【第九十七話】二階層探索②
盗賊を倒したユウイチ達は一路ホークワイド邸を目指す。
「ホークワイド領の治安の悪さは相変わらずだな」
ユウイチがホークワイド領で賊に襲われたのは、これで二度目になる。
「こちらが旧街道と呼ばれるようになったことと関係があるんでしょうか?」
ガークウィン子爵領を併合したホークワイド領内には二本の街道が通ることになった。
その為、元あった街道を「旧街道」と呼び、ガークウィン子爵領にあった街道を「新街道」と呼んでいる。
「やっぱり、名前って影響するんですかね……?」
リリアがしみじみと呟くのは、「ババシャツ事件」を思い出しているからである。
「影響がないとは言えないかな。
いっそ、新旧を止めておしゃれな名前に変えてみてはどうかな?」
前世ならロサンゼルスの「サンセット・ブールバード」やパリの「シャンゼリゼ通り」などである。
これなら「沿道には、お洒落な店ができるだろう」とユウイチは思う。
「そうですね。
一度、宰相閣下に提案しておきましょう」
消火器の交渉の折にアルマはホークワイドから、たいそう気に入られたようである。
これは、同行していたリーネと比較されたからではなく、アルマのファンには年配者の男性が多いだけの話である。
そんな会話をしながら暫く馬車を走らせてホークワイド邸に到着したのは夕暮れ近くである。
「所長殿、土産ならもっとマシな物を頼みたいのだが……」と、縄でグルグル巻きにされた七人組の盗賊を見たホークワイドは不満そうである。
「所長殿には賊を引き寄せるオーラがあるのかも知れぬな」とホークワイドが縁起でもないことを言っていたがユウイチはスルーしておいた。
渋るホークワイドに「賊の処分は宰相殿にお任せ致します」とアルマがお願いしたら、「仕方がない、暫く牢獄にブチ込んでおくとするか……」と盗賊の件は、あっさりと落着した。
たったの一言で問題を片付けたアルマの「おじ様キラー」振りは恐るべしだとユウイチは感心する。
「晩餐まで少々時間があるが、ご令嬢方は訓練場をお使いになりますかな?」とホークワイドが気を利かせたが、「訓練は十分に積んでありますので今回は遠慮させて頂きます」とアルマが丁重にお断りした。
前回、泊めて貰った時には、新しい武器に馴れるためにアルマ達が訓練場を借りていた。
思い起こせば素材採集のゴブリン戦で見せた「アルマワープ」が生まれたのは、この訓練場である。
もし、そのことをアルマファンが知ったら聖地になるかもしれないとユウイチは思う。
いっそのこと各々の逸話を発表して聖地巡礼ツアーを企画しても良いかもしれないとユウイチは算盤をはじく。
「所長は、どうしてニヤニヤしてるの?」と勘の鋭いリーネが疑いの眼差しをユウイチに向けている。
「いや、何でもないぞ……
それより、アップデートは誰が行く?」
但し、ツアー実現にはリーネという名の高い壁が立ちはだかっているため、ユウイチは慌てて話を変えた。
何故なら、これ以上の追及に遭えば「聖地巡礼ツアー計画」を白状してしまいそうだからである。
そんなユウイチと違い「私達、研究所の助手の三人で行ってきます」と、リリアが張り切っている。
「そう簡単に賊とは遭遇しないと思うけどな」
ユウイチが、その理由を察するのは容易である。
「別にそう言う訳では……」と、答えたリリアの目が明らかに泳いでいる。
「リリア様の言う通りです……」と言ったアルマの目も泳いでいる。
「助手としての職務ですので」と、濁りなき眼で答えた慎重派で職務に忠実なカミューヨはさすがであるとユウイチは思う。
「所長は、もっと三人を頼ってもいいんじゃない」
過酷なノルマを課すリーネの口から出た言葉とは思えないユウイチだが、「それもそうだな」とこの場は進言を受け入れておく。
「それでは、残りのメンバーと茶でも飲みながら話でもするか?」とホークワイドからのお誘いである。
「お茶よりも聖地巡礼計画を練りたい」とユウイチは思ったが、「喜んでお受け致しますわ」と、社交上手なミレイが嫌な顔一つ見ずに誘いを受けてしまった。
こうして、ユウイチ達は二手に別れることになった。
「まぁ、少しばかり早いがこれでも開けるとするか」
ユウイチ達を応接室に通したホークワイドは旧ファーレン産のワインを用意させていた。
「もしかして二十年物かな?」
ファーレン領が公爵領となりファーレン領時代のワインの希少価値が上がっているとユウイチは聞いている。
その中でも二十年物は幻となりつつある。
「うーん、儂ではアレは手に入らぬな。
だが、これもなかなか良い味をしておるぞ」
ホークワイドはテイスティングの後にユウイチ達にもワインを勧める。
「おっ、アルコール入りのグレープジュースのようで旨いな」と、ワインに対して極めて失礼な感想を言ったのは生粋の庶民のユウイチである。
「とても豊潤な香りだわ」と言ったリーネは及第点である。
「でしゃばってはいませんが、渋みが良い仕事をしてくれていますわ」と言ったミレイは、さすがは元伯爵令嬢である。
「実はだな、元伯爵に我が領地の半分を割譲するという話を考えておってな……」
皆がワインを味わった頃合いを見計らって、窓から射し込む夕暮れの日の光にワイングラスを翳しながらホークワイドがおもむろに口を開いた。
ファーレン産のワインを用意させたのは、話を切り出し易くするためのちょっとした演出だったのかもしれないとユウイチは思う。
「宰相殿は、せっかく貰った領地を手放すおつもりですか?」とユウイチは不思議に思う。
何故なら、貴族なら「高い位」と「広い領地」を誇らしく思うからである。
「分を弁えておるだけだよ」
ホークワイドによると今の家臣の数では、広過ぎて領地の隅々まで目が行き届かないようである。
ましてや、王都で宰相としての務めがあっては尚更のようである。
そこで、ホークワイドはファーレン元伯爵に白羽の矢を立てた次第である。
「いきなりは難しいのでは?」
領主となるには、何らかの爵位が必要である。
例え、宰相の後押しがあったとしてもクーデター騒ぎのほとぼりが冷めないうちは爵位を得るのは難しいはずである。
「そこで、手始めに代官としてダンジョン周辺の管理を任せようと思うておるのだよ」
ワイングラスをクルクルと回しながらホークワイドがリーネの方へと視線を送る。
「元伯爵が代官として赴任する前にダンジョン周辺の施設を充実させておく必要があるのよ」
元伯爵が赴任した後に開発が進めば「大司教が父親の為に施設を充実させた」などと悪評が立ちかねない。
だが、施設が充実して押し寄せる人を管理する者が必要だという形なら問題はないようである。
リーネが宿泊施設の建設を急いだ理由はこの辺りにあるとユウイチは推察する。
「それだけで王様が爵位と領地をくれるでしょうか?」
ダンジョンを討伐したならまだしも、ダンジョンの管理だけでは名誉挽回には少し弱い気がするユウイチである。
「そこで所長殿にもダンジョン探索を進めて協力して欲しいのだよ」
「我々がダンジョンの探索を進めても元伯爵の功には繋がらないのでは?」
諄いようだが、「おい、元伯爵がダンジョンを討伐したぞ!!」ぐらいのインパクトが欲しいところだとユウイチは考えている。
「もし、ダンジョンから出た素材でオリハルコンを作れたとしたら?」
ホークワイドはそう言ってワインを口に含む。
「ですが、オリハルコンは伝説上の話ですよ」
ミエスクは「『オリハルコンの作り方が分かった』と落書きされていた」と言っただけで本当に作れるかどうかは別の話である。
「公爵様からは、可能性はあると聞いておるぞ」
ホークワイドの口振りから察するに、この話には公爵夫妻も一枚噛んでいるようである。
特に派閥の圧力によって伯爵位を剥奪したパーソロンとしては是非とも後押ししたいところだろうとユウイチは推察する。
「オリハルコン作りが上手く行かなかった保険として、ファーレン夫妻にダンジョン以外で何か利益を上げられる方法を考えておいて貰った方が良いのでは?」
信憑性の低い「オリハルコンの作り方」を当てにしていては、捕らぬ狸の皮算用になりかねない。
それにファーレン元伯爵の領地経営の手腕には定評があったとユウイチは聞いている。
「お父様とお母様だけでは少し心配ですわ……」
公爵家への輿入れで空回りしていた二の舞をミレイは心配しているようである。
「大司教様、身内が協力するのは何の問題もないと思います。
寧ろ協力して考えた方が良い案が出るはずですよ」
「私は必ずファーレン家を再興させてみせますわ」とミレイがグッと拳を握りしめた。
ミレイに目標ができて何よりであるが、それによってノルマが厳しくなるのは遠慮したいユウイチである。
「うむ、話は上手くまとまったようだな。
これは、ファーレン産の旨いワインのお陰だな」
今のは、お世辞にも上手いとは思えないユウイチである。
「只今、戻りました!」
話がまとまったタイミングでリリア達が戻ってきた。
「リリア君、アップデートは上手くいったかな?」
少し元気がなさそうなリリアを見てユウイチが心配そうに聞いた。
「はい、アップデートは無事に終了しました」と答えたリリアにいつもの元気がない。
「リリア君、何か気がかりな点でもあるのかな?」
「ユウイチ所長、リリア様は賊と遭遇しなかったことで落胆しているだけです」と見かねたアルマが代わりに答えた。
「あははは、だから最初に言ったじゃないか」
「でも、か弱い女性が三人だけで移動していたんですよ……」
「リリア様があれだけキョロキョロとしていては、賊も近づいては来ませんよ」と慎重派で観察力のあるカミューヨがことの顛末を説明してくれた。
恐らく、リリアの眼光が鋭かったか周囲に殺気を放っていたに違いないとユウイチは推察する。
「はははは、お陰で屋敷の牢獄がパンクしなくてすんだな」
そう言ってワインを口に含んだホークワイドはホッと胸を撫で下ろしたようである。




