【第七十話 】反乱者
今の時刻は、前世で言えば"草木も眠る丑三つ時"である。
王都の殆どの人が寝静まった頃に公爵邸に派閥の者達が集められている。
「皆の者、予てからの計画を実行に移す時が参った!」
公爵が堂々とクーデターの実行を宣言した。
「公爵様、いくらなんでも急過ぎます。
せめて、もう数日のご猶予を!」
「私も武具の手入れに数日ほど頂きとうございます」
「私は馬の調達が、まだでございます」
だが、今日の今日では余りにも急過ぎたようである。
それ故、皆の心構えが未だできていない。
「馬鹿者!
朝になれば各々の屋敷に王城騎士団が踏み込んで来る。
皆の者、やるなら今晩しかないのだ!」
これは公爵の身から出た錆なのだがその事に付いて多くは語らない。
「何故、その様な事態になったのか、お聞かせ願えますか?」
ここに集まった者達は、"計画を実行する、武装して集まれ"としか聞かされていない。
「何処からか計画が漏れたようだ。
もしかしたら、名うての諜報員がいたのかも知れぬな……」
公爵は、子爵の質問にも敢えて多くは語らない。
何故なら、この場で本当の理由を話して皆のモチベーションを下げるわけにはいかないからである。
「計画が漏れたのであれば既に奴等に手を打たれているのではございませんか?」
「いや、安心するがいい。
具体的な話までは漏れておらぬようである。
奴等に手を打たれる前に動く、これは先手必勝である」
宰相にクーデター計画を知られてはいるが公爵泥酔事件後に変更された点も多い。
そもそも、計画の全容を把握していない公爵が酔った勢いで喋ったとしても大した情報の漏洩にはなっていないかもしれない。
公爵が全てを部下任せにしておいたことが功を奏してクーデターが成功する可能性はなくもない。
だから、読者の皆も期待を持ってこの先を読んで欲しい。
「予定通りパーシアは宰相邸を襲撃せよ。
リボーはトゥルビヨンと共に教会本部を襲撃せよ」
「「「はっ!」」」
公爵に上手く丸め込まれた三人は手勢を連れて公爵邸を出立した。
「子爵よ、そちは予定通り奴等を王都へ手引きせよ。
無事に王都へ入ったなら隊を分けてリボー等の援護に当たらせよ」
「畏まりました。
公爵様、ご武運を!」
「うむ、今宵は抜かるでないぞ!」
傍目から見れば、なかなか絵になるシーンである。
前世の大きな河的なドラマなら間違いなく見せ場であったに違いない。
「遂に決断なされましたか?」
一人残った公爵の背後には、いつの間にか黒服の男が立っている。
「ここまで来れたのはそなたの力添えの賜物である。
儂がこの国を牛耳った暁にはそなたとの約束を必ず果たす」
この言葉が"捕らぬ狸の皮算用"にならないことを祈るばかりである。
「ならば私は私の役割を果たしましょう。
計画通りに今からホークワイド領へ向かいます」
黒服の男は公爵に一礼して去っていった。
「では、儂も儂の役目を果たすとしよう。
者共、敵は王城にありー!」
公爵の号令が前世の下剋上のパクりになってしまったが、この場面も良い見せ場になったに違いない。
こうして、公爵勢は王城を目指して進軍を開始した。
それから暫くして王都騎士団の詰所に一報がもたらされていた。
「リズンスター団長、救援要請が入りました。
ホークワイド領の市街地でハイオークの群れが暴れているようです」
「ハイオークの群れだと……
ロベルト、ハイオークはホークワイド領までどうやって移動してきたと言うのだ?」
ハイオークの群れが現れたと言う報告は近隣の領地はおろか森林道からも届いていない。
これはホークワイド領の市街地にハイオークの群れがピンポイントで現れたことを意味している。
「詳しくは分かりません。
ですが、ホークワイド領側の城門が破られればハイオークの群れが王都に雪崩れ込んで来てしまいます」
「分かった、今すぐに出動する!」
ホークワイド領にも騎士団は存在するが如何せん少規模である。
ハイオークの数によっては瞬殺される可能性もある。
団長は迷うことなく騎士団を引き連れて王都の城門へ向かった。
報せを受けて数時間後に騎士団の先遣隊がホークワイド領の市街地に到着した。
時間的には未だハイオークの群れが市街地で暴れ回っているはずなのだが少し様子が変である。
「ロベルト隊長、何だかやけに静かですね?」
「そうだな……
ハイオークの群れが現れたのは本当にホークワイド領なのか?」
辺りはハイオークの群れどころか、ネズミの群れさえいないような静けさでロベルトが訝しむのも無理はない。
「ロベルト隊長、斥候からの報告では街の何処にも破壊された形跡が見当たらないようです」
あのハイオークが素通りして行ったとは考えづらい。
「とにかく、ホークワイド卿の屋敷に向かうぞ」
ロベルトの号令で先遣隊はホークワイドの屋敷を目指した。
一方、教会本部では最後の見回りが終わった時間である。
今は門番を残して団員達は宿舎で鋭気を養っている。
「やはり、教会の騎士どもは神様の夢でも見ておるようだな」
「そのようですね。
そのまま神様のいる高みへと登って頂きましょう」
リボーとトゥルビヨンが手勢を率いて教会本部の裏手に辿り付いた。
「ここからは二手に分かれて行動する。
私は大司教の身柄の確保に向かう。
そなたはドローンとやらに警戒をしながら研究所を見張れ」
ユウイチと大司教を天秤にかけて大司教を選んだリボーは余程の自信家か余程の命知らずのどちらかである。
「私は、何もせず研究所を見張っているだけでよろしいのですか?」
リボーのお陰でトゥルビヨンは楽ができるのだが何もしていないのが公爵にバレると後で何を言われるか分かったものではない。
「この時間にいるのは庶民の所長だけだからな。
庶民など、いざとなれば不敬罪で幾らでも罰せられる」
「それもそうですね。
では、指示通りにしっかりと見張っておきます」
これで、リボーの言質が取れたトゥルビヨンは何を言われても"リボーの指示で何もしなかった"と言い張れる。
リボーの一団を見送ったトゥルビヨンが遠目から灯りの消えた研究所を見張っている。
不用意に近付いては盗賊崩れの様にドローンに気付かれて撃退される恐れがある。
だが、撃退された盗賊崩れから情報を得ているトゥルビヨンに抜かりはないようである。
「この計画が成功すれば、次の局長は私だからな。
ここは絶対に失敗はできない。
いや、その前に生きて帰らなければ話にならないからな」
トゥルビヨンが邪で自分本位な考えをしているところにリボーが戻ってきた。
「おい、寄宿舎はもぬけの殻だぞ。
大司教どころか神官の姿さえない。
孤児院や老護院にも人っ子一人いやしない」
「こんな時間に奴等はどこに消えたと言うのでしょうか?」
トゥルビヨンにとってリボーの言葉は俄には信じられないものである。
「私達の動きに気付いたとしても、老人と子供を速やかに移動できるはずがない」
空間転移の魔法でもあれば百名以上の人間を短時間で移動できるのだが、こちらの世界では空間転移の魔法は未だ存在していない。
「もしかしたら、隠し通路か隠し部屋の様な者があるのかも知れんな」
リボーもファンタジー世界の作り話である空間転移の魔法は考慮に入れていないようである。
「すると、奴等はこの近くに潜んでいることになりますね。
ここは、下手に動かず加勢が来るのを待ちましょうか?」
二人は、周囲を警戒しながらその場に留まることにしたようである。
そして、王都を見下ろす高台にある宰相邸にはパーシアが到着した。
退位した国王の隠居用の屋敷は王城と貴族街から離れた場所に建てられている。
その為、周囲に灯りも人影もない。
「ここが一番、与し易いはずだ。
だから、余計に失敗するわけにはいかない」
パーシの言う通り宰相の私邸に大規模な騎士団は駐留していない。
宰相の護衛だけならパーシアの手勢だけで抑えられる計算である。
もし、不測の事態が起こっても一旦退いて加勢が来るのを待っていればいい。
「では、突入するぞ!」
壁を乗り越えた手勢の一部が内側から門を開けてパーシアを中へと誘導する。
「フッ、門に護衛がいないなど無用心にも程があるではないか。
これなら我らの勝利は確実のようだな」
敷地に侵入しても何の動きもないことにパーシアは些か拍子抜けの様子である。
「へへへ、計画が成功すれば大出世間違いなしだからな」
宰相邸のザル守備具合にパーシアは完全に油断して己の褒美に気が行っている。
どうやら、公爵派の原動力は目の前にぶら下げられた出世という名のニンジンのようである。
「では、このまま屋敷に突入するとしよう」
「パーシア様、お待ち下さい。
これは罠の可能性があります」
この場で諫言ができるとはパーシアの部下にしては優秀な者がいるようである。
もし、仕える者を間違えていなければ名のある人物になれていたかもしれない。
「宰相が油断しているだけの話であろう。
我が一番に成果を上げる。
ここは勢いに乗って参ろうではないか」
せっかくの諫言も油断しきっているパーシアに一蹴されてしまったようである。
所は変わって準備段階から失敗続きの子爵は自領と王都を遮る城門に陣取っている。
教会本部で大司教の身柄が確保されれば花火が上がる手筈になっている。
その合図を以て集まった傭兵団を率いて王都へ進軍する。
それから王都中にハイオークの群れがやってくると吹聴して回るのが子爵の役割である。
「おい、合図は未だか?」
「先程も申しましたが未だのようですよ」
通算八回目の確認にうんざりする部下を子爵は気にもとめていない。
これは、今回だけは絶対に失敗できない子爵の焦りの現れでもある。
子爵は貧乏揺すりをしながらひたすら合図を待つのであった。
そして、こちら王城手前の信号機のある交差点では手勢の進軍を止めた公爵が真ん丸の月を見上げている。
前世では"己の権勢と同じように月も欠けていない"と歌った者もいたが残念ながら公爵にそのような雅な芸当はできない。
「花火が上がればこの国は儂のものよ」
どうやら、私利私欲にまみれたこの言葉が精一杯のようである。
しかし、待てど暮らせど花火が上がる気配はない。
花火の合図と共に"国王をハイオークの群れから護る"と言って王城へ入り国王を軟禁する計画である。
「何か不測の事態が起こっておらねばよいがのう」
準備段階での数々の失敗が公爵の頭を過っていくのだが、"ブンブン"と首を振って弱気の虫を追い払う。
「ええい、ここに来て何を迷うことがあるのだ」
前世のローマには"賽は投げられた"と言った者がいたが、残念ながら子供の頃に弱虫と呼ばれていた公爵にはそのような気概はない。
しかし、今のところは各々の持ち場で成すべきことは成しているようではある。




