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【第六十九話】告発者

 ミレイの助力があってユウイチが無罪放免になった翌日のこと。


 この国に於ける役所のトップである宰相とミレイが対峙している。


 宰相とは前世の日本で例えるなら行政の長である総理大臣のようなものである。


 つまり、ミレイの所属する魔法庁魔法規制局を統括する立場でミレイから見れば上司に当たる。


 これは、局長に目を付けられたミレイの身を案じたアルマのお膳立てによって実現した会談の場である。


「ミレイ嬢、お初にお目にかかる。

 宰相を務めておるグラハム=パーソロンだ」


 どちらかと言えば中立派のファーレン伯爵家と宰相の接点は余り多くはない。


 前世で例えるなら、年賀状だけを送り合う程度の付き合いである。


「あら、宰相閣下のご尊顔は何度も拝見しておりますわ」


 ミレイは、すっかり調子を取り戻している。


 これにはミレイブルーファンの皆様も胸を撫で下ろしていることだと思う。


「フッ、それもそうだな。

 だが、伯爵令嬢にして王立学院首席卒業の才女に見知ってもらえておるとは光栄の至りですな」


 ここまでが、非常に回りくどい貴族流の挨拶である。


 こちらの世界の貴族たちが、年賀状の"明けましておめでとうございます"の一文だけで一年の挨拶を終える日本人のことを知れば羨ましく思うはずである。


「話の大筋はアルマから聞いておるが、齟齬があっては困るので確認のためにもミレイ嬢の口から改めて説明してもらえますかな?」


 宰相は目の前の伯爵令嬢に一定の配慮を示しがら話を聞くことにしたようである。


「簡単に言えば規制局に私の居場所が無くなった言うことかしら。

 少し踏み込んだことを言えば局長達の悪巧みと面子を潰してしまったということですわね」


 ミレイは目の前にいる海千山千の田舎狸に平然と言ってのける。


「ほう、随分とはっきり申されますなぁ」


 ミレイの態度に感心している宰相の横でアルマは"ヒヤヒヤ"しながら聞いている。


「真実が曲がって伝わっては、お互い何の得にもなりません。

 それでは、アルマ様に設けて頂いた時間が無駄になってしまいますわ」


 ミレイは宰相との折衝に骨を折ったであろうアルマに一定の配慮をする。


「全く、その通りですな。

 これはファーレン伯爵でなくとも自慢したくなる才女振りですな」


 自分を前に何も臆することなく話せる貴族の子女は姪のリリアとミレイだけかもしれないと宰相は感心する。


「宰相閣下のお褒めに預かったと父に報告しておきますわ。

 きっと、良いワインを開けてお祝いしてくれるはずですわ」


「ははは、いやはや叶いませんな。

 それで、ミレイ嬢が潰した悪巧みとはどのようなものですかな?」


 先程まで、にこやかに笑っていた宰相の目付きが変わったことがミレイにもはっきりと分かった。


「予め断っておきますが、これは飽くまで私の憶測になります。

 恐らく、魔導具研究所か所長さんを狙ったものだと思いますわ」


「……ふむ。

 規制局が魔導具の発明者に厳しいのは昔からですが、それ以上の何かがあるとミレイ嬢は考えておられるのですな?」


 宰相は結論を慌てずにミレイの話をじっくりと聞くつもりのようである。


 恐らく、話を聞きながら自身の持っている情報と精査しているのである。


「もしも、短い間に研究所で起こったことが全て繋がっているとしたらどうなりますか?」


「それは、侵入事件と監視者騒ぎと今回の件のことですかな?」


 ミレイは黙って頷いた。


「監視者騒ぎの当事者であるアルマはどう思う?」


「わ、私ですか? 

 え、えっと、ですね……」


 突然、話を振られて焦っているアルマを見て宰相が微笑む。


 それを見たミレイも肩に入っていた力が"スッ"と抜けた。


「はははは……

 アルマよ、この場は非公式なものだ。

 もっと気軽に話しをしても構わないぞ」


「は、はい宰相閣下……」

 

 場を和ませるための出しに使われたことに気付いたアルマは顔を真っ赤にして俯いた。


「それで、アルマはどう思うのだ?」


「し、侵入事件は酔っ払いの犯行で監視者騒ぎは自称親衛隊の仕業のはずです。

 ユウイチ所長が尋問を受けた件とは繋がりません」


「確かに、そうであるな。

 だが、侵入事件は酔った者の犯行ではないかもしれないと聞いている。

 それに、リリアの監視者は判明したがアルマの監視者については不明のままのはずだ」


 自称親衛隊が教会騎士団へ引っ張られてからアルマへを監視するような気配はぱったりと止んでいる。


「で、ですが尋問の件とどう繋がるのですか?」


「侵入者と監視者と規制局を動かせる者がいればどうなる?」


「私から一言申し上げますわ。

 局内には局長を動かせる者はいないと言うことですわ」


「ほう、局内にはいないと……」


 だが、宰相は口から出かかった言葉をそこで切った。


 その後、話題はアルマやリリアの研究所での仕事振りに変わり和やかなムードで終わった。


 いや、これは宰相が意図的に変えていたのである。


「やはり公爵殿が書いた画だろうな……」


 二人が帰った執務室で宰相が先ほど出かかった言葉の続きをを口にした。


 そして眼を閉じると長考に入った。


 ユウイチが釈放されて暫く経ったある日のこと。


「宰相よ、貴様は言って良いことと悪いことの区別もつかぬのか!」


 王城に設けられている公爵専用の控え室に怒鳴り声が響き渡った。


「公爵殿、私は善し悪しの区別を付けてお話しておりますぞ。

 やっていいこと悪いことの区別が付いておらぬのは公爵殿ではございませんかな?」


 余裕綽々で宰相が公爵に切り返した。


「先ほどから何を証拠にそんな戯れ言を申しておる。

 もし証拠がなければとんだ濡れ衣であるぞ。

 その辺りを十分に分かっておるのだろうな」


 宰相との身分差を盾に公爵が圧力をかける。


 並みの役人であれば、この一言で怯んでしまっているところである。


「ほう、公爵殿は身に覚えがないと申されますかな?」


 人は証拠がなければ問題がないと思いがちである。


 だから、子供は"何時、誰が、何処で言った。何時何分何十秒"と言ったりするのである。


「ないものはない。

 儂が何時、何処で何をやったと言うのだ。

 その証拠を出してみろ!」


「公爵の思し召しなら仕方がありませんな」


 宰相は上着の内ポケットから一枚の紙を取り出して公爵の目の前でちらつかせる。


「どうした、儂に見せられぬのか?」


 公爵は宰相にからかわれているようでイライラしている。


「見たいですかな?

 公爵様が酔ったおりに口にされた数々の言葉を」


 そう言って宰相は公爵に紙を渡した。


 受け取った公爵の顔がみるみる青ざめていく。


 何故なら、その紙には"王国開放計画"と題されたクーデターの計画が記されていたからである。


「か、斯様な作りもの……

 何の証拠にはならぬ……

 だ、第一、儂はそんのようなことを言った覚えなない」


 有力な物証が出てきたにも関わらず、知らぬ存ぜぬを繰り返す公爵に宰相はトドメを刺しにいく。


「果たして、その強がりがいつまで持ちますかな。

 これを見てもシラを切り通せますかな?」


「ふん、勿体ぶりよってからに」


 宰相は再び内ポケットから一枚の紙を取り出した。


 それは、公爵が魔女殺しを煽って急性アルコール中毒を起こした際の治癒完了書である。


「これがどうしたと言うのだ。

 酒に酔って倒れたことが罪になるのか?」


「ふぅー、未だ気が付きませんかな。 

 最後のサインをよく見て下され」


「サインだと?」


 治癒完了書の右下を目を凝らして見ている公爵の手がブルブルと震え始めた。


 そこには公爵家の侍従長のサインと共に"大司教ミエスク参上"と書かれていた。


「グッ……女狐が、何故…… 」


「やっとお分かりになりましたかな?」


 あの夜、公爵邸に現れた治癒術師は公爵が教会の女狐と嫌う大司教のミエスクその人であった。


 防音の結界の中で公爵が口にした言葉を漏らさず書き記していたようである。


「その方は、これだけで儂を罪に問うと申すのか?」


 確かに具体的な物証は出てきいないが、事がクーデターの計画では穏やかではない。


 もし、大司教のミエスクから国王の耳に入れば公爵とてどうなるか分かったものではない。


「大人しく隠居してくれますれば穏便に済ますことも考えますが……

 後は公爵殿の心一つでございますな。

 今日の記念にその紙はプレゼント致します。

 良い返事が聞けるのを待っておりますぞ」


 へなへなとソファーにもたれ掛かる公爵を尻目に宰相は部屋を出ていった。


「ミエスク様、これで我等の戦いも終わりそうですぞ」


 廊下を歩きながら宰相は、そう呟くのであった。


 一方、部屋に残された公爵はクーデター計画の発覚により己の身の破滅を危惧している。


 公爵自身が口を割らなくても、子爵などは尋問されて簡単に口を割る可能性が高い。


 故に、この後の選択肢は二つである。


 それは、諦めて隠居を申し出るか、はたまた諦めて勝負に出るかである。


「儂は何処で間違えた、何がいけなかったのだ…… 」


 誰に問い掛けるでもなく公爵の口から自然に言葉が零れ落ちた。


 そして、公爵は今から十数年前の出来事を思い出す。


 結婚適齢期を迎えようとしていた公爵はある決意のもとに王女であったミエスクに求婚した。


「儂の妻となり未来の国王の母とならぬか?」


 公爵家は傍系の王族ながらも長きに渡り一家臣の扱いを受けていた。


 しかし、王女を娶れば王族に復帰することも可能である。


「お断りしますわ。

 私は魔法の研究に生涯を捧げるつもりです。

 ですから、王位継承権は既に放棄してあります」


 だが、肝心のミエスクは"けんもほろろ"、"とりつく島も与えない"と言った感じである。


 何故なら、ミエスクは公爵が生理的に無理だったのである。


「それでも子を成せば、その子が王位継承権を得られる。

 儂はそれでも構わないぞ」


 公爵は食い下がるがミエスクは首を縦に振ろうとはしなかった。


 何故なら、ミエスクは公爵が生理的に無理だからである。


 諦め切れない公爵は配下の貴族に結婚への外堀りを埋めさせながら、数日おきにミエスクに求婚を繰り返した。


「た、大変です!

 王女が教会本部に出家いたしました!」


 公爵が求婚を始めて一ヶ月後にミエスクの出家の一報がガークウィン子爵からもたらされた。


 教会本部の決まりで神に仕える者は結婚することができない。


 ミエスクは出家することで公爵の求婚を完全に拒絶したのであった。


 何故なら、公爵が生理的に無理だからである。


「ぐぬぬぬ……

 女狐め、これが答えかー!」


 教会に逃げ込まれてはこれ以上の求婚は無意味である。


 公爵の王族復帰の計画はミエスクに打ち砕かれたのであった。


「ふっ、はははは……

 あの頃から教会の女狐と田舎出の狸は儂の邪魔立てばかりしておったな」


 後日、ミエスクの出家は未だ宰相に就任する前のパーソロの入れ知恵であったと子爵からの報告で知った。


「悉く儂の邪魔をしてくれた魔導具研究所を作ったのも女狐だ。

 こうなったら全員まとめて目にもの見せてくれるわ!

 儂に猶予を与えたことをあの世で後悔するがいい!」


 回想から現実に戻って来た公爵は強硬手段に打って出る腹を固めたようである。


 "窮鼠猫を噛む"、追い詰められて自棄になった公爵はひょっとしたら強敵になるかもしれない。


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