【第七十二話】クーデターの夜(宰相邸)
「リリア様、本日はお招き頂きありがとうございますわ」
ミレイが右足を引いてスカートを摘まんでかくっと膝を折って挨拶をした。
「ミレイ様、ようこそお越しいただきました。
アルマ様はもういらっしゃっていますよ。
どうぞ、お入り下さい」
リリアも同じ様に挨拶をしてからミレイを応接室へ案内する。
今日は、リリア主宰の"お茶会"と"晩餐会"と"お泊まり会"を兼ねた"女子会"が催されるのである。
リーネにも声を掛けたのだが会場が宰相邸だと聞いて遠慮したようである。
当然ながら男性のユウイチには声を掛けていない。
「み、ミレイ様、ごきげんよう」
「アルマ様、ごきげんようですわ」
お互いに挨拶をして応接室のソファーに腰掛ける。
「それでは、今からお茶会を始めます」
リリアが二人を庭へ案内する。
庭には、既にテーブルと椅子が用意されていて三人が着席するとスイーツとお茶が運ばれてきた。
「本日のスイーツは、ユウイチさんに無理を言って新作を用意してもらいました」
「ま、またしても初めて見るスイーツです」
「本当に、所長さんはスイーツのレシピを幾つ持っているのかしら」
今回、ユウイチが用意したのは前世のイタリア発祥の濃厚な冷たいケーキである。
「これは、ティラミスと言う名前だそうです。
どうぞ、召し上がってみて下さい」
リリアに勧められた二人はティラミスを味わう。
「チーズとコーヒーを浸したビスケットが交互に重なっておりますわ。
ココアをまぶしてあるので甘さとほろ苦さが口の中に広がりますわね」
「な、何だか、食べると元気が出てくるスイーツです。
回復ポーションの替わりになりそうです」
相変わらず貴族令嬢の食リポは完璧である。
「ユウイチさんが言うには、このティラミスには"私を元気づけて"と言う意味があるそうですよ」
リリアは上司の不興を買ったミレイを元気付けるようなスイーツをユウイチに依頼していたのであった。
「フフフフ、そんなに気を遣わなくても私はいつも通り元気ですわよ」
「そ、それだとリリア様を越えるぐらい元気になってしまいます」
アルマの言う通りなら底抜けに元気な伯爵令嬢になってしまう。
「リリア様をですか……
貴族令嬢として、それは困りますわね」
ミレイは冗談で答えながらも、このところのモヤモヤした気分が晴れていくのが自分でも分かる。
これなら、幼い頃から背負ってきた荷物を"えいっ"とほっぽり出せそうである。
「私は貴族令嬢らしくないですか?……」
逆にリリアが落ち込んでしまっている。
「り、リリア様、今日はミレイ様を励ます女子会ですよ。
早くティラミスを食べて回復してください」
「そうですね。
それでは回復のために私は二個頂きます」
「まぁ、リリア様は欲張りですね」
「も、もしかしたら、落ち込んでいたのは二個食べるためのフェイクだったのかもしれません」
この様な会話でも女子会ならば普通に盛り上がれる。
この後も三人は色々な話題で盛り上がっていた。
もしかしたら、"恋ばな"なども行われていたかもしれないが三人から睨まれたくないので割愛しておく。
庭から応接室に戻った三人は晩餐会までの間もお喋りを続けている。
「み、ミレイ様もパワードスーツを持ってこられていますよね?」
「招待状に書いてありましので持って参りましたが何のためなのでしょう」
リリアが出した招待状には"必ずパワードスーツをお持ち下さい"と書いてあったようである。
リリアには何か考えがあるようなのだが、詳しいことを聞くのは主催者に対してのマナー違反なので二人は聞いていない。
もし、パワードスーツを持参するのが嫌な場合は招待を受けないのがマナーである。
「ぱ、パワードスーツを着てサイン会を開くつもりでしょうか?」
「本日は、従者しかおりませんわよ。
宰相閣下も王城にお泊まりになる予定なのですよね?」
今日は、王城で重要な集まりがあるらしく宰相は戻って来ないことになっている。
宰相がいてはアルマとミレイが寛げないかもしれないとリリアは女子会を今日開くことにしたのである。
「晩餐会の用意ができたようです。
一緒に食堂へ行きましょう」
リリアが応接室に二人を呼びに来た。
「主催者、自ら呼びにくるなんてリリア様らしいですわね」
「も、もしかしたら、お腹がペコペコなのかもしれません」
「あれだけティラミスを召し上がっていたのにですか?」
「り、リリア様は胃袋が二つあるらしいのです」
前を歩くリリアに聞こえないように二人はヒソヒソと話をしている。
「二人共、聞こえていますよ」
リリアの指摘に二人は慌てて口を噤んだ。
貴族令嬢のマナーとして廊下でのヒソヒソ話は厳禁である。
だが、当人に聞こえてしまってはヒソヒソ話の意味がない。
反省会した二人は食堂に着く迄の間は黙って歩いていた。
そして、食堂に着くと給仕係が各々の椅子に案内してくれる。
三人が囲んでいるテーブルにはファーレン領でよく見かける花が飾られている。
これは、ファーレン伯爵家の紋章にも使われている花で香りが良くミレイの自慢の一つである。
「今日の料理はユウイチさんが考えた疲れた人にはお奨めのメニューだそうです」
「所長さんは、よほど疲れていらっしゃるのかしら」
自分を元気付けようとしてくれるユウイチの気持ちが照れ臭いミレイが憎まれ口を叩いている。
「本日はファーレン領産の二十年物を用意致しました」
これは、ミレイが生まれた年に仕込まれたワインである。
二十年物のワインは出来が良く、学院を首席で卒業したミレイの名前が冠されるほどの傑作であるらしい。
これは、今日の日のためにアルマが探してきたものである。
因みに支払いは研究所の福利厚生費としてユウイチに回されている。
「こ、これを味わうとファーレン領の領民からミレイ様が慕われているのがよく分かります」
アルマの言葉は決して社交辞令ではなく、ファーレン領の領民にとってワインとミレイは本当に自慢なのだと感じさせられる。
「昨年までは"えぐ味"の主張が強かったのですが、一冬を超えて随分と味がまろやかになりましたわね」
まるで、ワインに自分の変化を重ねるようにミレイが呟いた。
「ふふふ、人もワインも成長するんですね」
「に、二十年物は、これからもっと深い味わいになりそうです」
リリアとアルマの言葉はくすぐったいものであるがワインの酔いと共に心地が良いと今のミレイには素直に思える。
その思いを確かめるようにミレイは再びワインを口に含んだ。
「それでは、前菜から順に楽しみましょう」
リリアの言葉で料理が運ばれてくる。
前菜のサラダはベビーリーフの上に蒸したコカトリスと砕いたナッツ、そしてバナナをスライスしてレモン汁をかけてある。
特にバナナにはセロトニンの素になる成分が豊富にふくまれていてメンタルに良い食材である。
次に出てきたコカトリスをじっくり煮込んだ参鶏湯風のスープは消化が良く体を芯から温めてくれる。
メインディッシュのレモンバターコカトリスソテーはタンパク質とクエン酸で疲労回復をサポートしてくれる。
そして、デザートにはヨーグルトとバナナを使ったホットケーキである。
バナナと同様にヨーグルトもメンタルを良くしてくれる食材である。
「今日のお料理を頂いたら本当に疲れが取るのかしら?」
デザートを食べ終わってからミレイがリリアに尋ねた。
「ユウイチさんが言うには溜まった疲れを回復したい時には"クエン酸"や"良質なタンパク質"を含んだ食材が良いそうです」
魔法で回復ができる世界では料理で癒されると言う科学的な発想は受け入れられないかもしれない。
「そうですか。
それなら私達は明日の朝にはもっと元気になっているのですわね」
「み、ミレイ様は良いとしてリリア様が更に元気になるなんて怖いです」
アルマの余計な一言も疲れた心を解きほぐす助けになるのかもしれない。
「それで、この後はどうなさるのですか?」
晩餐会の食後は慣例通りなら談笑の時間である。
だが、それだとパワードスーツの出番がない。
ひょっとしたら、ユウイチの入れ知恵でパワードスーツを着て雑魚寝と言う線も考えられる。
「この後は軽い運動の時間です!」
適度な運動はストレス解消に効果がある。
「り、リリア様、このためにパワードスーツが必要だったのですか?」
今日の日のためにアルマは屋敷の地下に隠しておいた箱の封印を解いてきたのだが、まさか着用するとは思っていなかった。
「着ているところを誰かに見られたら恥ずかしいですわ」
ミレイもクローゼットの奥に突っ込んであったパワードスーツを引っ張り出してきた。
「安心して下さい。
従者には裏庭への立ち入り禁止だと言ってありますから」
前世なら"安心して下さい"の後は"履いてますよ"と続くのだが、リリアはより人目に付かない裏庭にある立ち入り禁止にした訓練場で身体を動かすようである。
「さあ、準備運動は終わりました。
早速、模擬戦をしましょう!」
リリアのテンションが上がっているようである。
「三人では二対一になりますわよ。
ひょっとして、リリア様一人で私達二人の相手をなさるつもりですの?」
「や、やっぱり、リリア様は元気が有り余っているようです」
「いえ、助っ人を頼んであります。
お兄様、お願いします!」
「ほう、これが噂に聞くラボラトリー・エンジェルズか?」
リリアに呼ばれた兄のカークが訓練場に現れた。
「リリア様、ここは立ち入り禁止なのではないのですか?」
「そ、そうです。
それも殿方を呼ぶなんて反則です」
二人はぴったりとくっついて、できる限り露出を減らそうとしている。
「あー、模擬戦の手伝いに来たのだが場違いのようだな。
リリアはお二人に説明していなかったのか?」
二人の反応を見たカークが困った様に頭を掻いている。
「す、すいません。
説明することを忘れていることを忘れていました」
リリアはそう言っているが、これは確信犯に近い。
「私は失礼した方が良さそうだな」
事情を察したカークが踵を返して帰ろとした時に異変が起こった。
「お兄様、正門の方が騒がしくありませんか?」
「この辺りに用事のある者は多くはないはずだが……」
宰相邸は王都の外れの高台にあるため 宰相邸への来客以外が訪れることはない。
警戒心の強い宰相はが日が暮れから客を招くことはないことをカークもリリアも知っている。
ここから、導き出される結論は限られている。
「私が見てこよう。
リリアは念のため屋敷内の従者を一ヵ所に集めておいてくれ。
それと護衛騎士を見掛けたら正門へ向かうように伝えてくれ」
「分かりました。
それでは三人で屋敷へ向かいます」
カークは訓練場から右回りで正門へ向かった。
「私達は、左回りで屋敷に向かいましょう」
リリアの言葉にアルマとミレイは頷いた。
「こんなところに招かれていないはずの来客が十人ほど迷い込んでいるようです」
壁越しに覗いたリリアが不審者を確認した
「り、リリア様、来客が武装しているようですが?……」
「あら、リリア様はあの方達も模擬戦に招待したのですか?」
何となく緊張感がない三人である。
「ここは、先手必勝ですね」
「リリア様、来客の人数を確認しなくても大丈夫でしょうか?」
この十人は偵察隊で本隊は未だ外にいるかもしれない。
「り、リリア様、リーダーがあの中にいます」
アルマはリーダーに見覚えがあるようだ。
「分かりました。
ミレイ様の魔導マシンガンは温存しておきましょう。
アルマ様は槍を投げて真ん中辺りに刺してもらえますか」
「わ、分かりました」
「またアレをやりますのね」
打ち合せが終わるとアルマが"えいっ"と槍を上空高く投げ上げた。
パワードスーツのお陰で飛距離は抜群で垂直に落下してくる。
「行きます、疾風迅雷!」
槍が地面に刺さるタイミングに合わせてリリアが壁から飛び出した。
夜空に閃光が走り"バリバリ"っと音がする。
目の前で十人の来客がバタバタと倒れていく。
「り、リリア様は手加減したみたいです」
「げ、元気が有り余っているのですから、もっと魔力を使っても良かったのではありませんか?」
さすがに魔獣と同じと言う訳にはいかない。
それに生け捕りにして事情を聞く必要もある。
「今の音は何事でございますか?」
激しい閃光と音を聞いた護衛騎士が三人の下に駆けつけてきた。
「来客の皆様が迷われておりましたので、灯りをと思いまして……」
「そ、そうですか……」
護衛騎士はそれ以上は聞かなかった。
これは、相手の事情を察する貴族文化のアレである。
「うー、何が起こった……」
「か、課長が目を覚まされたようです」
雷魔法で暫く気を失なっていたパーシアが意識を取り戻したようである。
「何故、貴様達が宰相の屋敷におるのだ?
イテテテ……
ここから先は、本編で語った通りである。
あの後、パーシア達の身柄は駆け付けた騎士団に引き渡された。
「それでは、模擬戦の続きをいたしましょう」
「り、リリア様、もう寝る時間です」
アルマがリリアの言葉を遮った。
「そうですか……」
「リリア様、模擬戦は次回に取っておきましょう」
落ち込むリリアにミレイが声を掛ける。
「そうですね。
これからいくらでも模擬戦はできます」
「り、リリア様……
ミレイ様は模擬戦ではなく女子会のことを言っているはずです」
クーデターの夜はこうして更けていったのであった。




