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【第六十二話】ゴルフ

 王都の冬は短いが気温は前世の北海道を思わせるほどに低下することがある。


 山には雪が積もり川や湖が凍るのだが、こちらの世界ではスキーやスケートをするような人はいない。


 何故なら、山や水辺には魔獣が棲んでいるからである。


 強いて、こちらの世界のウインタースポーツを挙げるとすれば、それは貴族が行う魔獣狩りだけである。



「ゆ、ユウイチ所長、王城の健康福祉課のシンドロー様が相談があるそうです」


「確か、魔導ルームランナーの時の健康オタクの人だよな。

 だとしたら、恐らく健康について力説されるんだろうな」


 ユウイチにはシンドローの名前よりも、その健康オタクぶりの方が強く印象に残っている。


「び、"美魔女の館"が大盛況だと聞き付けて、男性向けにも何か考えて欲しいそうです」


 前回、シンドローの相談を受けて発明した魔導ルームランナーが女性限定のトレーニングルームである"美魔女の館"にまで発展した。


 その"美魔女の館"は、今では王都だけで五ヶ所も開設されている。


 自分磨きに励む意識の高い女性達が利用する大人気施設になっているのである。


「他の相談が入っていない今なら余裕はある。

 だから、話を聞くだけなら可能だよ。

 それで、シンドロー殿はいつくるんだい?」


「い、いえ、今回は全てお任せと言う話になっています」


 前回を教訓にしたシンドローは"餅は餅屋"だと言ってアルマに一任したようである。


 因みにだが、こちらの世界に餅は存在しない。


 故に餅をモチーフにして絵を描くことも、棚の上に"ぼたっ"とぼた餅を置いておくこともない。


「ゆ、ユウイチ所長、男性向けにもトレーニングルームを作りますか?」


 男性だけのトレーニングルームなどむさ苦しいだけで、世の中に存在する価値など無いに等しいとユウイチは思っている。


「うーん、どうせやるなら"男性限定"ではなくて"男性ならでは"みたいな捻りが欲しくないか?」


 そもそも、"美魔女の館"と同じようなトレーニングルームを作っても二番煎じ感は否めない。


「そ、それは、男性が喜びそうな器具を揃えた女性も入れる部屋でしょうか?」


 アルマの質問を具体化すれば、何だか危ない趣味趣向の部屋になりそうである。


「いや、女性が一緒に楽しめてもかまわないんだよ。

 しかし、男性がハマまる理由が欲しいんだよな」


 寧ろ、女性がいた方が男性が群がり易いのだが、目的が"女性がいるから"では逆に女性が敬遠してしまう。


 「と、殿方がハマまると言えば無駄な物を収集することですね。

 それと、無駄に優越感に浸りがちです。

 その辺りを上手く突ければ上手くいきそうです」


 アルマの論に従えば、こちらの世界の男性はかなり無駄なことをする生き物のようである。


 転生者の自分はセーフだとユウイチは心の中で大きく両手を広げた。


「そ、そう言えばユウイチ所長も無駄に素材を集めていますよね?」


 アルマの基準に従えばユウイチもアウトのようである。


 アウトになったからといって、"ケツバット"を喰らうことがないのがせめてもの救いである。


「な、なるほど、収集癖と優越感だな。

 この二つを踏まえた上で、考えてみるかのが良さそうだな」


 この際、無駄かどうかの議論はしないでおく。


「わ、私の周りの殿方にはその二つに当てはまる方が多いですから、強ち方向性は間違っていないと思います」


 この時、ユウイチはアルマの周りにいる殿方は相当に偏った性格をしている人が多いのだろうと推察した。


 だとすれば、"類は友を呼ぶ"のだからアルマも同類と言うことになる。


 だが、この結論から先に踏み込んでは危険だとユウイチは判断した。


「そ、そうか……

 何か良い運動を考えてみるよ」


 こうして、ユウイチは男性向けの運動を考えることになったのである。



 アルマから相談を受けて一週間が経ったある日のこと、研究所の庭先に五人が集まっている。


「所長さんは、私達をこのような所に集めて何をなさるおつもりかしら?」


「どうせ、所長のことだから変なことを始めるのよね」


「でも、既に面白そうな予感がしています」


 事情を知らない三人には、これから行われるプレゼンの見当が付かない様子である。


 だが、過去に庭で行われた草刈り機やトラック風馬車の御披露目のことを前例とすれば、想像の範囲の外だと言うことは分かる。


「ゆ、ユウイチ所長

 も、もしかしたら、これが例の?」


 アルマは"ピン"ときたようである。


「そうだ、アルマ君に相談された男性向けの健康対策にゴルフでもどうかなと思ってな」


 一般的にゴルフはショートホールが四つとミドルホールが十、それとロングホールが四つの合計十八ホールで行われる。


 起伏のあるコースを十八ホールも回れれば良い運動になるはずである。


 今回は運動が目的なので、移動用のカートは導入しない方針である。


「このティーグラウンドから向こにあるグリーン上のカップを目掛けて、ボールをクラブで打つだけの簡単なゲームだ。

 そして、より少ない打数(スコア)で回ることを競うスポーツなんだよ」


 テスト用に設置した一ホール分のコースを前にしてユウイチは、四人にも分かるように思いっきり簡単にゴルフの説明をした。


「クラブと仰るものが何種類もあるのですけれど、どれで打ってもよろしいのかしら?」


 既にゴルフバッグに刺さっているクラブの違いに着目しているミレイはこの中でゴルフが一番相性が良さそうである。


 リリアは面白いが先に立っていて未だクラブを彼是と見ているだけである。


「特に制限はないが用途に合うように考えて作られているんだ。

 その場その場でのクラブの選択がスコアに大きな影響を及ぼすこともあるんだよ」


「これは体力よりも知力が大きなウエイトを占めそうね」


 リーネも概ねゴルフを理解したようで、ホールのレイアウト図を見て何やら自分なりに考えているようである。


「リーネ君の言う通り距離や風向きを考えて打つ必要があるからな。

 それと池やバンカーなどの障害物の位置も考えて打たなければならないから頭を使うスポーツだな」


「わざわざ障害物なんて作らなくていいのに……」


 ユウイチがレイアウト図を指さしながらバンカーの位置などを説明しているが、リリアは障害物があることに不満そうである。


「ゆ、ユウイチ所長、人より少ないスコアで回れれば優越感を味わえるのは理解しましたけど、収集癖を満足させる方はどうするんですか?」


 アルマがユウイチに素朴な疑問をぶつけてきた。


「それは、クラブの材質をミスリルや珍しい魔木などにすることで解決できると思うんだ。

 例えばトレントから切り出したパターを欲しくならないか?」


「な、なるほど。

 珍品や逸品なら貴族が収集しそうです」


 少しは知り合いの偏った性格の殿方へのセールポイントになっただろうかとユウイチは思う


「ゆ、ユウイチ所長、実際に打ってみてもいいですか?」


「あぁ、大丈夫だ。

 アルマ君、心行くまで打ってくれてかまわないぞ」


 珍しいことにリリアよりも先にアルマが試してみるようである。


 恐らく、シンドローに一任された責任感からくる行動だろうとユウイチは感心する。


「アルマ君、先ずは足を肩幅に開いて構えるんだよ」


「こうですか?」


 ユウイチはスイングの仕方を簡単に説明する。


 手取り足取りとはいかないまでも、分かり易く懇切丁寧に教えてあげたいところである。


 だが、テレビゲームでしかプレーしたことがないユウイチには無理な話である。


 「え、えい!」


 ゴルフ初体験のアルマはアドレスからかなりの間を取ってスイングした。


 だが、予想に反してアルマが打ったボールは"パシーン"と快音を残して真っ直ぐに飛んで行った。


 これは、前世の接待ゴルフなら"部長、ナイスショットですねー"とヨイショのチャンスである。


「ほう、初めて打って真っ直ぐに飛ぶとは驚きだな」


「風魔法を使えば以外と簡単です」


 アドレスからスイングに入るまでに間があったのは、詠唱をしていたからのようである。


「あははは……魔法は禁止だな」


 キューブ型パズルゲーム大会を思い出したユウイチは、こちらの世界には魔法があることを再認識した。


 これはゴルフは"紳士のスポーツ"であることを強調して、プレーヤーとキャディーによる魔法の使用はマナー違反だと喧伝しておく必要がありそうである。


 その後、四人は入れ替わり立ち替わりボールを打っていた。


 ドライバーの飛距離はリリアが一番で、パットの正確さではリーネが頭一つ抜けているようである。


 アルマは自然を味方に付けるのが上手く、ミレイは全てをそつなくこなしている。


 これを見るとゴルフに性格が現れると言うのは本当のようである。


 本当であるから、ユウイチは"四人の前ではゴルフはしないでおこう"と心に誓うのであった。



 ゴルフを試験的にプレーしてから一ヶ月が経ったある日のこと。


 ホークワイド領に有する教会の敷地に本格的なゴルフコースが完成した。


 これは、ゴルフをプレーしているリリア達の姿を見て興味を持った大司教のミエスクが建設を決めたからである。


 前世なら着工から完成まで数年はかかるはずなのだが、土魔法を使って三週間ほどで出来上がってしまった。


 オープン当初は物珍しさが勝っていたが、今はガチプレイヤーが大半を占めている。


「スイング軌道がインサイドアウトになりすぎているからボールがフックするんだよ」


「バンカーショットでは砂を飛ばすことを意識してスイングするんだぞ」


「風を読むのが大事だぞ、だが風魔法は御法度だからな」


 それと、同時に上級者がプレーのコツを教える光景がコース上で見られる様になった。


 マナーもしっかり浸透している辺りは、さすがに貴族だけのことはあるとユウイチは感心する。


 だが、ルールやマナーの抜け穴を探すのが上手い者はどこの世界にもいるようである。


「プレーヤーが魔法を使用するのは駄目だがクラブに魔法を付与するのは問題ないはずだ。

 だから、ボールが曲がらないように風魔法を付与したドライバーを作ってみたんだ」


「俺のはカップを認識して勝手に入るように打ってくれるパターだぞ」


「うちの土魔法を付与したサンドウェッジなら確実にバンカーを脱出できるぞ」


 いつの間にか魔法を付与した文字通りの"魔法のクラブ"が販売されスコアを上げたいガチプレイヤーが挙って買い求めた。


 王都では"魔法のクラブ"ブームが巻き起こったのだが、中には直ぐに壊れる粗悪品も含まれていて、度々トラブルが発生しているようである。


「ゆ、ユウイチ所長、ゴルフのイメージダウンに繋がりそうですけど、放っておいてもいいんですか?」


「アルマ君、心配には及ばないよ。

 "魔法のクラブ"ブームはすぐに収束するはずだよ」


 焦っているアルマを横目にして、ユウイチは何も動じることなく泰然自若の構えである。



 そして、"魔法のクラブ"が出回ってから三週間が経ったある日のこと。


「ゆ、ユウイチ所長、"魔法のクラブ"は売れなくなったみたいです」


「あはは、そうだろな。

 "魔法のクラブ"でプレーしても面白くないからな」


「す、スコアが良くなるのに何故ですか?」


 不思議そうな顔をしているアルマの前にユウイチは数字を書いた四枚の紙を裏返して並べた。


「四枚の紙には各々、数字が書いてある。

 一番少ない数字を引いたら勝ちという簡単なゲームだ。

 アルマ君、一枚引いてみてくれ」


 ユウイチに言われた通りにアルマが一枚引いて裏返した。


「い、"一"ですね。

 私の勝ちです」


「それはどうかな」


 ユウイチは残りの三枚の紙を順番に捲っていく。


「ゆ、ユウイチ所長、全部"一"では勝負が着きません。

 それよりも面白くもなんともないです」


「そうだ、"魔法のクラブ"を使ったゴルフはこのゲームと同じさ。

 誰が打っても絶対に曲がらず必ずカップインするなら優劣が着かないだろ?」


「た、確かに皆が同じだと面白くもなんともないですね」


 こうしてガチプレイヤーは"魔法のクラブ"を捨てて、普通のクラブでプレーするようになったのである。



 所は変わって王族専用のゴルフコースでは、国王が地方の領主を招いてプレーをしている。


「陛下、ナイスショットでこざいますな」


「ん、少し左に行ったようだが?」


 国王の打球は確かにフェアウェイを大きく外して林の方へとへスライスして行った。


「いえ、私の目には見事にフェアウェイ捉えた様に見えました」


「そうか、それは上々。

 このホールはバーディーが狙えるな」


 この時、ボールの落下地点に隠れていた領主の従者が、そっと国王のボールを蹴り出していたのは国家機密扱いである。


 ゴルフはルールやマナー違反は御法度だが、接待ゴルフにおける忖度は黙認されるのかもしれない。



 後日談。


 ホークワイド領にゴルフ場が建設されてすぐに公爵が動いた。


 ガークウィン子爵領にもゴルフコースを建設させたのである。


「子爵よ、利用者の名簿をこれへ」


「はっ、こちらにございます」


 子爵が恭しく利用者名簿を公爵へ差し出した。


 受け取った公爵はパラパラとページを捲っていく。


「ふむ、中々のメンバーよの。

 我が公爵派の結束は固く、粒揃いのようだな」


 魔法規制局局長や王城の幹部役人の名前がずらりと並んでいるのを見て公爵はご満悦である。


「しかし、会員制では建設費の回収に時間がかかります。

 いっそ、一般にも解放してはどうでしょうか?」


 実は懐具合が心許ない子爵は遠慮がちに公爵に具申した。


「フッ、慌てるな。

 暫くすれば利子を付けて返してやるわ」


「はっ、期待しております」


 まるで前世の時代劇の悪代官と越後屋のような遣り取りである。


 もしかしたら、"子爵よ、お前も悪よのう"と言う定番の台詞が聞こえてくるかもしれない。


「さて、プレーを再開するか」


「畏まりました」


 公爵が立ち上がり悠然とティーグラウンドへ向かう。


 ボールをセットすると"スッ"と構えに入り素早くクラブを振り抜いた。


 "パシーーン"と快音を残してボールはフェアウェイのど真ん中を捉える。


「「「ナイスショット!」」」


 拍手と共に公爵に声が掛かった。


 公爵は平然とした表情でティーグラウンドから戻ってくる。


「次は子爵であったな?」


「はい、公爵様を見習って真っ直ぐに飛ばして見せますぞ」


 子爵の意気込みを、公爵は笑って聞き流す。


 恐らく、子爵の実力は下の中の下と言ったところなのであろう。


「それでは、参ります」


 子爵がボールをセットして構えに入った。


「そうではない、先ずは力を抜くのだ。

 でなければフェイスが開いてしまうではないか!」


「こ、こうでしょうか?」


 子爵は公爵に言われた通りに力を抜いてから構え直した。


 それから子爵がゆっくりとスイングに入ろうとした瞬間に又しても公爵の声が掛かる。


「それでは駄目だ、もっと腰をこうしてだな」


「こうでございますか?」


 子爵は公爵の真似をして腰を"グイッ"と動かしてみせる。


「あぁー、そうではない。

 えーい、焦れったい奴よ」


 公爵はクラブを持ってティーグラウンド上の子爵に近寄っていく。


 身の危険を感じた子爵が少し身構えている。


「良いか、こうしてだな。

 それからこうして、最後はこうだ!」


「あぁ~~」


 情けない声を出す子爵を尻目に"パシーーン"と公爵の打ったボールがフェアウェイのど真ん中を捉えた。


「ティーショットはこのように打つのだ。

 やってみろ!」


「は、はい」


 自分のセットしたボールを打たれた子爵は戸惑いながらも再びボールをセットする。


「参ります」


 今度は途中で止められないように子爵は急いでスイングした。


 振り下ろされたクラブに当たったボールは"ポテッ"と地面を転がっていく。


「馬鹿者、慌て過ぎだ」


 ガックリと肩を落とす子爵を、慌てさせた元凶の公爵が叱責している。


「次はもっもゆるりとスイングしてみろ。

 何事も急いては事を仕損じるものだ」


 どうやら公爵は人に教えたがる非常に面倒臭いタイプらしい。


 子爵は公爵に対して心の中で"お静かに"と叫んだ。


「公爵さま、次はこのクラブをお使い下さい」


 "公爵殿、X点の選定が終了しました。

 これより計画の準備は最終段階へ移ります"


 クラブと同時にキャディーから公爵に渡された一枚の紙にはそう書かれていた。


 公爵は読み終えた紙を"クシャッ"と握り締めてポケットに突っ込むとニヤリと笑った。


 余談になるが公爵の教え癖に懲りた子爵はプレーヤーが構えに入ったら"お静かに"と書かれた札をキャディーに掲げさせるようにしたらしい。


 

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