【第六十三話】ドライクリーニング工房
"♪雪やこんこん、霰やこんこん"
冬も終わろうとしている時期にしては珍しく王都を雪が覆った。
前世の子供達なら雪合戦や雪ダルマ作りなどをして大はしゃぎするものだが、こちらの世界では趣が少し違っている。
何故なら、子供達が作るのは雪ダルマではなく雪ドラゴンなのである。
たまに前世の雪まつりで見たような立派なドラゴンの雪像が立っていることがあるが、これは氷魔法を使って作ったものらしい。
ドラゴン雪像の話を膨らませても面白そうだが、この話は一旦おいておくことにする。
王都では一ヶ月もすれば冬物から春物への衣替えシーズンを迎える。
衣替えで忙しくなる業種の一つが洗濯屋である。
こちらの世界の洗濯屋は、前世のクリーニング屋と似たようなものである。
少し前置きが長くなったが、いよいよ本題に入るとしよう。
「所長殿、こいつが前に話していた洗濯屋のケルチャムだ。
是非、力になってやって欲しいんだよ」
すっかり魔導車椅子姿が板についたスウィフトが幼馴染みのケルチャムを連れて研究所を訪れている。
「スウィフトさんにはいつも無理を聞いてもらっているからな。
協力するのに吝かではないぞ」
スウィフトは屋台の法被や美魔女の館のジャージなど、嫌な顔一つせずに引き受けてくれる頼もしい存在である。
そんな彼の頼みを断っては罰が当たるというものである。
「初めましてケルチャムと申します。
この度はよろしくお願いします」
「所長のユウイチです。
こちらこそよろしく」
ケルチャムからはスウィフトやリーマンブラザーズのような職人気質のようなものを感じられない。
それもそのはずで、ケルチャムは貴族の血を引いているらしい。
だが、斯々然々で庶民として暮らしているらしい。
斯々然々の部分は貴族社会ではよくある話なのだが、本人の強い希望によりこの場では割愛させてもらった。
ケルチャムの紹介を終えると、貴族から春物の衣装の注文を大量に受けているスウィフトは、そそくさと作業場に戻って行った。
「それでは、対策会議をと言いたいところですが……
ミレイ様とリーネさんが不在なのですが始めてもいいですか?」
今日は、怒ると角が生えてくる、怖い二匹の鬼が不在である。
「そうだな、ケルチャムさんを待たせる訳にはいかないので始めようか」
せっかちなのか律儀なのかは分からないが、スウィフトは約束の時間より随分と早くケルチャムを連れて来てしまったのだ。
「それでは改めて対策会議を始めます。
先ずはケルチャムさんから相談内容の説明をお願いします」
リリアに促されてケルチャムが説明を始める。
「毎年、春先に大量の洗濯の依頼を頂くのですが、よる年波には勝てず魔力の回復が追い付かなくなりました。
それを補えるような魔導具があればと思い罷り越しました」
貴族の血を引くケルチャムは持ち前の魔力で浄化魔法を発動して衣服の洗濯をしているらしい。
だが魔力の回復が遅くなり数がこなせなくて、納品が滞りがちだそうである。
ケルチャムの顧客の多くは貴族であるらしい。
だから、余り待たせると何を言われるか分かったものではない。
「そ、それなら忙しい時期だけ人を雇うというのはどうですか?」
「庶民で魔力を持つ者は少のうございます。
しかも、このところ王都では新しい魔導具を製作する工房が増えておりまして短期の臨時雇いでは人を集められません」
ケルチャムはオブラートに包んで答えてはいるが、新しい魔導具の工房の中には魔導具研究所の工房も含まれている。
新しい発明が王都の労働市場に影響を与えていることにユウイチは少なからず責任を感じている。
「王立学院の学生なら短期でも可能じゃないですか?」
リリアはすっかり忘れているが、これは"劇団ふたり"のロミオットから人手不足の相談を受けた時にも出た提案である。
「それはご勘弁を頂きたいです。
貴族の子女を雇うなどとてもとても……」
"劇団ふたり"のロミオットと同じようにケルチャムも貴族の子女をアルバイトで雇う提案を拒否した。
それは、貴族の子女を雇うならそれなりの報酬や待遇が必要になるからである。
ましてや、問題が起きれば何かと面倒である。
だから、庶民のケルチャムには到底無理な話なのである。
「ケルチャムさん、洗濯の工程を教えて欲しいのだが?」
「はぁ……
工程と言っても、ただ浄化魔法を使うだけです。
それが何か?」
ユウイチの質問の意図が掴めないケルチャムがきょとんとして答えると、こちらの世界の洗濯屋の実情を知らないユウイチも答えを聞いてきょとんとしている。
「ゆ、ユウイチ所長、服全体に浄化魔法をかけるだけです。
強いて言えば、呪文を唱える工程があるぐらいです」
「ユウイチさん、アルマ様の言う通りです。
服一枚分に見合う魔力を使って浄化するだけですよ」
先ほど、"こちらの世界の洗濯屋は前世のクリーニング屋と似たようなものだと説明したが、似ているのは衣類を綺麗にする職業と言う点だけのようである。
「なるほどな、それなら方法がないわけでもないぞ」
二人からこちらの世界の洗濯事情を聞いてユウイチは何やら閃いたようである。
「ゆ、ユウイチ所長、それはどんな方法なのですか?」
「ドライクリーニングと言うものなのだが、説明するより実際に見てもらった方が早いと思うんだ。
ケルチャムさんの都合が良ければ五日後にここでお披露目しようと思うんだが?」
こちらの世界では、前世の科学の力を説明するのは難しい。
故に、"論より証拠"である。
「それで問題が解決するなら願ったり叶ったりです。
五日後を楽しみしています」
問題解決の糸口が見えたケルチャムは大喜びで研究所を後にしていった。
「「ただいま、戻りました」」
ケルチャムと入れ替わるようにミレイとリーネが事務所に戻ってきた。
「お疲れ様、二人とも早かったな?」
「それでも、会議には間に合わなかったようね」
「リリア様、今日の会議はどのような結論になりましたの?」
ミレイは間に合わなかったことよりも会議の結果が気になるようである。
"鬼の居ぬ間に命の洗濯"をしたユウイチが、おかしな提案をしていないかの確認である。
「五日後にドライブトレーニングでしたっけ? ……
とにかく魔導具をお披露目するそうです」
「……リリア様、ドラゴントレーディングって何?」
「リーネさんドラゴンじゃありません!
ドライブです」
「リリア君、ドライブじゃなくてドライだよ。
今度の発明はドライクリーニングだからな」
リリアとリーネの遣り取りがおかしなことになっているので、見かねたユウイチが訂正する。
「この際、ドライブでもドラゴンでも構いませんわ。
結局、何かが暴走するのですから」
「「「それは、間違いありませんね」」」
ミレイのツッコミに三人が頷いた。
未だ四人からの信用が足りないユウイチであった。
対策会議からきっちり五日後にケルチャムと研究所のメンバーが集まっている。
これから、ドライクリーニングのお披露目を兼ねたプレゼンが始まるのである。
先ず、ユウイチはドライクリーニングの工程には"前処理(シミ抜き)→洗浄→乾燥→検品と包装"があると説明した。
それから、受付から納品までバーコードシステムで一喝管理することと、前処理は特に汚れの酷い場合のみケルチャムの浄化魔法でお願いすると付け加えた。
こうすることで、ケルチャムの負担がかなり減らせるはずだとユウイチは踏んでいる。
ここまでを簡単に説明してからユウイチは、ドライリーニングの肝である洗浄の説明に入る。
「今回は、以前に学院の寮に設置した魔導ランドリーを少し改良して使用することにしたんだよ」
「同じ様に洗濯するのですから、そのまま使えないのかしら?」
確かにどちらも洗濯する魔導具なので、ミレイの疑問は分からないでもない。
「ドライクリーニングの洗浄では、縮みや型崩れの原因となる水を使わないんだ。
だから、魔導ランドリーを少し改良する必要があるんだよ」
「所長殿、衣類を水以外で洗うのですか?」
ドライクリーニングを知らないケルチャムの反応は当然のことである。
序でに言っておくとこちらの世界には、未だ洗濯用の洗剤は存在していない。
汚れを落とすには"浄化の魔法"か、無ければ石鹸を使うしかない。
「水ではなくドライクリーニングのために開発したオイルスライムとオイルベリーを混ぜた専用の"スライム溶剤"を使うんだよ」
オイルベリーは絞ると高効率で燃料油が得られる果実や種子を持つ植物である。
ユウイチは、そのオイルベリーとオイルスライムを特定の比率で混ぜ合わせて、前世の"有機溶剤"に似た"スライム溶剤"を作り出した。
断っておくが、"スライム溶剤"の配合比率に関しては企業秘密である。
ランドリーにはスライム溶剤の引火性に対応した密閉構造や換気・安全装置・溶剤の蒸留・回収システムを全て持たせているが、この辺りも企業秘密である。
「ユウイチさんが、オイルスライムを使ったっていましたよね?」
「わ、私にもはっきりと聞えました」
「スライムを使う魔導具だなんて不安しかありませんわ」
「そうね、きっと後始末が大変よ」
四人のこの反応をユウイチは折り込み済みである。
有意義な発明のためには、こんなことで凹んでなどいられないのである。
但し、前回のことがあるのでオイルスライムの価格が高騰しないかが心配の種ではある。
「衣服に付いたスライム溶剤の乾燥には火魔法と風魔法を組合わせてできる熱風を送るんだよ」
スーツやセーターなどの種類毎に乾燥の仕方が少し変わるのだが、四人には大雑把に熱風で乾燥させるとだけ説明しておく。
「ユウイチさん、スライム溶剤が付いた衣類が逃げ回ったりしませんか?」
「み、水属性のスライムだから水魔法を放つかもしれません……」
「このランドリーの中で魔法合戦が繰り広げられますのね……」
「地獄絵図にならなければいいけど……」
当然、乾燥の説明を聞いた四人の反応もユウイチは折り込み済みである。
有意義な発明のためには、こんなことで泣いてはいられないのである。
「所長殿、それでドライクリーニングの工程は完了なのですか?」
「乾燥が終わったら、この魔導スチームアイロンや魔導ズボンプレスで衣類に付いたシワを伸ばして完成ですよ」
この二つの魔導具は魔石の魔力を使うので、ケルチャムの負担にはならないはずである。
「ユウイチさん、その魔導具にはスライムを使っていませんよね?」
「リリア様、所長さんのことですから決して油断はできませんわよ」
「ゆ、ユウイチ所長の魔導具には見えない場所にスライムが潜んでいる可能性があります」
「そうね、所長は隙を見せたらスライムを使うわよ」
酷い言われようではあるが、有意義な発明のためには挫けてなどいられないのである。
「その二つにはスライムは使っていないから安心して欲しい」
序でにユウイチは悪者扱いされているスライムに対して心の中で"すまん"と謝っておいた。
なにわともあれ、ドライクリーニングの説明を終えたユウイチはケルチャムの店舗に改良型の魔導ランドリーを設置した。
ケルチャムが欲しい時に"スライム溶剤"を作れる様に、製造用の魔導具も同時に設置しておく。
それを見たリリアが「これは、魔導具だけでできたドライクリーニング工房ですね」と言っていたのを聞いたユウイチは"ドライクリーニング工房"を正式名称に採用した。
ケルチャムのドライクリーニング工房が稼働して一ヶ月が経ったある日のこと、王都の料理屋ルガーノで妙な噂話が聞こえ始めた。
「おい、洗濯屋の店舗で魔導具が人を襲っているらしいぞ」
「兄貴、その話はオイラも聞きましたぜ。
口から湯気を吐きながら"バクっ"と食い付いたようですぜ!」
ルガーノの常連客ではない二人連れの男が魔女殺しをチビチビとやりながら話をしている。
「おい、それは魔導具じゃなくて魔獣なんじゃないか?」
「兄貴、そうかも知れませんぜ。
"シューシュー"と言う鳴き声が聞こえたって話ですぜ」
確かに、魔導スチームアイロンからは"シューシュー"と音を立てて湯気が出ている。
魔導ズボンプレスでスボンを挟む際に魔獣が人を襲っているように見えるかもしれない。
「そんな魔導具が街中で暴れ出したら大変なことになるな」
「全く兄貴の言う通りですぜ」
二人連れの会話が妙に芝居がかったものであったため、この話は常連客の記憶に残ったようである。
それから暫く経って研究所の五人も噂話を耳にしたようである。
「ユウイチさん、ドライクリーニング工房について変な噂が立ってますよ」
「だから言いましたのに。
人の口に戸は立てられませんわよ」
「か、必ず噂には尾ひれ背びれが付いてしまいます」
「フッ、悪事千里を走るとはこのことよ」
四人からは心配する声は聞こえて来ないのは寂しいところである。
だが、こんな噂を気にしてはいられないのである。
「恐らく、大丈夫だろ。
人の噂も七十五日って言うからな。
皆、夏前には忘れているよ」
しかし、この噂がユウイチに災いをもたらすことを五人は未だ知らないのである。
後日談。
私の名はミレイ。
今はラボラトリー・エンジェルズのミレイブルーと言ったほうが通りがいいのかしら?
全く、皆様は伯爵家の令嬢を何だとお思いですの?
別にそう呼ばれるのは嫌いではないのですけれど……
そう、ただその呼び方に慣れていないだけですわ。
私は今、洗濯屋のケルチャムさんからの相談に対する所長さんの解決案を思い返しておりますの。
衣類の縮みや型崩れを防ぐために、水の代わりとなるスライム溶剤を作る知識と研究欲。
ケルチャムさんが浄化魔法を使うのは、酷い汚れの前処理だけにして負担を減らすという配慮。
洗浄と乾燥はコインランドリーを改良して、衣類の管理にはバーコードシステムを流用する発想の柔軟さ。
そうやって個人経営の街の洗濯屋をドライクリーニング工房にしてしまう大胆な発想に対して大いに感心してしおりますのよ。
私は眼を皿のようにして仕様書を見ておりますが、どこをどう見ても文句のつけようがございませんわ。
敢えて言うならオイルスライムとオイルベリーの価格の高騰が心配と言う程度でしょうか。
所長さんは、局長が言う"魔導具で王都を混乱に陥れる"ような危険人物なのでしょうか?
確かに過去の彼の発明には功罪両面がございますわ。
例えば、あの強い"魔女殺し"は民に新しい楽しみを与えましたが、一方でアルコール中毒症の患者を生み出してしまいました。
ただ、そうした混乱が起こっているのは王都の民が彼の発想の真意に辿り着けていけないだけなのではないかしら。
魔女殺しもショットグラスとチェイサーで飲むか、カクテルにして飲めば美味しいお酒になりますわ。
もしかしたら、所長さんは発明を通して人助けがしたいだけの善意の人ではないでしょうか。
私の目には純粋に発明を楽しんでいるだけのように映りますわ。
かつて魔法理論の研究に打ち込んだ私のように……
今、私の心境に変化が起きているのかしら? ……
でも、それは考えても分かりませんわね。
何故なら、私は昔から魔法理論を読み解くのは得意なのですけれど、自分の心を読み解くのは苦手なのですから。
私の名はミレイ。
今は少しだけ……
ほんの少しだけ迷える子羊になっておりますわ。




