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【第九十四話】ととのう

 リーネの相談を受けた日から一週間が経ったある日のこと。


「では、皆にはサウナで『ととのう』を体験してもらおう!」


 ユウイチは美魔女の館の横にサウナルームを建設した。


「サウナという場所の性質上、これより先は男子禁制で俺は入ることができない。

 だが、手順は掲示板に書ているから、その通りにやってみて欲しい」


 因みに『ととのう』ための基本的なルーティンは次の通りである。


 先ずはサウナ室で体を温め、じんわりと汗をかくまで過ごす。


 これは、個人差はあるが十分ぐらいが目安である。


 そして、サウナから出たら汗を流し一気に全身を冷やすために水風呂に一分前後浸かる。


 それから、水風呂から出てイスに座って目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をしながら五分から十分ほど外気浴を行う。


 今回は、より寛いで外気浴ができる様にデッキチェアを用意してある。


 これを一セットとして、三セットほど繰り返すのが目安である。


 そうすると、やがて脳内でリラックス物質が分泌され至福の感覚が訪れるはずである。


 これが、いわゆる「ととのった〜!」という状態である。


 注意点としては、水分補給は必須でサウナに入る前と休憩中にはコップ一杯の水を飲むことである。


 それと、時間はあくまで目安であって自分のペースで楽しむことが肝要であり、無理をせず体が「気持ちいい」と感じるタイミングで切り上げることが大切である。


「所長、初めての私達にととのったかどうか分かるものなの?」とリーネが訝しんでいる。


「リーネさん、必ず分かると思うよ」


「リーネさん、なにわもとあれ試してみましょう」と面白い物センサーが反応しているリリアがサウナルームに入っていく。


「何だか面白い体験ができそうです」と言って入っていくアルマの面白い物センサーも反応しているようである。


「所長様、私もサウナで『ととのう』を体験するために参りましたわ」


 三人が女性専用サウナルームに入った後に、何処から情報を得たのか分からないが、カミューヨを護衛に従えたミエスクが姿を現した。


 先ほどから姿が見えないと思っていたカミューヨはミエスクを出迎えに行っていたようである。


「公爵様も体験なさるのですか?!」


 国外の貴族であるミエスクに何かあると大変だとユウイチはビビる。


「あら、何か不都合でもありますか?」とミエスクが平然とした顔で聞き返した。


「えっと、皆と一緒に入っていただくことになりますが?」


 バイアリターク王国の公爵に対してリリアモデルの国民は庶民しかいない。


「そんな庶民とミエスクがサウナで同席して大丈夫なのかと」とユウイチは案じている。


「ええ、ここでは身分差がないことは心得ておりますわ。

 それにサウナといっても浴場に変わりはありません。

 ならば、裸のお付き合いも一興と言うもの」


 珍しい物を体験したいミエスクの屁理屈に聞こえるがユウイチの杞憂だったようである。


「それでは、ごゆっくり」


 ミエスクとカミューヨを見送ったユウイチは事務所へ戻って行った。


 そして、五人がサウナルームに入ってかれこれ二時間が過ぎた。


「ユウイチさん、何ですかあれは!」とリリアが興奮している。


「そうです、言葉にできない体験でした」とアルマも負けずと興奮している。


「これを、ダンジョンだけに設置するのは勿体ないわね」とリーネが算盤を弾いている。


 三人の様子を見て「サウナルームがかなりの好評価を得た」とユウイチは手応えを感じた。


「所長様、あのデッキチェアには特別な魔法陣が付与されているのでしょうか?」


 ミエスクにとって『ととのう』はエクストラヒール並みだったに違いないとユウイチは自惚れる。


「いえ、普通のデッキチェアです。

 そして、楽しみはまだ終わりではないのですよ」


「「「「「まだ何かあるんですか?」」」」」と答える五人に、ドヤ顔のユウイチが冷蔵庫からキンキンに冷えたジョッキを運んできた。


「仕上げはこれですよ」


「まぁ、なんて素晴らしい!」とミエスクが真っ先にサウナでカラカラになった喉にエールを流し込む。


「遠慮は要らないですわ。

 さぁ、リーネさん達も!」


 ミエスクの言葉を受けて四人がジョッキに手を伸ばした。


 さすがに「プハー」とはやらないが、四人はゴクゴクと喉を鳴らしながらエールを煽っている。


「これは、病み付きになりそうです!」とリリアが嬉しそうに笑う。


「トレーニングしてサウナでととのった後のエール……」とアルマは明日からの楽しみを見つけたようである。


「じゃあ、駄目押しと行こうか!」


「「「「「もう、これ以上何があるのよ!」」」」」と五人が嬉しい悲鳴を上げる。


「最後はエールに合うこいつでどうかな?」


 そう言ってユウイチはキッチンから運んできた手羽先の唐揚げを机の上に置いた。


「これは、エールが進みます!」とカミューヨがジョッキを煽る。


「手羽先からのエールは無限ループですわ!」とミエスクの手が止まらないようである。


「所長、ダンジョン探索よりもカプセル型宿泊施設の建設が先だわ!

 いい、大急ぎでやるわよ!」


 ここに至りカプセル型宿泊施設の奥深さをリーネは十分に理解したようである。


 そして、サウナ体験会から二週間が経ったある日のこと。


「ユウイチさん、予定していたカプセルは出来ましたか?」


「取り急ぎ、十五個は出荷できそうだよ」


 カプセル十五個は荷馬車に積める目一杯の数である。


 だが、リーネの要望に沿うためには、まだ十五個足りない。


「建物とサウナルームはトンテさん達の努力の甲斐もあって出来上がったそうなので急いで欲しいそうですよ」


 リーネはリーマンブラザーズを半ば強引にダンジョン開発に引っ張っていった。


「所長殿が発明する度に俺達は忙しくなる」と満面の笑みを浮かべて出発したトンテには心の中で謝っておいた。


「何事も『安全第一、品質第一』なんだけどな……」とユウイチは思う。


 だが、リリアによればリーネは「機を見て敏に動くものよ」と言っていたらしい。


 これは前世でもよく見られた、営業サイドと製造現場の考え方の違いである。


「しょうがない、もう一頑張りするか!」


 暫くは前世のブラック企業並みの長時間勤務になりそうなユウイチである。


「ユウイチさん、完成は次の二階層の探索に間に合うんですよね?」とサウナに味をしめたリリアは、探索の折にカプセル型宿泊施設を利用したいようである。


「リリア君、残念ながら女性用はまだまだ先の話だよ」


 幾らカプセル型宿泊施設にしたからと言っても、そう簡単に建てられるわけではない。


 だから、今は需要の高い男性用を先に作っている。


「ユウイチ所長、次の次ならどうですか?」と味をしめたアルマが懇願したような目で訴えている。


「アルマ君、暫くは研究所のサウナルームを楽しんでくれ」


 余りの食い付きの良さにユウイチは困り顔である。


「二人共、探索から戻って味うサウナルームは最高だと思いませんか?」


「「それは間違いないです!」」


 慎重派で説得上手なカミューヨが機転を利かせて二人の欲望に火を着けた。


「ユウイチさん、早く完成させて探索に行きましょう」


「あははは……」


 一難去ってまた一難とはこのことである。




 後日談。


 ーリリアのサウナ体験記ー


 近頃、仕事終わりにアルマ様とカミューヨさんと連携の訓練をした後の楽しみの一つがサウナルームです。


 ですが、一つ目の関門が立ちはだかります。


 それは、「濡れた衣類に冷やされて体温が低下してしまう」とユウイチさんが用意した水着が余りにも布面積が少ないことです。


 これは、夜のお店の女性達が着る下着の様にみえます。


 女性だけとは言え、これを人前で着るのは抵抗があります。


 でも、外気浴をする時に体を冷やさないように着るサウナポンチョは抵抗なく着用できます。


 そして二つ目の関門がアルマ様との我慢比べです。


「自分のペースで入りましょう」と掲示板には書かれていますが、やはりサウナから先に出るのは負けたような気がしてなりません。


 それは、アルマ様も同じようです。


 アルマ様に「リリア様、お先にどうぞ」と言われたら「アルマ様こそ」と、つい言ってしまいます。


 余りのことに「さあ、二人とも出ますよ」とカミューヨさんに言われる始末です。


 この辺りは、慎重派で自分のペースで行動できるカミューヨさんを見習わなければなりません。


 三つ目の関門は、エールと手羽先の誘惑に耐えることです。


 二セット目を過ぎると汗をかき喉も乾いてきます。


 水分補給はしっかりと行っていますが、水とエールは別物です。

  

 二セット目で切り上げてエールと手羽先を味わいたくなります。


 しかし、エールと手羽先の誘惑に打ち勝って三セット目に向かうと至福の時間が訪れるのです。


 しかし、「『ととのう』とは一体なんなのでしょうか?」私の頭の中にふとした疑問が浮かんできます。


 公爵様の説では「エクストラヒールのようなもの」らしいのですが、エクストラヒールの対価は物凄い金額になります。


 公爵様には失礼ですが、これは少し眉唾物です。


 それで、ユウイチさんに聞くと次のように長々と説明してくれました。


「いいか、リリア君。

 先ず、高温のサウナに入ることで体温が上昇する。

 これを体が緊急事態と判断するんだよ。

 その結果として心拍数が上がり活動時に働く交感神経が急激に刺激される。

 そして、冷たい水風呂に入ることで血管が収縮し血圧が急上昇する。

 この時に脳内では快楽・幸福ホルモンが分泌され同時に体は危機を脱しようと強制的に副交感神経のスイッチを入れるんだよ。

 そこで、休憩をとると血流が全身を駆け巡り脳に酸素が行き渡る。

 極度の興奮状態と深いリラックス状態が同居する特殊な状態となり頭がクリアになり多幸感に包まれるんだよ」


 この説明は公爵様の話よりも眉唾物だと私は思います。


 そもそも、交感神経や副交感神経、快楽・幸福ホルモンが何のことやらさっぱり分かりません。


 隣で一緒に聞いてたアルマ様も「ポカーン」としていました。


 ですが、リーネさんだけは深く頷いていました。


 もしかしたら、リーネさんの思考はユウイチさんに毒されているのかもしれません。


 そのリーネさんが「ダンジョン探索よりもカプセル型宿泊施設を優先させる」と宣言しました。


 これで、私達の訓練からのサウナで『ととのう』のルーティンは暫く続けられそうです。

 

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