【第九十一話】一階層探索⑤
昼食兼作戦会議を終えた四人は小屋を出て石造りの建物の前までやってきた。
玄関とおぼしき扉の上の石板には『一つ扉を開けよ、さすれば道は開かれる』と刻まれている。
「ユウイチさん何番の扉を開ければ良いのでしょうか?」
その石板の下には番号を記した扉が三つ設置されている。
「うーん、何処かに正解の扉に繋がるヒントがあると思うのだが……」
ユウイチの言葉に三人もキョロキョロと辺りを見回してヒントになりそうなものを探している。
「ユウイチさん、三つ同時に開けるのは駄目でしょうか?」
だが、いち早くヒントを諦めたリリアがパワープレーに打って出ようとしている。
「うーん、『二兎を追う者は一兎をも得ず』と言うしな……」
ユウイチは前世の自動販売機のボタンを二つ同時に押して商品が二つ出てきたためしがない。
「所長様、扉の絵は何かのヒントなのでしょうか?」
慎重派で優れた観察眼を持つカミューヨが、各々の扉に描かれている絵に気が付いた。
「一番は豚、二番はカエル、三番はウサギですね……
あっ、もしかしたら三番の扉が正解ではないでしょうか!」
パワープレーを諦めたリリアは三番だと推理したようである。
「リリア様、何故でしょうか?」
「良いですか、アルマ様。
謎を解く鍵の一つは、それです」
リリアが三匹のキラーラビットが串刺しになっている槍を指差した。
「これは、先ほど襲ってきたキラーラビットですね?」
「よく思い出して下さい。
童話に登場するオークと沼にいた毒矢ガエル、そしてこのウサギも全て三匹です!」
「リリア様、冴えてます」
「気が付いた自分を自分で褒めて上げたいです」
じゃじゃ馬コンビはカミューヨとユウイチを置き去りにして二人だけで盛り上がってる。
「リリア君、幾ら何でも単純過ぎないか?」
これでは前世の小学生が鼻で笑ってしまうレベルの謎解きだなとユウイチは思う。
「所長様、そうとも言いきれません。
ダンジョンは階層が深くなるほど攻略が難しくなるものです。
ですから、一階層ならこの程度のレベルではないでしょうか?」
慎重派でダンジョン通のカミューヨがリリアの案を推している。
因みに作者としては必死で考えた結果であり、「この程度のレベル」と言われるのは心外である。
「決まりです。
開けるなら三番の扉ですね!」
気の早いリリアが三番の扉のノブに手をかけようとした途端に、二番の扉が「ギィー」と開いた。
「壁になっていては中に入ることができません。
二番はハズレで、やはり三番の扉が正解で間違いありません」
リリアの眼中には一番の扉がないようである。
「しかし、二番の扉が勝手に開いたのはどういうことでしょうか?……」
慎重派で現実的なカミューヨが疑問に思うのも当然である。
「建て付けが悪かっただけでしょう」
カミューヨの疑問を三番の扉推しのリリアがあっさりと退けた。
「ユウイチさん、三番を開けても良いですよね」
人は一度決めたことは変えたくないもので、リリアは既に三番の扉のノブを握っている。
「いや、待ってくれ!
これは、モンティ・ホール問題だ!」
この時、ユウイチの脳裏に前世の確率論の問題が浮かんできた。
「ユウイチさん、モンティ・ホールって魔獣ですか……?」
ドアノブを掴んでポカンとししているリリアの反応は当然のものである。
「三つの扉のうち一つが当たりのゲームで、回答者が扉を選んだ後に正解を知っている者がハズレの扉(回答者が選んでいない)を一つ開けて、回答者に「扉を変えますか?」と聞いたとき、回答者は開ける扉を変えるべきか否かを問う確率論のパラドックスだよ」
「ユウイチさん、そんな難しい話より女の勘です」
リリアはユウイチが長々と説明した前世の確率論をバッサリと切り捨てた。
「いや、俺達はウサギとカエルは倒したがオークを倒していない。
だから、正解は豚の描かれている一番の扉だよ」
ユウイチは、あっさりとモンティ・ホール問題を捨てた。
「確かに所長様の仰る通り、人喰植物は一体だけでした」
慎重派で記憶力の良いカミューヨはユウイチの説に賛成票を投じた。
「もしかしたら一番の扉の奥には私達が倒していないオークが待ち構えているかもしれません」
アルマがリリアを裏切り一番の扉に乗り換えた。
「お邪魔しまーす」
結局、確率論ではなく多数決で決まった一番の扉をアルマが開けた。
「あっ、あっちにも扉があります。
もしかして、三番の扉じゃないですか?
あの時間は何だったんでしょうか?……」
「何も言えね……」
結局、一番でも三番でも中に入れたようで、前世の京都人なら「いけずどすな」と言っていたところである。
「き、気を取り直して進みましょう!」
慎重派で立ち直りの早いカミューヨが号令をかけた。
「何の変哲もないお屋敷のようです」
「薄暗いのでドローンの照明が役に立ちます」
照明がなく窓から射し込む日差しがうっすらと廊下を照らしている中を四人がドローンの照明を頼りに進んでいく。
「あんな扉を設置する奴のことだから落とし穴が仕掛けられているかもしれないぞ」
意地の悪さに自信があるユウイチなら簡単に思いつく仕掛けである。
「キャー!」
だが、リリアの頭上からスライムが降ってきた。
下を警戒すると上から来るのが、意地悪の常套手段である。
しかも、スライム嫌いのリリアだけをピンポイントで狙う始末の悪さである。
この後も、壁に掛けてある額縁が外れたり、突然「ゴーン」と鐘の音が響き渡る廊下にびっくりしながら四人は進んでいく。
「本当にタチの悪いダンジョンです」
「あのような仕掛けは探知スキルに引っ掛かりません」
真っ向から向かって来ない相手にじゃじゃ馬コンビはご立腹のようである。
「致命傷にならないのなら気にせず進みましょう」
慎重派のカミューヨがそう言った瞬間にピーンと張られたロープに引っ掛かり四人は転倒しそうになる。
「ふうー、広い場所に出ました」
漸くの思いで、薄暗い廊下を通り抜けてホールのような広い場所に辿り着いた四人はぐったりと疲れ切っていた。
「あれは何でしょうか?」
リリアが指差した先で黄土色をした靄が次第に一ヵ所に集まっていく。
「何だか亀のように見えませんか?」
「私にはサーペントのように見えます」
「所長様、鑑定してみて下さい」
「分かった、鑑定!」
【名前:サーペントネックタートル】
【種族:魔獣・キメラ種】
【魔力:200】
【属性:土属性】
【魔法:土魔法】
【スキル:無】
【称号:一階層フロアボス】
「キメラ種のサーペントネックタートル?」
ユウイチは鑑定してみたもののサーペントネックタートルがどの様な魔獣なのかピンと来ない。
「恐らく、首がサーペントの亀型の魔獣です」
慎重派で魔獣に詳しいカミューヨは知っているようである。
「また気持ち悪い色をしています 」
アルマの言う通り鱗や甲羅の模様がハレーションを起こしている。
「あの意地の悪い仕掛けはサーペントネックタートルの仕業でしょうか?」
「どうだろうな」
前世で蛇は獲物を狙う際に動かずじっと待つ根気強さや、一度決めた標的を追う生態から執念深いイメージがあった。
一方、マイペースでのんびり一歩ずつ着実に進む姿や、ゆったりとした動きが亀のイメージである。
その亀と蛇が合体するとどんな性格になるのかユウイチには見当がつかない。
「どちらにしても私達は敵視されています」
「気持ち悪いですが、倒すしかありません」
恐らく、じゃじゃ馬コンビの戦意には先程まで受けていた嫌がらせの恨みが乗っかっている。
「先ずはこれでご挨拶だ!」
先手必勝とばかりにユウイチが投げつけた手榴弾がサーペントネックタートルの目の前で「ドーン」と爆発した。
サーペントネックタートルは「シャー」と口を開けてユウイチを睨みつける。
「どんな攻撃をしてくるか分かりません。
手の内が分かるまでアルマ様は結界を張っておいて下さい!」
「分かりました!」
サーペントネックタートルが放った土魔法が「バシバシ」と音を立ててアルマの結界に弾かれる。
まるで、前世のジョーフィッシュのような攻撃だなとユウイチは思う。
「そっちが飛び道具ならこっちも飛び道具だ」
ユウイチは空間収納から魔導ランチャーを取り出して一発お見舞いする。
だが、サーペントネックタートルは首を甲羅にシュッと巻き付けて回避した。
「首が長過ぎて甲羅に収まらないようだが……」
ユウイチには前世のコードリールが壊れかけた掃除機のように見える。
「次はどんな攻撃で来るでしょうか?」
「射程圏外なら再び土魔法だろうな」
蛇ならば這ってから首をもたげて噛み付いてくるはずである。
だが、サーペントネックタートルは重い甲羅を背負っている。
だから、長い距離を一気に詰める動きは無いだろとユウイチは高を括る。
しかし、ユウイチの予想を裏切りサーペントネックタートルは甲羅に巻き付けた首をぬうっと外してからシュッと伸ばした。
「アルマ様、結界を!」
何かを察知したカミューヨがアルマに指示を出した。
「はい!」とアルマが返事をした瞬間、サーペントネックタートルが首を起点にしてハンマー投げのハンマーのように甲羅を「ブーン」と振り回した。
次の瞬間、アルマの張った結界が「ガーーン」と激しい音を立てた。
「今の攻撃で一気に体力を削られてしまいました……」
結界のスキルは衝撃が強ければ強い程、体力を削られるようである。
「次は私が止めます。
リリア様は隙を見て頭を狙って下さい。
所長様はリリア様の援護を!」
慎重派で戦術に長けたカミューヨが矢継ぎ早に指示を出す。
「来ます!」
再びサーペントネックタートルが伸ばした首を起点に甲羅を振った。
「身体強化、一刀両断!」
カミューヨが大上段から振り下ろしたグレートソードが「ドカーン」と音をさせて甲羅を受け止めた。
「今です!」
リリアがブーツの風魔法でジャンプしてあっという間にサーペントネックタートルの頭に近づいた。
それを見てユウイチは魔導ランチャーを首の付け根辺りに放った。
「アルマ様、槍をお願いします」
「やーー!」
アルマが前世のオリンピアンを彷彿とさせるフォームで投げた槍が首のど真ん中に突き刺さる。
「疾風迅雷!」
そして、噛み付こうとするサーペントネックタートルを躱しながらリリアが雷魔法を放った。
ホールに閃光が走り「バリバリ」と轟音を響かせて「ズドーーン」と槍に雷が落ちた。
「グゥーーー」
サーペントネックタートルが苦しそうに踠いている。
「一刀両断!」
すかさずカミューヨがグレートソードを叩き込みサーペントネックタートル首をぶった斬った。
「皆、油断するな。
首はまだ動く─」
ユウイチが言い終わる前にサーペントネックタートルの首が「シャー」と大きな口を開け無防備なアルマ目掛けてジャンプした。
「させません!」
咄嗟にブーツの風魔法で三段跳びをしたリリアがアルマの近くまで一気に移動する。
そして、空中でクルッと一回転してから首を目掛けて刀を振り下ろした。
「ふぅー、間一髪でしたね」とリリアが頭の上でアルマに声を掛けると「うーー、今のは焦りました」と涙目のアルマが答えている。
「皆、良い連携でした。
ちゃんと訓練の成果が出せましたね」
慎重派で指揮官であるカミューヨが戦闘を総括した。
「カミューヨ君、素材として買い取って貰えるものはあるかな?」
「所長様、サーペントの皮は良い値で買い取ってもらえます」
恐らく、前世の蛇皮のような扱いなのだろとユウイチは思う。
「牙は毒が残っていると厄介ですから棄てましょう」
毒矢ガエルの皮と扱いが違う理由は分からないが、恐らく神経毒や細胞毒などの類いだろうとユウイチは推察する。
「甲羅は紋様が判断基準になります。
ですから、あの苔を取らないと分かりません。
持って帰りますか?」
前世のウミガメの一種である「タイマイ」と同じならべっ甲細工の素材になる。
「それなら、取り敢えず持って帰るか」とユウイチが空間収納に放り込んだ。
「所長様、奥に宝箱がありますよ」
階層のフロアボスを倒すと宝箱が出現するのは他のダンジョンと同じようである。
「ユウイチさん、中身は鉱石ではなくて、何かの器のようです。
これに何か意味があるんでしょうか?」
ミミックの可能性も考えずに蓋を開けて中を確認したリリアが前世の「徳利」に似た物を掲げている。
「七貴石があればフロアボスが守っているだろうと思ったんだがな……」
ユウイチは「タートルネックサーペントなら徳利も有りだ」と思ったことは説明が面倒なので黙っておく。
「あんな気持ち悪い見た目で七貴石を持っていないなんて見かけ倒しもいいところです」
まだ涙目のアルマの言葉を聞いたユウイチは、ふと夢の中の言葉を思い出した。
だが、何度も匂わせてきた夢の中の言葉は一階層の探索には関係が無いことを断っておく。
今、作者から言えることは、「もしも私のオチがご不満なら、夢でも見たと思って許して欲しい」の一言だけである。




