【第八十話】合同ダンジョン探索③
「「おはようございます」」
無事に三日目の朝を迎え、ユウイチが朝食の用意を整え終えた頃に二人が馬車へ戻ってきた。
「しっかり眠れたようだな」
ラボラトリー・エンジェルズへの質問は見張り役の時に集中したようで、二人は十分に睡眠が取れているようである。
「結局、どの班も魔獣を見ていないようですね」
見張り役が最終班だったリリア達は各班の引継ぎの情報を全て聞いている。
「そうか、ここからダンジョンまでの道中でも遭遇しないと良いな」
技術者のユウイチには魔獣と闘う理由がない。
だから、魔獣などと遭遇しないに越したことはない。
「せっかく一晩待ったのですから襲って来て欲しいですね」
これは、間男が聞いたら大喜びしそうな言葉である。
「どうせなら睡眠をたっぷり取って元気な状態で襲って来て欲しいです」
これも、間男が聞いたら大喜びしそうな言葉である。
だが、二人は間男討伐ではなく魔獣討伐にやる気を見せているだけである。
「腹が減っては戦ができぬ。
二人共、朝食を食べてくれ」
朝食は、旅の定番となったモーニングセットを用意しておいた。
「ユウイチさん、お兄様が来ていたようですが、どんな話をしたんですか?」
見張り役の引き継ぎには、魔獣以外の情報も紛れ込んでいるようである。
「カーク殿とは、剣術や魔法に付いて他愛のない話をしただけだよ」
カークから口止めされている訳でないが、ペラペラと喋るものでもないのでユウイチは適当に誤魔化しておく。
「お兄様は昔の話をしていないですよね?」
リリアは幼少の頃の自身のやらかしが暴露されていないか心配しているようである。
「そんなに昔の話はしていないよ」
「地球の歴史からみれば人の一生はほんの一瞬である」とユウイチは心の中で付け足しておく。
「それを聞いて、一安心です」
リリアがホッとしたのを見て、カークと二人して地雷を踏まずに済んだユウイチもホッとしている。
だが、"ホッ"とする二人の横でアルマだけは、そわそわしている事に鈍感なユウイチは気付いていない。
「さあ、食べ終わったら集合場所へいこう!」
これ以上、リリアに深掘りされる前にユウイチは話を打ち切った。
「今日の目標は、ダンジョンに到着することである!」
各騎士団が集合したところで、王城騎士団団長のニジンスキーが力強く宣言した。
力強く宣言したニジンスキーには悪いが、余程の事が無ければ日が暮れるまでにダンジョンには着くはずだとユウイチは思っている。
「アルマ様、皆さんが道を開けてくれています。
早く先頭に行きましょう!」
リリアは今日もやる気満々のようである。
「はい。
今日も注目されています……」
アルマは乗馬シミュレータの操作には慣れたが、注目されることには慣れていないようである。
「所長殿、少しお話をしたいのだが同乗させてもらっても宜しいかな?」
ユウイチ達が来るのを待っていたようにニジンスキーが現れて声を掛けてきた。
「ええ、どうぞ」
高位の貴族であるニジンスキーの申し出を断る口実も勇気も無いユウイチは了承する。
「お嬢さん方、失礼するよ。
一度、この馬車に乗ってみたかったのだよ」
ニジンスキーは、その端正な顔立ちからは想像できないぐらい子供っぽいようである。
その証拠にユウイチがリクライニングの仕方を教えてやると珍しそうに何度もレバーを動かしている。
そんなニジンスキーは男爵家の嫡男で、もうすぐ家督を継いで男爵になるそうである。
「それで、お話とは?」
放っておけばずっと続けていそうなニジンスキーを見かねたユウイチが尋ねた。
「おぉー、そうであったな。
昨晩、分けてもらった角煮が気に入ってしまってな。
あの、調理器具を譲って貰えないかと思ったしだいでしてな」
下手には出ているが、高位の貴族であるニジンスキーの言葉を直訳すると「あの鍋をくれ」ということになる。
「あー、あれは試作の段階でして……
何れ販売いたしますので、それまでお待ち下さい」
ここでニジンスキーにプレゼントすれば、帰ってからリーネに大目玉を喰らいかねない。
何故なら、この場にリーネがいたらニジンスキーに高値で売り付けているはずだからである。
「そうであったか、これは申し訳ないことを言ってしまったな」
ニジンスキーは意外とあっさり引き下がった。
「話の序でと言っては何だが……
実は我が騎士団の団員がラボラトリー・エンジェルズと模擬戦をしてみたいと申しておってな」
どうやら、馬車に乗ってみたいのも圧力鍋が欲しいのも全ては模擬戦ヘの前振りだったようである。
「へっ、王城騎士団との模擬戦ですか?!
あははは、素人相手に模擬戦とは、ニジンスキー殿はご冗談がお好きなようです!!」
エリート集団からの申し出にユウイチは「全く考えていませんでした」アピールをするために驚いたふりをしておく。
そして、高位の貴族の申し出を二度続けて断り難いユウイチは、冗談である方に一縷の望みをかけている。
「いやいや、昨日の動きを拝見させて頂きましたが、二人ともなかなかのものでありましたぞ」
ニジンスキーの褒め言葉を聞いて小さくガッツポーズをしているリリアが模擬戦をしたい派であることは間違いないはずである。
「いえいえ、魔導具を駆使しての戦いですから王城騎士団の皆様にはとても敵うとは思えません」
特にこちらに非はないが、ここは謙虚な姿勢を貫くのみである。
何故なら、ニジンスキーの圧力に負けて模擬戦を引き受けてしまうと、帰ってからリーネとミレイの下に釈明へ向かわねばならないからである。
「ほう、魔導具の使用が可能ならば勝機があると仰りたいのかな?」
何とか了承させたいニジンスキーが敢えて曲解したようである。
「そんなつもりは毛頭ございません。
それにエンジェルズの残りの二人は神に仕える身ですから参加はできません。
ですから四人が揃うのは無理ですね」
この際、リーネとミレイをダシにしてでも模擬戦を阻止したいとユウイチは考えている。
何故なら、事の次第を二人に釈明しなければならないからである。
「ふむ、そちらの事情は理解した。
この話は改めて行うことにしよう」
ニジンスキーは潮時と判断したようで、ユウイチとしては命拾いをした気分である。
「ユウイチさん、前方に数匹の魔獣がいます!」
ニジンスキーが矛を納めて"ホッ"としたのも束の間、モニター画面でリリアが魔獣を発見した。
「止まります。
ユウイチ所長、手綱をお願いします!」
例によってリリアとアルマが飛び出していった。
「はははは、元気があってよろしい。
それでは、私も失礼させて頂きますかな」
じゃじゃ馬コンビが飛び出して行った後にニジンスキーも馬車を降りて戻っていった。
先ほどニジンスキーが矛を納めたのは、魔獣の接近を感じとったのもしれないとユウイチが考えていると、リリアとアルマが魔獣との戦闘を始めたようである。
「おい、エンジェルズがキラーラビットの群れと戦っているぞ!」
ユウイチが乗るトラック風馬車の後方に野次馬騎士達が集まってきた。
そんな彼らの視線の先では、リリアが剣で弾き飛ばしたキラーラビットをアルマが槍で刺している。
「すげえな、アルマ嬢は……
まるで屋台の串焼きみたいになっているぞ」
「いや、すごいのはリリア嬢の方だ。
アルマ嬢が刺しやす
いように近くを狙って弾き飛ばしているんだよ」
言われてみれば確かにその通りである。
これが自己流の成せる業かもしれないとユウイチは感心する。
「ユウイチさん、キラーラビットを片付けてきました!」
「とても重いです」
拍手と歓声の中を五匹のキラーラビットが刺さった槍の片方ずつを持ったリリアとアルマが歩いてくる。
「今日は圧力鍋でキラーラビットを煮込んでみるかな……」
もしかしたら、よだれ鶏ならぬよだれ兎が楽しめるかもしれないとユウイチは思う。
そして、魔獣との戦闘を終えて満足気なリリアが操縦する馬車はルール通りに隊列の最後尾へと回る。
「ユウイチ所長、王城騎士団との模擬戦の話はどうなったんですか?」
森林道から魔物の森に入った辺りでアルマがユウイチに尋ね、リリアが聞き耳を立てている。
「その話なら後日改めて行うことになったよ」
この件は、時間が解決してくれるであろうとユウイチは淡い期待を持っている。
「アルマ様、問題はリーネさんとミレイ様をどうやって説得するかですね」
「何かで釣るしかないですね。
急いで準備をしないと釣れる前に模擬戦の話が立ち消えになってしまいます」
二人は、リーネとミレイが簡単に釣れると思っているようである。
「魔導具が使えないのであれば、身体強化を使うしかありません」
「私は身体強化には余り自信がありません……」
二人は、既にエリート集団と戦うつもりのようである。
だが、模擬戦に前向きだと思われたくないユウイチは口を挟むことはしない。
「また、隊列が止まりました」
どうやら、先頭が魔獣と遭遇したようである。
ユウイチは戦闘での停止時間を利用して解体を終えたキラーラビットを圧力鍋に放り込んでおく。
今晩は美味しい「よだれ兎」にありつけそうだとユウイチが考えていると、戦闘を終えた王都騎士団が最後尾に下がって来た。
「もう一回、魔獣と戦えますかね?」
「最後に凄い魔獣に当たるといいですね!」
この分では、よだれ兎がメインディッシュからサイドメニューに降格されそうである。
「予定より早いですが、もうすぐダンジョンに到着します」
よだれ兎の降格に待ったをかけるようにロベルトが各騎士団に連絡して回っている。
「ユウイチさん、ダンジョンが見えて来ました」
「へぇー、既に小屋が建てられているんだな」
モニター画面にはダンジョンの出入口に建てられたであろう小屋が映し出されている。
「土魔法を使って辺りの広い範囲を整地しているみたいです」
アルマの言う通り森の中にポッカリと更地になった場所ができあがっている。
「馬車はこの辺りに止めて小屋の前に集まって欲しい」
シェーケンが誘導する場所に馬車を止めて、ユウイチ達は小屋の前に集合する。
「この小屋の中にダンジョンの出入口がある」
小屋の中には、こんもりと盛り上がった土面に人が通れるぐらいの穴が開いて、そこから地下へと下っていく階段が見えている。
「この階段を降りるとホールのようになっている場所がある。
このダンジョンは珍しい作りをしているから、そこまで降りて見ておいて欲しい」
中に入った事があるロベルトの説明では、このダンジョンは他のダンジョンとは作りが少し違っているようである。
ユウイチ達は、言われた通りダンジョンに入りホールを目指して階段を降りていく。
「あれがロベルト殿が言うホールだな」
シェーケンが指差した場所は階段の踊り場のようになっていて、壁には「B1」と階数表示がされている。
「何だかデパートみたいな作りだな……」
更に下へと続く階段を見たユウイチは前世の老舗デパートを思い出したのであった。




