【第五十九話】魔導ルームランナー
すっかり葉を落とした街路樹が寒そうに立っている。
王都の街には、冬の装いで厚着をした通行人が行き交っている。
季節は確実に秋から冬へと移ったようで、"食欲の秋"を過ぎて次は"食欲の冬"がやってくる。
因みに、その後には"食欲の春"が待っている。
だが、厄介なことに"食欲の冬"は暖かい室内で過ごすことが多いため運動不足とセットであるこが問題である。
そんな季節にこの男が研究所にやって来たのである。
「健康福祉課課長のシンドロー=タボリックです。
日々、皆様の健康について考え行動しております。
私は"健康が第一、身体は資本"をモットーにしております」
タボリックの挨拶を聞いて、これは国土管理課の課長とは別のタイプの面倒臭い人種であるとユウイチは"ピーン"ときた。
だが、前世で一度死んだ身であるユウイチも健康に対しては一家言持っている。
今日は、前世の己を反面教師にして積極的に話しに加わる腹積もりのユウイチである。
「タボリック課長の相談は健康に関するものなんですか?」
あれだけ熱弁されたら改めて聞かなくても分かる。
下手に聞いてしまうと話が長くなりそうだと、リリアも心得ているようである。
「勿論です。
とにかく貴族の皆様は非常に不健康な生活を送っておられます。
そして、原因はその食生活にあると私は考えております」
確かにタボリックの言う通り貴族の晩餐は豪華である。
ユウイチが前世で一度しか食べたことがないフルコースのディナーを毎晩のように食べている。
しかも、メインディッシュは脂の乗った肉料理であることが多い。
「主がメニューを決めている訳ではないのですから食生活の指導など無意味ですわ」
恐らく、ミレイは毎晩のようにフルコースのディナーを食べているはずである。
「そうか、それなら王様に"しゃぶしゃぷ鍋"を禁止してもらえば少しは健康な食生活に近づくのではないかな?」
今、しゃぶしゃぶ鍋は王都で一番といってもいいほどの激アツ料理である。
この、ユウイチの提案にはタボリックを含めた全員がクビを横に振った。
「しゃぶしゃぶ鍋は野菜と肉のバランスが取れております。
その上、脂分もお湯で落としておりますのでヘルシーフードと言っても過言ではありません…… 」
この口振りから推察すると、どうやらタボリックもしゃぶしゃぶ鍋に嵌まっているようである。
ユウイチの提案には断固反対の構えを見せている。
「それならば、フルコースも野菜と肉のバランスを考えれば大丈夫よね」
これまた、しゃぶしゃぶ鍋にド嵌まりしているリーネが、上手く話を纏める。
あのリーネに支持されるとは、しゃぶしゃぶ鍋はなかなかのものであるとユウイチは感心している。
「バランスの取れたフルコースなら問題はありません。
しかし、インスタント麺やファストフードで済ませるなど、栄養の偏りなどの観点から見て頷けない方々もいらっしゃいます。
しかも、晩餐を召し上がった後に夜食として召し上がるなど"貪食の魔女"と契約するようなものです」
タボリックが己の好物のしゃぶしゃぶ鍋から話の矛先をジャンクフードに変えた。
しかしながら、怠惰の魔女やら貪食の魔女やら、王都の住人は何かにつけ魔女を持ち出してくるものである。
「タ、タボリック様、その二つの元凶がこの研究所なのですが……」
「そうか、そうなると我々は魔女の手先と言うことになるんだな」
研究所を槍玉に上げたタボリックに対して、ユウイチはチクりと嫌味を言ってみた。
「何も研究所を批判しているわけでは、はははは……
そ、それとスイーツも問題です」
気まずくなったタボリックが更に話の矛先をスイートに変えた。
「何となく耳が痛い話ですわね。
次々と新作スイーツを出しているのもこの研究所なのですから」
ミレイの言う通りに、研究所が魔女の手先になって王都にスイーツを広めているのである。
そのお陰で、国王は随分と長期の契約を"貪食の魔女"と結んでいるようである。
「そうなると次の新作スイーツは無期延期にするべきかな?」
ユウイチの一言に女性陣が無言でブンブンと激しく首を横に振っている。
もし、本当に無期延期にしようものなら研究所内でストライキが起こりそうな勢いである。
一先ず、スイーツの無期延期は無期延期にしておこうとユウイチは思い直す。
「食生活以外にも問題があります。
運動不足がその一つです。
貴族の皆様の移動は必ず馬車を使いますので、ご自身で歩くことがありません。
近頃は階段を使わずにエスカレーターに乗っている方も多ございます」
女性陣を前にしてのスイーツ談義は危険だとタボリックは心得ているようである。
直ぐ様、運動に話の矛先を変更した。
「あー、エスカレーターもこの研究所の発明品ですね」
「はぁー、我々はどれだけ魔女の手先となって不健康を広めているんだよ」
ユウイチがわざとらしく溜め息を付いて肩をすくめてみせる。
「エスカレーターの話はともかくとして、日々の運動不足を解消しなければなりません」
「それはそうだな。
日々の運動は大切だ」
話の矛先を変える度に、悉く地雷を踏んで歩いているタボリックにユウイチは少しばかり同情する。
「そ、それは剣術や馬術をすれば十分な運動になります。
改めて指導するようなことでは無いと思います」
確か、素材採集の折に"貴族は女性であってもいざという時のための鍛錬を欠かさない"と言っていたはずだが、個人によって意識の差があるようである。
「それならば王様から休日はドラゴン討伐を推奨するお触れでも出してもらうとしよう。
それだけで、一週間分の運動ができる」
「ユウイチ殿、提案は普通の方ができる範囲でお願いします。
私としては少しの時間でも構わないので日々、運動して欲しいのです」
アルマはともかくとしてユウイチは少しばかり悪ふざけが過ぎたようである。
「王城周辺だけでも馬車の侵入を禁止にすれば歩かざるを得ないわよ」
「それは身分の高い皆様が納得しないと思います……」
ユウイチはタボリックに先日のモンディアリが重なって見える。
やはり、こちらの世界の貴族は面倒臭いことこの上ないのだと再認識させられる。
「ユウイチさん、大司教様にお願いして交通ルールを追加しますか?」
リリアがリーネの提案に乗っかったが、ミエスクには緑のおばさん役を頑張ってもらったばかりである。
「うーん、更に交通ルールを追加すると混乱を招きかねないな」
ユウイチは、決してミエスクに頼みに行くのが嫌な訳ではない。
仏の顔は三度までだがミエスクの顔は一度だけの可能性があるので、暫くは近付きたくないだけである。
「以前、販売した万歩計でのウォーキングブームは長続きしなかったわ。
所長、何か別の方法を考える必要があるわよ」
ユウイチはリーネに対して"その節は大変ご迷惑をお掛けしました"と心の中で頭を下げておく。
「それなら、ルームランナーがいいかもな」
心の中で、しっかり頭を下げ終わったユウイチが提案したルームランナーは外に出るウォーキングと違い部屋の中でできる利点がある。
「ルームランナー……
中を走るならかなりの広さの部屋が必要ですわね?」
「ミレイ様、走るのならせめて廊下じゃないの?」
「り、リーネ様、走るならお庭じゃないですか?」
「アルマ様、お庭に出たらルームではなくなってしまいますよ」
ラボラトリー・エンジェルズによる見事な三段落ちならぬ四段落ちである。
「確かに部屋の中で走ることができれば、手軽に運動ができますが実現可能なんでしょうか?」
「タボリック殿、大船に乗ったつもりでいてくれ。
必ず満足してもらえると思うぞ!」
タボリックは半信半疑のようだが、ユウイチはいつものように自信がありそうである。
対策会議から一週間が経ったある日の研究所では完成した魔導ルームランナーのテストを兼ねたプレゼンが始まろうとしている。
先ず、ユウイチが両サイドのバーに掴まりながら魔導ルームランナーの上を不恰好ながら走ってみせる。
「この足元のベルトが動いているから走り続けられますのね?」
「ミレイ君、よく分かったな?」
ミレイは、魔導ルームランナーを一目見て構造を理解したようである。
そして、ユウイチの不恰好な走りには目を瞑っておくようだ。
この、魔導ルームランナーは前世のルームランナーを丸パクりしているのだが、動力源には魔石の魔力を使っている。
ベルト部分にスライムを使っているのだが、それはリリア達には内緒である。
「誰か走ってみたい人はいるかな?」
「私はこの格好ですから走るのは無理ですわよ」
お嬢様らしい華やかなロングドレスを着用しているミレイはやんわりと断った。
「私はとても嫌な予感がするから遠慮しておく」
パンツスーツだが、リーネはきっぱりと拒否した。
「り、リリア様、出番ですよ」
クラシカルなロングドレスを着用しているアルマはリリアに振った。
「えっ、皆さん走ってみなくていいんですか?」
三人は遠慮気味だが、作業服を着用しているリリアはやる気満々で直ぐに魔導ルームランナーに飛び乗った。
「リリア君、初めはバーを掴んでゆっくり歩いてみてくれ。
慣れてきたら手を離して走ってもいいぞ」
リリアは頷いてゆっくりと歩き出した。
「慣れてきたので走ってみますね」
スピードの調整は前方のバーに取り付けてある操作パネルで可能である。
魔導ルームランナーに慣れたリリアは、"ピッピッピッ"とボタンを押してどんどんスピードを上げていく。
それに連れて、ベルトの回転もどんどんと速くなっていく。
「結構、楽しいですね。
もっと速くしてみますね」
"ピッピッピッ"とボタンを押してリリアが更に加速するとベルトが"ギュンギュン"と音を立てながら高速回転している。
「り、リリア様、身体強化を使ったら運動の意味がないです」
「あっ、そうですね。
きゃぁー!」
アルマのツッコミを受けて、身体強化を解除したリリアは叫び声を上げながら後方にすっ飛ばされてしまった。
幸い、リリアは上手く受け身を取ったようで大事には至っていない。
「手動操作でスピードを上げ過ぎると危険だな。
これは、音声を認識できる機能を付けて、声でスピードの上げ下げできるように改良する必要があるな」
ユウイチのモットーは"発明品は安全が第一"である。
「所長さん、今までの経験から申しますと、音声機能はとても危険な香りがいたしますわよ」
「所長、音声機能を付けると暴走するのはランナーではなく魔導ルームランナーの方よ」
「き、きっと"もっと頑張れ"とか"ゴールはすぐそこだ"などと言い始めます」
「ユウイチさん、身体強化を使わなければ問題はないので、問題を起こしそうな音声機能は止めておきましょう」
過去の魔導具で、危険性を学習した四人は音声機能の暴走を警戒している。
「そうかぁー、それなら音声機能は止めておこう」
プレゼンの関所のお白州の上でユウイチは、四人からのアドバイスに耳を傾けて従うようである。
「まぁ、私達の指摘に従うなんて珍しいこともあるのですね。
これなら、魔導ルームランナーは販売しても問題無さそうですわね」
「お陰で、心配が一つ減るわ。
商業ギルドへも安心して報告ができるわ」
どうやら、ミレイとリーネの許可は降りたようである。
「あ、後は、スライムが心配です。
魔導ルームランナーには使われていないのでしょうか?」
「そう言えば、何となく足もとがムズムズしたんですけど?」
どうやら、リリアの本能がスライムの存在に反応しているようである。
「言い忘れていたが、ベルト部分にはクッション性を高めるためにスライムを使ってあるんだよ」
「やっぱり、スライムが使われていましたか!」
「こ、これは、問題を起こしそうです」
アルマとリリアはスライムを使ったことに引っ掛かったようである。
「スライムは乾燥して少し混ぜただけだから……」
この後、ユウイチはアルマとリリアを懸命に説得して何とか販売に漕ぎ着けたのであった。
魔導ルームランナーが発売されて一ヶ月が経ったある日の公爵邸。
「来る日に向けて身体を鍛えておかねばならぬからな」
口コミで広がった効果を耳にした公爵は、密かに魔導ルームランナーを購入して自室に設置していた。
「どうせなら"超スパルタモード"で短期間で鍛えようぞ」
せっかちな公爵は説明書をしっかりと読まずに"ピッピッピッ"と操作パネルのボタンを押した。
"グウーーン"と音がしてゆっくりとベルトが回り始めたが、直ぐにトップスピードまで回転が上がった。
「ぬぉーー、な、なんだこれは……」
とんでもない速さに足が全く付いて行かずに公爵は後方へ飛ばされる。
だが、プレゼン後に取り付けられた安全バーが公爵の身体を受け止めて倒れることは免れた。
「ぐっえっ、助かった」
しかし、ベルトの回転は依然としてトップスピードのままである。
だが、四方をバーで囲まれているため公爵は魔導ルームランナーから降りることができない。
「た、助けてくれー」
公爵の叫びも虚しく誰も助けに来る気配はない。
執事を呼ぶためのベルは魔導ルームランナーから遠く離れた机の上に置かれている。
降りることも止まることも許されず公爵は、ただひたすらに走り続けている。
いや、魔導ルームランナーに走らされている。
まるで、前世の昭和の強豪校の部活動のようにただひたすらにである。
止まりたければ、"前方の操作パネルの停止ボタンを押す"か"目標距離に到達する"かである。
だが、それが叶わぬ公爵は入浴の知らせが来るまでの間、汗だくになりながら必死の形相で走り続けるのであった。




