【第五十四話】蛸つぼ
アースドラゴンに続きコカトリスまで討伐したユウイチ達は冒険者ギルドで一躍有名人になってしまった。
特にパーティーのリーダーだと思われているユウイチには荒くれ者達からの手合わせの申し出が殺到している。
だが、腕に覚えの無いユウイチは、「パーティーでは頭脳労働担当だ」と言い張って手合わせを断っているようである。
「俺は研究所の所長であって、冒険者じゃないんだから冒険者ギルド絡みの相談は受けるのはよそう」
朝ぱらからユウイチが染々と語っている。
「所長さん、そうは問屋が卸しませんわよ」
「そうね、王都の冒険者ギルドでは"Bランク"冒険者は貴重な存在だもの」
「か、必ず冒険者ギルドから所長宛に指名クエストが来るはずです」
「ユウイチさん、指名クエストは難易度の高いものばかりですよ」
相変わらずラボラトリー・エンジェルズの連携攻撃は見事なものだとユウイチは感心する。
「所長殿はいるか?」
"噂をすれば影"、招かれざる客が研究所にやってきた。
「ヴィーラング殿か。
その後、牧場の方から何か言ってきているか?」
居留守を使う暇もなかったので、ユウイチは嫌な予感を抱えながらもヴィーラングを出迎えた。
「あれから、コカトリスの襲撃はないようだぜ。
幸いなことに群れじゃなかったってことだな」
勝手知ったる他人の我が家と言わんばかりにヴィーラングは応接用のソファーに"ドカッ"と腰掛ける。
「お久しぶりです、ヴィーラングさん」
気を利かせたリリアが"サッ"とお茶を"出す。
ユウイチは前世の京都人のように"ぶぶ漬でもどうどす?"とヴィーラングに言ってやりたい気分である。
「それで、サブマス直々にお出ましとは何の用かな?
もしかして、空の次は海とか言わないよな?」
陸のアースドラゴンと空のコカトリスと来れば、次は海の魔獣である可能性は無くはない。
それだと"行け陸海空"で前世の自衛隊のキャッチフレーズのようである。
「おっ、察しがいいな。
所長殿に海で一暴れしてもらえると助かるってもんだ」
人生は、悪い予感ほどよく当たるものである。
「はぁー、俺は冒険者と技術者の二刀流ではなんだがな……」
ユウイチは前世で投手と打者の二刀流をこなす野球選手がいたことを思い出した。
海の魔獣を相手に"IT'S SHOWTIME"は勘弁して欲しいところである。
「詳しいことは、三日後に来る漁業連盟のローブスタ殿から聞いて欲しい」
「いや、俺は未だ承諾してないんだが……」
魔獣討伐は懲り懲りのユウイチは、ヴィーラング相手に取り敢えず粘ってみる。
「所長殿、これは冒険者ギルドからの指名クエストだから断ることはできない決まりなんだよ」
粘るユウイチにサブマスのヴィーラングが指名クエストと言う名の伝家の宝刀を抜いた。
「はぁー……」
観念したユウイチは深く溜め息を吐いて"ガックリ"と肩を落した。
それを見てリリア達は"やれやれ"と肩をすくめている。
ユウイチが指名クエストを受けて三日が経ったある日のこと。
約束通りの日時に漁業連盟のローブスタが研究所を訪ねてきた。
「それでは対策会議を始めます。
先ずはローブスタさんから相談内容の説明をお願いします」
例によってリリアの仕切りで対策会議が始まった。
ユウイチは秘かに前世のラッコやゴマフアザラシのような可愛らしい海の魔獣の討伐を期待している。
「漁業連盟の理事を努めておりますローブスタでございます。
本日は湾内に棲み着いたクラーケン討伐をお願いに参りました」
ユウイチの期待とは裏腹にラッコとは対極に位置する悪名高き海の魔獣のお出ましである。
「クラーケンって、あのクラーケンよね?」
さすがのリーネもクラーケンの名前が出てくるとは思ってもみなかったようである。
何故なら、クラーケンは狭い湾内に棲み付くような魔獣ではないからである。
「はい、私の知る限りではクラーケンと言えば、あのクラーケンでございます」
この際、あのクラーケンでも、このクラーケンでもどちらでもいいとユウイチは思う。
「先ず確認いたしますけど、騎士団にクラーケン討伐の依頼はされておりませんの?」
「はい、未だ民に実害が出ておりませんので、騎士団が動く案件ではないそうです」
ローブスタによると被害にあっているのは人間ではなく、海の中の生き物のようである。
湾内に棲み着いたクラーケンは食べ盛りのようで、海中の生物を食べ回って生態系に影響を及ぼしているらしい。
「そのクラーケンは船を襲ったりしないの?」
「はい、船には全く興味がないようです。
たまに海面に顔を出すぐらいで、後は海中で過ごしているようです」
海の中に美味しい物がたくさん泳いでいるので、クラーケンは海の上に浮かんでいる物には興味を示さないようである。
「そ、それなら船から巨大な釣り針を垂らして釣ってみてはどうですか?」
「それは無理でございます。
そんなことをすれば船ごと海中に引き摺り込まれてしまいます」
興味はないが敵対すれば戦う、専守防衛のクラーケンらしい。
「引き摺り込まれるのなら網を使うこともできませんね」
「網ですと引き摺り込まれる以前にすり抜ける可能性がございます」
ユウイチの前世の知識では、蛸は嘴の大きさがあればすり抜けることができるらしい。
恐らく、こちらの世界の蛸型の魔獣も似たようなものだろうとユウイチは考えている。
「それでは、クラーケンの寝込みを襲うぐらいしか方法がございませんわね」
「ミレイ様、クラーケンがいつ寝ているかが分からないわ」
「う、海の中に子守り唄でも流して寝かせ付けますか?」
「一緒にふかふかのベットとスライムマクラを沈めてみるとか?」
「皆様、話が脱線しておりませんか?」
ラボラトリー・エンジェルズの悪乗りの連携にローブスタが苦い顔をして苦言を呈した。
「いやローブスタ殿、その線でいきたいと思う。
クラーケンを大人しくさせてから引き上げよう!」
四人の悪乗りを聞いたユウイチが何かを閃いたようである。
いや、前世の記憶を思い出したと言った方が正解である。
「所長さん、それ本気で仰ってますの?」
「ん、ミレイ君達は本気じゃなかったのか?」
ユウイチの言葉に悪乗りをしていた四人はばつが悪そうに俯いた。
「それではローブスタ殿、準備に一週間と移動に三日で十日後に漁港に伺うことにしよう」
「畏まりました。
それでは十日後に漁港でお待ちしております」
悪乗りをしていた罪悪感からか反対意見が出ないままクラーケン討伐の日取りが決まったのであった。
そして、対策会議からきっかり十日後にユウイチ達の姿が港湾都市ミストハーバーの漁港にあった。
「遠いところまでお越し頂いて恐縮です。
早速、現場に案内いたしましょう」
先導するローブスタの馬車にトラック風馬車でユウイチは付いて行く。
「ゆ、ユウイチ所長、何だか緊張します」
「はははは。
アルマ君、今から緊張していは身体が持たないぞ」
「その気持ちは、よく分かります。
私もコカトリス討伐の時は緊張でご飯が喉を通りませんでした。
でも本番は未だ先です。
今は観光だと思って気楽にいきましょう」
リリアがアルマの緊張を解そうと話し掛けている。
だが、前回のコカトリス討伐の時のリリアは夕食を平らげていた記憶がユウイチにある。
だからユウイチはリリアから緊張の"き"の字も感じていなかったのである。
「どうやら、着いたみたいだな。
それでは、打ち合わせ通りに準備をしよう」
「「はい」」
三人は馬車から降りると、荷台に括り付けておいたロープを外して乗馬シミュレータで慎重に積み荷を降ろしていく。
「それにしてもこれがクラーケンのベットになるだなんて信じられません」
「べ、ベットと言うより棺桶に近いです」
二人には事前に説明しておいたのだが、未だ半信半疑のようである。
「所長殿、これを海中に沈めれば宜しいのですか?」
「あぁ、頼む。
岩礁地帯があれば尚よいのだがな」
「では、漁師達にそのように指示しておきます」
前世の記憶では、蛸は身を隠せる岩場が好みだったはずである。
その岩場の隙間より好むのが今から沈める蛸つぼである。
ただの蛸つぼでは魔導具研究所の名が廃ると、ユウイチは蛸つぼに伸縮性を持たせてある。
「ローブスタ殿、引き上げるのは余裕をみて三日後にしようと思う。
それまで我々は観光でもして過ごすことにするよ」
「畏まりました。
どうぞ、心行くまで港湾都市ミストハーバーをお楽しみ下さいませ」
一仕事を終えたユウイチ達三人はトラック風馬車に乗り込んで漁港を後にした。
そして、蛸つぼを沈めてから三日が経ち観光を満喫したユウイチ達が再び漁港を訪れている。
「リリア君とアルマ君、いよいよ今日が本番だぞ」
「三日間も観光していたので、クラーケンのことをすっかり忘れていました」
「わ、私は観光するのは本番の後が良かったです」
アルマには悪いが楽しめるも楽しめないも本人の性格しだいである。
可哀想なので、アルマには帰りにお土産でも買う時間を取ってあげようとユウイチは思っている。
「では、蛸つぼを引き上げるとしよう」
ユウイチの合図で乗馬シミュレータを先頭にして八頭の馬がロープを引っ張って行く。
これは単純計算で十馬力以上のパワーがあるのだが、暴れ出したクラーケンを引上げられる保証はない。
「ここまでは、順調のようだな。
アルマ君とリリア君は準備をしておいてくれ」
「「はい」」
返事をした二人が予定していた場所に立った。
「おぉー、海面から何かが上がってきたぞ」
「ん、壺か……
壺にしてはデカ過ぎないか?」
「いよいよ、この目でアレが見られるのか!」
海面に蛸つぼが見えたことによって見物客の期待はいやが上にも高まっていく。
海水の抵抗が減ってロープを引っ張っている馬達の進みが段々と早くなって行く。
すると、岸壁に立てた滑車が"ガラガラ"と忙しなく音を立て始めた。
「上がって来たぞ!
あの中にクラーケンが入っているって話だぜ」
「クラーケンを陸に上げてどうするんだよ?」
「エンジェルズの二人が武器を構えているんだ。
当然アレをやるんじゃないか!」
見物客のボルテージはマックスまで上がっている。
まるで、前世の野外フェスでカリスマロックスターの登場を待つ観客のようである。
「よし、完全に引き揚げられたな。
アルマ君、蓋を開けてくれ」
ユウイチの指示でアルマが槍を伸ばして大きな蛸つぼの蓋を開けると、リリアが駆け寄って刀を構えた。
「いよいよ始まるようだぞ!」
「それで次はあれか?」
「そうだ、遂にアレが来るんだ!」
見物客の誰もが試写会で見たことがあるリリアの疾風迅雷を待ち望んでいるようである。
「ん、二人とも動かないな」
「どうした、何がどうなっている?」
「おい、アレはどうしたんだ。
アレは……」
ざわつく見物客を他所に袋を抱えたユウイチが二人の横をすり抜けて蛸つぼに近づいた。
「おい、邪魔だ引っ込んでろ!」
「何だ、あの男は?」
「お前がアレをするのか?
……誰かウソだと言ってくれ!」
どよめきが次第にブーイングに変わっていく中、ユウイチは構わず蛸つぼに袋を放り込んで行く。
「よし、完了だ。
アルマ君、蓋を閉めてくれ」
「はい」
ユウイチの指示でアルマが槍を縮めて蓋を閉めた。
そして、三人は蛸つぼから離れてローブスタの元へ向かった。
「ローブスタ殿、クラーケンの討伐は無事に完了した。
このまま馬車で蛸つぼごと王都へ輸送する」
「えっ、あの……
その、雷魔法とかはなしですか?」
「寝ている者をわざわざ起こすこともあるまい。
このまま蛸つぼの中で凍ってもらう」
呆気に取られるローブスタを横目にユウイチ達は蛸つぼを荷台に引っ張り上げていく。
暫くすれば放り込んだ空調服の冷気でクラーケンは蛸つぼの中で"カチンコチン"に凍るはずである。
「おい、これで終りじゃないだろうな!」
「こっちとら見物料を払ってるんだぞ!」
「そうだ、アレを見られないなら金を返せ!」
遂に見物客が騒ぎだしてしまった。
このままでは暴動に発展しかねない勢いである。
「仕方がない。
アルマ君とリリア君、一発お見舞いして見物客を黙らせてくれないか?」
「「はい」」
返事をしたアルマが地面の割れ目に槍を立てて戻ってくると、リリアがすかさず疾風迅雷を放った。
"バリバリ"と稲光が走り"ドーーン"と轟音が漁港に響き渡った。
「……」
「……」
「……」
耳をつんざくような轟音に見物客が固まって動かない。
いや、動けないのである。
「ではローブスタ殿、我々は失礼する」
「……は、はい」
見物客と同じように呆然とするローブスタを残してユウイチ達は漁港を後にしたのであった。
「ゆ、ユウイチ所長、クラーケンはどうするつもりですか?」
「勿論、冒険者ギルドに買い取って貰うんですよね」
討伐した魔獣は冒険者ギルドに買い取ってもらうのがセオリーである。
だから、アースドラゴンもコカトリスも買い取って貰っている。
「コカトリスの買い取り料を未だ貰っていないのだが、クラーケンを持ち込んでも大丈夫なんだろうか?」
「でも、研究所に置いておくわけにもいきませんよね」
「く、空調服の魔石の魔力が尽きる前に、何とかして冒険者ギルドに引き取ってもらいましょう」
「討伐に頭を悩ませた後は、処理でも頭を悩ませる羽目になるのか……」
一難去ってまた一難とは正にこのことである。
「ゆ、ユウイチ所長、日頃の行いを改めた方が良さそうです」
「その前にスライムを供養しましょう」
「あははは……」
これには、笑ってごまかすしかないユウイチであった。




