【第七十八話】合同ダンジョン探索①
六十年振りに誕生したダンジョンの探索へ向かうことになったユウイチ達は準備万端でトラック風馬車に乗って研究所を出発した。
「ユウイチさん、ダンジョン探索の機会が巡って来るのは意外と早かったですね!」
「しかも騎士団に同行できるなんて二度とないかもしれません!」
騎士団の中でもダンジョン探索のメンバーに選ばれることは誉れのようで、この降って湧いたような幸運にリリアとアルマのテンションはマックスまで上がっている。
それを見たユウイチは、アルマのリリア化が深刻なレベルになっているのではないかと危惧している。
「ダンジョン探索と言っても俺達はオマケの様なものだから、騎士団の皆さんの邪魔にならないように大人しくしておかないとな」
ユウイチは、やんわりとだが二人に釘を刺しておくことを忘れない。
「おっ、そいつが例の馬車だな」
教会本部を出たところで合流したシェーケンはアースドラゴンを載せたことがあるトラック風馬車に興味津々の様子である。
「ユウイチ所長、とても注目されている気がします」
暫くして、ユウイチ達を含む教会騎士団は王城の前で王城騎士団並びに王都騎士団と合流した。
衆人の注目を浴びて乗馬シミュレータの手綱を握っているアルマは少し緊張しているようである。
「あっ、お兄様がいます!」
突然、助手席のリリアが声を上げた。
もし、リリアが窓から身を乗り出して手を振ればカークが駆け寄ってくるかも知れないと思うとアルマの緊張が更に増した。
「アルマ君、騎士団の邪魔にならないように隅の方に移動しようか?」
ユウイチとしては、このまま注目を浴び続けることは不本意であり喜ばしいことではない。
「はい、分かりました」
この、ユウイチの提案はアルマにとって渡りに船である。
その船にアルマはがっつりと乗っかった。
「ああー、お兄様が見えなくなってしまいました」
残念そうなリリアを横目にアルマは"ホッ"とした様子である。
暫くして「所長殿も打ち合せに参加して欲しい」とシェーケンが呼びにきたので、ユウイチは団長と隊長が集まっている場所へと向かった。
「アルマ様、ダンジョン探索は何度目ですか?」
車内に残されたリリアが、ぎこちない感じでアルマに質問した。
「勿論、初めてです……」
二人の関係は研究所の同僚に加えて縁談の当事者と縁談相手の妹である。
馬車の中には前世のお見合いで「後は若い二人に任せて」と取り残された初対面の男女のような微妙な空気が流れている。
ひょっとしたら、「ご趣味は」「料理を少々」などといった会話が聞けるかもしれないほどである。
「そう言えば参加したがっていたミレイ様をリーネさんが全力で止めたと聞きました」
貴族令嬢たる者、会話の引き出しはたくさん持っているものである。
アルマは空気を変えようとミレイの話を持ち出した。
「その代わり、『手を抜かずにしっかり探索してくるように』とユウイチさんが釘を刺されたみたいです」
困った時は、その場にいない共通の知人の話題をするのが一番盛り上がる。
「ふふふふ、国は変わりましたが研究所は余り変わった感じがしません」
ミレイとユウイチの話題で二人の間の微妙な空気も無くなったようである。
「でも、ミエスク様が検査局から出向なされると、雰囲気が変わるかもしれませんよ」
ミエスクの出向は良くも悪くも研究所に大きな変化を与えそうである。
ひょっとしたら、ミエスクの加入でもっと大きなドタバタ劇が繰り広げられるかもしれないとユウイチは戦々恐々としているようである。
「今晩はホークワイド領で一泊するそうだ。
俺達は教会騎士団と共に教会の宿泊所に泊まるから野営の必要はないそうだよ」
打ち合わせから戻ってきたユウイチが後部座席に乗り込んで二人に今後の予定を伝えた。
因みに教会の宿泊所とは前世で言うところの寺の宿坊の様な場所である。
「あの豪華な食事が味わえるなら私は野営でも平気ですよ」
眠る場所よりも食事内容を優先するリリアの"食いしん坊万歳"的な発言である。
「私はスイーツさえ食べられたらどちらでも良いです」
この"食いしん坊万歳"的発言で、アルマのリリア化は疑う余地がないとユウイチは思わずにはいられない。
「先は長いんだから、今晩はベッドでゆっくりと休もうじゃないか」
ダンジョンに近づけば自ずと野営の機会が増えてくるはずである。
ベッドで眠るチャンスがあるなら逃したくないユウイチである。
「「それもそうですね」」
「二人ともスイーツは用意してあるから、夕食後に部屋で食べられるぞ」
説得を素直に受け入れた二人に対してユウイチが悪魔のような囁きをする。
「それは、他の方に申しわけないですから遠慮しておきます。
食べ物の恨みは恐ろしいですからね」
ダンジョン探索には教会騎士団の女性騎士が多数参加している。
自分達だけがスイーツを食べたと知れたら、どのような目に遭うのか想像するだけでも身震いがしてくるようである。
「それもそうだな。
食べ物の恨みは恐ろしいからな」
恨みを恐れた三人はスイーツを我慢して翌朝を迎え、ダンジョンへ向けて出発した。
夜中に特段の事件が起こらず、展開が早いことは容赦して頂きたいところである。
「そう言えば旧子爵領はホークワイド領に併合されたんだよな?」
研究所に入り浸っているせいでユウイチは、この手の話題に疎い。
「はい。
ホークワイド卿は男爵位を叙爵されたのと同時に旧子爵領を与えられたそうです」
ユウイチとは逆に元王城補佐官のアルマはこの辺りの情報に詳しい。
「旧子爵領と言えば旧ファーレン伯爵領の次に大きな領地ですよね?」
この二つに最北のボールドルーラー領を加えてバイアリターク王国の三大領地と呼ぶ。
因みにバイアリターク王国の三大領地はテストの出題範囲ではないので憶えておく必要はない。
序でに言うと旧ファーレン伯爵領は公爵となったミエスクの領地になったようである。
「そうか、ホークワイド領は随分と大きくなったんだな。
それで、ダンジョンはホークワイド領のどの辺りにあるのかな?」
以前のホークワイド領なら通り過ぎるのに一日もかからなかったが旧子爵領が加わったとなると話は別である。
「方角は少し違いますが距離的にはアースドラゴンがいた洞窟ぐらいらしいです」
アースドラゴンのいた洞窟に繋がる森林道の北にもう一本通っている森林道を進むと目的のダンジョンに着くようである。
「リリア様、お詳しいですね」
アルマは自分よりもダンジョンに詳しいリリアにふとした疑問を持った。
「ちょっと小耳に挟んだ情報です……」
リリアはカークから聞き出した情報を披露しただけなのだが情報の出所を教えるわけにはいかない。
何故なら、カークから聞き出したダンジョン情報とアルマとの縁談話がセットになっているからである。
「それなら、今晩は野営かもしれないな」
素材採集の旅では、ゴブリンの群れのお陰で森林道で一泊している。
こちらの森林道にもゴブリンの群れがいるかもしれないとユウイチは考えている。
「ユウイチさん、またこの馬車で野営ができるんですね?!」
リリアはとても嬉しそうだが、野営を喜ぶ貴族令嬢はリリアだけかもしれない。
「ですが森林道には魔獣が潜んでいます。
野営となれば、かなり警戒しなければなりません」
魔獣を警戒するアルマのリリア化は、まだ不完全のようでユウイチは安堵せずにいられない。
「じゃあ、念のため今から偵察用のドローンを飛ばしておこう」
道幅の狭い森林道ではどうしても隊列が縦長になってしまい、どの位置にいても全体の状況が把握し辛い。
だから、気が付いた時には手遅れという事態になりかねない。
「ユウイチさん、ドローンを飛ばしたら私達が隊列の先頭に立たされるかもしれませんよ」
偵察用ドローンは既に有名で、当然の事ながら用途も知られている。
「あははは、まさかだろ。
技術者の後をノコノコと付いて歩く騎士団などいるはずがないよ」
だが、ユウイチの考えは見事に裏切られることになる。
「所長殿のお陰で、我ら教会騎士団が王城騎士団の前を進む栄誉を賜ったぞ」
シェーケンはとても誇らしそうであるが、ユウイチとしては栄誉よりも自身の安全確保が最優先事項である。
「はぁー、俺達は研究所の職員であって騎士ではないんだがな……」
ユウイチは、馬車の直ぐ横で上機嫌で愛馬に股がっているシェーケンに聞こえるように大きめの溜め息を吐いておく。
「所長殿、謙遜するな。
その馬車には二名の竜騎士とBランク冒険者が乗っているんだから今回の探索における最高戦力と言っても過言ではないだろう」
最高戦力かどうかは別としてシェーケンの言っていることは紛れもない事実である。
ユウイチは仕方なく先遣隊のロベルト達の後をトラック風馬車で着いていく。
余談だが、先遣隊のロベルトが"シュレッダー付きゴミ箱"の騎士だとアルマに教えられるまでユウイチは気が付いていなかった。
だが、これは「グレイスの奇跡」の舞台を何度か観劇したアルマならではの気付きであった。
「ユウイチさん、右前方から魔獣が近づいてきます!」
「止まります!」
助手席でモニターを見ていたリリアが叫ぶと同時にアルマが馬車を止めた。
「シェーケン殿、右前方から魔獣が来る!」
ユウイチが窓を開けてシェーケンに魔獣の接近を伝えた。
「これはワイルドボアだ。
奴は、真っ直ぐ突っ込んで来るぞ!」
ユウイチからモニター画面を見せられたシェーケンは一直線に立ち上る土煙を見て瞬時にワイルドボアだと判断した。
「それは不味いな……」
もし、トラック風馬車に体当たりされたら大きく破損してしまうかもしれない。
運良くトラック風馬車から逸れたとしても他で被害が出る恐れもある。
「ユウイチさん、アルマ様と行ってきてもいいですか?」
リリアは近所のコンビニに買い物にでも行くかのようにユウイチに告げた。
「ん、行くって何処にだ?」
「説明している猶予はありません。
手綱はユウイチ所長にお任せします」
詳しい説明もせずに二人は馬車から出て右前方で臨戦態勢に入った。
どうやら、出発前にユウイチが二人に刺した釘は既に抜け落ちているようである。
「アルマ様、来ます!」
「分かりました!」
ワイルドボアが茂みから土煙を上げて隊列目掛けて突進してきた。
「えいっ」とアルマが突き出した槍がワイルドボアの土手っ腹に突き刺さった。
だが、ワイルドボアの勢いは全く鈍らない。
「行きます、疾風迅雷!」
リリアが上段から剣を振り下ろすと閃光と共に轟音が森林道に響き渡った。
雷魔法の直撃を喰らったワイルドボアは隊列の直前でバタンと倒れた。
そして、リリアの放った雷魔法で隊列の後方が騒がしくなっている。
「何が起こったのだ、シェーケン殿?」
駆け寄ってきた王都騎士団の団長であるリズンスターが一部始終を見ていたシェーケンに問い質した。
「たった今、ラボラトリー・エンジェルズが隊列に突進してきたワイルドボアを討伐した」
シェーケンは見たままを、ありのままに報告した。
「この焼け焦げた臭いの原因は例の雷魔法か?」
リズンスターもリリアの「疾風迅雷」を知っているようである。
「おい、ラボラトリー・エンジェルズだってよ」
「俺にも見せてくれよ!」
「ラボラトリー・エンジェルズ」の一言を聞いた騎士達がトラック風馬車の周りに集まってきてしまった。
「馬鹿者、隊列を乱すな!」
リズンスターがミーハーな団員達を一喝した。
「でも、ラボラトリー・エンジェルズですよ」
リズンスターの怒鳴り声よりも、若い騎士達はエンジェルズを見たい欲求が上回っている。
「馬鹿者、魔獣は一匹だけとは限らないだろうが!」
続けてリズンスターの怒声が響く。
「皆、早く戻った方が良さそうですよ。
でないと今度は団長の特大の雷が落ちて皆がワイルドボアの様になりますよ」
「あれの二の舞はごめんだな」
リリアの兄のカークが諭すと興奮していたミーハーな騎士達はすごすごと隊列に戻っていった。
「カーク、助かったよ」
リズンスターがこの場を治めたカークに礼を言う。
「あははは、妹の尻拭いには慣れていますから」
子供の頃のリリアには、"お転婆"や"じゃじゃ馬"など数々の異名が付けられていた。
その妹が何かをやらかす度にセバスから監督不行き届きとしてカークはよく怒られていた。
今回はその経験が生きたようである。
「団長、この隊列の順番のままだと不味いですね。
何か手を打たないと、また同じ事に成りかねません」
妹の性格を熟知しているカークはリズンスターにそう進言した。
「ふむ、確かに手を打っておかないとな……」
進言を受けたリズンスターは、じゃじゃ馬娘を止める手立てに頭を悩ますのであった。




