『ブルー』は筋肉馬鹿の集まりだから、無反動砲なんて興味ないっしょ!」
『ブルー』と『レッド』は、愉悦組織『ラビット』と鼎立している敵対組織の名前だ。暴力集団『ブルー』は力自慢の者達が集まる組織で、組織員は皆体術に優れ乱暴者が多い一方、情に厚く仲間想いな者達が多く集う組織でもある。抗争の武力でいえば圧倒的な力を誇る組織だが、腕力に自信があるからこそ武器にそこまで拘る印象はない。三大組織の一つとして資金力はあるためある程度武器を揃えてはいるだろうが、わざわざカールグスタフを調達しているかといえば確信はない。対して頭脳派集団『レッド』は知識と情報を駆使して戦う組織で、状況別に使い分けられるよう銃も様々なものを導入している。合理主義で血も涙もない者達の集まりであるため、カールグスタフのような威力の高い武器を使って組織のアジトを丸ごと潰すような場面もあるかもしれない。リーダーが代わってからは積極的に他組織の危険な武器の押収も行っているため、カールグスタフを所持している可能性は非常に高い。アゲハの言葉に、ノアもカカシも深い頷きを返した。
「じゃあ早速奪いに行こう!」
「キャプテンの誕生日がなくならない内に、急げ急げ~!」
三つの黒白のフリルの塊は、慌ただしく執務室を出て行った。廊下に厚底の鳴らす重い靴音がいくつも響く。向かうは敵対組織、『レッド』だ。静かになった部屋に一人残された姫月は、何も知らないまま穏やかな寝息を立て続けていたのだった。
***
ノアとアゲハ、カカシの三人は、『レッド』の縄張りへと入っていた。カールグスタフを置くならアジトの倉庫だろうと当たりをつけた三人は、そのまま『レッド』のアジトへと向かうことにした。その道中、小規模組織『グリーン』の制服を着た少女と出くわした。彼女は黒白のフリルの塊三人衆を見て、死を覚悟したように震えあがっていた。『グリーン』はネットやデジタルに強い少数精鋭の組織で、普段から抗争に参加せず引きこもってばかりで体もひょろひょろな者が多い。彼女達が他組織の者と鉢合わせることは、則ち死を意味するのだ。しかも相手が遊ぶことが大好きな『ラビット』の者とあらば、楽に死ぬことは出来ない上に死体となった後も散々な目に遭うことは決まったも同然だ。しかし先を急ぐ三人は、絶望する彼女の横を素通りして走り抜けていった。今の三人には、何よりも大事な『使命』があるのだ。一人残された『グリーン』の少女は、フリル塗れの背中が遠くなるのをぽかんとして見送ったのだった。
『レッド』のアジトに着いた三人は、立ちはだかる正門を前にして立ち止まった。
「……倉庫ってどこにあると思う?」
「わかんないから、とりあえず侵入して後はお散歩して探そうか」
「探検だね! なら、裏門の近くによじ登れるところがあるよ!」
流れるように不法侵入を決めたあと、ノアが先導してアジトに忍び込める場所へと向かうことになった。ノアは『レッド』のアジトを襲撃した経験があるため、その時使った侵入方法なのかもしれない。三人は敷地の外周をまわって裏門までやってきた。そして門から横に少し離れると、ノアは張り巡らされたフェンスを慎重に確認し出した。一ヵ所だけ切れている箇所を見つけると、ノアは迷わずそこに指を入れて——
「あっ!?」
カシャンという小さな機械音、ノアの驚愕に満ちた声。後ろで待っていたアゲハとカカシが、何事かと近寄ってくる。突き出されたノアの指は、フェンスに沿って仕掛けられていたらしい透明な線によってぐるぐると巻かれていた。威力は調整されているようで切断されることはなかったが、逃がさないとばかりに緊く指を捕えている。ノアは慌ててスカートのポケットからナイフを取り出し、透明な線を切り出した。利き手とは異なるため、ぎこちない動きでなかなか上手くいかない。見かねたアゲハが透かさず代わり、ノアからナイフを借りてフロロカーボン製と思われるテグスを切り始めた。
「ううー、『レッド』の子達、ここから入れるって気付いてたんだねえ……」
「きっとわざと放置して罠を仕掛けておいたんだよ! 狡猾! 性格悪っ!」
「しっ、誰か来るよ!」




