【第九十三話】泊まる
報告会の翌日に「所長に相談したいことがあるのよ」とリーネがユウイチを訪ねてきた。
「それなら、リリア君たちにも参加してもらう」
ユウイチは三人を巻き込み対策会議にすることでリーネとサシで話すことを回避した。
「そうね、意見は多い方がいいわね」とリーネから承諾を得たユウイチは直ぐにリリア達を呼んだ。
「実は、デパートダンジョン周辺の開発が遅れているのよ」
それを聞いたユウイチは「探索の進捗が遅れている」ではなくて良かったとホッと胸を撫で下ろす。
「確か、馬車小屋と騎士団の詰所は建っていましたね」
「それは王城が建てた分ね。
教会本部と冒険者ギルドの計画分は、殆ど手付かずなのよ」
何事にもそつがないリーネにらしからぬ話ではあるが、その辺りは誰も何もツッコミを入れない。
「魔獣が頻繁に出て作業が中断するんでしょうか?」と、聞いたリリアにとっては「魔物の森=魔獣」なのだろうとユウイチは推察する。
「魔獣は騎士団や冒険者が排除してくれるから問題ないわ」
「それでは、資材が不足しているのでしょうか?」と聞いた元王城補佐官のアルマは建設工事の段取りに詳しいのかもしれないとユウイチは推察する。
「資材は現地調達が可能だし物資の輸送には問題ないわ」
リーネ曰く、建物に必要な木材は幾らでも森で調達できる上に輸送の護衛もダンジョンへ向かう冒険者に幾らでも頼むことが可能らしい。
「それでは、何が問題なのでしょうか?」と対策会議に初参加のカミューヨは率直にリーネに聞いた。
「土魔法が使える人と建築系のスキルを持っている人が圧倒的に不足しているのよ」
「あっ、すっかり忘れていました。
王城のエントランスの掃除もそれが理由でした」
アルマが「新しい領主達が挙って領内を再開発しているため人手が足りない」と言っていたことをユウイチも思い出した。
「王国内は例外なく土木系の人材が足りないのよ」
「それなら、金を積むだけでは人は集まらないな……」
今は完全に売り手市場のようで、賃金アップ競争が繰り返されていることは想像するに難くない。
「だから、人力で早く楽に建設できる方法がないかと思って所長に相談にきたのよ」
リーネは藁にもすがる思いなのだろうかとユウイチは推察する。
「それで、土木系以外の人手は集められそうなのかな?」
「それは、地方の教会から人手を集められるので問題は無いわ」
それを聞いた元神官のカミューヨは「リーネさんは、ダンジョンの開発に奉仕者を使うのですか?」と驚きを隠せない様子である。
「あら、奉仕の気持ちがあれば何処で行うかは関係ないはずよ」
「その意見は大司教様も賛同しているのかな?」
ユウイチとしては危険の伴うダンジョン周辺の開発に奉仕者を募ることに些か抵抗がある。
だが、前世で世界遺産にもなったピラミッドの建設は奴隷や強制労働ではなく公共事業として行われていたとユウイチは聞いている。
だから、大司教であるミレイの考えを聞いてみたいとユウイチは思った。
「ええ、条件付きだけど承諾はもらっているわよ」
面白い物センサーが反応したのだろうか「リーネさん、条件って何ですか?」とリリアが尋ねた。
「大司教様の出した条件は、働きたくても働く場所が無い人を優先すること。
奉仕者の衣食住の保障を行うこと。
それと、奉仕者の護衛に偵察用ドローンを使うことよ」
ユウイチの睨んだ通り失業対策や公共事業の意味合いが強いようである。
だが、「偵察用ドローンがあれば安全性は向上しますが……」とアルマがユウイチの顔色を伺っている。
「うーん、確かに偵察用ドローンだけでは安全は担保出来ないよな?」
偵察用ドローンの開発者が言うことではないが魔導具任せでは心許ないとユウイチは思う。
「勿論、教会騎士団からも護衛を出す予定よ」
リーネも、まるっきり魔導具任せにしていないようでユウイチとしては一安心である。
「リーネさんは、奉仕者を使ってダンジョン周辺に教会でも建てるつもりなのですか?」と元神官のカミューヨが聞いた。
「街ぐらいの規模になれば教会は必要だけど、取り急ぎ必要な建物は冒険者や開発関係者が泊まれる宿泊施設ね」
「それは何名ぐらいの宿泊を想定した施設でしょうか?」と元王城補佐官のアルマが聞いた。
宿泊者数によっては相当な工事になりそうで、携わる奉仕者と護衛の人数にも関わってくる。
「そうね、先ず三十名ね。
できれば早急に六十名にしたいところだわ」
「突貫工事は事故や手抜きの元になりかねない。
先ずは、三十名分の完成を目指そうじゃないか!」
もし、工期と作業員を調整できなければブラックな現場になり安全や品質が疎かになる可能性があるとユウイチは考えている。
「三十名分でしたら各階に十部屋として三階建てでしょうか?」と慎重派で常識人のカミューヨが常識的な案を出した。
「いや、どうせねらカプセル型の宿泊施設にしようと思っているんだよ」
「「「「カプセル型?」」」」
前世では馴染みのあるカプセルホテルだが、こちらの世界の四人は初めて耳にする言葉である。
そんな四人に対して「カプセル型宿泊施設とはこんな感じだよ」と、ユウイチは簡単に紙に描いてみせる。
「寝るだけのスペースしかありませんね」と覗き込んだリリアが不思議そうな顔をしている。
「どうせ冒険者は宿屋に寝に帰るだけだろう。
だから、一人分のスペースはこれで十分だと思うよ」
ユウイチは前世のカプセルホテルの平均的なサイズである縦横共に一メートルで奥行きは二メートル程度で、武具などの大きな荷物はフロントに設置予定のロッカーに入れてもらうように考えている。
「そうしたらトイレや浴場は共同ですか?」
「勿論、共同だな。
但し、浴場はサウナをメインにしたい!!」
前世ではカプセルホテルにサウナは付き物で、「サウナの無いカプセルホテルなど、苺の載っていない苺ショートケーキだ」と言っても過言ではないとユウイチは考えている。
「ユウイチ所長、どうしてサウナなんですか?」
「アルマ君、良い質問だ。
いいか、湯船にお湯を張ると大量の水と薪が必要になるだろう。
魔法を使う手もあるが、魔力はできるだけ建設に回したい。
だから水も薪も魔力も節約できるサウナにしようと思っているんだよ」
ユウイチのもっともらしい説明を聞いたアルマは「一理ありますね」と納得したようである。
「それと、サウナにする最大の目的は『ととのう』ことにあるんだよ!!」
「「「「ととのう?」」」」
またしても聞き慣れない言葉の登場に四人の理解が追いつかないようである。
「これは、言葉で伝えるのは非常に難しい。
だが、体験すればきっと理解してもらえるはずだよ」
何事も「馬には乗ってみよ 人には添うてみよ」である。
「ユウイチさん、『ととのう』ためにスライムは使いませんよね?」とリリアが心配そうにしている。
「リリア君、安心してくれ。
『ととのう』こととスライムは無関係だよ」
「ユウイチ所長、カプセルにスライムは使いますか?」とアルマが疑っている。
「アルマ君、スライムはカプセル自体には使わないよ」
一連の遣り取りから確信を持ったリーネが「所長、スライムを何に使うのか白状しなさい」と詰めよる。
「えっと…… カプセルに敷くマットレスの素材にに使うつもりなんだけど……」
ユウイチとしては特に隠している訳ではないが悪いことをしている気分になってしまう。
「所長様、スライムの上で寝るのですか?」とカミューヨが不思議そうにしている。
「あははは…… カミューヨ君、さすがにそれは無いな。
スライムを素材にして作った低反発マットレスを敷くんだよ」
以前、スライムを素材にして作った低反発マクラを応用したマットレスである。
「ユウイチさん、またスライムが反抗期を迎えますよ」とリリアが大量のクレームが舞い込んだ悪夢を思い出した。
「リリア君、心配ご無用だ。
何故なら今回は反抗期を過ぎた成体を使うつもりだよ」
頭と首を支えるマクラと身体全体を支えるマットレスでは求める柔らかさが違う。
「ユウイチ所長、成体でもグレるスライムはいるはずです?」とアルマが正論をぶつけてきた。
味方にしようと巻き込んだ三人は既に敵に回っているようで、ユウイチは「策士策に溺れる」状態である。
「アルマ君、グレた大人は端から人の言うことを聞かない。
それはスライムも同じだから素材の段階で弾くことができる」
「所長様、分かったような分からないような話です」とカミューヨがツッコミを入れる。
「そうか、ここは論より証拠だな。
実はキャンピング馬車の仮眠スペースに敷いてあったマットレスはスライムを使った低反発マットレスなんだよ」
衝撃の事実に「「「えーーー!」」」と、三人の絶叫が事務所に響いた。
「アルマ様、寝心地はどうだったの?」と少し冷たい口調でリーネが尋ねる。
「寝心地は良かったです……」
「カミューヨさんは?」とリーネが少し冷たい視線をなげかける。
「私も寝心地が良かったです……」
「リリア様も寝心地が良かったのよね?」とリーネが視線を反らしたリリアに呆れ気味に尋ねる。
「悔しいですけど寝心地は最高でした」
「フフフフ、そうだろ」
三人を黙らせたユウイチのドヤ顔は止まるところを知らない。
「何だか騙し討ちに遭った気分です」とリリアは納得がいかないようである。
「だが、これでカプセルには問題は無くなったな」
「それは、どうしてですか?」とドヤ顔のユウイチにアルマが聞いた。
「入口の位置こそ違えど、馬車の仮眠スペースがそのままカプセルになるからだよ」
馬車の仮眠スペースは横方向から入ったが、宿泊施設では前世のカプセルホテルと同様に縦方向から出入りする仕様をユウイチは考えている。
こうすることで並べたり積み上げたりできるのでスペースを有効利用できるのである。
「確かに寝るだけなら十分なスペースでした」とアルマは納得したようである。
「所長様、隣同士の距離が近いと生活音の問題は放っておけません」と慎重派で常識人のカミューヨが指摘した。
「確かにな…… それなら、防音の魔法陣の付与は必須だな」
こちらの世界には前世には無い便利な魔法が存在する。
「それなら、いくらイビキをかいても平気ですね」とリリアがポンと手を打った。
「リリア様はイビキをかかれるのですか?」とは、カミューヨの率直な疑問である。
慌てて「わ、私は自分のイビキを聞いたことはありません!」と答えたリリアにツッコミどころなのだが、四人はスルーしておく。
「これで宿泊施設をカプセル型にする理由を理解してもらえたかな?」
ユウイチの確認に対して四人は黙ってコクコクと頷いた。
依然として面白い物センサーが反応しているリリアは「後は、サウナで『ととのう』を体験するだけですね」と期待のこもった目でユウイチを見ている。
「よし、今から準備をして……
そうだな、一週間後に試してもらおう!」
こうしてユウイチは、こちらの世界初の『ととのう』を目指してサウナルームを開発することになったのである。




