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【第八十六話】磨く

 模擬戦は無事に終わったが、負けた王城騎士団が再戦を要求してくる可能性があることが今のユウイチの悩みの種である。


 そんな悩ましい、ある日の朝のことである。


「ユウイチ所長、王城からの要望で掃除が楽になる魔導具を考えて欲しいそうです」


 アルマ経由で王城から魔導具製作の依頼が舞い込んできた。


「魔導具の依頼を受けるのは久しぶりだな」


 クーデター騒ぎと独立国家の建国、それからダンジョンを探索して直ぐに模擬戦を行った。


 その、お陰で魔導具を発明する時間的な余裕がユウイチにはなかった。


「アルマ君、それでは対策会議が必要だな」


 今までは依頼者を交えて開発する魔導具の方向性を決める会議を行っていた。


「いえ、今回の案件は一任されていますので対策会議の必要はありません。

 それにスライム掃除機を使えばいいんじゃないかと私は思っています」


 スライム掃除機とは前世のル○バを模した魔導具のことで、動力源として使ったスライムが自我を持ったためペット化した曰く付きの代物である。


「それだと百台ほど必要にならないか?」


 アルマの提案は前世の家庭用のル○バでベルサイユ宮殿を掃除するようなものだとユウイチは思う。


「それでは掃除機を大型化するのはどうでしょうか?」


「大型化か……

 それなら、ビッグサイズのスライムが必要になるな」


 掃除機の動力源は飽くまでスライムである。


 魔導具の大きさに比例してスライムの大きさも大きくなる。


「やっぱりダメです。

 スライム掃除機が厨房でお肉を食べている画が浮かんできました」


 大型化した魔導具が自我を持てば、最早ペットではなく魔獣である。


「あははは……、大型化は止めておこう。

 ところで、王城のエントランスの床は御影石だと聞いた事があるが間違いないだろうか?」


 ユウイチは、エスカレーター設置の際に聞いた記憶を引っ張り出してきた。


「はい、確かにエントランスの床は御影石です。

 もしかしたら、スライムに御影石を食べさせて御影石スライムでも作るつもりですか?」


 もし実現すれば、さぞかし加工し易い石材になるだろうとユウイチは思う。


「いや、その御影石を美しく磨く魔導具はどうかなと思ったんだよ」


 前世では、ピカピカに磨き上げられた御影石が至るところにあった。


 但し、何処でなどんな役割をしていたのかは説明しないでおく。


「魔法ではなく魔導具で御影石を美しくできるんですか?」


 アルマによると王城のエントランスや廊下は、年に一度だけ土属性の復元魔法でピカピカにしているらしい。


「魔導具を使えば月に一度でも作業が可能だよ」


「それが本当ならマンパワーと魔力の節約になります。

 是非ともお願いします!」


 現在、新たな領主達による領地の整備や開発で土属性の魔法を使える者が不足しているようである。


「でも、対策会議を経ていない魔導具を王城で使用するのは不安があります。

 ですから、プレゼンにはリーネさんとミレイ様、それからミエスク様に必ず参加して頂いて万全を期しましょう」


 ミエスクの参戦で魔導具に対するハードルが上がったような気がするユウイチである。


「早速、魔導具作りに取り掛かるとしてアルマ君にも手伝って欲しいことがあるんだよ!」


 たが、ユウイチには上がったハードルを飛び越える自信がある。


「はい!何をすればいいですか?」


「リリア君と協力して洗剤に使えそうな素材を探して来てもらいたいんだよ」


 アルマが得た探知スキルを使わない手はないとユウイチは考えている。


「洗剤って前にドライクリーニング工房で使ったものですか?」


「いや、汚れを落とすのは一緒だが成分が異なるんだよ」


 ドライクリーニングの有機溶剤と御影石の洗浄に使う中性洗剤は別物である。


「どんな物が良いのでしょうか?」


 必要な物は界面活性剤の原料となる植物性油脂か動物性油脂である。


「取り敢えず、油か脂かな……」


 ユウイチは出来る限り簡単にアルマに説明しておく。


 何故なら、スキルで手当たり次第に鑑定してみるつもりだから選択肢を狭めたくないのである。


「私は薬草をリリア様には魔獣を中心に探してもらいます」

 

「それなら、冒険者ギルドや素材を扱う店で探せばいいから、無理に狩りをすることはないとリリア君に伝えておいて欲しい」


 嬉々として魔獣を狩るリリアの姿が浮かんできたユウイチは念のため釘を刺しておく。


 そして、素材が見つかるまでの間に朧気な前世の記憶を頼りに魔導具の開発に取り組むことにした。


 それから、数日が経ち運命のプレゼンの日を迎えた。


「準備は万端、細工も粒々だ。

 後はプレゼンを乗り切るだけだな」


 今回のプレゼンにはミレイ以上に魔法に精通しているミエスクが加わる。


 きっとプレゼンの関所は前世の箱根の関より厳しい場所になるはずだとユウイチは推察している。


「ユウイチさん、あのミエスク様を納得させられるでしょうか?」


「ミエスク様は検査局の局長です。

 ユウイチ所長、本当に大丈夫でしょうか?」


 リリアとアルマはミエスクの厳しい追及を凌ぎ切れるか緊張しているようだ。


「大丈夫、『赤信号、皆で渡れば怖くない』と言うからな」


 そんな二人の緊張を解そうとユウイチは前世のレジェンドお笑い芸人のネタを使ってみた。


「ユウイチさん、赤信号を渡ったら絶対にミエスク様に注意されてしまいます」


「そうですよ、『ピピー』って笛を鳴らしながら飛んできますよ」


 以前、ミエスクが緑のおばさん役を張り切ってやっていたことをユウイチはすっかり忘れていた。


「あははは……

 やっぱり、青信号を渡ろうかな……」


 ユウイチは冒険を止めて正攻法でプレゼンに望もうと心に誓う。


「所長様、おはようございます。

 どのような魔導具を拝見できるのか楽しみですわ」


 約束の時間の少し前に護衛役のカミューヨを伴ってミエスクが事務所に現れた。


「公爵様のご期待に応えられると思いますよ」


 自信満々で答えるユウイチの後ろでアルマとリリアがゴクりと唾を飲み込んでいる。


 そして、時間ぴったりにミレイとリーネがやって来て全員が揃った。


「それでは、プレゼンを始めます!」


いつものように司会を務めるリリアがプレゼンの開始を宣言した。


「御影石はアルカリ性洗剤や酸性洗剤では変色するため中性洗剤を使用しなければなりません。

 その中性洗剤の主成分である界面活性剤は親水性と親油性の両方を持ち油汚れを包み込んで水に分散させる作用があります」


 アルマがユウイチから受けた説明を簡潔に纏めて発表する。


 発表は簡潔だが、中性で界面活性剤に適した素材を見付けるのにリリアとアルマは随分と苦労していた。


 手詰まりになったアルマが「いっそのことスライムを使ってみるのはどうでしょうか?」と提案したことで事態が動いた。


 この提案にリリアは最後まで抵抗していたが、意外にもスライムは中性の界面活性剤にぴったりの素材であった。


 因みに詳しい事は企業秘密であるが、出来上がったスライム洗剤をユウイチが鑑定して問題が無いことは確認済みである。


「前回のドライクリーニングの溶剤にはスライムを使ったと聞いておりますが、今回の素材には何を使ったのでしょう?」


 ミエスクは過去の魔導具の資料をしっかりと読み込んできているようである。


「えっと、スライムを使用しました……」


 赤信号を無事に渡れるか心配なアルマはユウイチの顔を見ながら答えた。


「所長は、またスライムを使ったの?」


 素材がスライムと聞いたリーネの顔がみるみる曇っていく。


「所長さん、スライムを使った理由を教えて下さらない?」


 スライムが危険ワードだと認識しているミレイからは説明を求められた。


「界面活性剤に適した素材はスライムしか見つけられなかったからです。

 スライムがダメならこの魔導具は使えません!」


 スライムあってこその魔導具だとユウイチは力説しておく。


「そうですか……

 洗剤の素材にはスライムが適しているということですね」


 ミエスクがスライム洗剤を容認する姿勢を示したことでミレイとリーネからは、それ以上の追及はなかった。


「それでは、魔導具の説明に入ります」


 ユウイチ的には、洗剤の説明が終わればプレゼンの関所は通ったも同然である。


「今回の魔導具はポリッシャーだ!」


 勢いに乗ったユウイチはここぞとばかりに攻め立てる。


「ポリッシャーですか?

 それは初めて聞く名前の魔導具ですね」


 だが、この中に前世の便利な掃除道具であるポリッシャーを知る者はいない。


 当然のことながら、しっかりとした説明が必要である。


「ポリッシャーとは、この円形のブラシやパッドを高速回転させて床の頑固な汚れ落とす機械のことだよ」


 ユウイチは、ポリッシャー本体と数種類のパッドやブラシを並べて置いた。


「所長さん、パッドに色んな種類があるのは何故かしら?」


 魔法オタク疑惑のあるミレイは初めて見る魔導具に興味を引かれているようである。


「御影石をピカピカにするには粗研磨、中仕上げの洗浄、艶出しの仕上げ洗浄、超光沢仕上げの工程が必要なんだが、各々の工程に合わせてパッドを使い分ける必要があるんだよ」


「結構な手間が掛かるのね……」


 商家の娘のリーネは「タイムパフォーマンス」を気にしているようである。


「だが、工程はそれだけじゃない。

 粗研磨の前に表面の埃や汚れを水洗いして乾燥させておく必要がある。

 そして、最後は研磨剤をきれいに拭き取って乾拭きをしなければならない。

 各工程でベストを尽くして初めて御影石は美しさを取り戻すことができるんだよ」


 職人気質のユウイチは完璧な仕上がりを目指すためには妥協を許さない姿勢を見せる。


「ポリッシャーとパッドには何か特別な素材が使われているのでしょうか?」


 検査局で局長を務めるミエスクは使われている素材に注目しているようである。


「このパッドにはドラゴンの鱗とスライムを使っているんだよ」


 ユウイチは前世の研磨用のダイヤモンドパッドの代用品として、ドラゴンの鱗を超微粒子に特殊加工してスライムに配合した「ドラゴンパッド」を開発した。


「確か、以前に作った現状回復壁にもドラゴンとスライムを混ぜていたわよね」


「今回はスライムを低反発マクラにする過程でドラゴンの鱗を混ぜたようですわ」


 再びスライムを素材としたことにミレイとリーネが敏感に反応した。


「今回は御影石を傷付けない柔らかさと研磨する硬さを両立させるのに苦労したよ。

 だが、スライムが良い仕事をしてくれたお陰で解決できたよ!」


 ユウイチは力説したが、本当は数撃ちゃ当たる作戦で鑑定するのが大変だっただけである。


「それはさておき、ポリッシャーとはどのように使うのでしょうか?」


「実際にやってみましょう!」


 百聞は一見に如かず、ユウイチはミエスクに実演して見せることにした。


「ポリッシャー操作のコツはハンドルをおへその下あたりに固定することだ。

 それから、無理に押さえつけずにポリッシャーの重さを利用することが大切なんだよ」


 全員が興味津々でユウイチとポリッシャーをじっと見ている。


「ポリッシャーはハンドルを上げると右、下げると左に移動する。

 そして、ハンドルを左に傾けると前へ、右に傾けると後ろに移動することが可能だ」


 プレゼンを成功させるためユウイチは気合いを入れる。


「何だかフラフラとしておりますわね」


「まさか、ポリッシャーが暴れようとしている?」


 だが、運動不足のユウイチはポリッシャーに振り回されてフラフラしている。


「あははは……

 これは悪い見本になってしまったな」


 ユウイチは、頭を掻きながら苦笑いをして誤魔化した。


「私がやってみても良いですか?」


「リリア君、良い見本を頼むよ」


 ここで、ユウイチとバトンタッチしたリリアは初めてながら見事にポリッシャーを操って見せた。


「これなら、王城からの依頼には応えられそうね」


「ポリッシャーは自走しないのならペット化しないわね」


 リリアの実演のお陰で、ミレイとリーネからは無事に合格点をもらえたようである。


「ミエスク様、如何でしょうか?」


 軽快にポリッシャーを操りながらリリアが関所のラスボスのお墨付きを得ようとしている。


「一般に販売なさらないのなら宜しいのではないでしょうか。

 それに、王城でポリッシャーが暴れたとしても騎士団がいるわけですし」


 もやっとした見解ではあるが、どうやらラスボスのお墨付きは取れたようである。


「それでは、ポリッシャーを持って王城で話をしてきます」


「アルマ君、宜しく頼んだよ」


 その後、ポリッシャーは無事に王城に納品されて、早速使用されているとユウイチはアルマから報告を受けた。


 そして、ポリッシャーが王城に納品されて一週間が経ったある日のこと。


「アルマ君、ポリッシャーについて王城から何か言ってきていないかな?」


 ポリッシャーに何か問題があればそろそろアルマにクレームが入る頃である。


「それが、ポリッシャーでツルツルに磨いた廊下を曲がり切れずに壁に激突する騎士が続出したためカーペットを敷くことになったそうです。

 ですから、ポリッシャーの追加納品は中止になってしまいました」


 窮余の一策で騎士団の詰所に通じる廊下に敷いたレッドカーペットが各方面から好評を博したようである。


「そ、そうか……

 大司教様にお願いしてポリッシャーを礼拝堂で使って貰おうか?」


 行き場のなくなったポリッシャーを有効活用したいユウイチは王城に次いで広い廊下がある教会に目を付けた。


「ユウイチ所長、礼拝堂の廊下は手作業で磨いています」


 神に仕える者達が床を磨くのは奉仕の一環であり魔導具を使うことはないらしい。


「はぁー、そうなのか……」


 「どうやら、ポリッシャーはお蔵入りになりそうだ」とユウイチは深い溜め息をついた。

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