【第九十五話】消す
「た、大変だー!
神官様、火事です!」
火の手を見た子供達が近くにいた神官のショーボに向かって叫んでいる。
「炊事場ですか?それともお風呂場ですか?」と駆けつけたショーボが尋ねたのは孤児院で火を使う場所が限られているからである。
「神官様、竈門の近くにあった藁束からです!」
後で分かったことだが、夕食の準備中に火にくべた薪が爆ぜて飛び散った火の粉が藁束で燻っていたようである。
「早く消し止めましょう!」
前世なら迷わず消防に通報する事態であるが、こちらの世界に消防署は存在しない。
もし、これが貴族の屋敷なら水魔法を発動して消し止めるのだが、孤児院ではそうはいかない。
方法としては井戸から汲み出した水をバケツリレーをして消し止めるしかない。
だが、子供と老人と病人の多い教会本部の施設で避難と消火活動の両方を進めるのは難しい。
「私は水魔法が使えます!」
知らせを受けてリリアと共に駆け付けたアルマが迷うことなく水魔法の「ウォーターボール」を発動する。
因みにウォーターボールは学院の二年生が授業で習う初級魔法で簡単な詠唱だけで発動できる。
「さぁ、子供達は下がって」と野次馬と化した子供達をリリアが火元から遠ざける。
「これで消えて下さい!」とアルマが五発目のウォーターボールを放つと漸く火の手は収まってきた。
幸い、バケツリーレーの水も火災現場に届き始め鎮火するのは時間の問題である。
「アルマ様は風属性のはずですよね?」と、お役御免になって避難誘導に加わったアルマにリリアが尋ねる。
「ユウイチ所長の鑑定で水属性も持っていることが分かったのです。
ですから、水魔法を練習していたのですが、ここで役に立てて良かったです」
アルマは、ダンジョン探索の役に立つかもしれないと水魔法の練習をしていたようである。
「アルマ様は『二属性持ち』だったのですね」
複数の属性を持つ者は百人に一人いるかいないかだと言われている。
因みに、四つ以上となると数十万人に一人、全属性になると長い歴史を遡っても十名いるかどうである。
「アルマ様のように私も二つ欲しいです」とアルマを羨ましがっているリリアは光属性だけ持っている。
「光属性を持っていながらもう一つ欲しがるなんて、リリア様は貪欲ですね」
何故なら、光属性は希少価値が高いからである。
「も、もう、ハァーハァー……
消し止めたんだな?
ハァーハァー…… 」
アルマとリリアが話しているところに、後れ馳せながら息を切らせたユウイチが駆け付けてきた。
断っておくが、ユウイチが遅かったのは研究所から孤児院までの距離によるもので、足の速さや年齢によるものではない。
「ユウイチさん、それは何ですか?」とユウイチが抱えている赤い筒を見たリリアが興味深そうに尋ねる。
「ハァーハァー
これは、ハァーハァー
し、魔導消火器だよ」
なかなか呼吸が整わない運動不足丸出しのユウイチである。
「ユウイチ所長、それで火を消せるのですか?」とアルマは半信半疑のようである。
「あぁ、ハァーハァー
試しにやってみよう」
ユウイチは魔導消火器のホースを藁束に向けてレバーを「グッ」と握った。
すると「プシュー」と音を立てて中身の液体が勢いよく噴射された。
「あ、本当に火が完全に消えましたね」とアルマが感心している。
強化液タイプの消火器の噴射持続時間は四十秒程度で射程距離は五メートル前後である。
その辺りを踏まえて掃くようにして火に近付きながら消火するのが基本である。
「どんな魔法陣を付与しているんですか?」と面白い物センサーが反応したリリアがユウイチに尋ねる。
「付与したのは噴射させるための風魔法だけだよ」
前世の加圧式の消火器はガスの圧力で消火剤を押し出すのだが、ユウイチは風魔法で代用している。
「中身はただの水ですか?」とアルマも興味津々のようである。
「いや、強化液と言って火が消えやすい液体なんだよ」
強化液の成分は前世と同様に炭酸カリウムと不凍剤と水である。
炭酸カリウムは、とある植物の灰に三割程度含まれていて、不凍剤はオイルスライムから採れるのだが、残念ながら詳しいことは企業秘密である。
「これで、ドラゴンのファイヤーブレスを消してみたいです」とリリアが無茶なことを言い始めた。
「あははは、それは無理かな……」
前世で、強化液タイプの消火器は紙や木材や油火災に効果が高いとされていたが、さすがにドラゴンのファイヤーブレスまでは検証されていない。
一方、アルマは「私のウォーターボール五発より効果が高そうです」と、少し謙遜気味である。
「いや、総合的に判断してアルマ君のウォーターボールの方が優れている。
ボヤで済んだのはアルマ君のお陰だよ」
ユウイチはアルマを褒めておく。
因みに前世ではウォーターボールと消火器の性能比較はされていない。
「研究所の皆さん、ありがとうございました」
鎮火を確認した神官のショーボがユウイチ達に礼を述べる。
「アルマ様、ありがとうございましたわ」
避難を指揮していたミレイとリーネも現場に姿を見せて、ことの成り行きを聞いたミレイが消火の功労者であるアルマに礼を言った。
「ところで所長、それは何?」と、空になった消火器をリーネが目敏く見付けた。
「これは、魔導消火器と言って火を消すための魔導具だよ」
「所長、それはいつ作ったの?」とリーネがユウイチに尋問を始めた。
「えっと、つい最近だったかな……」
実は転生して直ぐに作ったのだが、危険を察知したユウイチは曖昧な返事をしておいた。
「まぁ、それはどうでもいいわ。
これを早急に王都の庶民に配るわよ」
「王都の庶民に配る?」
余りの無茶振りにユウイチは思わずオウム返しをしてしまった。
「これがあれば火災を防げるかも知れないのよ。
どれだけの人が助かるか分からないわ」
王都の庶民の家は殆どが木造家屋で狭い場所に密集している。
だから、一度火の手が上がると消すことは容易ではない。
したがって、前世の江戸の町と同じように燃え広がらないように家を壊すしかないのが実情である。
「確かにそうだが……
リーネさん、カプセルの方はどうするんだ?」
まだ残りのカプセル十五個は完成していない。
「所長、消火器が行き渡るまでカプセルの組立ては現場でやるわ。
だから、消火器を優先して欲しいの」
後から聞いた話では焼け出され親を亡くした子供が孤児として預けられるケースが多々あるらしい。
「分かった、何とかしよう!」
ユウイチはリーネの圧に負けた訳ではなく人助けになると思い予定の変更を受け入れた。
そして、教会本部でボヤ騒ぎがあった一週間後のある日のこと。
「漸く魔導消火器の出荷が始まりましたね」
全てを配り終えるのは、まだまだ先になるが第一陣が無事に出荷された。
「それにしてもリーネさんはよく無料で配布できたよな?」
前世では消火器一本は五千円程である。
それを王都に住む庶民の世帯に二本ずつ配ることになっている。
原価で計算しても教会本部の出費はかなりの額になっているはずである。
「ユウイチさん、それは少し違うみたいですよ。
そうですよね、アルマ様?」
「はい。
私はリーネさんと一緒に王城へ出向き宰相閣下と交渉してきました。
結果として半分は王城が負担してくれることになりました」
「よく飲んでくれたな」
「王城としても警備隊の出動や後片付け、それから炊き出しの手間を考えれば採算が合うようです。
フフフフ…… でも、閣下もリーネさんにはタジタジでしたよ。
内緒の話ですが、宰相閣下が王城会議で賛成を得るように動くのはARゲームのバージョンアップと引き換えです」
「何だってー!」
またユウイチの仕事が一つ増えたようである。
「はぁー、誰か俺の心の中の怒りの炎を消してくれ」
「ユウイチさん、こればかりは魔導消火器では消火できませんね」
「私のウォーターボールでも焼け石に水のようですね」




