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魔術学院最底辺のデバッガー  作者: 悪代皋ユカリ
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第31話:不格好な防衛陣形③

「ラビッ!!」


 カイルの悲痛な叫びが響く。

 鋭い牙が泥に塗れた僕の喉笛に食らいつこうとした、まさにその時だった。


「……させるかッ!」


 ドォォォンッ!!


 僕の目の前に、岩の塊のような巨体が降ってきた。

 彼は腕を交差させ、魔獣の突進を真正面から受け止める。


 鋼鉄のガントレットと牙が軋み合い、激しい火花が散った。


「ラビ、無事か!」

「ナイスだ、ガレット! 少しだけ頭を下げろ、オレが横からぶち抜く!」


 横合いからカイルが滑り込み、杖を突き出す。

 先ほどのような無差別な薙ぎ払いや、暴発ではない。ガレットの背中を信頼し、僕たちを絶対に巻き込まないよう極限まで出力を絞った、精密な熱線の刺突。


『ギャゥンッ!?』


 極太のレーザーが影刃豹の横腹を的確に焼き貫き、獣が悲鳴を上げて吹き飛んだ。


「こっちには、来させないっ!」


 木の上から、リアの振動弾が放たれる。

 今度は素早く動く獣を直接狙うのではなく、僕たちに迫ろうとする群れの後続――その『足元の地面』を正確に撃ち抜いた。


 数秒後、遅延発動した内部破裂が地面をすり鉢状に陥没させ、後続の獣たちの足を止める完璧な『(トラップ)』として機能する。


「こ、こっちですぅー!」


 さらにユラが泣きベソをかきながらも『外套の座標バグ』を全開にし、分身のように揺らめく幻影で残りの魔獣のヘイトを完全に引きつけた。


(……こいつら)


 泥水の中に尻餅をついたまま、僕は目を見開いた。


 さっきまでの、自分の火力を押し付け合うだけの暴走状態じゃない。

 明確な『護衛対象』が実戦の危機として機能したことで、彼らの動きに初めて指向性(ベクトル)が生まれたのだ。


 僕を死なせない。

 その一点の目的が、バラバラだった彼らの力を強引に噛み合わせ、不格好だが強固な一つの『防衛システム』として稼働させていた。


「……オラァッ!!」


 カイルの最後の一撃が、足止めを食らっていた群れのボスの脳天を貫く。


 統率者を失った影刃豹たちは、形勢不利と悟り、蜘蛛の子を散らすように深い森の奥へと逃げ去っていった。


 ……静寂が、戻る。


「はぁっ、はぁっ……」

「……お、終わった……?」


 カイルが杖を支えにして膝をつき、リアが木からずり落ちてへたり込む。


 僕も深い息を吐き出し、そのまま仰向けに大の字で泥の中に倒れ込んだ。


「……おい、ラビ」


 カイルが息も絶え絶えに、僕を見下ろしてくる。


「お前……マジで魔法の『術式』がないと戦えないんだな」


「……だから、言っただろ。僕は対人専用のバグなんだって……」


 強がりを言う気力もなく、僕は自嘲気味に笑うしかなかった。



 ◇



 数時間後。

 すっかり日が落ちた森の中に、小さな焚き火の明かりが灯っていた。


 フェリスが用意したという『最低限の食糧』は、本当にただの水と少量の塩、それに硬い乾パンだけだった。


 当然、育ち盛りの(しかも限界まで魔力を消費した)僕たちの腹が満たされるわけがない。


「……食える」


 そこで立ち上がったのが、ガレットだった。

 彼は手際よく倒した魔獣を解体し、焚き火で肉を炙り始めたのだ。滴る脂が火に落ちて、暴力的に食欲をそそる匂いが立ち込める。


「う、嘘だろ……。魔獣の肉なんて、平民の食うゲテモノだぞ……」

「……カイル、食べないの? じゃああたしが貰うね。あむっ……んー! 硬いけどお肉の味!」


 顔を引きつらせるカイルをよそに、女子二人は野生児のように肉にかぶりついている。


 グゥゥゥゥ……。


 カイルの腹の虫が、盛大に鳴った。

 彼は顔を真っ赤にし、プルプルと震えながら、ガレットから串焼きの肉を受け取る。


「……こ、これも生き残るための訓練だ! オレはベルシュタインの次期当主として……ハムッ、モグ……」


 数回噛み締め。


「……悪くない」


 プライドを捨てて肉にがっつく貴族様の姿に、僕たちは思わず顔を見合わせて吹き出した。


 パチパチと爆ぜる焚き火の音を聞きながら、僕は泥だらけのローブを身にまとい、燃える火を見つめていた。


(……なるほど。そういうことか、フェリス教官)


 僕はあの魔女の真意を悟っていた。

 彼女は、僕がこの森で無力であることを知っていた。


 知った上で『補助輪』を強制的に外し、僕という『絶対に守るべき(コア)』を用意することで、彼らを単なる個人の集まりから、防衛陣形を持つ『チーム』へと再構築させたのだ。


「……ラビ、お前も食え。餓死でもされちまったら、明日から誰の『子守り』をすりゃいいか分かんねえからな」


 カイルがニヤッと笑いながら、焼けた肉を差し出してきた。

 その不器用で偉そうな軽口に、僕は少しだけ目を見開き――やがて、小さく息を吐いて肉を受け取った。


「……ありがとう」


 僕が素直に礼を言うと、カイルは少し面食らったような顔をした。

 僕は手の中の串焼きを見つめながら、ぽつりとこぼす。


「……認めるよ、降参だ。この森じゃ、僕は完全に役立たずのお荷物らしい。お前たちに背中を預けないと、明日にはあっさり死ぬ」


 焚き火の炎がパチパチと爆ぜる。

 皆が肉を食べる手を止めて、静かに僕の言葉に耳を傾けていた。


「だから……この十三日間、僕を助けてほしい」


 僕はゆっくりと顔を上げ、泥だらけの仲間たちの顔を真っ直ぐに見据えた。


「……その代わり。本番では僕が必ず、お前たち全員を勝たせてやる」


 一瞬の静寂。

 やがて、カイルが「ふっ」と鼻で笑った。


「……へっ。勝たせてやるだあ? まったく、クソ生意気な野郎だぜ。まあ、せいぜい特等席で震えてな。オレたちがその命ごと守り抜いてやるよ」


「うんっ! あたしも、もう絶対ラビに怪我させないように頑張るからね!」


「……ああ。俺の背中にいれば、傷一つつかせない」


「わ、わたしも……ラビさんの代わりにいっぱいいっぱい狙われるように……が、がんばりますぅ……!」


 パチパチと、再び焚き火が爆ぜる。

 炎越しに見える泥だらけの顔が、それぞれ僕を真っ直ぐに見返していた。さっきまでの、自分の力に振り回されていた危うさはもうない。


 こいつらとなら、やれるかもしれない。

 頼もしくも不格好な仲間たちを見て、僕も自然と口角が上がるのを感じた。


 遠くで響く獣の遠吠えをかき消すように、赤々とした炎が僕たちの足元を力強く照らし出している。


 誰からも見放された欠陥品たちが、泥だらけの背中を預け合い、初めてひとつの『陣形(システム)』として結線(リンク)した夜。


 絶望の森の奥深くで産声を上げた僕たちの『林間合宿』は、まだ不格好な熱を帯び始めたばかりだった。

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