【第八十一話】合同ダンジョン探索④
「ユウイチさん、デパートって何ですか?」
リリアが不思議そうな顔をしてユウイチを見ている。
前世では、デパートメント・ストアが百貨店、デパートメントだと組織における部署や担当分野を指す言葉であるが、こちらの世界には当てはまる概念がないようである。
「えっと、幾つかの階層に分かれているということだよ」
デパートメント・ストアの説明は面倒だと判断したユウイチはデパートメントの意味を答えて誤魔化しておく。
「ダンジョンはデパートとも呼ぶのですね……
勉強になります」
間違った情報を学習したリリアに対して、早くこの話を忘れてくれることを願うユウイチである。
「あれは、何だろう?」
話を変えるようにユウイチは壁に掲げられている板を指差した。
「ユウイチ所長、もしかしたら擬態した魔獣かもしれません」
アルマとリリアが警戒しながら、ゆっくりと壁際に近付いて行く。
「ユウイチ所長、これは鏡のようです」
自分の顔が映った鏡をアルマがまじまじと見ている。
「こんな所に鏡があるのはデパートだからでしょうか?」
ユウイチの願いも虚しくリリアの頭の中ではダンジョン=デパートになったようである。
「取り敢えず研究所に持ち帰ってどんな鏡なのか調べてみるか……」
ユウイチは慎重に鏡を壁から取り外しながら、「もし、これに文字が書いあればデパートのフロア案内板だよな」とリリアに聞かれないように心の中で呟く。
「ダンジョン、いえ、デパートで初の獲物が鏡ですか……」
大物の魔獣を期待していたリリアは鏡には納得していないようである。
「リリア様、この鏡で得られた手掛かりがダンジョン攻略に繋がれば大手柄ですよ」
アルマは鏡にダンジョン攻略のヒントを期待しているようである。
「この鏡でダンジョンの謎が分かれば、俺達が潜る必要はなくなるよな」
ユウイチは鏡に期待をせずにいられない。
何故なら、凶悪な魔獣がいそうなダンジョンには潜りたくないからである。
「ユウイチ所長、それでも確認は必要です」
「探索したい派」のアルマがユウイチに正論をぶつけてきた。
「アルマ様の言う通りです。
学院のテストも答え合わせをしました」
すかさず、「絶対に探索したい派」のリリアが精一杯のフォローを入れる。
「そ、そうか……」
楽をしようとした「探索に乗り気でない派」のユウイチだったが、そうは問屋が卸さなかった。
「リーネさんに報告するためにも実際に潜る必要はあります」
「ミレイ様が納得できる報告をするためにも実際に潜る必要があります」
駄目押しとばかりに二人の名前を出されて、ぐうの音も出ないユウイチである。
「これ以上、先には進まないようだから馬車に戻って食事にするか?」
こういった場合は、話題を変えるに限る。
「今日の夕食のメニューは何でしょうか?」
昼は移動しながらでも食べられる携帯食だけなので、どうしても夕方になるとお腹が空いてくる。
だから、食いしん坊のリリアは直ぐに話に乗った。
「二人が狩ったキラーラビットを使った『よだれ兎』だよ」
前世の「よだれ鶏」を参考にして、ごま油に生姜を混ぜてキラーラビットに下味を付けてから圧力鍋で茹でてある。
「よだれ兎……?」
今、アルマの頭の中には獲物を見つけて涎を垂らす兎が浮かんでいる。
「よだれ兎……?」
今、リリアの頭の中には兎を見て涎を垂らす大型魔獣が浮かんでいる。
「よだれ兎は、角煮と同じように圧力鍋を使った料理だよ」
ユウイチは、ピンと来ていないだろう二人にも分かり易いように説明する。
「「なるほど!!」」
二人の頭の中から生きた兎が消えて、皿に乗った肉が現れた。
「ユウイチ所長、お裾分けの分は用意してありますか?」
昨日の角煮の二の舞の可能性は十分考えられる。
「狩ったキラーラビットは五匹だから十分足りると思うよ」
こちらの世界のキラーラビットは前世の豚ほどの大きさがある。
故に、各騎士団の胃袋を満たす十分な量がある。
「ユウイチさん、私が配ってきましょうか?」
一見するとリリアがお手伝いを買って出ているようだが、カークが言うように何を仕出かすか分からないのがリリアである。
「俺が配ってくるから、二人は先に食べておいてくれ」
リリアの目的が圧力鍋で作った料理を餌にニジンスキーと模擬戦の話をすることにあるかもしれないとユウイチは警戒して自ら持って行くことにした。
何故なら、厄介事に繋がりそうな芽は事前に摘んでおきたいからである。
「ユウイチさん、今晩も私達は女性騎士用のテントで寝ます」
よだれ兎を配り終えたユウイチが馬車に戻ると、よだれ兎を堪能したであろうリリアから連絡があった。
「分かった。
明日はダンジョン探索だからしっかり睡眠を取っておいた方がいいよ」
もしかしたら、模擬戦の話で盛り上がって睡眠不足になるかもしれないのでユウイチは釘を刺しておく。
「はーい」と返事をしてテントに向かって歩き出したリリアからボロボロと釘が抜け落ちている気がしてならないユウイチである。
そして、一人になったユウイチはダンジョンから持ち帰った鏡について考えてみることにした。
「案内板ではなく鏡でなければならない理由だよな?」
「デパートに似た作りにしたなら、フロア案内板の方が良いよな……」
「そもそも、デパートに似た作りに意味があるのだろうか?」
「これは、前世の記憶を持つ俺の思い過ごしじゃないのか……」
「グーグー……」
あれこれと考えている間にユウイチは眠りに落ちてしまった。
「所長殿、見張りの時間だぞ!」
眠りに落ちて暫くしてから馬車の扉を叩きながら叫ぶシェーケンに起こされたユウイチは眠い目を擦りながら見張り役に就いた。
「所長殿はダンジョンの作りを既に理解したようだな?」
深夜の見張り役では、会話をするのが眠気を覚ます最善の方法である。
シェーケンが、その話題にダンジョンを選ぶのは至極当然のことである。
「そうだな、ダンジョンの作りは把握したよ。
ところで、このような作りのダンジョンは珍しいと聞いたのだがシェーケン殿もそう思うのか?」
シェーケンに尋ねられたユウイチは言葉少なく答えてから質問する側に回った。
何故なら、ダンジョンの作りがデパートに似ていると思うのは前世の記憶があるユウイチだからであり、それをシェーケンに説明するのはとても面倒だからである。
「そうだな、階段を使って行きたい階層にダイレクトに行けるダンジョンは初めてだな。
何であんな作りになっているんだろうな?」
試しに階段を降りて下の階層に行った部下からシェーケンに報告があったらしい。
因みに通常のダンジョンは、前世の異世界アニメで観たような一階層から順番に下って行くタイプのようで、深い階層に潜って戻って来るには、かなりの日数が必要になる。
「ダンジョンが親切心でこのような作りにしているわけではないと思う。
恐らく、特別な作りには特別な理由があるはずだ」
もしかしたら、「最下層の更に下に前世のデパ地下グルメのような階層が隠されていたりしないだろうか?」とユウイチは考えている。
「なぁ、特別な理由があるとすれば所長殿は何だと思う?」
大司教のミレイへの報告の義務を負っているシェーケンはできる限りの情報を集める必要があるのだろうとユウイチは同情する。
「それについては分からないな」
同情はしているが、デパ地下グルメの話をしてもシェーケンが理解できるとは思えないのでユウイチは誤魔化しておく。
「明日のダンジョン探索で何か掴めるといいのだがな……」
この後も交替の時間になるまでシェーケンはダンジョンについてブツブツと呟き通しであった。
そんなシェーケンを見たユウイチは、「今回はオブザーバー的な立ち位置で良かった」と強く思うのであった。




