【第七十五話】独立宗教国家
クーデターが実行された割にバイアリターク王国の王都は平穏である。
その理由は前世の関ケ原の戦い以上の早さで公爵派が鎮圧されたからである。
両陣営共に死者は無く建物に至っては傷一つ付いていない。
強いて言えば、ハイオークの群れが被害に遭ったことぐらいだろう。
だから、王都の庶民や地方に住む貴族達は随分と経ってからクーデターが起こったことを知ったほどである。
そんな王都とは打って代わり誕生したばかりの独立国家・リリアモデルでは国を揺るがす大問題が発生した。
それは、大司教のミエスクと宰相が揃って研究所を訪ねてきたことから始まったのである。
「申し訳ない……
もう一度始めから説明して下さい」
状況が飲み込めないユウイチはミエスクに改めて説明してもらえるように頼んでいる。
「えーと、私と宰相が結婚致します。
そこで、私の後任としてミレイ様に大司教に就いて頂きたいと思っています。
ですが、教会本部がバイアリターク王国に所属していては何かと不都合があります。
ですから、教会本部を丸ごと"リリアモデル"に併合していただきます。
以上ですが何か質問はございますか?」
「……」
淡々と説明し終えたミエスクはユウイチの反応を待っている。
だが、ユウイチは開いた口が塞がらず言葉も出てこないようである。
「リリアモデルの国王様、ご理解頂けましたか?」
ミエスクが返答を急かすようにユウイチに問い掛けた。
「そ、そんなに一度に詰め込まれては俺の理解が追い付きません。
大司教様、一つずつ話して下さいませんか?」
もしかしたら、ミエスクは前世の"でんがなまんがな言語圏"が言うところの"イラチ"なのかもしれないとユウイチは思った。
確か、交通教室を開いた時も神官達は何も聞かされていないような感じであった。
ミエスクは自分の意見を聞いた相手が一度で理解できると思っているのだろうとユウイチは推察した。
「はぁ、そうですか……
先ず、結婚の話ですが大司教のままでは結婚できないので私は還俗致します」
「これで三度目ですよ」とユウイチを見るミエスクの目が語っている。
「えっと、おめでとうございます。
それで結婚相手は宰相殿で間違いないんですよね?」
前世の芸能人カップルにも意外な組み合わせはあったが、宰相とミエスクの組み合わせは余りにも予想外でユウイチは出鼻を挫かれているのである。
先ず、ここを乗り越えなければ理解と言う名の山を征服するのは不可能である。
「ええ、間違っておりませんわ。
詳しい話は差し控えますが、これは予てからの約束なのです」
そう言ってミエスクが宰相に目配せをした。
「うむ、その通りですな」
宰相の反応を見るにつけ、約束というよりも強制のような気がしてならないユウイチである。
これは、かなり後になって聞いた話であるが、学業優秀な宰相が王女であったミエスクの家庭教師を務めていたらしい。
その家庭教師が高じて相談役になり、いつしか恋仲に発展していったようである。
だが、どこの世界でも王女と陪臣の恋は成就することはない。
それどころか、ミエスクには公爵の求婚と言う難題が振りかかってきた。
そこで、宰相は公爵の求婚を断る理由としてミエスクに出家を打診したのだが、ミエスクは宰相と結婚ができなくなると渋ったようである。
そのミエスクを説得する方便として宰相は、"公爵の野望を打ち砕いた暁には結婚致しましょう"と言ったらしい。
いじらしくも、その言葉を胸にミエスクは出家したと言うわけである。
「それで、還俗して空位になる大司教にミレイ君を就かせたいと仰る訳を聞かせて下さい」
何もミレイでなくて教会本部には司教が大勢いる。
その中から後任の大司教を選べば良いとユウイチは考えている。
「それは、魔法課を首席で卒業した才女をこのまま埋もれさせておくのが勿体ないからですわ」
ミレイが在籍していた"規制局"は局長と課長がクーデターに加担していたために解体され、人員を一新した上で"検査局"と名前を変えて再出発することになっている。
そこにリリアモデルの国民となったミレイの席が無いのは当然のことである。
今のミレイにはユウイチの発明に対して理論面での助言をするぐらいの役割しかないのが現状である。
「ですが、その話をミレイ君が受けるでしょうか?」
ユウイチにはミレイが話を受けるとはとても思えない。
「これは、ここだけの話ですが新たな大司教には恩赦を実施する権限がございます。
恐らく、バイアリターク王国の犯罪者にも適用されると思います。
これは、ミレイ様には良い話だと思いますわ」
もし、恩赦が実施されればファーレン夫妻の罪を軽減できる。
ミエスクの本当の狙いは、その辺りにあるような気がするユウイチである。
「それで、教会本部の併合が必要なのは何故ですか?」
「先ず、ミレイ様がバイアリターク王国に戻って大司教となり恩赦を実施すれば五月蠅く言う貴族が出てくる恐れがございます」
恐らく、ファーレン夫妻の爵位剥奪を迫った貴族達のことである。
「お言葉ですが、それはリリアモデルが教会本部を併合しても同じことではありませんか?」
どちらにしても納得しない貴族が出てきそうである。
「いいえ、教会本部が独立国家に属していれば王国での恩赦は陛下の承認を経て行われることになりますな」
ここまで黙っていた宰相に漸く出番が回ってきたようである。
早速、ミエスクの尻に敷かれていそうな宰相を見て不憫に思うユウイチである。
「宰相殿が申されるなら間違いはなさそうです。
王様の名前で恩赦が実施されるのなら、表立って不平を言う貴族は減りそうですね」
"どうせ、事前に役人達と打合せをしてきたのだろ"とユウイチは宰相の根回しの良さに感心する。
宰相は、まるで前世の清須会議の秀吉を彷彿とさせるほどである。
「リリアモデルの国王様、これでご理解頂けましたか?」
「話は分かりましたが、ミレイ君に強制することはできませんよ。
どうなるかはミレイ君しだいです。
ですから、返事は待って頂くことになりますよ」
これは問題を先送りしようとしているわけではない。
身分の上下を無くしたリリアモデルでは例え国王であっても命令できないと決まったばかりである。
因みにリリアモデルにおける国王とは統治者ではなく役職という扱いになっている。
「ミレイ嬢が首を縦に振れば宜しいのですな?」
待ってましたとばかりに宰相がユウイチの言質を取ろうとしている。
「もしかして、ミレイ君に確認を取ってから訪ねて来ました?」
"この二人なら、どうせミレイにも根回ししてるのだろう"とユウイチは睨んでいる。
「国王様、実に察しが良いことですな。
我が陛下に見習ってもらいたいものです」
既にミレイの大司教就任の外堀は二人によって埋められているようである。
「この分だと、そちらの王様の許可も取ってあるんですよね?」
ユウイチは恐る恐る聞いてみた。
「ええ、陛下にも了承して頂いています。
それと、リリアモデルの国民全員に理解して頂いています。
後はリリアモデルの国王様の承諾を頂くだけです」
ミレイだけでなくリリア達にも確認済みのようである。
ユウイチの知らぬ間に外堀だけでなく内堀まで埋められているようである。
言うなればユウイチは前世の"大坂冬の陣"の後の大阪城のような裸同然の城である。
「あはははは、これは参りました。
私には否やはございませんので話は全て承りましょう」
前世の豊臣陣営のように無駄に抵抗すれば落城の憂き目に遭うはずである。
「ご理解頂きまして、ありがとうございます」
こうして、"独立国家・リリアモデル"は短い歴史に幕を閉じ"独立宗教国家・リリアモデル"が誕生することになったのである。
大司教と宰相が訪ねてきた翌日の朝のこと。
「第二回国民会議を始めます。
先ず国王からの挨拶です」
いつものようにリリアが会議を取り仕切っている。
差し詰めリリアモデルの宰相と言ったところである。
「えーっと……
この度、国王を退位……
いや、辞任することになりました。
短い間ですがお世話になりました」
ユウイチは前世の本能寺の変の首謀者並みの三日天下であった。
「きっと在位の間に問題が起こらなかった名君として語り継がれます」
アルマは褒めているのか貶しているのかよく分からない。
「いいえ、在位の間に寝る以外は何もしなかった暗君よ」
リーネは明らかに貶している。
「どちらにしても疲れるほど働いていないのではないかしら」
ミレイも明らかに貶している。
「フッ、それは歴史が判断することだよ」
ユウイチは、前世で「政治家の人生は歴史という法廷で裁かれる」と言った政治家の言葉を真似てみた。
「「「「……?」」」」
だが、四人には余りウケなかったようである。
「それでは"独立国家"改め"独立宗教国家"に生まれ変わったリリアモデルの最高指導者から挨拶して頂きましょう」
ユウイチの言葉をスルーしたリリアが会議を進める。
「おほん、ミエスク様の還俗に際し私が大司教に就任いたします。
研究所だけであったリリアモデルは教会本部及び地方の教会施設も管轄下に収めることになりました」
「ミレイ様は国土を倍以上にした名君です」
アルマが褒めている。
「それも一滴の血も流すことなくですよ」
続いてリリアも褒める。
「ですが、私一人では何かと心細いので、頼もしい味方を付けることにいたしましたわ。
リーネさん、よろしくお願いします」
これは、正に鬼に金棒といったとこだとユウイチは思う。
「味方ではなく、ミレイ様が暴走しない様に監視するのが私の役目ね」
何となくだが二人して暴走している未来が目に浮かんでくるユウイチである。
「そうか、二人が抜けると寂しくなるな」
ユウイチはしみじみと語っているが、これは本音ではなく飽くまで社交辞令である。
「あら、大司教の座る椅子は研究所に移すつもりですから寂しがる必要はございませんわよ」
どうやら、今までと座席の配置が少し変わるだけの話のようである。
だが、独立宗教国家リリアモデルとなっても相変わらず五人して騒動を巻き起こすことになるのであった。
後日談。
ーミレイ独白ー
宰相様と大司教様の申し出には、とても驚きましたわ。
それよりも、お二人がご結婚なさることの方がもっと驚きではありましたけれど。
人は見かけではないと言うことかしら……
今の言葉に含むところは何もございませんので聞き流して下さいませ。
話を本題に戻しましょう。
私は大司教になるなど露程も考えたことはございませんわ。
幼き頃より将来は公爵夫人として公私共に夫を支えることを目指しておりましたから。
それに学院では神学ではなく魔法を学んでおりますので私には敷居が高いと言わざるを得ません。
でも、あの大司教様よりの直々の申し出に心は大きく揺れておりますわ。
何しろ、大司教様は私の憧れの御方なのですから。
そもそも、私が魔法課を選んだのも学院での大司教様の伝説を聞いたからですわ。
大司教様は六年制の学院を僅か二年で卒業なされただけでなく全ての成績が過去から現在に至るまでの最高得点なのです。
私も首席で卒業致しましたが大司教様の成績には遠く及んでいなかったようなのです。
そして大司教様は卒業後も魔法の研究に没頭なされたと聞きましたわ。
幾つかの古代魔法を解読なされたようですが残念ながら一般には発表されておりません。
ですが、大司教を引き受ければ研究結果を閲覧できるそうなのです。
それも私の心を揺らしている要因の一つですわ。
そして、もう一つの要因は恩赦ですわ。
恩赦を実施すればお父様とお母様の罪を軽くできる。
少し足下を見られているような気がして不愉快ですが、両親に少しでも恩返しができるのですから気にしてはいられませんわ。
それに教会本部の運営は全て私に一任されると伺っておりますわ。
独立国家を廃して独立宗教国家として再スタートを切る。
あの魔導具研究所も私の管轄下に入ることになりますわ。
上司として所長さんに無理難題を吹っ掛けるのも面白そうですわね。
できることなら、元ファーレン領のワイン畑も管轄下に置けないものかしら……
あら、私は意外と大司教就任を前向きに考えているようですわ。




