【第九十話】一階層探索④
無事に二日目の朝を迎え朝食を終えた四人は、探索を再開すべくダンジョンの階段を下っていく。
「ダンジョンの中で野営しなくて済むだけでなく柔らかいベッドで眠れるのは嬉しい限りです」
過去の野営では夜行性の魔獣の襲撃などで苦労した経験があるカミューヨは車中泊に感激している。
「リーネさんにセーブポイントの話をすれば、更に開発を進めそうですね」
「セーブポイントから地上に戻った冒険者が宿屋や料理屋を利用する可能性は高いだろうからな」
以前、ヴィーラングが相談に来た折に、クエストから帰った冒険者は報告書を書かずに盛り場に入り浸る者が多いと溢していた。
そんな冒険者達がダンジョン探索中に盛り場にいけるとしたらどうなるかは言うまでもない。
「ですが、ダンジョンが無くなれば投資が無駄になりませんか?」
幾ら周辺を開発しても肝心のダンジョンが討伐されてしまっては元も子もないとアルマは心配している。
何れは、『夏草や 兵どもが 夢の跡』状態になるかもしれないとユウイチも思う。
「あのリーネさんのことですから何か手を打っているはずです。
例えば何処かのギルドと手を組むとか」
リリアの言う通り、機を見て敏に動くのがリーネである。
「そう言えば、ヴィーラングさんがリーネさんに用があると言って訪ねて来ていましたね」
ヴィーラングとリーネの組合せなら冒険者ギルドの建設の打合せでもしているのだろうとユウイチは推察する。
何故なら、ここに冒険者ギルドを建てれば素材を直ぐに換金できる。
そして、換金した金は宿屋や料理屋に落ちる。
つまり、投資した教会本部に金が戻って来るという寸法である。
『五月雨を 集めて早し 最上川』、その最上川に勝るリーネの根回しの早さだとユウイチは感心する。
「それもこれも、ダンジョン探索の結果次第だと思います」
探索でお宝が出れば出るほど大きく宣伝され、噂を聞き付けた冒険者が大挙して押し寄せてくるはずである。
「じゃあ、俺達が頑張ってお宝を見つけるか!」
「「「はい!」」」
気合いを入れた四人は、一階層の入口に辿り着いた。
「このドアが昨日の小屋に繋がっているんですね」
壁際に現れたドアを見て、作りが前世のネコ型ロボットが持っていた便利なドアに似ているとニヤニヤしているのはユウイチだけである。
「ユウイチ所長、確かに昨日の小屋のようです」
「あぁ、情報通り戻ってこれたな」
ドアをくぐって小屋に戻ったユウイチは「やはりデパートダンジョンは転生した日本人ではないのか?」と訝しむ。
「今日こそは、ボス部屋を発見しましょう!」
空間転移を体験して興奮気味のリリアは更に気合いが入ったようである。
だが、あくまでボス部屋を発見するのが目標であってフロアボスを倒すかどうかは状況次第だとユウイチは考えている。
「早く連携の成果を発揮したいです。
手っ取り早く群れで向かって来て欲しいですね」
ユウイチは「群れは無いだろう!」というアルマへのツッコミを控えておく。
「アルマ様、フロアボスで試す手もあります」
慎重派だが空間転移に興奮気味のカミューヨも、じゃじゃ馬コンビ寄りの発言である。
「案外、こちらが素のカミューヨじゃないか」とユウイチは思ったが、口には出さないでおく。
そして、小屋を出たユウイチ達は泥濘に苦戦しながらも何とか前進していく。
「ユウイチ所長、あそこに沼のようなものがありますがどうしますか?」
ドローンを従えて先頭を進むアルマが紫色の沼を発見した。
「如何にも魔獣が潜んでいそうだな……」
水辺に棲む魔獣は前世の両生類に似ているに違いないとユウイチは予想する。
「余り関わりたくない魔獣かもしれません」
リリアも「ゲロゲーロ」と鳴く両生類の魔獣を想像しているはずである。
「それ以前に、こんな色をした沼には近付きたくないです」
カミューヨは毒々しい沼の色で判断している。
「ユウイチ所長、沼の中に複数の魔力の反応があります!」
アルマが叫んだ瞬間、沼の中から「シュッ」と何かが飛んできた。
だが、幸いなことにアルマの張った結界に「カキーン」と弾かれた。
「何だ今のは……?」
「ユウイチさん、沼の中から矢が飛んできました」
ユウイチの目では追えない早さだったが、優れた動体視力を持つリリアが地面に落ちた矢を拾い上げた。
「紫色の沼に棲み矢を飛ばす魔獣と言えば、恐らく毒矢ガエルです」
慎重派でダンジョンに詳しいカミューヨは知っているようである。
「毒矢を放つカエルか……」
前世には、鮮やかな体色と皮膚に強力な毒を持つヤドクカエルがいたとユウイチは記憶している。
そのヤドクガエルの毒を矢じりに塗って前世の人は狩りに使っていたが、こちらの世界のカエルは自らが毒矢を飛ばして人間を狩っているようである。
「水中に潜んで毒の付いた矢を飛ばしてくるとは厄介な相手です」
この濃い紫色をした水の中からだと何処から矢が飛んでくるのかユウイチには全く判別がつかない。
だから、『古池や 蛙飛び込む 水の音』などと風流なことを言っている暇はなさそうである。
「討伐するなら、アルマ様の結界とリリア様の疾風迅雷でしょうか?」
慎重派で戦闘馴れしているカミューヨが素早く作戦を立てた。
「水中の毒矢ガエルを感電させるのは良いが、他の生物にも被害がでるのでは?」
「毒矢ガエルの毒に耐える生物は毒耐性のある魔獣です。
そんな魔獣なら巻き添え食らっても問題ないと思います」
慎重派でクールなカミューヨは魔獣に容赦はしないようである。
「連携を試したいところですが毒矢に当たると厄介です」
「リリア様の言う通りです。
連携の成果はフロアボスで試すことにしましょう」
さすがのじゃじゃ馬コンビも毒は避けるようである。
「よし、俺もその案に賛成だ。
カミューヨ君、合図を頼む!」
「分かりました。
全員一致なら戦闘開始です!」
「俺達ならできる!」
「「「はい!!!」」」
指揮官の座をカミューヨに譲りユウイチはムードメーカー役に徹することにした。
先ずはアルマが結界を張りながら、伸ばした槍を沼に突き立てた。
そのアルマに向けて沼の中から絶え間なく放たれる毒矢が「カキーン、カキーン」と結界に弾かれて飛び散っている。
「行きます、疾風迅雷!」
アルマが下がり毒矢が止んだ一瞬を狙ってリリアが上段から剣を振り下ろした。
沼の上には閃光が走り「ドカーン」と轟音が響き渡った。
暫くして静寂がおとずれると、水面に三匹の毒矢ガエルが浮かび上がってきた。
これを見てユウイチは『閑さや 沼にしみいる 疾風迅雷』と心の中で一句詠んでみた。
「う、気持ち悪い色彩です……」
槍で引き揚げているアルマが言う通り毒矢ガエルの皮膚の色もハレーションを起こしている。
ユウイチは「もしも私たちの姿がご不満なら、夢でも見たと思って許してほしい」という夢の中の声を思い出した。
「これは、どうやって解体するのでしょうか?」
「毒矢ガエルは吊し上げて解体します」
前世の鮟鱇は体が柔らかく強いぬめりがあってまな板の上では滑りやすく捌き難いので吊し上げて切っていた。
恐らく、毒矢ガエルも同じ理由で吊し上げて解体するのだろうとユウイチは推察する。
「こうやって、あごをフックに引っ掛けて空中に固定して、重力を利用して皮を引っ張りながら剥ぐことで、安全かつスムーズに解体できます」
カミューヨは、アルマが槍を伸ばして陸に上げた毒矢ガエルを近くの木の枝に吊し上げて器用に捌いていく。
「採るのは魔石だけなのか?」
「皮に含まれている毒は解毒剤の素材として高値で買い取ってもらえます」
正しく「毒をもって毒を制す」である。
「皮を剥ぐと気持ち悪さが倍増するな……」
ユウイチは前世の理科室にあったホルマリン漬のカエルの標本を思い出した。
「カミューヨさん、さすがに食べられないですよね?」
「昔は捌き方が分からず毒に当たって死ぬ人がいましたが、正しく捌けば食べられます。
腿の辺りは引き締まっていて淡白な味だそうです」
慎重派で恐らく毒矢ガエルを食べたことがないであろうカミューヨが食べられると期待したリリアに答えた。
「そ、そうか……
取り敢えず魔石と皮だけ頂いておくか」
毒矢ガエルを食べるなど『物好きな 匂はぬ草に とまる蝶』だとユウイチは思う。
「カミューヨ君、次はボス部屋かな?」
あっと言う間に毒矢ガエルを解体し終えた指揮官のカミューヨにムードメーカーのユウイチはお伺いを立てる。
「セーブポイントがあれば、一息入れても良いかもしれません」
指揮官のカミューヨは今まで無かったシステムを既に考慮にいれている。
「アルマ君の探知スキルで小屋を探せるか?」
「やってみます」とセーブポイントの魔力反応を学習済みのアルマが探知の網を広げていく。
「もう少し先に進むとセーブポイントがありそうです」と探知を終えたアルマが進行方向を指差した。
「よし、セーブポイントに向けて出発だ!」
ムードメーカー役で荷物運びのユウイチの号令で再び泥濘に足をとられながら進んで行く。
途中、襲ってきたキラーラビットをカミューヨとリリアが難なく倒していた。
「あっ、小屋が見えました!」
串刺しになった三匹のキラーラビットを担ぎながらアルマが指差した先には木造の小屋と大きな石造りの建物が建っている。
「今回は人喰植物の可能性はなさそうですね」
「魔力の反応は間違いなくセーブポイントのものです」
「鑑定の結果もセーブポイントだったよ」
野生の勘と探知のスキルと鑑定のスキルとで問題無しと判定した。
「それよりも見るからに怪しそうな石造りの建物は何でしょうか?」
カミューヨは湿地帯に似つかわしくない、大きな石造りの建物が気になっているようである。
「ユウイチさん、セーブポイントで昼食を摂りながら考えませんか?」
「腹が減っては戦ができぬ派」のリリアの腹時計は正確である。
「そうだな、中でじっくり考えよう」
小屋に入った四人は昼食のサンドウィッチを頬張りながら『秋深き 隣は何を する人ぞ』とばかりに作戦会議を開始した。
「モンスターハウスかもしれませんが、その時は連携の成果を見せるだけです」
「結界のスキルは、まだ使えます。
ユウイチ所長、中に入ってみましょう!」
じゃじゃ馬コンビは「中を探索する派」のようである。
「ボス部屋の可能性がありますが入ってみる価値はあると思います」
慎重派でダンジョン経験豊富なカミューヨも「中を探索する派」のようである。
「カミューヨ君、指揮は任せたよ」
ムードメーカで荷物運びのユウイチは自分の役割に徹する所存らしい。
「分かりました。
中に入ったら出たとこ勝負になりますが基本は訓練通りの動きで行きます」
「「とても楽しみです!!」」
腹拵えの済んだじゃじゃ馬コンビは、ヤル気満々のようである。




