【第六十七話】監視者
侵入未遂事件が発覚した翌朝に少し早起きをしたユウイチは研究所の建物を入念にチェックした。
昨日の今日で結論を出すのは早計かもしれないが、幸い何も壊されていなかったところをみると怨恨説の線は薄まったように思える。
もし、魔導具を扱う他の店で同様の被害が出ていなければ窃盗犯説の可能性も低くなる。
それ以外に考えられる理由としては悪戯の線なのだが権威ある教会本部に悪戯するような不届き者がいるのか甚だ疑問である。
「所長殿はいるか?」
「シェーケン殿か、何か事件に進展があったのか?」
教会騎士団団長のシェーケンが訪ねてきた理由は聞かなくても大凡の察しが付く。
「先ほど警備隊に"研究所のドアの何かを壊した"と二人組が出頭してきたそうなんだよ」
余談ではあるが前世では事件が発覚する前なら自首と呼び発覚後は出頭と呼ぶらしい。
だから、こちらの世界の出来事だがそれに倣っておいた。
「そうか、それで二人組がインターホンを壊した理由は何だったんだ?」
早くも昨日の推理の答え合わせができそうである。
「それが、二人が言うにはお前さんところの"魔女殺し"の飲み過ぎで泥酔して暴れたらしいんだよ」
"魔女殺し"のおかげで窃盗と怨恨と悪戯説が一度に吹き飛んでしまった。
「そうか、酔っぱらいの犯行だったのか。
それで、暴れた二人組はどんな刑罰になるんだ?」
前世なら酔って器物を損壊させても故意でなければ刑事罰に問われないケースが多いらしい。
だが、こちらの世界では"ムチ打ちの刑"や"市中引き回しの刑"などの罰を喰らいそうである。
「取り敢えず始末書を書かせて、一週間の労役に就かせることになると思う。
所長殿が希望すれば壊れた物を弁償させることもできるが、どうする?」
ユウイチが思ってたよりも軽い罰で済みそうだが、それでも根に持たれたら再び襲撃されるかもしれない。
だから、ここは"罪を憎んで人を憎まず"の姿勢でいく。
「うちの"魔女殺し"が騒動の発端なら弁償しろとは言いづらいよな。
逆にそいつらに訴えられるかも知れないしな」
「はははは、それもそうだな。
じゃあ、警備隊には弁償の必要はないと伝えておくよ」
そう言ってシェーケンは踵を返して事務所を後にした。
「よかったですね、犯人が名乗り出てきてくれて」
「これで、今夜から枕を高くして眠れるかな……」
昨日の五人の推理は大外れであったが、無事に解決したのだから"これにて一件落着"である。
「それでは、工房へ行って来月の納期分の確認をしてきます」
「リリア君、よろしく頼むよ」
すっきりした表情のリリアとは裏腹にユウイチの表情は冴えなかった。
その理由は、ドローンから逃げる二人の足取りが、とても"魔女殺し"で泥酔した人間のものとは思えなかったからである。
舞台は変わって公爵邸に魔導具研究所の襲撃失敗の報告が入ってきたところである。
「子爵よ……
またもや失敗したようだな……」
「も、申し訳ございません……」
怒る方も怒られらる方も次の言葉が見付からないようで暫く沈黙の時間が続いた。
「それで、こちらに繋がるような痕跡は残していないであろうな?」
漸く公爵が発した言葉には怒りよりも諦めの感情の方が強そうである。
「は、はい。
ドローンとやらに映像が映っているはずでごさいます。
奴等の面が割れるのも時間の問題でしょう。
そこで、酔った勢いで誤って敷地に入ったことにするように伝えました。
念のため盗賊崩れに強い酒を飲ませて警備隊の詰所の前に捨てておくようにと申し付けてあります」
用が済んだら"ぽいっ"と捨てられるのが盗賊崩れ稼業の常である。
「そちにしては上出来よのう。
儂の腹の虫は治まらぬが今回はこれぐらいで勘弁してやるとしよう」
これは、勝手に悪夢を見た公爵の逆恨みなのだから"勘弁してやる"も何もないところである。
「畏まりました」
「しかし、計画での失敗は許さぬからな」
子爵が"ホッ"としたのも束の間、公爵の重くて冷たい言葉がのしかかってきた。
これ以上の長居は無用とばかりに子爵は「はい」とだけ返事をしてそそくさと部屋を後にした。
その子爵と入れ替わるように黒服の男が部屋に入ってきた。
「このような稚戯で計画が露呈してはことでございますよ」
"蟻の一穴、天下の破れ"、何事も油断は大敵である。
「フッ、分かっておる。
此度は余興の様なものよ。
それで、あちらの方はどうなっておる?」
「最後の詰めの段階に入ったさております」
自信の現れだろうか、黒服の男が無表情で答える。
「そうか、計画も大詰めだからな。
呉々も慎重に運ぶようにな」
公爵は自分の逆恨みからの仕返しの件はすで棚に上げている。
「承知しております。
相手は貴族の小娘です。
万に一つも我々の存在に勘づくことはありますまい」
何事も油断大敵であると、もう一度だけ言っておこう。
そして、侵入事件があってから二日後の朝のこと。
リリアとアルマが怪訝そうな顔で話し合っている。
「この所、誰かに監視されているような気がします」
「わ、私も同じです。
ずっと誰かに見られているような感じです」
これが、前世の日本なら"ストーカー"か"背後霊"の仕業である。
「もしかしたら先日の侵入者の仲間かもしれないぞ。
暫くは用心しておいた方がいいな」
二人に何かあってからでは遅いとユウイチは会話に割り込んだ。
だが、今のリリアなら敵の一人や二人ぐらいは簡単に撃退しそうである。
「でも、あの二人組は酔っぱらって暴れただけなんですよね?」
「いや、ドローンの映像の二人の足取りはとても酔っているようには見えなかったぞ」
ドローンの映像を見たのはユウイチ一人だけである。
「も、もし酔った上での犯行ではないとしたら目的が気になります」
リリアとアルマは互いの顔を見て頷き合っている。
「それで、二人はどんな風に監視されているんだ?」
もし、監視している者が襲撃事件に関わりがあるとしたら次の標的がリリア達になるかもしれない。
「それが、通勤で通る道で見張っているような……」
「わ、私も同じです。
きっと、何ヵ所に別れて監視しているんです。
き、気持ち悪いので明日から通る道を変えようかと思ってます」
通勤などの日常的な行動はパターン化しやすい。
前世でユウイチは同じ車両に乗って通勤する名前を知らない顔馴染みが多くいたものである。
「正体を掴みたいなら道はそのままの方がいいんだが、アルマ君が不安を感じるなら変えた方がいいな」
道順を変えると言うことは相手に"気が付いていますよ"というメッセージを送ることになる。
「そ、それは相手が何者かによりますね」
何者かは分からないが監視しているような者に録なヤツはいない。
「そうですね。
監視しているのがバレたらと知ったら襲ってくるかもしれないですからね」
繰り返しになるがリリアなら敵の一人や二人なら撃退しそうである。
「馬車で移動しているところを狙われるのは危険かもしれない」
だが、要らぬ地雷を踏まないようにユウイチはリリアの身を案じておく。
「こ、ここは、先手必勝では駄目でしょうか?」
「ほう、こちらから仕掛けるのか?」
何だか面白そうではあるが相手が強敵なら"飛んで火に入る夏の虫"になりかねない。
「つ、通勤は毎日のことですから早く解決しておきたいです」
「私もです。
通勤はのんびりとしたいですからね」
前世で満員電車に乗って通勤する日本人が聞いたら怒り出しそうな発言である。
「それなら、監視者の正体を掴むための計画を練ろうか?」
「「はい、喜んで!」」
こうして三人は謎の監視者を炙り出すことにしたのであった。
侵入事件があってから十日後の朝のこと。
リリアは何時もの時間に馬車に乗って屋敷を出た。
宰相邸から魔導具研究所へは王城の前の信号機のある交差点を左折して貴族街を目指して進んで行く。
この道は王城に出勤すらる役人達とは逆方向の下り方面である。
その貴族街に入る少し手前の道で、二人の男がリリアの乗った馬車を待ち受けている。
「おい、来たぞ。
よし、A地点は今日も同じ時間に通過したな」
「これで俺達の今日の役目は終了だ。
後はBとC地点の奴らに任せよう」
リリアの乗った馬車はA地点と呼ばれる場所を過ぎて貴族街に入った。
「おっ、いつもの時間通りにお出ましだな」
「ああ、予定時刻にB地点通過を確認した。
後はC地点だな」
暫く走って貴族街を通り抜けた馬車はB地点と呼ばれる場所も何事もなく通過した。
そして、図書館前の突き当たりを右折して教会本部の正門方向へ向かう。
「今日も予定通りの時間に到着だな」
「今日もご苦労さん、また明日だな」
C地点の二人組も今日は御役御免のようである。
「おーい、ちょっと待ってくれ!
緊急事態発生だ!」
A地点とB地点の男達が駆け寄ってくる。
「おう、お前らどうした?
さっき、馬車は無事に通過した行ったぞ!」
「いや、そうじゃないんだ。
あれを見ろ!」
A地点の男が指差す場所に数台の馬車が見える。
「あの馬車がどうかしたのか?」
「馬車が通過すれば分かる」
六人の男が見守るなかを馬車が続けて通過していく。
「「何だこれは……」」
C地点の二人組が言葉を無くした。
「な、緊急事態の意味が分かっただろ」
「何で全部の馬車にリリア様が乗っているんだ……」
それから六人は目の前で起こった異変に付いて、ああでもないこうでもないと騒いでいる。
「ちょっと君達、話を聞かせてもらってもいいかな?」
六人は知らなぬ間に取り囲んだ騎士の一人に声をかけられた。
「僕達、忙しいんですけど……」
「少し話を聞くだけだから、取り敢えず教会騎士団の詰所まで来てくれるかな?」
六人は抵抗する間もなく騎士に連行されて行った。
そして、翌日の朝。
「あの六人は"自称リリアイエローの親衛隊"だそうだ」
「何ですかそれ?」
昨晩のうちに取り調べの詳細をシェーケンがユウイチに報告したようである。
「毎朝、リリア君の乗った馬車を見送るのが六人の日課だったらしいんだよ」
「益々、意味が分かりません」
彼らは、飽くまで自称親衛隊なのだからリリアが理解できなくても仕方がないところである。
「でも、あの魔導具は面白かったです」
「あれは、ホログラムと言ってフィルムに記録した画像を立体的に見せることができるんだよ」
ユウイチは、リリアのホログラムを貼った馬車を三台用意して走らせていた。
ホログラムを知らない六人はリリアが乗った馬車が四台あると、まんまと騙された。
そして、緊急事態に付いて話し合っているところを教会の騎士に職務質問されたのである。
「リリア君、これで明日から監視の目を気にしなくて済むな」
「はい、一件落着です」
騎士団でこってりと絞られた六人は二度としないと約束したようである。
それから、数日後のある日のこと。
「例の貴族の小娘ですが、同じ時刻に同じ場所を通過しているのは間違いありません。
但し、一度だけ同じ道をぐるぐると周回していることがあったようです。
これについては、詳しく調べさせております」
「我々の動きが勘づかれたのかも知れぬな。
少し、慎重に進める必要があるな」
自称リリアイエロー親衛隊とは別グループの男達がホログラムの仕業だと気付くのは、かなり先の話である。




