【第七十七話】ダンジョン誕生
大司教のミレイにより教会本部が独立宗教国家リリアモデルとなることが発表された。
「庶民は今まで通り自由に出入りすることができる」と聞いて信仰心の篤い者達は一安心しているようである。
だが、訪れる貴族に対しては厳しいチェックが行われることになるらしい。
これは、「教会の力を利用しようとする貴族を締め出しましょう」とリーネが進言したからである。
そんな変化があったある日の朝。
「ユウイチ所長、大変です!」
物凄い勢いでアルマが事務所に駆け込んできた。
近頃、アルマがリリアに似てきているように感じるユウイチである。
「アルマ君、朝っぱらから慌ててどうしたんだ?」
机に激突しそうになる寸前で止まったアルマにユウイチが聞いた。
「ホークワイド領にダンジョンが誕生したそうです!」
アルマの行動や表情を見るだけで事の大きさが伝わってくる。
「えーー、ダンジョンが誕生したんですか?」
アルマの直後に事務所に入って来たリリアは挨拶もそっちのけでダンジョンの話に食いついた。
リリアの反応を見るだけでダンジョンが相当な面白さを備えているのだろうと伝わってくる。
「アルマ君、ダンジョンは誕生するものなのか?」
アルマとリリアは間違いなく「発見された」ではなく「誕生した」と言った。
「はい。
ダンジョンは大きな意味で魔獣の扱いになります。
ですから、騎士団では「ダンジョンが誕生した」と表現することになっています」
こちらの世界では、これで通っているようでアルマの言い間違えではないようである。
「騎士団にとってダンジョンは討伐対象ですからね」
興奮したリリアが一方的に説明してくれた話を纏めると、どうやら前世の異世界アニメで語られているダンジョンと共通点が多いようである。
但し、違う点もあるようなので、その点については追々説明しようと思う。
「じゃあ、ダンジョンはいずれ寿命を迎えるのかな?」
ユウイチは冗談交じりでアルマに質問してみた。
「魔力が尽きるとダンジョンは死を迎えるはずです。
それと、各階層のボスと最深部にいるラスボスと呼ばれる魔獣を倒してもダンジョンは死ぬはずです。
そして、死んだダンジョンの魔力の残りが魔晶石の鉱床になります。
以前、ユウイチ所長が発見した鉱床がそれに当たります」
悲しいことだが、ダンジョンも輪廻転生の理の中にいるようである。
もしかしたら、転生したらダンジョンだったなんてことがあるのかもしれないとユウイチは思う。
「それで、今回のダンジョンはどれぐらいの大きさなんですか?」
ユウイチがダンジョンに思いを巡らせている間にヒートアップしたリリアがアルマに質問している。
ユウイチはリリアとアルマに"そっと"お茶を差し出しておく。
「騎士団所属の鑑定士の見立てでは十階層前後のようですが、まだ探索情報が届いていません」
既に騎士団による探索が開始されているようである。
「だが、十階層だと少なくないか?」
ユウイチが前世で観ていた異世界アニメでは五十階層や百階層なんてものが多かった。
「そ、そうでしょうか……」
アルマの反応を見ると、こちらの世界ではこの規模が普通のようである。
「六十年前に誕生したダンジョンは十五階層あったそうです。
それと比べると少ない気がします……」
「階層が減ると面白さも減る」、恐らくリリアはそう思っているはずである。
「ただ、階層毎の広さは今までのどのダンジョンよりも広いそうです」
ここでは、前世の東京ドームで広さを例えることは止めておく。
何故なら、ピンと来ないからである。
「なるほど、ダンジョンは縦方向ではなく横方向に成長したのか……」
ユウイチは敢えてアルマとリリアから視線を外して呟いた。
何故なら、一歩間違えると埋まっている地雷を踏むことになるからである。
当のリリアとアルマも敢えて無表情を装っている。
何故なら、「私達には関係ありません」という意思表示だからである。
「騎士団の探索が終わったら一般にも解放されるのかな?」
気まずい空気を変えようとユウイチは話題を変えることにした。
「先ず、一週間の予定で王都騎士団が探索に入るそうです。
騎士団が探索を終えた後に冒険者ギルドに管轄が移されると思います」
この辺りは前世の異世界アニメで観た展開である。
「なるほど、目ぼしいお宝は王都騎士団が持っていくと言う訳か……」
そして、騎士団が持ち帰ったお宝は王族か有力貴族の手に渡るはずだとユウイチは推察する。
「いえ、騎士団は一階層にいる魔獣を掃討してダンジョンを解放することになっています。
ですから、二階層からは手付かずの状態です」
騎士団はダンジョンの外に出てきそうな魔獣を潰してスタンピードの発生を防ぐのが役割らしい。
「へえー、それは良心的だな」
私利私欲に走らずに危険の芽を事前に摘んでおくとは感心せずにいられないユウイチである。
「そうでしょうか。
一つ階層を降りる毎に魔獣は強くなっていきますから並みの冒険者では歯が立ちません。
お宝にありつける冒険者がどれだけいるか分かりません」
更にヒートアップしたリリアの説明では、並みの冒険者がダンジョンに潜れるようになるのは随分と経ってからになるそうである。
「そうか、一度行ってみたいと思ったのだが、直ぐにとはいかないようだな」
ダンジョン探索はユウイチの中二病を擽るのに十分過ぎるパワーワードである。
だが、並みの冒険者以下のユウイチが潜れるようになるのは随分と先の話になりそうである。
「ユウイチさん、ダンジョンに潜るんですか!」
テンションが一気に上がったリリアの目が「早く潜りましょう」とユウイチに催促しているようである。
バイアリターク王国の何処を探しても騎士以外でダンジョンに潜りたがる貴族令嬢はリリアしかいないはずである。
「もし、行くとしても落ち着いてからだな。
俺は冒険者じゃなくて技術者だからな」
ユウイチは「ダンジョンに行く」と言っただけで、「ダンジョンに潜る」とは言っていない。
何故なら、凶悪な魔獣がいたらダンジョンには潜らないからである。
「ユウイチ所長、私も楽しみです!」
「あははは、随分と先の話だからな」
もう一人現れた、ダンジョンに潜りたがる貴族令嬢にユウイチは釘を刺しておく。
ここに至ってアルマはリリアに似てきているようだとユウイチは確信を持った。
そして、アルマがダンジョン誕生の報せを持ってきた翌日のことである。
ユウイチが昼食後のコーヒーを飲んでいるところにヴィーラングが訪ねてきた。
「所長殿、久しぶりだな」
慣れたもので、ヴィーラングは既に応接用のソファーに腰掛けている。
「何だかとても嫌な予感がするのだが……」
この展開を何度も経験しているユウイチは次に何が起こるか大方の予想が付いている。
「所長殿は察しがいいな。
話が早くて助かるよ」
新たに誕生したダンジョン関連の話であることは疑う余地もなさそうである。
「はぁー、何度も言うが俺は技術者なんだぞ!」
ユウイチは厄介事に巻き込まれないように、これ見よがしに溜め息を吐いておく。
「所長殿は、おられるかな?」
そこに教会騎士団のシェーケンが訪ねてきた。
「悪いなシェーケン、早い者勝ちだぜ!」
ヴィーラングがシェーケンを見て勝ち誇った顔をしている。
「そうか……
不法入国で取調べることも可能だがな」
今度はシェーケンが勝ち誇った顔をしている。
「おいおい、そいつは穏やかじゃないな。
俺は貴族ではなく庶民だぜ、まったく」
言葉の割にヴィーラングに慌てた様子は見られない。
何故なら、二人は幼馴染みだからである。
少し話は逸れるが、シェーケンとヴィーラングは共に陪臣の家の庶子である。
二人は家督を継ぐことを早々に諦めて冒険者と騎士への道を選んだと言う訳である。
「はははは、お互いに家を出た身だと言うことを忘れていたよ」
「全く、お前のは冗談に聞こえないんだよ。
それで何の用でやってきたんだ?」
まだ前世の漫才コンテストレベルではないが、ユウイチには二人の息が合っているように見える。
「そうだったな。
所長殿はダンジョン誕生の話は知っているか?」
シェーケンはユウイチに向き直り落ち着いて質問した。
「昨日、アルマ君から聞いたばかりだよ。
そのダンジョンがどうかしたのか?」
ユウイチは敢えて無関心の振りを装っておく。
何故なら、厄介事が回ってきそうな雰囲気がプンプンと漂っているからである。
「実は所長殿にダンジョン探索に参加してもらいたいのだが、もう冒険者ギルドからの依頼を受けた後だったかな?」
シェーケンの用件はユウイチが考えていた通りダンジョン関連であった。
「いや、まだ依頼は受けていないし、受けたくもないぞ!」
ユウイチは敢えて「受けたくもない」の部分を強調しておく。
「おいおいおい、所長殿と俺の仲でそれは言いっこなしだぜ」
ユウイチの釣れない態度にヴィーラングが文句をつけている。
「ん、ヴィーラング殿に無理難題を押し付けられた覚えはあるが仲良くなった覚えはないな。
それに、シェーケン殿の依頼も受けたくないのだが……」
そう言ってからユウイチがチラリとシェーケンを見る。
「所長殿、これは俺からではなくて大司教のミレイ様からの依頼なんだよ」
ミレイの名前を出されてはぐうの音も出ないユウイチである。
「はぁー、どうせそんなことだろうと思ったよ」
ユウイチは肩をすくめて、やれやれと言った表情を見せる。
「大司教様の依頼ね。
どうやら、俺は退散した方が良さそうだな」
冒険者ギルドのサブマスも大司教であるミレイの名前が出てきては旗色が悪い。
「いや、報酬が出るのなら冒険者ギルドからの依頼を受けてもいいぞ」
ダンジョン探索が避けられないなら実利を取ることをユウイチは厭わない。
「所長殿は現金だな。
どうせ、大司教様の依頼を断れないからって冒険者ギルドから報酬をせしめようって腹か?」
ユウイチの悪巧みは図星だったようである。
「はははは、良くわかったな。
大司教様の依頼ならどうせ只働きだからな。
それなら指名クエストを受けてやってもいいぞ」
人間、開き直りが肝心である。
「素材なら買い取ってやるから、せいぜい頑張って探索してくるんだな」
ヴィーラングは、捨て台詞を残して冒険者ギルドへと帰って行った。
「所長殿、日時は追って連絡するから準備だけはしておいてくれ」
「はぁー、俺は技術者なんだがな……」
思ったよりも早くダンジョン探索の機会がユウイチに巡ってくることになったのである。




