【第六十四話】魔導インターホン
前世では春と言えば別れと出会い、そして桜の季節である。
しかし、こちらの世界では魔獣の活動が活発になるだけで情緒もなにもあったものではない。
こうなったら雛人形でも作って広めてやろうとユウイチは企んで彼是と考えてみた。
先ず、お内裏様とお雛様は国王と王妃で異論はないはずである。
次に三人官女には大司教のミエスクと司祭のカシマッセンとカミューヨを起用する。
ここまではなかなか上手く収まっているとユウイチは自画自賛する。
そして五人囃子は一先ずおいとくとして、四段目の随身には宰相と公爵と子爵……
ここまで考えたが馬鹿馬鹿しくなってユウイチは考えるのを止めた。
こんな暇があるのなら、もっと有意義な発明を考えようとユウイチは思い直したのである。
先日、事務所にスウィフトが来て「作業を中断して応対に出たら大した用事ではなかった」と繁忙期の来客の対応について溢していたことをユウイチは思い出した。
作業は、前世の卓球のラリーように一定のリズムで続けると次第に乗ってくる。
だが、それを途中で止められるとリズムが狂うものである。
余談になるが、この場合の例えはバドミントンやテニスより卓球であることが大切である。
何故、卓球なのかはもう少し読めば分かる。
余計なことはおいておくとして、何か良い案はないものかとユウイチは黙考に入った。
「ユウイチさん、聞いて下さいよ。
また図書館と間違った人でした。
玄関まで出ていかなくても相手の用件が分かればいいんですけど…… 」
前世なら"ピーンポーン"と呼び出しのチャイムが鳴ったら、リビングにある受話器を取って 「どちら様ですか? 」とモニター画面を見ながら応答する。
もし、新聞の勧誘や布団の押し売りなら「はい、さようなら」である。
「これだー!」
思考の淵にいたユウイチの頭の中で、正解のチャイムが"ピンポーン"と鳴り響いた。
正にリリアの言葉は、測量の際に測点に立てて位置を示す"ピンポール"のようにユウイチに新たな発明の目標を指し示したのである。
「ユウイチさん、突然叫んだりしてどうしたんですか?!」
驚いたリリアが真珠のような鱗を持ち、その愛らしい外見から非常に人気がある金魚の"ピンポンパール"のように頬を"プクッ"と膨らませている。
「そうですわよ、余り女性を驚かすものではありませんわよ」
"ピンポンマム"の花言葉のように高貴な雰囲気を醸し出しながらミレイがユウイチを諭した。
「わ、私も驚きました。
ユウイチ所長、急に叫ぶのは無しです」
前世の子供向けテレビ番組のお姉さん役が似合いそうなアルマもミレイに続いてユウイチを諭した。
「そうよ、驚いて転んだりしたらどうするのよ。
所長さん、気をつけなさい」
リーネがユウイチに釘を刺したが残念なことにピンポンネタが品切れなので、リーネには"クーポン券"を渡して勘弁して貰うことにする。
おっと、話が大きく逸れたので元に戻そう。
「これは、すまない。
わざわざ玄関まで出ていかなくても相手の用件を確認できる方法を思いついたんだよ」
ユウイチがリリアにペコリと頭を下げてから急に叫んだ理由を説明した。
「ユウイチさん、とても面白そうな匂いがします。
詳しく教えて下さい!」
どうやら、リリアの面白い物センサーが反応したようで膨れていた頬っぺたが元通りになっている。
「所長さんのことですから、恐らくスライムを使った糸電話ではないのかしら?」
「ゆ、ユウイチ所長なら、色んな種類のスライムを燃やして合図の狼煙に使うと思います」
最早、恒例になったラボラトリー・エンジェルズによる連携攻撃である。
「ごめんなさい、何も思い付かないわ……」
残念ながらトドメ役のリーネのツッコミは不発に終わったようである。
そんな、リーネにはもう一枚クーポン券を渡して慰めておく。
「実際に体験した方が利便性が伝わり易いだろう……
そうだな、三日後に新しい魔導具のお披露目するとしよう」
新しい魔導具は偵察用ドローンを応用すれば実現可能である。
「「「「どうかスライムじゃありませんように」」」」
新しい魔導具にスライムが使われないように四人は胸に手を当てて神様に祈った。
そして、ユウイチが約束した三日が経ち五人が事務所に集まっている。
「チャイムが鳴ったら、誰かこの受話器を取って応答して欲しい」
ユウイチはそう言い残して事務所を出ていった。
「これが受話器ですわよね。
それにしてもどういう魔導具なのかしら?」
「これはシャワーヘッドに似た形だけどスライムが出てくると言うのは勘弁して欲しいわ」
「こ、こっちはドローンのモニター画面に似ています。
この魔導具も相手を撃退するのでしょうか?」
「恐らく、一筋縄ではいきません。
何があっても驚かないように心の準備だけはしておかなかければいけませんね」
四人が魔導具についてワイワイガヤガヤ騒いでいると"ピンポーン"とチャイムが鳴った。
「あー、ユウイチだが聞えているかな?」
「はい、リリアです。
ユウイチさん、よく聞こえてますよ」
ユウイチに言われた通りにリリアが受話器を取って応対してた。
その横では、残りの三人が必死で笑いを堪えている。
「み、見て下さい、ユウイチ所長の鼻の穴を……」
「オッホン、アルマ様!
あはははは……」
「あらリーネさん、風邪でもお引きになられたのかしら、おほほほほ……」
「ん、リリア君、後ろがやけに騒がしいけど何か不具合でも発生しているのかな?」
「べ、別に何でもないですよ。
画面用にはユウイチさんがバッチリと映っています……」
リリアはユウイチに忖度して答えたが三人は未だ笑いを堪えているようである。
これは前世でもよく見られるカメラに近づき過ぎたためにモニター画面に顔面のドアップが映し出される悲劇である。
「問題がないなら誰か玄関先に来て交替して欲しいのだが?」
「「「「…………」」」」
第二の犠牲者になりたくない四人はユウイチの言葉に沈黙を以て答えた。
「私は今のを見て仕組みが理解ができたので大丈夫ですわよ。
どなたか試してみてはいかがかしら?」
ミレイが一抜けして三人に振った。
「わ、私も何となくですが理解できたので大丈夫です。
お二人で決めて下さい」
アルマが続いて抜けて残りは二人である。
「リリア様、私は遠慮するわ」
そう言ってリーネが発した特大のオーラがリリアを包み込む。
それを見たミレイとアルマは固唾を飲んでリリアを見守っている。
「……じゃあ、私が行ってきます」
圧に屈したリリアが意を決してユウイチのいる玄関に向かって歩いていく。
三人はリリアの背中に向かって"ゴメンね"と心の中で謝っている。
「映像はどんな感じだったかな?」
リリアと入れ替わったユウイチが事務所に戻ってきて尋ねたが、三人はニヤニヤするだけで何も答えようとしない。
その時、"ピンポーン"とチャイムが鳴り、三人が"ホッ"とした表情でモニター画面を黙って見詰める。
「リリア君、何か喋ってみてくれないか?」
ユウイチが受話器を取って話している横で三人が興味深くモニター画面を凝視している。
「あー、本日は晴天なり……
ユウイチさん、聞こえますか?」
リリアの発した一言は、前世の運動会のマイクテストのようであった。
「ばっちり聞こえているぞ。
どうやら問題なさそうだな」
「あのー、画面は問題ないですか?」
年頃の乙女であるリリアにとって問題は音声ではなく画面映りである。
ユウイチの悲劇の二の舞だけは死んでも避けたいところである。
「リリア君、ばっちり映っているぞ」
そう言ってユウイチは満足そうにモニター画面を見ている。
「何故、これでばっちりなんですの?」
「り、リリア様の顔が全く映ってないのにですか?」
「所長、画面が真っ黒じゃない。
これは一体何なの?」
ドローンのモニター画面に慣れている三人は合点がいかないようである。
もしかしたら大きく期待が裏切られたガッカリ感がそうさせているのかもしれない。
「ここに映っているはリリア君の指なんだよ。
顔が映るのが恥ずかしそうだったからカメラを指で押さえても良いことにしたんだよ」
「「「フッ、ハハハ」」」
期待外れの結果に三人は堪えられずに笑い込み上げてきたようである。
だが、魔導インターホンのテストを兼ねたプレゼンは無事に終了した。
早速、スウィフトの工房に設置されることになった。
その後、スウィフトの作業場を訪れた者達の口コミによって魔導インターホンの噂は王都中に広がった。
そして、商業ギルドから一般向けにも販売される運びとなったのである。
魔導インターホンが一般に販売されて二週間が経ったある日のこと。
「陛下、このような物を勝手に寝室に設置されては従者達の仕事に差し障りが出ます」
魔導インターホンの噂を聞き付けた国王が侍従長に連絡もせずに寝室に設置してしまったのである。
例え上司と言えど"報・連・相"は大切である。
「それにしても、待てど暮らせど誰もインターホンを押しに来ぬではないか?」
当てが外れた国王は、とても不満そうである。
「陛下、それは当然でございます」
だが、侍従長は冷静に答える。
「当然と申すか、
まさか従者達は余のことを避けているのではあるまいな?」
部下から嫌われているかもしれないという不安が国王の頭を過った。
「私共は陛下にベルで呼ばれるまで寝室には来ません」
そもそも、国王の部屋に来るのは侍従長と侍従長補佐の二人だけである。
その二人はまさかの時の暗証番号を既に知らされている。
だから、国王の寝室の魔導インターホンが押されることはないのである。
「こうなったら王命を発して押させてやるまでよ。
早く、紙とペンを用意しろ!」
どうしても魔導インターホンを使ってみたい国王が強権を発動しようとしている。
「陛下、もしそのなことをなされたら食後のスイーツを禁止いたしますよ」
「ぐぬぬぬ……」
スイーツを人質にされては国王も黙って言うことを聞くしかない。
「だからと言って用もないのにベルを押さないで下さいね」
このような遣り取りの末、魔導インターホンに出てみたい国王の願望は叶うことはなかったのである。
後日談。
公爵邸では、いつものように夜会が開かれている。
蝋燭の炎が薄暗い部屋の壁に公爵の影を映している。
「子爵よ計画は順調であるか?」
「はっ、後はアレの替わりを見つけるだけでございます」
子爵が自信満々で答えているが計画は修正が繰り返されてお世辞にも順調とは言いがたい状態になっている。
「そのアレの手当が喫緊の問題ではないのか?」
「仰る通りでございますが、もう少し時間を頂けますれば必ず最高のものを御用意してみせます」
何事も"報・連・相"が大切だが、それが真実でなけば後になって問題を引き起こすことになる。
「失礼いたします。
公爵様、ご報告がございます」
ノックもせずに黒服の男が"ずかずか"と部屋に入ってきて公爵の前で跪いた。
「挨拶はよい、そちも座れ」
「はい」
公爵の一言で黒服の男はすっと立ち上がり子爵の横に腰掛ける。
公爵の怒りが着火寸前であったため黒服の男の登場に子爵はホッと胸を撫で下ろした。
「して、報告とはなんぞや?」
「はい、陛下の寝室に魔導インターホンなるものが設置された由にございます」
聞き慣れない魔導インターホンの言葉に公爵の表情が曇っていく。
「……初めて聞く言葉だな」
「はい。
玄関などに設置してドア越しに訪問者を確認する魔導具のようでさございます」
「ほう、それで?」
公爵は何となく理解したようだが、子爵はちんぷんかんぷんのようである。
それを察してか黒服の男が更に魔導インターホンについて説明を続ける。
「寝室のドアの開閉は訪問者を確認して部屋の中から行う仕組みに変えられました。
暗証番号なるもので外からでも開けるらしのですが、数人しか知らされていないようでございます。
この為、陛下の寝室には簡単に侵入できなくなりました」
「ふぅー、子爵よ。
このことを知っておったか?」
これにより、漸く選定が終わったX地点が使えなくなってしまった。
雲っていた公爵の表情がみるみる険しくなっていく。
「私は部下から何も聞いておりませんでした……」
もう一度、言っておこう。
"報・連・相"はとても大切で真実を伝える必要がある。
「それで代替え案はあるのか?」
「仕方ありませんが次点の候補地をX地点にするしかありません」
黒服の男が子爵を睨み付けながら答える。
ここでもう一つ大切なことを付け加えておくと、上司は部下に責任を押し付けてはならないのである。
「それで、今の段階で成功の確率はどれぐらいなのだ?」
「……六割と言ったとこです。
ですが、アレが完璧に用意できれば八割まで上げられます」
公爵は顎髭を触りながら目を綴じて考えている。
黒服の男は公爵の次の言葉を悠然と待っているが、子爵の鼓動の早さは鼠レベルに達していて額からは滝のような汗が流れ落ちている。
「分かった。
アレらが準備できるのを待とう……
但し、これ以上の変更は断じて認めぬ。
子爵よ、もう首の皮一枚しか残っておらぬぞ」
「は、はい、心してかかります」
二人が部屋を辞して一人になった公爵が王城を見詰めている。
その眼差しは、いつか自分の元に吉報がもたらされる日がくることを固く信じているようである。
「フッ、儂の堪忍袋の緒が切れるのが先か子爵の首が飛ぶのが先か……」
公爵は前世の能面の様に無表情で呟いた。




