【第八十二話】合同ダンジョン探索⑤
「「おはようございます!」」
四日目の朝を迎えたがリリアとアルマは、まだまだ元気そうである。
もし、二人が体調不良を訴えれば前世の体育の授業のように見学できるかもしれないとユウイチは打算していた。
だが、リリアの食欲を見ると体調不良の可能性はゼロのようで、逆に食べ過ぎないか心配になるほどである。
「ユウイチ所長、昨日の鏡について何か分かりましたか?」
アルマは鏡に興味を持っているようである。
もしかしたら、以前にユウイチが作った「補正機能付きの鏡」のような魔導具を期待しているのかもしれない。
「分かったことは、うっすらとした線で七つに区切られているように見えることだけかな」
アルマに「鏡の謎は全て解けた」と言って眠りながら説明したいところであるが、見張り役を終えてから寝落ちしてしまったユウイチには考察する時間がなかった。
「他に分かったことはありますか?」
ペロリと朝食を平らげた体調良好なリリアが面白い物センサーを反応させながら話に参戦してきた。
だが、見張り役を終えてから熟睡したユウイチには鏡についてこれ以上答えられることがない。
「鏡については以上だが、シェーケン殿の話によると階段を使えば行きたい階層へ直接行けるようだ」
リリア達も他の騎士から聞いている話かもしれないがユウイチは念のため話しておく。
何故なら、見張り役を終えてから爆睡したユウイチには鏡やダンジョンについて答えられることがないからである。
「ユウイチ所長、どうしてそんな作りになっているんでしょうか?」
アルマは鏡だけでなくダンジョンの作りにも興味があるようで、ユウイチが苦し紛れにした話に乗ってきてしまった。
「もしかしたら、ダンジョン間の競争で優位に立ちたいのではないだろうか?」
こちらの世界では、ダンジョンは中で死んだ人間の魔力で成長すると言われている。
そのため食料となる人間を呼び込む努力をしているのではないかとユウイチは即座に立てた仮説を話してみた。
「そうすると、このダンジョンは他のダンジョンの存在を知っているということになりますね」
急拵えで穴だらけの仮説に対しリリアが重箱の隅をつつくような質問を繰り出してきた。
「恐らくそうだろう。
だから、より多くの人間を呼ぶために努力しているんだと思うよ」
前世の企業は手を変え品を変え競争相手に勝利しようと努力していたものである。
「謂わば、これがダンジョン流の企業努力だ!」とユウイチは強く主張したいところである。
「ダンジョン間の競争は貴族社会と同じ様に熾烈なのかもしれません」
この眉唾物のユウイチの迷仮説に何故かアルマが理解を示した。
「所長殿、準備が出来しだいダンジョンに潜るぞ!」
これ以上、迷仮説を披露していてはボロが出る可能性があるユウイチにとってシェーケンは救いの神かもしれない。
「じゃあ、ダンジョンに行こうか!」
渡りに船とばかりにユウイチは話を切り上げてダンジョン探索へと向かうことにした。
本格的にダンジョンを探索するために先遣隊のロベルトを筆頭として各騎士団が階段を降りて一階層へと入っていく。
「ほう、見渡す限り湿原が広がっているじゃないか」
足首から背丈まで様々な長さの草が覆っている様はユウイチに前世の尾瀬を思い出させる。
夏が来なくても、例え異世界であっても、尾瀬を思い出すことは可能なのである。
「地面が、ぬかるんでいて少し歩きづらいです」
「所々、水が溜まっている場所もありますね」
リリアとアルマは敢えて興奮を抑えているようで隊列を乱すような真似はしていない。
何故なら、各騎士団に分かれて探索するため、不測の事態が起きても、お互いに視認できる距離にいることがルールだからである。
「所長殿の装備は例のアレか?」
ユウイチが肩からぶら下げている魔導マシンガンをシェーケンがまじまじと見ている。
「剣術には自信がないからな。
だから、飛び道具を揃えてきたんだよ」
そう言ってユウイチはポーチの中の手榴弾をシェーケンに見せる。
「皆、Bランク冒険者殿に期待しているんだがな」
これは、嫌味ではなく弱小騎士団を率いるシェーケンの偽らざる気持ちである。
「あはははは……
残念ながら俺は技術者だからな」
皆の期待には応えられそうもない技術者のユウイチは笑って誤魔化しておく。
「ユウイチさん、頑張りましょう!」
そんな、ユウイチにリリアが両手の拳を握って見せている。
ユウイチは思わず、"小さなことからコツコツと"と言っていた前世のコメディアンを思い出す。
「ユウイチ所長、一階層にはどんな魔獣が潜んでいるでしょうか?」
「うーん、どうだろう……」
前世の異世界アニメを参考にすればオークやゴブリンが定番である。
だが、ドラゴンがいても不思議ではないが、その確信もない。
「どんな魔獣でもいいので早く遭遇しないですかね」
既に戦闘モードのリリアである。
そんな、リリアの暴走を食い止めるために偵察用ドローンにはダンジョン出入口の警戒を兼ねて留守番をしてもらったのは正解だったとユウイチは思う。
「あっ、王都騎士団が戦闘に入ったようですね」
アルマが少し離れた場所にいる王都騎士団を指差した。
「あれはミノタウロスみたいです」
王都騎士団に囲まれた牛頭人身の怪物が巨大な斧を振り回しているのがユウイチにも見える。
対する王都騎士団は体力と攻撃力を持ったヒト型の魔獣に怯むことなく向かって行っているようである。
ユウイチ達はシェーケンの指示のもと、戦闘している王都騎士団の後方支援へと向かった。
「お兄様、がんばれー!」
リリアが叫んでいるが、恐らく戦闘中のカークには届いていないはずである。
「ミノタウロスの動きが鈍くなっているな。
もうすぐ決着がつきそうだ」
シェーケンの言う通りダンジョンの番人と言えども多勢に無勢であったようである。
「シェーケン殿、討ち取った魔獣は放置して行くんだったよな?」
「解体している暇はないからな。
だが、移動の邪魔にならず解体の必要のない素材は持ち帰ってもかまわないらしいぞ」
ダンジョンでは決められたルールを守らないと自分だけでなく他の人も危険に晒すことになる。
だから、ユウイチはカークの戦闘を見て興奮しているリリアに敢えて聞こえるように質問をしておいた。
「固いミノタウロスの肉は食べても美味しくないですからね」
当のリリアは少しピントがズレたことを口走っているが、きっと魔獣を見てお腹が空いたのだろうとユウイチは思っておく。
「それにしても、全く寄って来ないですね」
王都騎士団がミノタウロスと戦闘をしてから随分と時間が経ったが、一向に次の魔獣が姿を現さない。
「もしかしたらミノタウロスを倒したことで弱い魔獣は恐れをなして逃げたのかもしれません」
確かにゴブリンやオークはミノタウロスよりも弱い魔獣である。
「その理屈ならミノタウロスより強い魔獣が襲ってくることになる。
だから、気を引き締めておかないとダメだな」
悪い予想はよく当たるものだとユウイチは警戒すると共に、それとなくリリアに注意を与えておく。
「それはそれで面白そうです!」
だが、当の本人は強い魔獣を望んでいるようである。
「強い魔獣なら連携の成果を見せることができます」
アルマもリリアと同じように強い魔獣で腕試しがしたいようである。
「二人共、怪我をしないで帰ることも大事だよ」
前世で「家に帰る迄が遠足」と言われて育ってきたユウイチの言葉は残念ながら二人には響いていないようである。
「あれは何だ?」
シェーケンが指差す先に何かいるのが見えた。
「鳥のようだな……」
遠目からだが、その鳥のような魔獣の体長は二メートルぐらいありそうなことがわかる。
「警戒しているのでしょうか?
じーっとこちらを見ています」
「カタカタと音が聞こえますが何の音でしょう?」
リリアとアルマは飛び出さずに魔獣を観察している。
「恐らく、嘴をカタカタ鳴らすクラッタリングだな」
その動作からすれば、前世のハシビロコウに似た特徴を持つ魔獣かもしれないとユウイチは推察する。
「シェーケン様、あの魔獣を狩ってもいいですか?」
リリアとアルマは飛び出さずに指揮官であるシェーケンにお伺いを立てている。
「襲って来ない魔獣はスルーするルールなんだが、珍しい魔獣なら情報収集のために狩っても構わないことになっている」
「シェーケン殿、アイツは珍しいのか?」
ユウイチにはハシビロコウ似の魔獣が珍しいのか判断がつかない。
「そうだな、魔物の森では見たことがないな。
アレなら狩ってもいいな」
だが、シェーケンは珍しい魔獣だと判断したようである。
「リリア様、生きている魔獣ですよね?」
シェーケンの許しを得た二人が接近したが、ハシビロコウ似の魔獣はいっこうに動く気配を見せない。
「アルマ様、槍を伸ばして見て下さい」
リリアの指示を受けたアルマが挑発するように鼻先に槍を伸ばした。
「あっ、凄い力です…… 」
ハシビロコウ似の魔獣が嘴で槍先を挟んで引っ張っているようである。
「リリア様、どうしましょうか?」
アルマが押しても引いてもびくともしないようである。
「そのまま引っ張っていて下さい。
私が近くまで行ってみます」
「リリア君、くれぐれも気を付けてな!」
今のリリアは危険よりも面白さが勝っているはずである。
ユウイチはリリアに声をかけてから、まさかの事態に備えて魔導マシンガンを構えておく。
そのユウイチの視線の先で、リリアがぬかるんでいる地面を気にしながらゆっくりと間合いを詰めていく。
「あっ、放しました!」
リリアが目の前に来たところでハシビロコウ似の魔獣が槍を放して首を振り始めた。
「威嚇しているのでしょうか?」
「いや、違うようだぞ!」
前世のハシビロコウならこの後にお辞儀をするはずである。
因みにハシビロコウのお辞儀にはコミュニケーションや求愛の意味があるらしい。
もしかしたら、ハシビロコウ似の魔獣がリリアに一目惚れしたのかもしれないとユウイチは考えている。
「うわっー!」
動作に気を取られて足が止まったリリア目掛けてハシビロコウ似の魔獣が倒れ込んできた。
だが、素早く身を翻してリリアがそれを躱した。
「どうしたんでしょうか?
もしかしたら、リリア様の攻撃が決まったんでしょうか?」
これは、ハシビロコウ似の魔獣がダウンした訳でも、リリアを押し倒そうとした訳でもない。
「あれがヤツの攻撃なんじゃないかな」
前世のハシビロコウは魚を捕まえるために倒れ込むとユウイチは聞いたことがある。
「あっ、翼を広げましたよ。
飛んで逃げるつもりでしょうか?」
「恐らく、ゆっくりとしか飛べないはずだ。
リリア君なら難なく仕留められるだろう」
ユウイチ達の視線の先で態勢を立て直したリリアがズバッとハシビロコウ似の魔獣を斬った。
「シェーケン様、これも放置でしょうか?」
リリアがハシビロコウ似の魔獣をズルズルと引き摺って戻って来た。
「血抜きだけして、取り敢えず持って帰るか……」
団員が魔獣の特徴をメモしている横でシェーケンが何やら考えている。
前世のハシビロコウを参考にすれば十キロに満たない重さなので、移動の妨げにはならないはずである。
「ユウイチさん、これは食べられるのでしょうか?」
魔獣を狩ったリリアはお腹が空いているのかもしれないとユウイチは思う。
「うーん、分からないな」
前世のハシビロコウは絶滅危惧種であったため食べたという話をユウイチは聞いたことがない。
「シェーケン殿、探索終了の時間だそうです!」
何ならこの魔獣を圧力鍋で煮込んでやろうかとユウイチが考えているところへ王都騎士団から伝令がやってきた。
「空は、まだ明るいのに帰るのは勿体ないです」
狩りを続けたいリリアは残念がっているが、デパートダンジョンの一階層の日が暮れることはない。
日が暮れるのを条件に探索をするとエンドレスになりそうである。
これは、「長く狩りができるように」とダンジョンが企業努力をしているのかもしれないとユウイチは推察している。
「帰りも襲って来た魔獣だけを斬り棄てていくぞ!」
シェーケンの言葉に消化不良気味のリリアはがっかりしているようである。
その証拠に「ARゲームにダンジョンバージョンを加えよう」というユウイチの提案にも乗ってこない。
それどころか「模擬戦で鬱憤を晴らしましょう」とアルマと二人で誓い合っている。
研究所に帰ったら色々と厄介な事が待っていそうなユウイチである。




