第30話:不格好な防衛陣形②
木々の陰から姿を現したのは、先ほどの甲殻狼とは明らかに骨格の違う、巨大でしなやかな魔獣の群れだった。
漆黒の毛並みに、カマキリのような鋭い前脚の刃。
(……なんだ、あの獣は。さっきの低級の魔獣とは、纏っている空気がまるで違う)
僕が息を呑む横で、前衛のガレットが油断なく腰を落とした。
「……『影刃豹』。群れで狩る、厄介な獣だ」
「チッ、数が多いな。だが、的が増えただけだ! どけガレット、俺がまとめて焼き払ってやる!」
「カイルばっかりずるい! あたしだって、もうちゃんとやれるもん!」
功名心――そして何より、かつて魔法を暴走させたトラウマを払拭したいという焦りに駆られたリアが、カイルの横に並び立つようにして音叉の銃を構えた。
だが、実戦経験のない彼女の目で、その不規則な軌道を正確に捉えきれるはずがない。
「そこっ……!」
――シュガァンッ! シュガァンッ!!
トラウマを押し殺し、必死に狙いを定めて放った不可視の振動弾。
だがそれは、素早い獣の残像をすり抜け、無情にも標的の後方の木々や、前衛の足元の地面へと吸い込まれてしまった。
「馬鹿ッ、どこ撃ってんだ! その銃の『破裂』に巻き込まれるだろ!」
カイルの叫びとほぼ同時に、リアが撃ち込んだ木々や地面が内側から次々と弾け飛んだ。幹が爆散し、前衛で構えていたガレットの足元の地面が、えげつない音を立ててすり鉢状に陥没する。
「……ッ! 足場が……!」
踏ん張っていたガレットが、崩れた地面に足を取られて体勢を崩す。
さらに、飛び散る土塊に驚いたカイルが慌てて杖を振り回した結果、極太の熱線が明後日の方向へと逸れ、味方の頭上をかすめて何本もの巨木を一直線に焼き貫いた。
「あ、熱い熱い! カイルの炎がこっち来てるぅ!」
「ひぃぃっ! 敵じゃなくて味方の攻撃で死にますぅぅ!」
……最悪だ。
個人のスペックが高すぎるがゆえの、致命的な同士討ち。
彼らは自分の『出力』に振り回され、味方の位置情報をまったく処理できていない。これでは、ただの通信障害を起こした暴走したドラゴンの集まりだ。
(……くそっ! 仕方ない、僕が強引に同期させる!)
僕は右目の『片眼鏡』を叩き、彼らの武器に組み込んだ安全装置経由で【遠隔操作】を立ち上げようとした。
カイルの出力を30%に絞り、リアの射角を強制的に固定して――。
だが、僕が視界の端のコンソールを操作しようとした、その瞬間。
――ヒュンッ。
嫌な風切り音が、真横から聞こえた。
前衛の混乱を囮にし、群れの一部が大きく迂回して僕の『死角』に回り込んでいたのだ。
「……ッ!?」
飛びかかってくる巨大な黒い影。
振り下ろされる鋭利な刃の爪。
無意識に【解析眼】が起動し、迫り来る爪をスキャンする。
だが、青白い視界に浮かび上がったのは、やはり無機質な[解析不能]の警告文だけ。
頭では、さっき理解したはずだった。
だが、システムに依存しない『自然現象』の暴力が、実際に自分の命を刈り取りにくる恐怖は、冷徹な論理など一瞬で吹き飛ばす。
(……回避、できないッ!)
魔法を無効化する術しか持たない僕は、無様に地面を蹴り、泥水の中へとダイブするように転がった。
ザシュッ!!
数コンマ秒前まで僕が立っていた空間を、鋭利な爪が切り裂く。
頬を掠めただけで、皮膚が浅く裂け、ツツーッと血が流れた。
「ガ、ハッ……!」
泥まみれになって咳き込みながら顔を上げると、影刃豹がギョロリと黄色い瞳で僕を見下ろしていた。
……奴らは、野生の勘で完璧に理解したのだ。
厄介な力を振り回すあのアホ四人組よりも、指示を出そうとしている『この貧弱な人間』が、群れの中で最も弱く、最も容易く殺せる獲物であることを。
『グルルルルッ……!』
周囲の茂みから、さらに三匹の影刃豹が姿を現し、ヨダレを垂らしながら僕を包囲する。
「お、おいラビ! お前、早くそいつらの攻撃も無効化しろよ!」
僕のピンチに気づいたカイルが、遠くから呑気な声を張り上げる。
「……馬鹿野郎!! 僕の能力は魔法にしか効かないんだよ! ただの物理的な牙なんて、どう防げって言うんだッ!」
僕は泥だらけのまま、情けない声で必死に怒鳴り返した。
強大な魔法を論理でねじ伏せるはずの『現場監督』は今、ただの野生の暴力の前に為す術もなく、絶体絶命の危機に陥っていた。




