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【第六十一話】蒸留酒

 王都は前世の日本と同じような気候帯にあるようで、四季の在り方がとても似ている。


 その為、ユウイチはこちらの世界の気候に順応する手間が省けたのである。


 この辺りは自称創造神に感謝するところであり、お酒の一本でもお供えしなければ罰が当たるかもしれないとユウイチは思っている。


 話が少し本題から逸れてしまったが、前世の寒い地域には強い酒のイメージがユウイチにはある。


 その強い酒の代表格が"ウォッカ"で、酒の強さに肖った名前の競走馬がいたぐらいである。


 ウォッカの製法を簡単に言えば、糖化→発酵→蒸留→ろ過→瓶詰めとなるのだが細かいところまで知りたければ自分で調べてみて欲しい。


 何故、ウォッカの話をしたかと言うと、「ワイン程度で、私は酔いませんわよ」的なミレイの一言から勝負が始まったからである。



「所長さん、私はワインでは酔いませんわよ。

 ワインは酔うためのものではなく、豊潤な香りと複雑な味わいを楽しむためのものですわよ」


 自領が王国有数のワインの産地である伯爵令嬢がワインの蘊蓄を披露している。


「だが、さすがのミレイ君でもワインより強い蒸留酒を飲めば酔っぱらうんじゃないか?」


 止めておけば良いものを、何を思ったのかユウイチはミレイをからかってしまった。


「所長さんの仰る蒸留酒がどれ程のものかは知りませんけれど、今の発言は聞き捨てなりませんわよ」


 ユウイチの余計な一言で、藪をつついたら"蛇"ならぬ"うわばみ"が出てきてしまったのである。


 ユウイチは蒸留を繰り返してアルコール度数を高める話をしたのだが、ミレイは全く信じてくれなかった。


 こちらの世界には、飲料用のアルコールはワインとエールの二種類しかなく、アルコール度数さえ知らないのだから無理もない話ではある。


 因みに、前世を参考にすると"ワインのアルコール度数は十二"で"エールのアルコール度数は五"である。


「分かった、それなら実際に造ってみようじゃないか。

 できあがったら真っ先にミレイ君に試してもらうと言うことでどうだろう?」


「オホホホ、望むところですわ。

 どんな物が出てくるか楽しみにしておりますわよ」


 ユウイチは売り言葉に買い言葉で"うわばみ"令嬢との勝負のために蒸留酒造りに挑むことになったのである。


「さて、蒸留酒と言っても色々とあるんだよな。

 今回は何を造ろうかな……」


 一口に蒸留酒と言ってもその種類は多い。


 前世の日本なら焼酎が代表的であるが、その他にもウイスキーやジン、テキーラなど外国の蒸留酒もある。


 幾ら勝負とは言えアルコール度数が九十度を超える"スピリタス"を出すのは、さすがに行き過ぎの感がある。


 思案の末にユウイチは少し自重してウォッカを造ることにした。


「老護院でお世話になってますジャックですじゃ。

 酒造りなど、もう五年ぐらいやっておりませんじゃ。

 この、老い耄れが役に立てるか分かりませんが協力させてもらいますじゃ」


 酒造りに関してズブの素人であるユウイチは、畑違いではあるがワイン醸造所で勤務していた経験があるドワーフのジャックに手伝ってもらうことにした。


 ユウイチはウオッカ研究の拠点である開発室を、"女人禁制"にしてイメージ通りのウォッカが出きるまで試行錯誤を繰り返すことにした。


 ユウイチは雰囲気だけで開発室を"女人禁制"にしたのだが、ミレイから「コソコソ隠れて造るなんて、男らしくありませんわね」と嫌みを言われてしまった。


 そんなユウイチが先ず始めに取り組んだのは最適な原料の選定である。


「ワインの原料は葡萄を始めとしたフルーツじゃが、ウォッカの原料になる作物には色々と種類があるんじゃな」


 ユウイチは物は試しだとばかりに大麦やトウモロコシなど手当たり次第に試してみることにした。


 だが、自然発酵を待っていてはミレイが勝負のことを忘れてしまう恐れもある。


 そこで、熱燗のために研究を続けていた糖化と発酵を促す魔導具を使って時間を短縮することにした。


 細かいことは企業秘密であるが少し手直しすればウォッカの研究が捗ることは間違いない。


 その魔導具を使って手探りで、"あーでもないこーでもない"と繰り返した末にジャックとユウイチは一つの結論に辿り着いた。


「所長殿、あのジャガイモがこんなにも上手いアルコールになるとは世の中は分からんもんですじゃ!」


 ジャックが言う通りジャガイモは他の作物と比べて甘味とクリーミーさがあることが分かった。


 しかも、ジャガイモは年間を通して簡単に手に入るため季節を問わないウォッカ造りに適しているとユウイチは判断した。


 だが、発酵が終わった段階では未だ度数が低いアルコールである。


 だから、次の蒸留の工程に進むことにした。


 蒸留することで高純度のエタノールを抽出して不純物を減らしていく。


 蒸留する回数を変えて飲み比べてみた結果、蒸留回数は三回が一番味が良くなることが分かったのである。


「所長殿、この酒は喉に"カッ"とくるな」


「ムホッ、この酒は噎せ返りますな」


 ユウイチは冒険者ギルドで、油をうっていたヴィーラングとモーメイブに試飲させてみた。


 二人の顔が紅潮しているところを見ると、かなりの度数になっていることは容易に想像できる。


「ジャックさん、最後の工程に入ろう!」


「所長殿、未だ工程が残っておったのか?」


 アルコール度数に満足したユウイチは、ウォッカの定義ともいえる活性炭を使った"ろ過"の工程に入ることにした。


 ユウイチの記憶が間違っていなければ、前世では"蒸留三回、ろ過十回"と言っていたはずである。


 取り敢えず、偶数回のろ過を試してみたところ、やはり十回行うことで甘味とクリーミーさが増し、豊かで滑らかな風味が生み出されることが分かった。


「所長殿、前回より少し飲み易くなった気がする。

 だが、この酒は俺には強すぎるな」


「ほう、"ゴホッ"

 …… これはなんとも旨い酒だな。

 甘味とクリーミーさがなんとも言えない」


 ヴィーラングは相変わらずの反応だが、新たに試飲に加わったしたシェーケンは少し噎せたがイケる口のようである。


「よし、味も強さもイメージ通りだ。

 ジャックさんのお陰で良い酒ができたよ」


「ホッホッホ、礼を言うのはこっちの方ですじゃ。

 久しぶりの酒造りは楽しかったですじゃ」


 試行錯誤すること約一ヶ月、遂にユウイチが理想とするウォッカが完成した。


「これで伯爵令嬢をギャフンと言わせてみせる、カンパーイ!」


 ユウイチは男だらけの開発室で、完成したジャガイモウォッカで祝杯を上げた。


 だが、浮かれていたのか少し飲み過ぎてしまい明日の朝の二日酔いが怖いユウイチであった。


 そして、ジャガイモウォッカが完成した翌日の研究所ではユウイチが"ズキズキ"と痛むこめかみを押さえてミレイとの対決に挑もうとしている。


「ハッハハハ、イテテ……

 つ、遂に完成したぞ、ミレイ君」


 ユウイチが瓶に入ったウォッカを机の上に置いた。


「あら、出来上がるのが随分と早かっのですね。

 勝負は春頃になると思っておりましたのに」


 ワインなら熟成期間を入れて仕込みから完成まで約一年ほどである。


 エールなら約一ヶ月なので、ワインより強い酒がエールと同じぐらいの時間でできたことになる。


「普通ならもう少しかかるが、今回は魔導具で発酵を促進させたからな。

 イテテ……」


「所長さんは、相当な自信がおありのようですわね。

 それなら、例え二日酔いでも遠慮は要りませんわね」


 二人の軽い舌戦が始まると、リーネとアルマとリリアが"すわ何事か?"と集まってきた。


 リーネもジャガイモウォッカ勝負に参加したそうにしている。


「ミレイ君、いざ勝負だ!

 イテテ…… 」


 ユウイチの様に二日酔いの状態で大声を出すのは自殺行為である。


「フッ、望むところですわ」


 ユウイチがジャガイモウォッカを注ぎ終わったのを見たミレイがグラスを手に持った。


 鼻先で香りを確かめてから一度頷いて、グラスを一気に煽った。


 "ゴクり"と喉を鳴らしてミレイはジャガイモウォッカを飲み干した。


 ミレイの喉が"カッ"と熱くなると同時に、甘味とクリーミーさが口の中に漂っている。


 少ししてから"フワッ"とした足元を気力で押さえ込み、"カン"と音を立ててグラスを机の上に置いた。


「見事な飲みたっぷりだな」


「フゥー、良いお酒でしたわ」


 ミレイはユウイチに勧められたチェイサーを飲みながら微笑む。


 この勝負は敢えてどちらが勝ったとは言わない。


 そう、二人の健闘を讃えて勝負を水ではなくウォッカで流すことにする。


 この後、リリア達がジャガイモウォッカに挑戦したが三人とも敢えなく撃沈していた。



 ジャガイモウォッカ対決から二週間が経ったある日のこと。


 ジャックが創造神へのお供え物として持ち帰ったうちの一本をミエスクが試飲したらしい。


 断っておくがミエスクは大司教の座に就いてはいるが、神官では無いので飲酒したこと自体には問題は無い。


 味の良さと強さに満足したミエスクは、ジャガイモウォッカを"神からの恵み"として民に与えて欲しいとユウイチに要請した。


 これは、前世で禁酒法を施行した超大国の宗教団体とは大違いの対応である。


 この際、どちらが正しなとどいう野暮なことは言わないでおく。


 こうしてジャガイモウォッカは、その強さから"魔女殺し"と名を改められ商業ギルドから販売されることになった。


 暫くして、ホークワイド領にユウイチの研究結果と前世の記憶を頼りにした醸造所が急ピッチで建造された。


 勿論、ジャックとリーマンブラザーズが建設に携わり作業着はスウィフトが担当している。


 ホークワイド領の教会の神官見習い達が醸造所で奉仕することになったのだが彼らはアルコールを神に捧げても飲むことはない。


 そのため、神官見習い達は匂いだけで酔ってしまったのはご愛嬌である。


 彼らの名誉の為に言っておくが決して味見と称して盗み飲みをして酔ってしまった訳ではない。



 "魔女殺し"が販売されてから一週間が経ったある日のこと。


「おい親父、"魔女"はもう売り切れちまったのか?」


 "魔女殺し"で、しこたま酔っぱらった冒険者風の男が王都で人気の料理屋ルガーノの店主に絡んでいる。


「魔女だからな、今頃は箒に乗って飛んでいる最中だろうよ」


「ぅん、魔女が何処を箒で空を飛んでいるってんだ?」


 店主の軽口に酔っ払い冒険者が更に絡んでいる。


「あの辺りを飛んでいるのが、お前さんには見えないのか?」


 店主は星の瞬いている窓の外を、指差した。


「ん、俺の目の前には星がチカチカしているだけで魔女な……

 グーグー、ガー …… 」


 話の途中で酔っ払い冒険者はテーブルに突っ伏して動かなくなった。


「フッ、酔って寝ちまったか。

 初めて魔女殺しを飲むとこうなる奴が多くて困るんだよな」


 店主は頭を掻きながら渋い顔をしている。


 こうして王都の盛り場では、"魔女殺し"にやられた男達のイビキ声が今夜も響き渡るのであった。



 後日談。


「旦那様、御呼びでしょうか?」


「ぐへへへ、よう参った。

 お前には、褒美にこれを授けようぞ、グハハハハ」


 呼び鈴を聞き駆け付けた従者に公爵は左手に嵌めていた指環を引き抜いて差し出した。


 公爵は興奮していつになく陽気であるが、些か目の焦点が合っていないようである。


「だ、旦那様、斯様に高価な物は頂けません」


「ぬあにを、みょーすか!

 わしゅからのふぉーびはうけとれぬとむもすのくゎー! 

 きゅさまなでゅきゅびにしてやりゅー!」


 (訳:何を申すか!

 儂からの褒美は受けとれぬと申すのか!

 貴様などクビにしてやる!)


 従者が断ったことで、公爵は突如として怒りだし言動が乱暴になった。


 目の前の公爵の顔面は赤く火照っていて発汗も酷い。


「旦那様、大丈夫でございますか?」


「うるしゃいわい、うわしはでぃじーびにくわってうぉる……」


(訳:五月蝿いわい、儂は大丈夫に決まっておる……)


 先ほどクビを言い渡された忠臣が公爵を心配して駆け寄る。


 公爵は眩暈を起こしているのか、千鳥足でふらふらして、遂には床にへたり込んでしまった。


「だ、旦那様!」


 ぐったりと横になった公爵の身体を従者が、軽く揺する。


 公爵の意識は混濁しているようで呼びかけには反応しない。


 従者は公爵の口元に耳を寄せて呼吸を確認してみるが、呼吸が速くて弱い上に失禁をしているようである。


「大変だー、旦那様が!」


 従者は慌てて部屋の呼び鈴を押して助けを求めた。


 暫く時間が経って緊急の依頼を受けた治癒師が駆け付けてきた。


「フッ、相変わらず馬鹿な御方ですわね」


 部屋に通された治癒師はテーブルに置かれたワイングラスと"魔女殺し"の瓶を見て小さく呟いた。


 どうやら公爵はワイングラスで"魔女殺し"を一気飲みして、前世で言うところの急性アルコール中毒に陥ったようである。


「こちらでございます!」


 トドに似た海獣のように公爵は床に横たわって、"ピクリ"とも動こうとしない。


「只今から治癒を始めますので関係のない方は部屋から出て行って下さい」


 主の身を安じて集まっていた従者達が部屋から追い出され、侍従長だけが残った。


「旦那様は助かりますか?」


「最近、このような症状をよく診ています。

 よぽど日頃の行いが悪くなければ助かりますよ」


 おどおどしている侍従長を落ち着かせるために治癒師が叩いた軽口なのだが、どうやら空振りに終わったようである。


 公爵の日頃の行いを熟知している侍従長の心配を増大させたようで完全な逆効果になってしまった。


「コホン、治癒の途中で何かを叫ぶ可能性がございます。

 外の者に聞こえぬ様に"防音の結界"を張ってもよろしいでしょうか?」


 気を取り直した治癒師が侍従長に尋ねる。


「は、はい。

 御配慮の段、痛み入ります」


 公爵の口から何が飛び出すか分からない侍従長は二つ返事で了承した。


 治癒師は深く頷いてから"防音の結界"を張って、公爵に"解毒の魔法"を施し始めた。


 侍従長が固唾を飲んで見守る中、治癒師の治療が続けられている。


 時たま公爵が何かを呟いているようなのだが、"防音の結界"に遮られて侍従長の耳には聞こえてこない。


 しかし、顔色や呼吸を見る限りでは、公爵の回復具合は顕著のようである。


「解毒は完了しました。

 この御方をベッドに移して休ませて下さい」


「あ、ありがとうございました」


 治癒師にとっては十分足らずの時間であったが、侍従長にはその数倍以上に感じられたはずである。


「では、治癒完了のサインか押印をお願いいたします」


 治癒師が差し出した紙に侍従長はサラサラっと自らのサインを書いた。


 こうして公爵泥酔事件は事なきを得たのだが、これが後に大きな意味を持つことになる。


 だが、今は多くを語らないでおく。



 それから数日が経ったある日の王城の休憩室でのことである。


「先輩、公爵殿の話って本当なんですか?」


 誰かから頼まれたのか、それとも彼の好奇心からなのかは分からないが、若い役人が先輩役人に質問をしている。


「私の聞いた話では、公爵殿の従者が王都中で治癒師を探し回っていたらしいな。

 何軒か回ってやっと見付けたって話だぞ」


「公爵様は深刻な病状だと聞きましたが……?」


 人の噂話には尾ひれ背びれが付きやすいもので、若い役人の耳に届く頃には公爵は大変な事態になってしまっているようである。


「ん、深刻な病状?

 いや、さすがの公爵も"魔女殺し"には勝てなかったってだけの話だぞ」


「へっ、……魔女殺しですか?」


 余りにも下らない原因に若い役人は呆気に取られて開いた口が塞がらないようである。


「いっそ、"公爵殺し"に名前を変えたらいいのではないか、はははは」


 これは、誰かに聞かれたら冗談では済まない発言である。


「せ、先輩、公爵殿は死んでませんよね?」


「はははは、

 あの御方は悪運だけは強いからな」


 こうして販売されて間もない"魔女殺し"には、早くも"公爵殺し"の異名が付された曰く付きの酒となったのであった。

 

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