【第六十八話 】容疑者
前世では、"ときは今 あめが下しる 五月哉"と読んだ下克上で有名な武将がいた。
"時が来た、ただそれだけだ"と言ったプロレスラーもいた。
そして、こちらの世界のこの男にも時が来たようである。
「今日は忙しい中、よくぞ集まってくれた。
日頃からの皆の忠臣ぶりに感謝する」
主催者であるゴルディ=カーリアン公爵がワイングラスを掲げると参加者も各々に手に持ったグラスを掲げた。
公爵の下に集いしは、学院理事長のリッジ=ガークウィン子爵と子爵の甥で交通課課長のゲイル=パーシア。
魔法規制局からは局長のバートン=リボーと魔導具課課長のラーヨ=トゥルビヨン。
そして、黒服の男の計六名である。
「公爵様、"王国解放会"の幹部を集めたと言うことは、いよいよでございますな」
この中では筆頭格の子爵が公爵に話しかけた。
「ああ、来るべくして時は来た。
漸くアレの替わりの目処が付いたからな。
これで、計画は万全のものとなった」
そう言って公爵が黒服の男に視線を送る。
それを見て黒服の男は静かに頷いて見せる。
「それで、実行日はいつになさいますか?!」
興奮気味に子爵の甥のパーシアが公爵に問い掛けた。
「そのことについてだが提案がある。
皆の者、聞いてくれるか?」
一同は手にしたグラスを静かにテーブルに置いて頷いた。
「計画実行の前段階として研究所の動きを封じておきたい」
「研究所とは魔導具研究所でございますか?」
根っからの慎重派であるリボーが念を押すように確認した。
「そうだ、奴らのせいで計画がここまで延びたのだ。
これ以上、邪魔をされては困るからな」
「左様でございますな」
これにトゥルビヨンがすかさず賛同の声を上げる。
「それで公爵様は何をするおつもりでございますか?」
事前に知らされていなかったガークウィン子爵が公爵に訪ねた。
「市中に出回っていた魔導具が人を襲ったと言う噂を再び広める。
その結果として発明者の責任を問う声が上がればそれでよい」
魔導ズボンプレスが人を襲ったと言う噂を公爵は利用しようと言うのでる。
「しかし、飽くまで盛り場での冗談半分の噂です。
奴らの動きを封じるまではいかないかと……」
パーシアが至極全うな意見を述べる。
確かに噂に信憑性を持たせるには何か物的証拠か有力な証言が必要である。
「皆まで言わずともよい。
そこでリボーとトゥルビヨンの出番である」
公爵が二人に目配せをする。
「被害者をでっち上げて研究所の所長を容疑者として尋問すればよいのですね」
リボーは心得てますとばかりに公爵に返す。
やや芝居がかったところを見るとリボーとトゥルビヨンは公爵から事前に知らされていたようである。
「そうだ、これで邪魔者はいなくなる。
その間に我々は計画を実行に移す」
公爵はニヤリと笑った。
そして、一週間が経ったある日のこと。
公爵の狙い通り王都の至るところで魔導具研究所の魔導具に付いて良くない噂話が囁かれる様になっていた。
「やはり、あの魔導具は人を飲み込むらしいぞ」
「魔導具研究所のあれだろう。
襲われた奴は見るも無惨な状態だったらしいな」
「それでは魔導具ではなくて魔獣よね」
市中のあちらこちらで魔獣化した魔導具の噂が聞かれるようになった。
「そう言えば、掃除機がペットになったりドアが人を襲ったりしたこともありましたものね」
「俺は枕が暴れたって話を聞いたな」
「今回の魔導具だけじゃないのね。
うちにある魔導具は大丈夫なのかしら……」
噂が噂を呼び、更には尾鰭と背鰭が付いて尤もらしい話しとなっている。
前世の日本では女子高生の会話から銀行が倒産した例もあるぐらい噂話は恐ろしいものである。
しかも、悪意を含んだ噂は一気に燃え上がり炎上しやすいものなのである。
「魔導具研究所の魔導具は、とても危険らしいぞ」
「何故、魔法規制局は野放しにしているんだ」
「俺達には安全な魔導具を買う権利がある。
もっと取締りを強化しろ!」
遂に魔導具研究所の商品に対して不買運動が起こるところまで事態は悪化してきている。
「ユウイチさん、大変な騒ぎになってしまいましたね。
入っていた注文もキャンセルが相次いでいます」
忙しいかった魔導具研究所は今や開店休業状態に陥っている。
「それよりも、説明に追われているミレイ君とリーネ君に迷惑をかけているようで申し訳なく思っている」
「アルマ様も王城で説明に追われているようです」
「そうか、アルマ君にも迷惑をかけているのか……」
三人が最前線に立って各方面からの苦情や問い合わせに対応をしている事態には、さすがのユウイチも参っているようである。
「でも、モーメイブさんやローブスタさんのように研究所の良いところを主張する人もたくさんいますよ」
「有難いことだな。
だが、購買者のケアが疎かになっていたのは俺の落ち度だな」
王都で絶賛炎上中の魔導具研究所の所長に対してはリリアの慰めも焼け石に水かもしれない。
「取り込み中に失礼するよ」
「所長さんに話が聞きたいそうです……」
挨拶もせずに入って来た貴族らしき男の後ろで少し表情を曇らせたミレイが立っている。
「私は魔法規制局魔導具課のラーヨ=トゥルビヨンと申す。
魔導具に付いて話が聞きたい」
トゥルビヨンは交通課の課長と似たような雰囲気を醸し出している。
「責任者は、所長の私達ですが話とは何でしょうか?」
だが、ユウイチはトゥルビヨンよりも後ろで黙っているミレイの存在も気になっている。
「ユウイチさん、立ち話もなんですから座ってはどうですか?」
「その必要はない、話しは当局で聞く。
所長殿、ご一緒願えますかな?」
不穏な空気を察したリリアの提案をトゥルビヨンが一蹴する。
「分かりました、お伺いしましょう」
ユウイチは規制局には行きたくはないが、どうやら行かなければならないようである。
トゥルビヨンによって規制局の取調室に連れていかれたユウイチは、その雰囲気から前世の刑事物のワンシーンを思い出していた。
「クッッ、クッッ……」
取調室と言えば何と言っても「カツ丼でも食うか?」のシーンである。
ユウイチの頭の中では、この言葉がリフレインされていて笑いを堪えるのに必死である。
この期に及んで笑顔を見せるユウイチを見て"相当な胆力が備わっているのでは"とミレイは小さな勘違いをしている。
「それでは聴取を始めるが、嘘偽りは罪を重くすることをがあるので気を付けて発言するように」
「グフッ、……分かりました」
相変わらず頭の中を"カツ丼"に支配されているユウイチはニヤニヤとしながら返事をした。
「おい、気を引き締めかかれ。
何か隠し玉があるに違いない」
傍目から見れば、ユウイチには相当な余裕があると見えるようで局長のリボーがトゥルビヨンに耳打ちをした。
「先ずは、魔導ズボンプレスなる魔導具が人を襲った件からだが何か弁明することはあるか?」
「いえ、特には……
プッ……ない」
トゥルビヨンの質問に真面目に答えようとしたが"特には"と言った瞬間に頭の中の"カツ丼"が"特上カツ丼"に進化してユウイチの笑いを誘った。
リボーとトゥルビヨンにはユウイチの態度がふてぶてしく映っている。
「おい、シラを切っても無駄だ。
こんなに証言も取れている」
トゥルビヨンは"バサッ"と紙の束を机の上に叩き付ける。
「ほう、こんなにきているのか……」
ユウイチは真剣に驚いているのだがリボーとトゥルビヨンには余裕からくる発言に聞こえている。
「これは、ほんの極一部に過ぎない。
言うなれば氷山の一角に過ぎん」
「そうか……」
庶民のユウイチに舐められてなるものかとトゥルビヨンは少しだけ話を盛って威圧的に出た。
しかし、ユウイチの頭の中では"氷山の一角"の一言で氷山→流氷→前世の北海道と連想が繋がっていった。
「過去にも人格を持った複数の魔導具が人を襲っているようだな。
もしかしたら、魔女と契約しているのではあるまないな?!」
駄目を押すようにトゥルビヨンが更に紙の束を"バサッ"と叩き付ける。
「……」
だが、ユウイチの頭の中は"特上カツ丼"に替わって、寒い北海道で食べれば美味しそうな熱々のオニオングラタンスープが浮かんでいる。
これは、北海道→グラタン→グラタンスープ→オニオングラタンスープと進化した結果である。
「黙秘とはいい度胸をしている。
貴様のその発想は魔女との契約からくるのだろう?
貴様の目的は何だ、答えろ?」
トゥルビヨンが畳み掛けるようにユウイチに迫る。
「ブッ、○ラ○ンのエイ○……」
この時、ユウイチは前世で観たオニオングラタンスープが出てくるグルメ映画を思い出していた。
「ん、よく聞こえない。
もう一度言ってみろ」
先ほど、ユウイチが呟いた言葉は"グラタンの映画"であったが、小さ過ぎてよく聞こえなかったようである。
「いや、何でもない……
ここから先は黙秘する」
今も頭の中で連想が繋がっているので次にどんな言葉が飛び出すのかユウイチにもか分かったものではない。
そこでユウイチは誤解を生まぬ様に黙秘を決め込んだ。
「庶民の貴様に黙秘権など認めぬ。
先ほどの言葉をもう一度言え!」
トゥルビヨンはここぞとばかりに畳みかける。
「トゥルビヨン課長、少々お待ち下さいますか?」
ここまで黙って座っていたミレイには、先ほどの"グラタンの映画"が空耳アワー的に"ドラゴンの叡知"と聞こえていた。
そして、ミレイは過去にユウイチの発想の源は"ドラゴンの叡知"であるとリーネと笑い合ったことを思い出した。
もしも、"ドラゴンの叡知"がユウイチの発想の源ならば、それは神話で語られる"ドラゴンの叡知"を与えられバイアリターク王国を建国した初代国王に通じるものである。
そのことが、ミレイに何かを気付かせた。
「ミレイ嬢は黙って聞いている約束だったはずだが?」
興奮気味のトゥルビヨンは事前の打合せを自らバラしてしまった。
「課長、何を仰います。
魔導具研究所は私の担当ですから発言するのは当然のことですわ」
その堂々とした態度に先程まで雲っていたミレイの表情は一切見られない。
「ミレイ君、俺は大丈夫だから無理はしないように」
ユウイチは前世のグルメ映画から戻ってきて、上司を相手に孤独な戦いを開始したミレイを気遣う。
「あら、所長さんがそう仰った時には大丈夫だった試しはございませんわよ」
周りから見れば今のミレイはユウイチよりも余裕があるように見えるだろう。
これは、完全にいつものミレイに戻った証拠である。
「トゥルビヨン課長、これは私が長い時間を掛けて解析し考察してきたものですわよ。
どの魔導具の仕様書を見ても人を襲うはずがございません!」
ミレイは鞄から取り出した紙の束を"バサッ"と机の上に叩き付けた。
「一つ聞くが、ミレイ嬢はどちらの側の人間なのかね?」
ユウイチを擁護していとも取れるミレイの発言をトゥルビヨンが咎める。
「フッ、それは愚問ですわね。
私はいつも正しい側の人間ですわよ。
トゥルビヨン課長は、ご存知なかったのかしら」
堂々と言い放ったミレイの威圧感にトゥルビヨンが気圧されている。
これが幼き日に伯爵家の未來を背負うと決めた伯爵令嬢のミレイと、一貴族の役人との差であることは誰の目から見ても分かる。
「だが、こんなに証言が集まっているんだぞ」
トゥルビヨンが必死で食い下がるが勝負は既に決しているようである。
「あら、この中に私よりも魔法理論に秀でた方が一人でもいると仰りたいのかしら?」
「「……」」
王立学院の魔法課を首席で卒業したミレイの一言がトドメなりユウイチの無罪放免が確定した。
しかし、このことで規制局に於けるミレイの立場は非常に微妙なものになってしまったのであった。
後日談。
ーミレイの気付きー
建国神話の中核をなす"初代国王と湖の竜"の話がミレイは好きであった。
種族を越えた信頼と友情が描かれている場面が特にお気に入りである。
湖の竜が初代国王を信頼して己の叡知の全てを与えて湖にゆっくりと消えて行くところは子供心にも涙が出るシーンである。
その後、"ドラゴンの叡知"を授けられた初代国王は国を興し人々を束ねて争いのない世を作り上げたのである。
ミレイは、神話の中で詳しく語られることがなかった"ドラゴンの叡知"に惹かれていた。
それが、王立学院で魔法課に進んだ一番の理由である。
暇さえあれば学院や教会の図書館に足蹴く通い"ドラゴンの叡知"に付いて調べていた。
その"ドラゴンの叡知"を授かった可能がある男が直ぐ側にいると取調室で気付いた。
その時、ミレイは神話の中で湖の竜が去り際に初代国王に語った言葉を思い出した。
"汝、いついかなる時も正しき者の味方であれ"
そして、尋問されているユウイチの潔白を証明するためにミレイは湖の竜の言葉通りに行動したのであった。




