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【第六十六話】侵入者

 王都は芽吹いた草花が花を咲かせて春爛漫である。


 桜に代わるような木があれば花見を楽しめるのだが、こちらの世界の見た目のよい木は魔木の可能性が高く人々は容易には近付くことができない。


 だから庶民の多くは教会本部の公園に咲く花を愛でているようである。


 しかし、今年のユウイチは花を愛でる時間を取ることを諦めた方がよいかもしれない……



「うー、子爵よ。

 何とかならぬものか?」


「何か不都合でもござきましたか?」


 公爵の悪夢は遂に五日目を迎え、極度の睡眠不足のようである。


 子爵と密談する目には、くっきりと隈が浮き出ている。


 いっそ、前世のパンダぐらいになれば少しは可愛げがあるかもしれない。


「毎夜毎夜、儂の夢の中で暴れよってからに、あの忌々しい魔導具を発明した研究所には少々痛い思いをしてもらわねばならんな」


 公爵の堪忍袋の緒はとても切れ易いようである。


 しかし、これは完全に魔導具研究所に対する逆恨みと言うものである。


 もし、ユウイチがこの場にいたなら前世の銀座のホステスのように夢の中への出演料を請求しているかもしれない。


「どれぐらい痛め付けてやりましょうか?」


 斯く言う子爵も研究所には何度か痛い思いをさせられている。


 とは言え子爵の場合は公爵からのとばっちりが多い。


「そうだな……

 窓ガラスの破壊や壁の落書きは魔導具で回復するらしいからな」


 いやいや、それでは前世の日本の高校生レベルの仕返しである。


「それなら手の者を使って研究所の事務所を荒らしてやりましょうか?」


 子爵にしては珍しく的を射た提案である。


 悪夢の仕返しの嫌がらせをするのならこの程度が妥当な線である。


「ふむ。

 しかし、こちらとの繋がりを知らしめる必要はない。

 これは計画とは無関係な個人的な恨みだからな」


 どうやら、公爵には逆恨みの自覚があったようである。


「それでは、その辺りを踏まえまして"盗賊崩れ"にでも金を握らせておきます」


 何度も人生を諦めて坂道を転がり落ちて行き着く先が盗賊で、それが崩れている奴等は碌でなしにも程がある。


 そんな、諦め癖の付いているような輩に命令が実行できるのか甚だ疑問ではあるが、とにかく魔導具研究所への仕返しは実行されるようである。


 そして、又してもても公爵が悪夢に魘されているある日の深夜に子爵から金を握らされた盗賊崩れが研究所に向かっている。


「しかしよー、教会本部の施設を襲撃するなんて全く乗り気がしねぇな」


「えっ、もしかして兄貴は信心深いんですか?」


 これは間違っても盗賊崩れの兄貴分にするような質問ではない。


「馬鹿野郎、神様なんぞ信じちゃいねぇよ。

 しかしだな、研究所にはリリアイエロー様がいらっしゃるんだぞ!」


「ひょっとして兄貴はそっちの方の信者でしたか?」


 今やラボラトリー・エンジェルズは王都の民のアイドル的な存在である。


 盗賊崩れの中にリリアを推す輩がいても不思議ではない。


 もし、兄貴分がリリアイエロー推しだとすれば、事務所内にあるリリアの私物が持ち去られる可能性は十分にある。


「お前は本当に馬鹿だな。

 いいか、リリアイエロー様は竜騎士なんだぞ。

 ばったり出会ったら最後、俺達なんか"疾風迅雷"で"あっ"と言う間に討伐されちまうだろ!」


「兄貴、やけに詳しいですなぁ」


 冒険者ギルドが主催したアースドラゴン討伐の上映会の抽選の行列に諦めることなく兄貴が何度も足を運んでいたことは内緒である。


「おっと、余計な話はここまでだ。

 ここからは仕事モードで行くぞ」


 盗賊崩れに兄貴分にそんなモードがあったとは驚きである。


「へい、合点承知でさぁ」


 こちらの世界に合点承知と言う言葉があるかどうかは定かではないが、ここは雰囲気と言うことで押し通すことにする。


「兄貴、礼拝堂の脇を抜ければ例の研究所でさぁ」


「本当に教会騎士団の見回りは暫く来ねえんだよな?」


「はい、先ほど通り過ぎたのが夜中の見回りの最後でさぁ。

 あっしの調べでは、次は明け方前まで来やしませんぜ」


 なかなか良くできた下見である。


 この努力を仕事に活かせれば盗賊崩れになんてならなかっただろうに、本当に惜しいことをしたものである。


「よし、それじゃあ遠慮なく暴れさせてもらうとするか」


「へい、兄貴!」


 二人は頭上に一台の魔導具が追尾しているとは、つゆも知らずに研究所に向かって走り出した。


「おい、入り口はここだよな?」


「どうやら、そうみたいですね。

 兄貴、ブッ壊しやすか?」


 暫く走った二人がガラス張りの玄関ドアの前に辿り着いた。


 当然、開いている訳もなくドアを破壊するしか中に入る方法はない。


 しかし、ここは魔導具研究所である。


 玄関にどんな仕掛けがあるか分からないので二人は慎重にならざるを得ない。


「壊すのは最後の手段だ。

 先ずは開いている場所がないか探すぞ」


「無駄だと思いやすが……」


 子分の言う通り、魔導具研究所の全ての窓にはシャッター型の雨戸が付いる。


 だから、入れそうな場所はガラス張りの玄関ドアの一ヶ所だけである。


「馬鹿野郎、何事もやって見なければ分からないだろう」


「そう言うもんですかね」


 もしも、仕事に対する熱意がそれぐらいあれば兄貴は盗賊崩れにはならかったはずである。


 重ね重ね、惜しいことをしたものである。


「ふぅー、どこも閉まっていやがる。

 とんだ無駄骨だったようだな」


 研究所をぐるっと一回りした二人が事務所の玄関ドアの前で立ち竦んでいる。


 やはり、入れそうな場所はどこにもなかったようだ。


 もし、子分の意見を聞いていれば無駄骨を折らずにすんだはずである。


「こんだけ用心深いんですから、ここも素直に通れるとは思いやせん。

 諦めて帰りましょうや」


 これが、盗賊崩れの正しい姿である。


「何言ってやがる。

 諦めたらそこで負けが決まるんだよ。

 だから、簡単に諦めるな!」


 この台詞史上、もっとも似つかわしくない場面で用いられたはずである。


「あっ兄貴、ここに"御用のある方は押して下さい"って書いてありますぜ」


 子分は言われた通り諦めずに侵入方法を発見したようである。


「馬鹿野郎、馬鹿正直に押す馬鹿がどこにいるんだ!

 馬鹿も休み休み言え!

 この馬鹿が!」


 兄貴は一言に、これでもかと言うぐらい"馬鹿"を詰め込んだ。


 "馬鹿と言う方が馬鹿なんだ"と兄貴にツッコミを入れてやりたいところである。


「じゃあ、どうするってんで?」


「昔から、"押しても駄目なら引いてみなって"言うだろ。

 だから、こうやって引くんだよ!」


 諦めの悪い馬鹿な兄貴がインターホンの押しボタンを引っこ抜いた。


 "ビー、ビー、ビー"


 スピーカーから警報音が響き、自動ドアの上にあるパトライトが点灯した。


「シンニュウシャハッケン

 シンニュウシャハッケン」


「わっ、なんだこいつは?」


「しまった、こいつは偵察用ドローンじゃねえか!」


 アースドラゴン討伐の上映会のリピーターである兄貴はすぐさまドローンに気が付いた。


 それと同時に、その能力の恐ろしいさも思い出した。


 兄貴にはドローンが次にどんな行動に出るか大凡の見当が付いている。


「キブツハリソンヲカクニン

 ゲキタイシマス」


「おい、やべぇーのがくる。

 逃げるぞ!」


「えっ兄貴、もしかして諦めるんですか?!」


 二人は、もと来た道を一目散に走って逃げていく。


 しかし、頭上のドローンは離れることなく二人を射程圏に納めながら付いてきている。


「くそっ、振り切れねぇー。

 もっと早く走らねえとヤバいぞ」


「あ、兄貴

 俺はもう駄目です……」


 二人は教会の敷地を出るまで数十歩のところまできて力尽き、門から真っ直ぐに延びた道の端にへたり込んだ。


「兄貴ー、アイツが変な光を出してませんか?」


「ちくしょう、これで俺達も一貫の終わりだー」


 どうやら兄貴は、観念して覚悟を決めたようである。


 先ほどの「諦めたらそこで負けが決まるんだよ。だから、簡単に諦めるな!」の言葉はここで使うものだと兄貴に教えてあげたいところである。


 "ウイーン、ウイーン"と機械音を発しながらドローンが回転を始めた。


 二人は、両腕で頭を抱えて防御姿勢を取った。


 次の瞬間、"ポン"とドローンから何が発射された。


「うわぁーーー」


「ひぇーーー」


 静寂の中に二人の叫びが響いた。


 しかし、音がした以外に辺りには何の変化もない。


 二人は恐る恐る目を開けて辺りを見回した。


 だが、目の前には月明かりに照された門が見えるだけである。


「フッ、びびって損したぜ。

 どうやら、ただの脅しだったみたいだな」


「そうなんすか、兄貴」


 そんな二人の頭上からヒラヒラと一枚の紙が舞い落ちてきた。


 【魔導具研究所の営業時間】


 平日 午前 九時 ~ 午後 四時


 日曜日と祝日は休業いたします。


 兄貴が拾い上げた紙には、そう書かれていた。



 一夜明けて、事務所に降りてきたユウイチが玄関ドアのインターホンの異常に気が付いた。


「これは、明らかに意図的に壊されているよな……」


 先ず、何が起こったのか把握する必要があるため、すぐさま偵察用ドローンの映像を確認した。


 もし、犯人がいるとしても前世とは違い必ずしも人間だとは限らない、もし魔獣や亜人なら然るべき措置を講じる必要がある。


 しかし、不幸中の幸いだろうか、インターホンを壊したのは二匹でも二体でもなく二人組の男だったようである。


「「「「おはようございます」」」」


 ユウイチが映像を確認し終わったところにラボラトリー・エンジェルズが揃って出勤してきた。


「インターホンが壊された以外の被害はなかったんだが、侵入者の目的は謎だな」


「教会本部の施設である魔導具研究所に忍び込もうだなんて、一体何者なんでしょうか?」


 謎があれば、解きたくなるのが人情と言うものである。


「先ず考えられるのは、魔導具狙いの窃盗犯の線かしら?」


 これは、もっとも有力な線である。


「 魔導具が欲しいなら、わざわざ研究所を狙わなくても商業ギルドや魔導具販売店でよかったんじゃない?」


 未発表の魔導具を狙ったという線も考えられなくもないが、リーネの言う通り魔導具目的の窃盗犯ではなさそうである。


「そ、素材とかのお宝狙いの窃盗犯では?」


「確かに素材は置いてあるけど、殆どがスライムよ。

 所長以外にスライムをお宝と思う人がいるかどうか…… 」


 リーネがなんと言おうと、ユウイチにとってスライムは間違いなくお宝である。


「お宝と言えば、エンジェルズのグッズ狙いとか……」


 お宝繋がりで、迂闊に発言したユウイチが四人にジロリと睨まれている。


「窃盗犯が女性ならリーネさんのグッズ狙いの線もあるんですけどね」


 ついユウイチの軽口に乗ってしまったリリアもリーネに睨まれている。


「窃盗ではなく怨恨という線もございますわね」


 リーネの圧を察したミレイが話題を変えた。


「ユウイチさん、もしかして誰かに恨まれていますか?」


「ゆ、ユウイチ所長、一体何をしたんですか?」


「所長、洗いざらい白状なさい」


 犯人探しが一転してユウイチの日頃の行いが追及の的になってしまった。


「恨まれるようなことはしていないと思うのだが……

 いや、絶対に無いとは言い切れないよな……」


 心当たりが多過ぎてユウイチは返答に困る。


 人間、どこで恨みを買っているか当人には分からないことが多い。


 特に今回の様な逆恨みの場合は見当が付くはずもない。


「も、もしかしてユウイチ所長の魔導具の被害者の誰かでしょうか?」


「それですと対象者が多過ぎて、とても犯人を絞り込めないのではなくて?」


 確かにミレイの言う通りである。


 だが、それには不可抗力や自己責任のケースも含まれているのではないだろうかとユウイチは思う。


 しかし、ここは口を挟まずに静観しておく。


「クレームを受けた皆さんには、商業ギルドの方できちんと対応して納得して頂いているわよ。

 可能性があるとしたら商業ギルドを通していない魔導具じゃない?」


 確かに、相談を受けたユウイチがオーダーメイドで作った魔導具で市販されなかった物も存在する


「それだと、直接被害を被った者だけではなく、間接的に被害を受けた者も含まれるかもしれない。

 例えば魔導具によって謹慎に追い込まれた公爵派の貴族とかだな。

 まぁ、宰相には感謝れることはあっても恨まれることはないだろうけどな」


 もしかしたら、バーコード頭の件で宰相から恨まれている可能性はなくもないが、この場では除外しておく。


「あ、音声文字変換機で謹慎処分になった方々のことですか?」


 音声文字変換の相談元は出向してくる前のでアルマであった。


 だから、音声文字変換機・初号機が絡んだ一部始終を知っている。


「それは、随分と前の話ではなかったかしら。

 今頃になって仕返しをするとは思えませんわ」


「根に持つ人間は、そう簡単に恨みを忘れないわよ。

 時間が経てば経つほど、沸々と恨みを募らせているものよ」


 "根に持つ人間"、世間を渡る上では特に注意が必要な人種の一つである。


 因みに、もう一つは自分以外の何者かを強く信じている人達である。


 そう、渡る世間には鬼などがうじゃうじゃ居るのである。


「それだと私達に犯人を絞り込むのは無理ですね」


「リリア君の言う通りだな。

 この件は、警備隊のミマワールド殿と教会騎士団のシェーケン殿に連絡して様子を見ることにしよう」


 この結論に至るのも致し方ないところである。


 何故なら、事件は会議室で起きているんじゃなくて現場で起きているのだから諦めるしかなさそうである。

 

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